第十六話 半金貨
ガラシャワ戦後、一路ギルドへ向かう俺達。
帰りの途中、何度か魔物、魔獣の襲撃にあったがリリスが嬉々として敵を屠っていく。
俺はそれを後ろで見ながらリリスの仕留めた魔物、魔獣の死体や残したドロップアイテムを拾っていく。
「ふははは! まだまだ行くぞ!」
「気合入ってるなぁ~・・・」
リリスはガラシャワ戦での不甲斐無さから立ち直りたいのかいつの間にか周囲に探知魔法を放って敵を探して狩っていく。
ガラシャワから逃げてたり、隠れてたりした魔獣に魔物が巣に戻ろうと押し寄せてきているため、現在、入れ食い状態である。
(魔物と魔獣の違いってなんなのかと思ってたけど、ドロップするか死体を残すかの違いで見分けてるんだな。)
リリスから魔獣や魔物の知識をある程度聞いているので死体やまだ戦っているモノたちの姿を見てどのような生態なのかを探りながらそんなことを思った。
この世界では、魔物は倒されると大半が霧となって消失して最後にはドロップアイテムのみになる。
一方、魔獣は死体がそのまま残るのだが、普通の動物と違い魔力を帯びているせいで腐食や劣化などをほとんどしないので一か月ほど放置ほどは血抜きなどの面倒くさいことをしなくてもいい。
そんなわけで、俺はリリスの巻き起こす魔法の炸裂音と魔獣の断末魔をBGMに死体集めとドロップアイテムの回収のみを黙々と行っている。
本来はレベル上げのために前線に出るのがいいのだろうが、リリスが「戦いの勘を取り戻してくる」と言って張り切って暴れているので出る隙がない。
ドリアドの街に帰還後、ギルドに向かう途中で俺はリリスに質問をぶつけてみる。
「魔獣が無傷で死ぬわけ?」
「ああ、リリスが倒した魔獣はガラシャワも含めてすべて無傷で綺麗なままだった。どんな魔法を使ったらああなるんだ?」
「ああ、それはの体力値だけ奪う魔法と体内の組織のみ破壊する魔法を併用しておるんじゃよ。」
リリスの説明によると体内の組織である内臓や骨、筋肉のみを攻撃、破壊する魔法があるそうだ。
この方法では外部部分に傷がつかず皮や牙等が傷つかない。
ただ、体力値にあまりダメージを与えることができないという欠点もある。
「まぁ、体内の組織が破壊されるから強力なバッドステータスが発動して動きが鈍くなるんじゃがの。」
そう言って内部破壊魔法の長所と短所を説明してくれる。
「もう一つの体力値だけ減らすって魔法は?」
「あれはワシのオリジナルじゃ、内部破壊魔法の応用での。生物の外面を破壊せず、内部にある体組織のみ破壊する魔法があるならば、その先の魔法も作れるじゃろうと思っての。」
その先というのはステータスのことだろう。
体とステータスは繋がっている。
その証拠に俺はステータス画面の数値分しか力を使うことができない。
逆にリリスはステータスの数値が高いので、本来の人体ではできないこともできる。
だが、繋がっていると言っても体内の組織の様に物理的にというわけではない。
なのに、リリスはその知識と技術、発想でその魔法を完成させてしまったらしい。
「問題はどう頑張っても大技になってしまうためにタメの時間ができることかの。」
そのタメの時間に虚を突かれて今回は敗北しかかった。
「数年間引きこもっておったからの久しぶりの実戦で油断しておったのかもしれん。」
なまじステータスが高すぎるために起きたともいえる油断が敗因の大きな要因になったとリリスは告げる
「まぁ、勝ったんだし良しとしよう。」
終わりよければすべて良し が世界の真理だと俺は思う。
「ふふ、ありがとう。」
リリスは俺の言葉に励まされて笑顔を向ける。
先程までしていた魔物を狩るときの狂気に満ちた物とは違う。
純粋な笑顔だった。
「おお! ご無事でしたか! して、成果は?!」
俺達がギルドの中に入るとガラハットさんが暑苦しい抱擁をしてきた。
リリスは瞬時に俺の背後に隠れてやり過ごしたため、俺はガラハットさんの抱擁を一身に受ける破目になった。
「ええ、まぁ無事に終わりましたよ。」
俺は強引にガラハットさんを引きはがそうとするが、ガラハットさんは「おお!さすがですぞ!」と言って腕に力を込めて離してはくれない。
(もっとステータスをあげよう。)
俺がいち早くレベルアップして自力で抜け出すための力が欲しいと切実に願った瞬間だった。
「おお、なんと四匹もガラシャワを退治されたのですか! それにこの死体の傷のなさ。
さも、高名な魔法使いであらせられるのでしょうな。」
ガラハットさんは手でごまを擦りながらリリスの方をニタニタと不気味な笑みで見る。
その視線から逃れる様に俺の背後に隠れるリリス。
「それで報酬は・・・」
「おお、そうでしたな。こちらが討伐報酬の銀貨30枚になります。ガラシャワやその他の魔物、魔獣の遺体は傷もありませんので最高金額で引き取らせていただきます。今から計算しますので少しお待ちください。」
俺達は銀貨30枚を受け取りギルド内にあるテーブル席で待つことにする。
「どうぞ。」
俺達が席につきボーっとしているとリズさんが飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。」
「うむ、ご苦労。」
俺は礼を言って頭を下げ、リリスは胸を張って礼を言うと早速コップを手に取り口をつける。
俺はリズさんの顔を少し覗き見る。
(耳の色や形から豹の獣人だと思ったがネコ科特有の髭がない。もしかして別の獣人なのだろうか?)
