第三十五、五話 会議
アルトがリリスの計略に嵌っている頃。
アーシェ、アリス、セリスの三人は一室に集まり今後どうするのかについての話し合いを行っていた。
「アルトさん達とこれからもパーティーを組み続けるかが議題なわけですが・・・」
皆が集まり席に着くと私は用意していたお茶をみんなに配り話の議題を述べる。
しかし、誰かが議題について意見を発言することはなかった。
皆きっとまだ結論を出せずにいるのだろう。
結論を出せない理由としては
①アルトさんが発狂するかもしれない ⇒ 魔人化の恐れ有り
②パラサイトアントがいるので私達のレベルではリリスさん抜きでダンジョンに入れない
③リリスさんはアルトさんとパーティーを解散する気はない。 二人は一緒に行動している。
④今のパーティーはバランスが取れていて連携もだんだん良くなってきている。
この4つが私達の悩みの種だ。
①のアルトさんが発狂する可能性だが、リリスさんが街の道中で話してくれた感じでは「問題はなさそうだ」という話だったが『絶対』ではないのでどこまで信用するかは私たち次第だ。
もし、アルトさんが発狂した場合はリリスさんはともかく私達は無事では済まないだろう。
これを事前に回避するにはパーティーの解散、脱退なわけだが・・・
そうなると②の問題が浮上する。
②はパラサイトアントが駆除されるまでダンジョン内での活動ができない。
いや、今回の森内部での騒動で森に狩りに行くこともできなくなった。
今、パーティーを解散すれば私達は街の中でしか活動できない。
パラサイトアントの駆除はギルドが総力をあげてやろうとしているが、戦争が始まるかもしれないということで現在ギルドには早期に解決するだけの力がない。
それでも、ここの支部のギルドマスターやその他の実力者達がいるので街の内部は安全だし、時間はかかるだろうがこの問題は解決するだろう。
③は問題ではなく現状分かっている事実だ。
リリスさんはアルトさんと共に行動することを望んでいる。
その理由は定かではないし、不明だがアルトさんだけをパーティーから抜くことは不可能だろう。
パーティーが解散してもあの二人だけは共に旅を続けることだろう。
④は現状のパーティーを維持した場合のメリットだ。
アルトさんの発狂さえなければ私としては今のパーティーは非常に優れた編成になっていると思う。
そうやって現状ある事実とパーティーの継続に対するメリットデメリットを挙げてみたが私の中では答えはまとまらない。
それは他の2人がどうするかによって取りたい行動が違うからだ。
私個人の意見としてはこのままパーティーを組んでいきたいと思う。
リリスさんは頼りになるし、アルトさんは危なっかしいので僧侶である私がついていた方がいいと思う。
でも、もしアーシェがパーティーを抜けると言ったら私はそれについていくと思う。
彼女は剣の腕はいいが魔法が苦手だ。
最近は身体能力向上の魔法を覚えたりして少しはマシになったが、戦士でもまだ習得した方がいい魔法はいくつもある。
それをリリスさんやアルトさんの助けないしで覚えられるかはわからない。
私が付いて行ってもそれは同じかもしれないけど、何か他に助けに慣れることがあるかもしれない。
彼女は家族を非常に深く愛している。
そのため無理をしてでもレベルを上げようとするだろう。
リリスさん達と一緒ならそれでもいいが一人や他のパーティーでは不安だ。
私が傍で見ていてもあまり変わらないかもしれないけれど、「どうにかなるだろう」といった投げやりな考えで彼女を見捨てる様な真似は私にはできない。
アーシェは魔法の修行中にアルトさんにセクハラ紛いの行為を受けている。
この機に脱退すると言い出すかもしれない・・・
セリス君の方もアルトさんの発狂を間近で見て酷く脅えていたから今回の件を気に脱退するかもしれない。
セリス君は街中での仕事はきっと街長さん(セリスのおじいさん)によって圧力がかけられてできない。
実家にも戻るのは難しいだろう。
セリス君が家を出たことでなんとか切り盛りしていけるようになったところなのだ。
ただ、今回の森の中での戦闘後にセリス君のレベルは10にまで上がってしまっている。
