第四話 思わぬ誤算
俺は最初の1匹以外に催眠魔法で一列に並んでいた4匹とその後、リリスが追加で催眠にかけてくれた3匹の計8匹を狩った。
最初はウサギを殺すことに覚えていた罪悪感も8匹も殺すと慣れてくるようで大分平気になってきた。
そもそも、昔の人たちは狩りで生活をしていたのだ。
元の世界ではそんな必要がないので俺は動物を殺すことに抵抗を持っていた。
しかし、今は事情が違う。
この世界では狩りは生活の一部なのだ。
そう言い聞かせて『郷に入っては郷に従え』の精神の下、俺はウサギを狩った。
(だいぶ慣れてきたけど、慣れすぎるのもなんとなく恐いな。動物殺すのは心が歪んだ人間ってニュースで見たからかな?)
快楽のために動物を殺すのと生きるためにしかたなく殺すのとでは行為は同じでも全く別物なのだが俺はそう思った。
続いて俺たちは狩ったウサギの血抜き、皮剥ぎ、内臓の取出しなどを行う。
俺はやったことがないのでリリスがまずやってみせるという話になったのだが、なかなか見るのは大変だった。
リリスは慣れた手つきでウサギを次々と処理していく。
リリスの作業を傍から見ていて俺にはできそうにもなかったのだが、(これからはこういうこともしなければいけない!)という半ば使命感の下。
「やらせてくれ」
俺は勇気を振り絞ってそう言った。
・・・のだが、その言葉を聞いたリリスは急にオロオロしだした。
どうしたのだろうと顔を覗き込むとリリスは顔を赤らめる。
「こ・・・ ここでか・・・?」
リリスは顔を塞ぎ込みがちにそう言った。
俺は「ここ以外でどこでやるんだ?」と素で返した。
「わかった。 優しくしておくれよ。」
リリスは急に服に手をかけて脱ぎだす。
俺はその行動を見てようやくリリスが勘違いをしていることに気づいた。
(リリスはいつもそういう方向に話を持っていくな。これからはちゃんと言葉を選ばないとな。)
「ウサギの処理をやらせてくれって言ったんだよ。」
俺は言葉を言い直した。
リリスは口を尖らせながら残念そうな顔を向けてきた。
ウサギの処理はリリスの「そんな真っ青な顔で何いっとる。」の一言で見ているだけになった。
正直、本当にやってたらまた吐いていたかもしれない。
内臓ってなんかモンスターみたいだった。
リリスがウサギの処理を終えた後は、山菜や薬草取りになった。
リリスは仙人だからなのか。山菜や薬草、毒草について詳しく説明してくれた。
狩りの仕方だけでなく山菜や薬草と毒草の見分け方を習うことになりまだ午前中だというのにかなり精神的に疲れてしまった。
「うう~ん。 腹減ったから昼飯にしない?」
俺は山菜取りのために中腰になっていた腰を伸ばしながらリリスにそう声をかけた。
「昼にはまだ少し早いがまぁ、いいじゃろう」
リリスは上空を見据えながらそう言った。
俺もつられて空を見るが昼近くになったというのに霧は全く晴れておらず空を見上げても見えるのは木の枝と葉、それに霧のみ。
俺はリリスが何を見てそう言ったのか最初は理解できなかった。
が、リリスは『千里眼』の力で異世界を覗いたのほどなので霧の向こうぐらい簡単に見通せるのかもしれない。
(その能力のせいで俺はリリスに眼をつけられたんだよなぁ~。)
異世界に行くという一生に遭うか合わないかわからないそんな偶然に出会ったことを喜ぶべきなのか。
ただただ己の不幸を呪うべきなのか。
(とりあえず、一人で生きていく力を手に入れてからリリスを恨むことにしよう。)
今はまだリリスの保護下にないと生きていけないのでそう思うことにした。
俺がそんなことを思ってリリスの下に歩いて行っている間にリリスは魔法のカバンからレジャーシート的なものを敷いてその上に弁当と陶器でできた水筒を置いていた。
俺は靴を脱ぎそこに座る。
俺がシートの上に座るとリリスは陶器でできた湯呑を魔法の鞄から出して、水筒から水を注いで俺に渡してくれた。
俺は渡された湯呑を一口飲むと吐いた後に渡された竹筒の水筒に入っていたレモンジュースっぽい飲み物と同じ味がした。
(無色透明で一見、水にしか見えないのに味はレモンジュースなんだよな。この世界の水がこんな味なのか。単にリリスが好きな飲み物なのか。)
小屋の傍に流れている川の水を飲んで後で確かめてみようと思った。
リリスは弁当を広げて俺に箸を渡してくれる。
弁当の中身はおにぎり、サラダ、魚の揚げ物と楕円形の肉団子だった。