「あのう、なにか?」
俺が見つめていたためかリズさんが困り顔で訪ねてくる。
リリスはジト目で俺を見つめてくる。
「ああ、いや。リズさんって豹の獣人だと思ってたんですが髭がないなと思って・・・」
「ああ、抜いたんですよ。ほら、顔は普通に人間で耳や尻尾がついてるだけだから別になくてもいいかなって。変かな?」
そう言って身を乗り出して尋ねてくる。
「いや、似合ってると思いますよ。リズさん可愛いから髭あると寄り付く男が偏りそうだし、その方がいいんじゃないかな?」
「え、あ、ありがとう。」
俺の素直な答えにリズさんは顔を赤らめて視線を逸らした。
「お主、ワシというものがありながら・・・」
リリスの方から強力な冷気を感じて見てみると・・・
コップの中身を完全に凍らせ、ドライアイスから漏れる冷たい水蒸気のようなものを周囲に放って俺を殺すと言わんばかりに睨みつけてくる一匹の鬼がそこにいた。
「そ、それじゃ~。ごゆっくり~」
リズさんは逃げる様に去って行った。
「ふう、リリスって顔怖いよな。」
「なんじゃと~!」
俺の言葉により一層怒気を強めるリリス。
放つ冷気もそれに同調するかのように増加して俺の前に置いてあるコップまで凍らせてしまう。
周囲にいた人たちもリリスの放つ強力な冷気に気づき、こちらを見るが諌めようとはしない。
それだけリリスが周囲の人間に有無を言わさぬ、強力な怒気を放っているということだろう。
「リリス、そろそろ落ち着け。でないと迷惑だよ。」
「お主・・・!」
俺は人差し指をそっとリリスの唇の上に乗せて言葉を遮る。
「俺を殺す気かい?」
俺はリリスに見える様にだけステータス画面を開いて見せた。
体力値は徐々に下がり危険域は間近まで迫っている。
「な・・・・!」
「リリスと俺の能力値は大きな開きがあるからな。リリスの放つ冷気のせいだよ。あとは、帰り際の魔法の余波とかな。」
俺の言葉にリリスは絶句してしまい黙り込んでしまう。
放っていた冷気も停止し、眼は大きく見開かれ焦点は定まっていないように見える。
「気をつけろよ? お前が気にしないといけないのは敵だけじゃない。俺もだ。」
俺ができるだけ凄んでそういうと、「すまぬ。」と言って黙り込む。
実際、レベルの低すぎる俺はリリスの放つ強力な魔力の余波で体力値を削られていた。
体自体は熱や冷気、突風にさらされた程度だが、俺のレベルが低すぎてそれだけでもダメージとして認められてしまったらしい。
言うなれば、ドラ⚪ンボールのセ⚪戦で孫⚪空たちの戦う傍に⚪スターサ⚪ンがいると突風でダメージを受ける様なものだ。
超人たちの戦いに凡人は出る幕などないのだ。
俺はリリスの怒りを何とかやり過ごす。
リリスは先程あった嫉妬心をすっかり忘れて俺のために何か食べ物を注文してくれる。
「あんまり重たいのは無理だぞ。」
「わかっておるよ。」
俺はぐうたら亭主のような態度で献身的に働くリリスを扱き使うことにした。
(こうしてたら、嫌われるかな?)
