第二十話 ゴースト戦
ちょっと時間かかった。
いつもより長いです。
広間を抜けた先の通路内で俺達は昼食を取ることにした。
なんでも、ここから先はボーン、ボーンソルジャー以外の厄介な魔物が出るらしく。
その前に昼食を取っておこうという提案があったからだ。
昼食時のご飯は大抵リリスが用意してくれているので俺はその辺の適当な岩に腰かけてボーっとしている。
事実、俺のすぐ横に腰かけてリリスがお弁当を広げて水筒内のお茶をコップに注いでくれる。
「アルトは何もしなくて楽そうですね。」
「仲がよろしくていいじゃないですか。」
二人がこちらを見て笑っているが俺にまで内容は聞こえてこない。
アーシェとアリスは少し離れたところで鍋に水と切った野菜やお肉を入れてスープの様なものを用意しだした。
鍋の下にあるのはコンロだろうか?
「あれはなんだ?」
俺が鍋の下にあるコンロ的なものを指さして尋ねるとリリスは口の中の物を飲み込んでから口を開く。
「ワシが持っておる調理用のマジックアイテムじゃよ。コンセントを地面に刺すとダンジョン内の土はたいていが魔晶石じゃからのそれに反応して上部に取り付けられた魔法石が発熱してダンジョン内でも暖かい食べ物が作れるという優れものじゃ。」
やはりコンロ的な物らしい。
「二人は弁当を持ってきていないのか?」
「いや、持っておるはずじゃが昼食に暖かい物が食べたいと言っていたので食材と共に貸したんじゃよ。材料は四人分渡しておるからお主の分も作って持ってきてくれるぞ。」
「そうか。ここから先のエリアにはボーンソルジャーとはまた違う魔物が出るんだっけか?」
「ああ、ゴーストという物理攻撃が効かない厄介な魔物じゃの。アリスの光魔法はこの時のために取っておいたほうがよかったかの。」
リリスは正直、今日中にここまで来るとは思っていなかったのでアリスの魔力が尽きても問題ないと思っていたらしい。
アーシェもここから先のゴーストのみはリリスさんに倒してもらった方がいいと提案していた。
「俺の魔法銃で倒せないのか?」
「いや、お主の魔法銃の威力と腕前は相当な物じゃから十分いけると思うが魔力量が持つかが心配じゃのアーシェは物理攻撃しか攻撃手段がないしアリスはここまでで魔力を使い切っておるからの。」
ここまでに来る途中で回復魔法を使う事態にはリリスがいるからなってはいない。
ただ、その分を攻撃魔法の使用に回して進んできたためにアリスの魔力は尽きてしまっていた。
俺は魔法銃の威力と精度が上がって魔力消費をさらに抑えて来たし、三人いるということで魔力をほとんど消費していないがそれでもまだまだ総魔力量自体が低いので残弾が心許ない。
「しょうがない。昨日作ったこいつをアーシェに渡して戦うか。」
俺はそう言って自分のマジックバックから一本のナイフを取り出す。
これは昨日完成した、俺が初めて作った魔法を付加したナイフだ。
と言っても市販の普通のナイフに付加魔法を施しただけのものだが、それでもある程度の威力はあるはずだ。
「よいのか? 付加魔法を習得しておることは秘密ではなかったのか?」
「そうだな。説明するの面倒だし、リリスの方から渡してくれないか?」
「ワシがか? お主の装備と比べられたら性能に雲泥の差があるから嫌われたりせんじゃろうか・・・」
「嫌ならいいよ。 お前の持ってる武器の中でいいのを貸してやったらどうだ?」
「ううむ。恋人のために集めた装備を他の女に貸すのは・・・ なんか嫌じゃの。」
リリスは結局、俺のナイフを手に取って自分のマジックバックにしまう。
「渡す時にリリスが作った付加魔法付きのナイフってことにすればいい。そうすれば怪しまれないさ。」
「なるほどの。」
俺のアドバイスを聞いて納得してからリリスは箸を進めて昼食を再開する。
「スープできましたよ~♪」
俺とリリスが弁当を食べ終わると同時にアリスが両手にスープの入った器を持ってこちらにやってきた。
「ありがとう」
「すまんの。」
俺とリリスはお互いに礼を言ってスープを受け取り口をつける。
「うむ、いい味じゃの。」
「おいしいな。」
「・・・♪ では、私たちはこれから昼食ですので失礼します。」
アリスはスープの感想を聞いて満足そうな笑顔を浮かべるとアーシェの下に帰って行った。
「二人とも性格も料理の腕もいいなんて冒険者をやらずに婿探しをした方がいいんじゃないか?」
「そうじゃの~。 ハッ!!」
(まさか、こやつ・・・・ あの二人のことを?! ここはワシも何か手料理を・・・!)