「お主の世界で定番のソーセージを作ろうとしたんじゃが、作り方がわからんでのう。こんな風になってしまったのじゃ。」
リリスはそう言いながら楕円形の肉団子を箸で掴んで口元に運び舌でなめまわす。
(艶めかしい仕草のつもりなのだろうか? 食べ物で遊ぶなんてリリスは子供だな。)
内心一瞬ドキッ!っとしたことを悟られないように俺はリリスに「汚いからやめなさい」というとリリスは不機嫌そうに肉団子にかぶりつき食い千切った。
なんだか見ていて痛々しい感じになったが俺は懸命に顔を取り繕う。
リリスはそんな俺を見てニヤニヤしながら喜んでいたので俺の苦労は失敗に終わったわけだが、俺はうまく誤魔化すことに成功した素振りでリリスにいくつかの質問をした。
リリスも食事時の談笑の話題としていろいろと話してくれた。
まず、俺たちのいるこの山というか山脈は一年中霧が立ち込めているらしく人は立ち寄らないらしい。
なんでも、周囲の村や町では一度上ると帰って来れなくなる「迷いの霊山」として知られているらしい。
リリスは「人が寄り付かない霊山なんて仙人の住処としては妥当じゃろう?」と言って笑っていた。
俺としては、リリスと逸れたら餓死かその辺の猛獣に殺されるしかないので一人で人里への下山は諦めるしかなさそうなので非常に残念だ。
次に肉体強化の魔法ってどれくらい持続できるのか聞いてみた。
ここに来るまでに一時間、ここでもすでに二時間以上が経過しているはずなので三時間以上は掛けっぱなしなのだが魔法の効果ってどれくらい持つか気になったのだ。
「お主にかけておる魔法は半日は持つように掛けとるよ。時間にして十二時間かのまぁ、多少の誤差はあるじゃろうがの。その強化魔法は威力が低いから魔力の消費は半日かけてもワシにとっては微々たるものじゃよ。」
普通の強化魔法は10分で魔力100ぐらい消費するらしいが俺のはその十分の一の魔力で三倍以上時間が長持ちする魔法らしい。
最後に俺の服装について聞いてみた。今更だが俺はなぜか高校の学生服を着ていて靴も靴下も履いていた。
昨日、寝る前はパジャマだったのでどう考えてもおかしいと思い尋ねるとリリスは驚くべきことを口にした。
「いや、その恰好はお主が着替えて家を出た瞬間にワシに拉致られたからじゃよ。朝起きてからの記憶がないのは術の後遺症化のちなみにお主はこっちに来てから丸一日は寝たきりじゃったぞ。」
なんということだろう。俺は知らないうちに異世界で実は一日暮らしていたらしい。寝たきりだけど・・
(朝食を少なくとったのを気にしてたのは丸一日寝て何も食ってなかったからか。)
俺は衝撃の事実に驚き口を閉ざしてしまった。
まだまだ、魔法のこととかこの世界の世界情勢とか色々と聞きたいことはあったのだがそんなことよりも実は「拉致られて一日寝てたぞお前」は俺にとってかなり衝撃的だった。
「まぁ、怪我も後遺症もなさそうじゃしよかったの。」
全然良くないのだが、リリスは俺に無邪気にそういった。
一発ぶん殴ってやりたかったが、そうはいかないのでグッと我慢した。
昼食をとり終わり俺たちは今度は林の近くにある川に行って釣りをすることにした。
リリスが「食後は一時間ほど何もしないのがワシのスタイルじゃ」という非常に自分勝手な理由のような気もするのだが、特に断る理由もないので賛成した。
(こっちの世界で特にしたいことがない今、焦ってレベル上げをしてもな。)
俺はリリスに対していい感情を抱いていない。
事情が事情なだけに誰でも納得するだろう。
もし納得しないやつがいればそいつはものすごいドMか非常に頭がおかしいやつだろう。
少なくとも俺には自分を拉致、もしくは誘拐した人間に対していい感情を抱くだなんて理解できない。
(現状、リリスの助けがないと生きていけないんだよな。)
リリスはものすごい策略家だと俺は思う。
拉致するが何も強要せず、自由にさせつつ決して逃げられないという状況を作りださず、でも自分に依存しないと生きていけない環境を作りあげる。
こうすることで、俺は自分からリリスの庇護下に入るという選択をするしかない。
例え、自分を拉致した人物でも、その人を表だってを警戒し敵視することはできない。
そんなことをすれば、俺は一人荒野に置き去りにでもされて野犬かオオカミの餌になってしまうことだろう。
結局、俺にできることは心の中でリリスを恨みつつ表では「リリスさん助けてください」とお願いするしかない。
川でリリスの用意していた釣り竿を使って糸を垂らしながら俺はリリスへの不満を募らせていた。