私もアーシェもそうだがLv10からはギルドの宿にもお金を支払わなければならない。
私やアーシェは街中でも仕事ができるけど彼はできない。
いくら銅貨10枚の格安の宿でも食費は別にいるので今までの稼ぎでは彼の生活はすぐに破綻するだろう。
私が付いて行ってなんとかギルドがパラサイトアントを駆除するまでは面倒を見よう。
彼をこのパーティーに誘ったのは私なのだ。
彼が一人立ちするまでは面倒を見るのは私の義務なのだ。
だから私は2人の内のどちらかが抜けてもそれについて行こうと思っている。
アルトさんは危なっかしいがリリスさんがいてくれれば問題ない。
2人とも抜ける場合は私も合わせて3人でパーティーを組めばいい。
だから私は二人の発言をじっと待つのだった。
アリスの部屋に集まって話し合いが始まったのだが、誰も話を切り出さないのはきっと皆も私と同様に迷っているのだろう。
私もどうするべきか迷っている。
このパーティーは元々二人に無理を言って私とアリスが参加し、その後にセリスを加えて成り立っている。セリスを加えたのはアルトが『男一人なのは辛い』と言ったからだ。
なので、セリスはアルトとリリスが一人立ちするまで面倒を見るのが普通だと私は思う。
でも、今回の一件でセリスはアルトに対して恐怖心を抱いてしまっているように思う。
発狂をたった一人で間近で見たためにトラウマが植え付けられているかもしれない。
そうなると、アルトが面倒を見るのは不可能だろう。
そして、アルトがいつ発狂するかわからない現状ではアルトさんを監視するためにリリスさんもアルトと行動を別にすることはできない。
そうなると、セリスは一人でこのパーティーを離れることになるかもしれない。
いや、そうなった場合はアリスが心配してセリスについていくことになるだろう。
セリスをアルト達に紹介したのはアリスだ。
責任感の強い彼女はきっとセリスの面倒を見るために一緒にパーティーを離れていくだろう。
そうなった場合、私はどうするべきだろうか。
個人的にはアルトの問題があっても二人について行って早くレベルをあげたい。
でも、親友であるアリス1人にセリスを任せるのは違う気がする。
友達として、親友として、それはやっちゃいけない気がする。
そうなったらやはり私も一緒にパーティーを離れて三人で旅をするべきだろうか?
セリスはリリスさんから魔法の知識を得てある程度の魔法なら使えそうなので、遊撃手として近距離も遠距離もこなせる存在になれるだろうし、セリスも今までの戦いぶりを見る限りでは回復だけを行う僧侶ではなく戦力としても戦える僧侶に成なれるだろう。
そうなれば、三人でパーティーを組んでも問題はない。
今までよりも危険度が上がるし殲滅速度などは落ちるが十分に戦っていける戦力ではある。
ただ問題はパラサイトアントだ。
あの魔獣の出現でリリスさん抜きではダンジョンに入れない。
ダンジョンに入れないとお金を稼ぐ手段がほとんどない。
出来るのは街の中での依頼をこなすことぐらいだ。
でも、そういう仕事は私達の様なダンジョンに潜れない冒険者が一斉にやればすぐになくなってしまう。
アリスなら教会での仕事があるかもしれないが、私と特にセリスには仕事なんてないだろう。
今日の一件で明日には森の方も進入禁止になるかもしれない。
そうなってくると正直、現状でのパーティーの解散、脱退は得策ではない。
やはり、何とかセリスを説得してパラサイトアントの件が片付くまでは今のままのパーティーで行くのが得策だと思う。
うん。
とりあえず、セリスの意見を聞いてから説得できるようならば説得してダメなら3人で頑張ってみよう。
もし、説得がだめだったら・・・
父さん、母さん、兄さん。
ごめんね。一刻も早く帰りたいけど少しだけ遠回りしてから帰るね。
私はなんとか自分の中で答えを出してセリスの答えをじっと待つことにした。
会議が始まっても誰も話し出さないのはなぜだろう?
迷っているのだろうか?
その場合は僕はどうするべきなのだろう?
率先して意見を言う?
話し出すのをただ待つ?
今のうちに自分の考えをまとめる?