「御馳走様。 腹いっぱいだな。 少し寝るかな・・・・」
アルトが横で背筋を伸ばして横になるのを見てリリスは残念そうに項垂れた。
(一手遅かったか・・・・)
「どうしたんだ?」
「いや、なんでもない。 アーシェに武器を渡してくるわい。」
リリスはそう言って項垂れたままアーシェ達の方へとゆっくりと歩を進めていった。
「・・・・? よくわからんな。」
アルトはそんなリリスを余所にしばらく眠ることにした。
アルトの下を離れ、アーシェとアリスの所にいったリリスは食事中のアーシェにナイフを差し出す。
「これは?」
差し出されたナイフを見つめてアーシェは食事中の手を止める。
「食事中に出すのはよろしくないの。あとで、使い方を教えるとして、これはワシの最近覚えた付加魔法を施したナイフじゃ。魔力を込めるだけで発動して魔力の刃を形成するだけの単純な作りじゃが、お主にも使える。魔力でできた刃はゴーストの体を貫くことができる。これから先の戦いで役に立つじゃろう。」
「しかし、私は魔力量も少ないですし・・・ 魔力の操作もうまくありません。他の方が使った方が…」
アーシェはナイフを見つめて残念そうな顔を向ける。
「あほう。お主が使うから意味があるんじゃろうが!」
リリスはアーシェに説教を始めた。
「お主が魔法を使えんからこれを使う意味があるんじゃよ。アリスとワシは魔法を使う方が効率がいいし、アルトはワシの渡した魔法銃を持っておる。唯一、ワシらの中でゴーストへの攻撃手段がないお主だからこそ使う意味があるのじゃ。」
「た、確かにそうかもしれませんが・・・」
アーシェはリリスの話しに納得しているようだが、余程魔力の操作に自信がないのか。
リリスと眼を合わせようせず、アリスに助けを求める様に視線を送る。
「すみません。アーシェは魔力の操作が苦手で・・・ 何度か教えたのですがうまくいかず・・・」
アリスがアーシェを庇うかのようにリリスを説得するために言葉を述べる。
「レベルにより管理されたこの世界で、得手不得手もあるまい。そんなものはお主の思い違いだ。変に苦手と意識しておるだけじゃ。魔力の操作など誰にでも簡単にできる。」
「そんなことはありません!同じ職業、レベル、同一の人物の下で修行をしてもスキルの発現までには時間差がありますしレベルの上昇にも個人差による影響があります!」
アリスはリリスの言葉を否定しようと声を荒げる。
「それは本人の努力や取り組む時の真剣さの違いじゃろう。」
リリスはリリスで自分の意見を曲げようとはしない。
「あ、あの・・・」
二人の険悪な表情を見てアーシェが口を開こうとして途中で口ごもってしまう。
自分がアリスにフォローを頼んだ手前、アーシェは自分が二人の口喧嘩を止めていいのかと戸惑ってしまい言葉が先に進まない。
そんなアーシェを余所に二人の討論はさらに発展していく。
(ど、どうしよう・・・ どうすれば・・・)
アーシェは二人の顔を交互に見ることしかできない自分を歯痒く思いながらもどうすればいいのかわからないでいた。
「うるさい! 静かにしろ!」
そんな二人の討論を一人の男の声が制止する。
声の主へと皆が一斉に振り向くとアルトが私たちのすぐ近くまで歩いて来ていた。
睡眠を妨害されたからか、眼は少し赤くその表情は不機嫌一色に染まっている。
「しかしじゃの・・・!」
「ですが・・・!」
ガシ!