リリスはそんなことは露知らず、純粋に釣りを楽しんでいた。
全裸で・・・・
俺は見間違いかと思いチラチラと何度か自分の釣糸とリリスの方に目をやる。
リリスは俺の視線に気づいているのかニヤニヤと笑っている気がする。
俺は放置すべきか突っ込むべきなのか考えながら釣糸を真剣に見つめる。
「かかった!」
「・・・?!」
リリスのあげた甲高い喜びの声に俺は驚いて思わず釣竿を落としてしまう。
カシャリ と音を立てて釣竿が川辺の石ころの上に落ちた。
俺は思わず、リリスを見るとリリスは釣り上げた魚を持ちながら俺の方をニヤニヤと笑いながら見ている。
「リリス。なんで裸なんだ?」
俺は今さっきリリスが裸であることに気づいた様な素振りでそう話しかけた。
「ん?ああこれか。食欲を満たしたら次は性欲じゃろう?お主が襲いやすいようにしとるんじゃよ♪」
リリスは俺の動揺に気づいているはずだが、素知らぬ顔で状況を楽しむようにそう言った。
俺はリリスの裸に驚いたのであって決して欲情したわけではないのだが、なぜか欲情したことを隠すような形になってしまった。
「俺がお前を襲うことはないから服を着たらどうだ。そのままだと風邪をひくぞ。」
俺は竿を拾いもう一度餌を付け直して釣りをやり直す。
「むう・・・ せっかく準備したのに・・・」
リリスは口を尖らせながら林の方に歩いていく。
脱いだ服を取りに行ったのだろう。
(準備って服脱いだだけじゃん。)
そう思いながらリリスの方に目をやるとそこにはキャンプで使うようなテントが張ってあった。
寝る様の三角形のものではなく、学校などで使うような雨を防ぐための上部だけ布が張ってあるタイプのテントだ。
その下には先程のレジャーシートとさらにその上には布団が敷いてあった。
(本当に準備万端だたった・・・)
俺は唖然として口をポカンと開けて言葉を失う。
あまりにも、ポカンとしすぎて俺は釣糸が引いていることに気づかず、餌はいつの間にか取られていた。
その後もなぜか俺は思考を釣りに集中できず、何度も餌をとられてしまう。
俺たちは一時間ほど釣りを楽しんだ。
結果は俺は0匹でリリスは4匹ほど釣っていた。
せめて一匹だけでも釣りたかったのだが、リリスが「今日中にもう少しレベルを上げた方がいいじゃろう。」という意見の下、俺の釣り続行の意見は却下された。
俺は釣りに未練を感じながら武器を手に取り林へと向かう。
リリスはまたも催眠の呪文でウサギか何かを呼び出そうとするが俺はそれを制止する。
「動いている標的を倒したいから自分で探すよ。」
「狩りのイロハも知らんくせに、おまけに今のお主は5歳児と同じ能力しかないのじゃぞ? とてもではないがウサギ一匹仕留めるのもできるとは思えん。」
リリスはそういって俺の意見を否定するが俺は自分の意見を曲げない。
「リリスの魔法で強化されてるから大丈夫さ。 それにただ殺すのと自分で探しだして仕留めるのとでは手に入るものが違う。」
「そんなものはレベルが上がればどうとでもなるじゃろうが。」
リリスはただ経験値を上げてレベルを上げるよりも、狩りの難しさや必要な技術を自分で考えながら得ることによってレベルアップではなく知識とか経験的な勘などを養おうとする俺の考え方をバッサリと否定する。
両者の意見は交わらない。
互いに重要視しているものが違うので当然の結果といえる。
俺達は自分の意見が正しいと信じて譲らず、ただ睨み合う。
両者は相手の眼をじっと睨み互いの意志の強さと相手の頑固な性格を見抜いてお互いにそれ以上意見を言い合わず実力行使に出る。
リリスは魔法を発動させ、俺は一人林の中に走り出す。
「ちょ! お主!」
リリスは俺が走り出すとなどと全く思わなかったのだろう。動揺する。
リリスの動揺はもっともだ。
何せリリスは実は異界を覗く能力で数年前から主人公のことを見ていたのだ。
そのため、リリスは主人公の理解力と洞察力、思慮深さを知っている。
そんな主人公がリリスの庇護下から離れ危険な行動に出るとは想像もできなかった。
そのため、一瞬だけリリスは追いかけるのが遅れる。その一瞬の隙に主人公は霧の中の林へと消えていった。
(ワシはアヤツをこちらに召喚した云わばアヤツが来たくもない世界に来た元凶。 だから、アヤツがワシの心の中ではワシのことを嫌っておることは間違いない。しかし、なぜじゃ? この霧の中、一人になれば危険なことぐらい。アヤツなら理解しておるはず・・・!!)