そう思いリリスの顔を見ると俺のために働くのがうれしいのかうれしそうに俺の靴を足元で磨いていた。
(無理だな・・・)
もともと、何もしないヒモ生活をあっさり容認したリリスにとってこの程度のことは苦でも内容だった。
少し、残念に思いって眺めているとガラハットさんがやってきた。
「確認が終わったよ。全部で金貨1枚だね。」
そう言ってテーブルの上に一枚の金貨を置いた。
俺のいた世界でいえば100万円の価値のある代物がこうも早く見れるとは思わず、俺は口を開くことができなかった。
「二人で折半するから銀貨でくれんかのう。」
リリスはそう言ってあっさりと金貨をガラハットさんに渡した。
「そうなの? はい、じゃこれね。」
ガラハットさんは金貨を受け取ると手に持っていたマジックバックにしまい半金貨二枚取り出す。
リリスはガラハットから半金貨二枚を受け取り一枚を俺に渡した。
一枚で50万円の価値。
ものすごい大金を手に入れて喜ぶべきなのだろうが、先程まで目の前にあった金貨に比べて半分の大きさの半金貨はどこか見劣りしてしまう。
(最初から半金貨でくれればいいのに・・・)
俺は何とも言えぬガッカリ感を味わった。
ギルドから出ると俺は半金貨を早速リリスに渡した。
「マジックバックと服のレンタル料と魔道具のレンタル料ってことにしといてくれ。」
「ううむ・・・」
ガラシャワ戦で俺に助けられる形となったリリスは受け取るのを少し躊躇ったが強引に押し付けた。
「ああ、でも今回はやばかったからな。今晩は盛大に飲みたいな。リリスの奢りで。」
強引に押し付けられて困った顔をしていたリリスは俺の言葉に急速に笑みを取り戻した。
「その前に、まず着替えだな。」
俺達は一旦、宿に戻り服を着替えることにした。
着なれない高価な服より着なれた安価な物の方が落ち着くのだ。
まぁ、服はすべて最近購入した者ばかりだが・・・
「じゃ、またあとで。」
俺達は着替えるためにそれぞれの部屋へと別れた。
部屋に入ると服を脱ぎ、最近買った服に着替えた。
どちらも最近来た服なので慣れとかそう言うのはないのだが、元の世界で着ていた服に似ているので最近買った服の方が着心地は良かった。
生地や触り心地はリリスから借りた服の方がいいはずなのだが、やはりこっちの方がしっくりくる。
俺は着替え終わると少し暇になった。
リリスは女の子だから着替えるのに時間を要するだろうが男の俺はすぐに済んでしまう。
「暇になったら少し勉強でもするかな。」
俺はマジックバックから薬を作るための道具と数種類の薬草を取り出し並べる。
アリスに教えられた手順と道具で薬を作り薬師のレベルを上げるためだ。
「ええっと次は・・・・」
わからないところはメモを見て内容を思い出す。
いくつかの薬品を作ったのち、ドアをノックされ開けるとリリスが立っていた。
「行くぞ!」
リリスはこれから祭りにでも出かけるのか、胸元にさらしを巻き短パンに上着にお祭りできるような半被に似た物を着ていた。
「その服はなんだ?」
「まぁ、色々とあるんじゃよ! さぁ、行こうかの!」
俺はリリスに連れられてある店に向かった。
そこは街の中心の大通りにあり、中は広く天井には大小さまざまな光の球が室内を明るく照らし出していた。
俺達はテーブルの席に着くと待ってましたと言わんばかりに執事服の男性が赤い飲み物とおしぼりを置いてメニューを渡してきた。
「ごゆっくりどうぞ。」
男は颯爽と俺達の前から姿を消して別のところで仕事に励む。
「ほう。」
あまりの手際の良さと働きぶりに思わず感心してしまった。
メニューの内容はいつもの店と大差ない名前なのかとも思ったが注文した後、その違いに驚かされた。
一つ一つの料理が美しく盛り付けされており、今までの者とは全くの別物だと理解させられた。
匂いも食欲を刺激してきて、すぐにでも齧り付きたいのだが、美しく盛り付けられた料理はどこから手をつければいいのかわからなかった。
数瞬迷った後、強引に料理に切り込んで崩していくことにした。
リリスの方は慣れているのか俺などと違い綺麗に切り崩しながら食事を勧めているように見える。
(隣の芝生は青く見えるってやつかな。)
俺はそう思うことにして赤い飲み物に口をつけると口の中にほのかな酸味と甘み、そしてお酒特有のつんとくるものを感じた。
「これ、ワインか。」
「まぁ、高級な店じゃと大概はそうじゃの。」
リリスは気にした風もなくワインに口をつけて飲んでいく。
「俺はいいわ。他の飲み物にしよう」
「なら、カクテルなんてどうじゃ? 飲み易いぞ。」
リリスはそう言いながらパチンと指を鳴らして店員を呼んだ。
促されるまま俺は適当にカクテルを注文する。
リリスの教えてくれたカクテルは飲み易くおいしかった。
(ふふふ、あとは酔い潰してベッドインするだけじゃ・・・)
リリスはなぜか不気味な笑みを浮かべながら俺を見つめていた。
その後、俺達は食事とお酒に舌鼓を打って店を後にした。
リリスのペースに合わせて大分飲んでしまったがまぁ、いいだろう。
俺達は夜遅くに帰路へとついた。
(くそう! こやつなかなか強いな!!一向に潰れん。これではワシは何のために対酒気用装備できたんかわからんじゃないか!)
リリスは帰る途中、なぜかご機嫌斜めだった。