「黙れ!」
「「・・・」」
アリスとリリスの二人が反論しようと声を荒げようとした瞬間、アルトは二人の頭を鷲掴みにして低く重い声でイラついた目つきで二人を睨んで黙らせる。
その後、アルトは私に二人の討論の事情を聴いてから一つため息をついて頭を抱える。
「どうでもいい・・・ お前らとりあえず、飯をさっさと食え。」
アーシェとアリスはそう促されるまま昼食を再開する。
「リリスとアリスの討論はダンジョン探索外の時間にやってくれ。これはリーダーとしての命令だ。異議は認めない。 それから、アーシェは食後に本当にこのナイフが使えないか確認してから使うかどうかを決めよう。できなければ、できないでその時に対策を考えればいい。以上だ。俺は寝る。30分後に起こしてくれ。出発するぞ。」
アルトはそう言い残してまた岩の上に戻ると横になる。
リリスも気まずい雰囲気から逃げる様にアルトの傍に行って同じように横になる。
アーシェとアリスは気まずい雰囲気の中で食事を続けることにした。
二人は何とか場の雰囲気を良くしようと苦笑いを浮かべて場を和ませようと努力した。
約三十分後、リリスは体を起こして背伸びをしたのち、アルトの体を揺すって起こす。
アルトは眠たそうに目を擦りながら起き上ると背伸びをして大きな欠伸をした。
二人はアーシェとアリスの所まで寄ると適当な岩に腰かけて座る。
「じゃ、アーシェ。ナイフに魔力流してみて。」
アルトの言葉に促されてナイフを手に取ったアーシェはナイフを両手で握りしめて魔力を流す。
ナイフを握り締めたアーシェは妙に緊張していて魔力がうまく手から先のナイフに流れておらず、ナイフの付加魔法は発動しない。
「ふむ。精神的な問題は大分深いようじゃの。何か原因でもあるのかの?」
「さぁ、一年前からこうですから私からは何とも・・・」
リリスとアリスは二人して顔を見合わせて不安げな顔をアーシェに向ける。
アーシェはそんな二人の心配をよそにただただ真剣にナイフを見つめる。
「少し失礼するぞ。」
アルトはそう言ってアーシェの背後に回ると「フッ」と耳に息を吹きかける。
「はわ?!」
アーシェは急に息を吹きかけられて気が動転したのか奇声をあげて立ち上がると振り返ってアルトにナイフを突きつける。
「な、何をするこの変質者が!!」
今にも切りかかりそうなアーシェを余所に、アルトは平然とナイフを見つめる。
「なんだ、できるじゃないか。」
アルトはそう言うと立ち上がって先を進むための準備をし始めた。
「な、なんと羨ましい・・・・ ではなく! お、お主一体何をしておるのじゃ?!」
リリスは羨ましそうにアーシェを見た後、アルトに対して抗議の声を上げる。
「はわわわ・・・アルトさんって大胆ですね・・・///」
アリスは両手で顔を覆って顔を真っ赤にしながら伏せてしまう。
「な、貴様この後に及んで逃げるのか?!」
アーシェは余程腹立たしいのか、単に恥ずかしいだけなのか顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。
他の三人は何が起こったのかわからず、三者三様のリアクションを取る。
「ああ、アーシェ。魔力はもう止めていいぞ。無駄に消費する必要もないだろう。行くぞ。」
アルトだけは全く気にせず、先に進む。
アルトの言葉を聞いて三人はアーシェの持つナイフに眼をやるとそこには魔力を注入されて透明な魔力の刃がナイフの刀身を覆う形で形成されていた。
「できている・・・ できた!!」
「やったね。 アーシェ!」
アーシェはナイフの刃を見つめて喜び。
アリスは立ち上がるとアーシェの両手を上から握り締めて喜びを分かち合う。
「・・・」
リリスは両手を組んで一呼吸してからアルトを追いかけて先を進む。
アーシェとアリスもそれを見て出発の準備をして二人の後に続く。
「アリス、どれくらい魔力は回復した?」
三人が追い付くのを確認してからアルトはアリスに昼食を取ったことでどれくらい回復したかを尋ねる。
「ええっと・・・ 魔法二発分ぐらいです。」
アリスはステータス画面を開いて魔力量の残量を確認する。
「なら、それを使い切るまでは後方で備えてくれ。なくなったら前衛に出て敵の足止めを頼む。俺が後方から銃で援護する。」
「分かりました。」
アルトがザックリとした作戦を立てるとアリスは頷いてから返事を返す。