リリスのこの考えは正しい。
事実、主人公もリリスからこの霧の深い山の中ではリリスから離れない方がいいと理解していた。
しかし、今の主人公には自分の行動を頑なに信じて行動しようとする意志の方が強く働いている。
(大切な事実よりも感情を優先するとはまるで子供じゃな。 ・・・!子供!?)
リリスはそんなことを思いながら探知魔法で霧の中を捜索しながら進む。
この霧の中では探知の魔法をもってしてもなぜか道に迷うことがあるのでリリスは慎重に捜査しながら主人公を全速力で追う。
リリスの心配を知らずに主人公の方は全く気にせず獲物を見つけに林の中を無邪気に笑顔を浮かべながら駆け回る。
まるで、無邪気に走り回る子供の様に・・・
(まずい! まさかとは思うがレベルの影響が精神にまで及んでおるとすれば、アヤツは能力だけでなく思考レベルまで5歳児と同等ということになる。しかし・・・)
そんなことが起こり得るのかとリリスは思うが、異世界からこの世界に来た人間はリリスの知る限り主人公ただ一人。
故に、本来想定しえないレベルによる精神年齢の低下、それによる思考能力の低下なども起こらないとは誰にも予想できない。
(目覚めてからの会話では特に問題がなかった。それが今になって・・・・ いや、もしかしたら今もなお精神年齢は低下し続けておるのかもしれんもしそうなら・・・)
リリスの懸念はただ一つ、精神年齢の低下だけでなく肉体面でも今までにない変化が起こっている可能性であった。
一つは筋力の低下によって立てなくなる可能性。レベル的に見て今の主人公の能力は5歳児と同じしかない。その程度の筋力で16歳の大きさの体を支えられるのかという懸念。
ただ、これはリリスの魔法による効果で立てなくなる可能性は低い。
次に記憶の忘却もしくは消失。16年異世界で生きてきているがこの世界では生きた年数は0年、レベル的には5歳児相当であるためこの二つのどちらかと同等クラスの記憶、もしくは知識の欠如が起こった場合。主人公は赤ん坊のように立つどころか這いつくばることもできないし五歳児相当でも、自分の精神と体の大きさの違いに心を病んでしまうかもしれない。
リリスはそんな最悪の事態を想定しながら突き進む。
木々の間をかき分けて突き進んだ先でようやくリリスは主人公を視認した。
主人公は何かに怯えているのか両手で棍棒を握りしめて視線を斜め下に固定したまま動かない。
その眼は大きく開かれ、呼吸は浅く早い、足は震えているようだ。
(まずい、オオカミか何かに出くわしたか。)
リリスは主人公の様子から視線の先に獰猛な獣がいることを勘づいて魔法を発動する。
リリスの勘は正しくリリスの魔法の展開とほぼ同時に草むらの陰から主人公に向かってオオカミが高く跳躍して襲いかかる姿が見えた。
リリスはオオカミに向かいすぐさま魔法でできた石の弾丸を飛ばした。
石の弾丸の大きさはリリスのこぶし大と小さくいが、鋭く尖っている。
その石の弾丸が高速で発射され、跳躍したオオカミの左目に突き刺さりそのまま頭部を貫通した。
オオカミの体は空中でその力を失い飛んできた石の弾丸の力でそのまま後方に吹き飛びドサリと音を立てて落ちた。
リリスが駆け寄ると主人公は涙目になりながら振り返り子供の様に泣きじゃくりながらリリスの胸に抱きついてきた。
「すまぬ。 まさかこんなことになるとは想定外じゃった。」
リリスは小さくそうつぶやいた。
おそらく、今の主人公の知能指数はレベル相当の5歳児程度なので言ってもどういうことか正確に理解できないだろう。
リリスは申し訳ないと思いつつ早くレベルを上げて元の状態に戻してやろうと思うのだった。