でも、僕はこのパーティーの人達の好意で迎え入れられている。
自分から脱退や解散なんてできない。
しちゃいけない。
僕はまだこの人たちに何も返せていない。
僕みたいな弱くて情けない弱虫に返せるモノがあるのかはわからないけれど・・・
彼らの役に立ちたいという気持ちは本物だ。
僕はそっと胸に手を当てて自分の想いを確かめる。
ゾクン・・・!
自分の想いを確かめる。認識する。決意するための行為を行っただけなのに僕の背中には寒気が走った。
今日のアルトさんの姿を思い出してしまったからだ。
悪魔の様な顔で高笑いをあげて砲撃を撃ち続け殺戮を行う快楽主義者。
あの時のアルトさんはまさにそんな感じだった。
パラサイトアントを殺し終ったら次は自分の番なのじゃないかとパラサイトアントから身を守るための水の結界が僕には獲物を逃がさないための檻に見えた。
あの後からアルトさんが元の状態に戻っても僕はまともに彼の顔を見ることができていない。
このままでは同じパーティーで活動するのに支障をきたすかも知れない。
でも、僕にはアルトさん達から離れるという選択肢はない。
レベル的にもこの街のダンジョンで一人で生きていくには早すぎる。
僕のレベルは10になったばかりだ。
普通に訓練を受けてからダンジョンに入ってレベルを上げた人ならともかく、いきなりダンジョンに潜ってただレベルを上げただけの僕ではダンジョン内でどう行動すればいいのかよくわかっていない。
敵を倒すことはできる。
だから、お金を稼ぐこともできる。
宿代が銅貨10枚。三食の食費に銅貨60枚あれば最低限の食生活が送れる。
一日70枚の銅貨を稼ぐにはボーンソルジャーだけを倒すとして一体から取れる骨の量は2、5kgで1kgが銅貨1枚半だから2、5×1、5=3、75。
これがボーンソルジャー1体から取れる骨の金額。銅貨3枚と半銅貨1枚あまり半々銅貨一枚分。
半々銅貨は存在しないので取引不成立でこの分だけ骨は返ってくる。
次に武器や防具だ。
ボーンソルジャーの武器や防具は一律銅貨10枚だ。
効果付きや魔法付与がなされていれば別だけどね。
そうなるとボーンソルジャーを一体倒すと銅貨13枚半は確定で手に入る。
一日に倒さなければならないボーンソルジャーの数は6体だ。
この数字だけ見ると何とかなりそうな気もするけれど実際はそうはいかない。
装備や衣服の手入れにもお金はかかるし、今はパラサイトアントと遭遇する危険もある。
その危険がなくなっても僕はアルトさんの指示通り戦っているだけで自分ではあまり物事を判断していない。
「やれ」と言われたことはできても「自分で率先して」できるとは限らないし、今は近くにアルトさんやアーシェさん、アリスさんがいる。
だからこそ、戦えているという部分がある。
狩りの時は一人で戦えたけれどもあれは相手が獣だからだ。
魔物や魔獣とは違う。
彼らは異形で異質な存在だ。
魔物は食事をするためでもないのに人を襲うし、魔獣は魔力を持った獣なだけなのにその存在は異質で恐怖と不安を駆りたてる。
その雄叫びは恐怖を撒き散らし、攻撃して泣き叫ぶと途端にこちら側の罪悪感と不安を駆りたてる。
僕以外の人達はあんなのを食らってなぜ平気なのだろうか・・・
セリスの感じている疑問は実は彼の精神の弱さが原因なのだ。
普通の人は訓練で戦闘の技術とそれを実戦で使う為の精神力を養う。
これにより魔獣や魔物が放つ異質な魔力に耐性をつけてから戦いに臨む。
しかし、彼はそれをしてこなかった。
アルトの様に己を鍛え、練磨してきた人間の様な精神的強さがなかった。
それ故に魔獣の放つ魔力が籠った叫び声に敏感に反応してしまうのだ。
セリスは不安を抱えてただ皆の答えを待っていた。
自分には実力も行動を選ぶ権利もないと思っているからだ。
アルトに対する恐怖心は拭いきれないがそれでもこのパーティーに誘ってくれた恩人を忌み嫌う様に去ることはできない。
それが、セリスが恐怖を抱きながらも抱える想いであった。
この後、長い沈黙の後で三人は三者三様に「なぜ誰も話そうとしないのか?!」という疑問をぶつけ合い話し合いは成立するのだった。