「魔力がなくなったら今日は帰ろうか。」
最後に、新しく踏み出す通路の前で振り返ってアルトは優しい笑みを浮かべて皆を励ますようにそう言った。
「「はい」」
「うむ。」
三人の気持ちのいい返事を聞いてからアルトを先頭に一行は先へと進む。
これから行く先の通路は先程よりも少し広く幅は5mほどある。
さらにいくつもの分岐点が数メートル内にいくつもあり、足跡もいくつものルートに分かれておりどこが正解のルートかわからない。
「リリス。索敵魔法で周囲を探って人のいないルートを検索してくれ。」
「了解じゃ。」
アルトの期待に応えるべく、リリスは広域探索魔法で周囲の状況を探り、ほかの冒険者のグループに合わないルートを探す。
「都合のいい時だけリリスさんを頼るのか」とアーシェが愚痴をこぼすがアルトは気にしない。
「ふむ。こっちとこっちじゃの。」
探索が終わったのかリリスは二つのルートを指さして人のいないルートを教えてくれる。
「魔物が多くいるのは?」
「こっちじゃの。すぐ先に3体ほどおる。」
「そっちにしようか。」
アルトはリリスから必要な情報を聞き出してルートを選択して先へと進む。
アーシェやアリスには意見を求めない。
二人も特に意見がないのか、それに追従する。
曲がりくねった道を十数メートルほど進むんだ先で一行は3体のボーンソルジャーを視認した。
「一人一体だな。迅速に片付けよう。 リリスは手を出すなよ。 行くぞ!」
アルトの合図を始めに三人は一気に駆け出して三体の魔物の下へと向かう。
三体のボンソルもアルトたちに気づいたのかそれぞれが武器を構える。
(剣二体に槍が一体か・・・)
アルトはまず、相手の足を止めるために銃を抜き牽制と先制攻撃のための銃弾を撃ち込む。
ボンソル達はそれによりその場に足止めされて駆け出すことができない。
その隙にアーシェがいち早く相手の懐に飛び込んで剣を振るう。
ガキン!
アーシェの放った剣は走った勢いを乗せてボンソルの手甲を弾いて肋骨の骨を一本砕いた。
それを見て周りの二体がアーシェに襲い掛かろうとするが、アルトの放つ銃弾がそれを許さない。
アーシェにろっ骨を一本切り落とされたボンソルはアーシェに反撃の一撃を放つが、アーシェの盾に阻まれてしまう。
ただ、今回のボンソルは以前までの奴よりレベルが高いのかその後もアーシェの盾を連続で切り付ける。
アルトはアーシェとボンソルが一対一になる様に二体のボンソルに銃を放って牽制しながら近付くと最後は銃をしまい棍棒を地面に水平に持ち二体のボンソルを押し出すように両手を突き出し、アーシェから突き放す。
それを傍目から見ていたアーシェは「ようやく周りを気にせず戦える」とでも言いたげに意気揚々と剣を振るい反撃に転じる。
アルトがボンソル二体を少しばかり押し込んだところで二体のボンソルが反撃に転じようと逆にアルトの棍棒を弾き飛ばそうと上方に力を入れて弾く。
棍棒は弾き飛ばされなかったが、アルトは両手を上げて体を無防備にさらしてしまう。
そんなアルトの横からアリスが顔を出してメイスを振るう。
アルトの棍棒を弾くためにボンソル二体も武器を上方に掲げる様に体勢を崩しており、アリスの放つ下方からのメイスの一撃を防ぐことはできない。
ボカァ!!
「まず一体です!」
アリスの放った光魔法を付与されたメイスの一撃で剣を持ったボンソルが一体、骨と胸当てを残して後の防具は黒い靄となって拡散した。
仲間がやられたことに怒ったのか、槍を持ったボンソルがカラカラと歯を噛み合わせて態勢を整えてから反撃に移ろうとする。
「ふん!」
だが、それをアルトが棍棒を振り下ろして制止する。
棍棒は槍の防御に遮られてしまい残念ながらボンソルを倒すには至らないが、今だと言わんばかりにアリスがもう一度、メイスを振り上げようとした瞬間。
「アリス!後ろじゃ!」
リリスの叫び声がアリスの耳に届いた。
アリスは咄嗟に体を反転させて身構えると、壁から頭だけを出したゴーストがアリスを見つめていた。
ゴーストは人の形をしておらず、薄白く透けたからだの毛布を被ったかのような丸い頭をした魔物だ。
足はなく、短い手の様なものがある。
顔と思われる部分には目と口の部分だけ少しだけ黒ずんでおり、心霊写真の顔に見えるっぽい画像のような顔と断言していいのかわからないモノがついている。
(まだ、大丈夫! 戦える!)
アリスはメイスに宿った光の魔法の効果が持続していることを確認してからゴーストの頭にメイスを振り下ろした。
ガ!
だが、ゴーストは壁に潜ってしまい振るわれたメイスは空しくも壁を叩いただけだ。
渾身の一撃を外したためか、アリスの額には冷や汗が流れる。
一人少し離れた場所でボンソルと戦うアーシェは親友の前に現れた強敵を見て焦ったのか早くボンソルと倒そうと大ぶりの一撃を放つが、アッサリと躱されて反撃を許してしまう。
防具を着ていたおかげで何とか防げたものの、その一撃は重くよろめいてしまう。
そこにボンソルの追撃が襲い掛かり、アーシェは両膝を地面につき防戦一方になってしまう。
(く! こんなへまをするなんて・・・)
ゴーストはアリスをあざ笑うかのように別の場所から顔を覗かせてからアリスの前に姿を現した。
アリスは咄嗟にメイスを振りかぶってゴーストに再度メイスを振るう。
だが、空しくもゴーストにさらりと避けられてしまい効果がない。
アリスはここにきて初めて攻撃が当たらないことに行き場のない感情が芽生えたのか、お淑やかな性格からは想像もできない絶叫を上げてメイスを振るう。
だが、そんな大振りの攻撃がゴーストに当たるはずもない。
「落ち着け! 阿呆が!」
そんな二人にアルトの激励が飛ぶ。
二人はそこでようやく落ち着きを取り戻す。
「アーシェはそのまま攻撃を凌ぎ続けろ。アリスはゴーストを牽制! 俺が目の前のこいつを瞬殺したらゴーストの相手は俺がするからアリスはアーシェを連れて退避だ! 安心しろ。 もしもの時はリリスが何とかする! 忘れるな! お前たちはまだ半人前なんだ! できないことや失敗の一つや二つで慌てることはない!」
アルトが言い終わると同時に、アルトが相手にしていた槍を持ったボンソルの防具が黒い靄となって消えていく。
アリスはそれを確認してゴーストから距離を取る様に一気に駆け出してアーシェの下へと向かう。
ゴーストはアリスを逃がすまいと追いかけようとするが、アルトの銃弾がそれをさせてくれない。
ゴーストは不意を突かれて一発だけアルトの弾丸を浴びるとアルトの方に向き直って臨戦態勢を取り、アルトの弾丸を避けながら接近してくる。
そんな戦闘を余所にアーシェの下に駆け寄るアリスは考えあぐねていた。
(どうするのが正しい僧侶の選択なの?!)
アーシェは両膝をついて上から抑え込まれるように攻撃を受け、それを何とか盾で防いでいる。
そんなアーシェを助けるには魔法を使って一撃でボーンソルジャーを倒した方がいい。
だが、アーシェの傷は意外と深いかもしれない。
薬を使うよりも魔法を使った方が効率がいい。
だが、自分の今の魔力量では回復か攻撃、どちらか一つの魔法しか使えない。
(リリスさんに応援を頼む?! でも、あの人は・・・)
リリスは本当にどうしようもない状況になるまで助けに入らない。
それがアルトがダンジョンに入ってから言い続けているリリスさんへの制約。
リリスさんはそれを律儀に守って決して助けようとはしない。
ただ両腕を組んで戦況を見続ける。
だが、それは言い換えれば今はまだリリスさんの助けがいる様な状況ではないということ。
そんな彼女の横をいくつもの銃弾が過っていく。
(落ち着け私! 大丈夫! 耐えられる!)
アーシェもまたアリスと同じ考えに行き着いていた。
反撃の手段も方法もなくただ耐え続けるのはつらい。
だが、リリスさんが後ろに控えてまだ動かないということは状況そこまで悪くないのだろうと彼女は思っていた。
ボンソルの攻撃をただ耐える忍ぶことしかできないアーシェには現在の状況を把握できてはいない。
それにより、死を一瞬覚悟する破目にもなったがアルトの怒声の様な激励で彼女の心は潰れることはなかった。
そんな防御一辺倒の彼女の盾がボンソルの攻撃に弾かれて宙を舞う。
(く・・・ 駄目か・・・ リリスさん!アリス・・・!)
盾を弾き飛ばされてどうしようもなくなったアーシェは両目をつぶって助けを求める様に願う。
そんなアーシェにボンソルは覆いかぶさるように襲い掛かり・・・
カラカラと音を立てて崩れていった。
「・・・? これは・・・?」
「アーシェ大丈夫ですか?! 今治療しますね。」
驚いて目を開けると崩れ去ったボンソルの死体と駆け寄ってきたアリスが目に映る。
アリスはすぐさま治癒魔法でアーシェの傷口を塞ぐとそこに手荷物から取り出した薬を塗ってくれる。
「あ、ありがとう。 どうなったんですか?」
「アルトさんの魔法銃の弾丸がボーンソルジャーに命中して倒れたんですよ。アルトさんはまだ戦闘中です。私は治癒魔法で魔力を使い切ってしまいましたからもうゴーストとの戦いに参加できません。」
薬を傷口に塗り包帯を巻きながらアリスが状況を説明してくれる。
「そう言う訳で、お主が参戦せんのならばワシがゴーストを倒すことになる。」
リリスがそう言って私達のすぐそばに来てそう告げた。
アーシェとアリスがその意味を知るためにアルトとゴーストの戦いに目を向けると戦況はあまりいい状況とは言えなかった。
アルトの攻撃は一切当たらず、ゴーストはフラフラと攻撃を避けてはたまにアルトに攻撃を放つ。
ゴーストの攻撃は攻撃と呼べるほど見た目には分かりにくい。
ただ、相手の体の中を透けて通り抜けるだけなのだ。
この攻撃は肉体へのダメージはないがステータス画面の体力値は驚くほど減っている。
「このままではアルトの魔力か体力値が尽きる。ワシはそうなる前に介入するが、お主は応援に行かんのか?」
リリスはアーシェを見下ろして尋ねる。
アーシェはナイフを取り出して見つめた後、二人の戦いを見つめる。
「私が行っても足手まといにしかなりませんよ。アルトの銃弾ですら捉えられない相手を私が捕捉できるとは思えません。」
「そうか。しかし、アルトはお主が来るのを待っておるぞ?」
リリスの言葉に促されるように顔を上げてアルトを見ると、気のせいかも知れないが確かにアルトはこちらをチラチラと見ている。
「私ではなくアリスを待っているのでは? アリスの魔法ならゴーストに相当のダメージが与えられますし・・・」
「いえ、アルトさんは昼食後に私の残存魔力量を確認していました。おそらく、あの方は私の魔力が尽きているを把握しておられます。」
アリスの言葉とアーシェを見る強い瞳に彼女は背中を押された気がしてナイフを手に立ち上がる。
「ふぅ・・・ 行きます。」
一度深呼吸をするとともにナイフに魔力を流してあらかじめ付加された魔法を発動させるとアーシェは一気に駆け出した。
「はぁあ!」
アーシェは自分が思うよりもずっと早く駆けゴーストの背後を取った。
アーシェが駆け出した瞬間、リリスがこっそりと速度上昇の魔法をかけておいたのだ。
「ふっ!」
アーシェはゴーストの背後を取った瞬間にナイフを突き刺すが、ゴーストはこれをスルリと回避する。
しかし、彼女はすぐに刃を引き戻して追撃をかける。
だが、ゴーストはその攻撃も「よんでたよ」とでも言いたげに躱そうと回避行動をとる。
無論、この最中もアルトの放つ銃弾でゴーストの動きは制限されているのだが、それでも、二人の力ではゴーストの動きを捉えきれない筈だった。
アルトが二丁目の拳銃を抜き、アーシェに魔法銃を放つまでは・・・
アルトの魔法の弾丸を受けたアーシェは追撃の刃を一気に加速させる。
アルトの放った弾丸には『身体強化』の魔法が施されていた。
途中からの急激な速度の上昇にゴーストは不意を突かれてアーシェの刃をその身に受けてしまう。
「ピギャ!」
霊体のゴーストから悲鳴が漏れる。
その瞬間を見計らうかのようにアルトの二丁拳銃が火を噴いてゴーストに連続ダメージを与える。
「ピ、ピギィィ!!」
ゴーストは悲鳴を上げて泣き叫び、消滅した。
後には紫色の小さな石ころが残されていた。




