第十五話 ガラシャワ戦
コンコン コンコン
朝、ノックの音で目が覚める。
俺はベッドから起き上がり眠い目を擦りながら扉のドアを開ける。
案の定、リリスがドアの前に仁王立ちで立っていた。
「どした?」
「うむ、少し失礼するぞ。」
リリスは少し強引に部屋の中に押し入ってくる。
彼女の真剣な表情に俺はそれを止めることができない。
リリスはベッドの上に腰かけて胡坐をかくと俺を真剣な眼で見据える。
その表情に俺は口を噤んで動けなくなる。
「お主、ガラシャワ討伐についてくる気か?」
リリスの言葉に俺は頷きの身で返す。
彼女の放つ威圧感に声が出なかったためだ。
「ふう、やはりそうか・・・」
溜息をつき、残念そうに顔を伏せてしまう。
だが、俺は見逃さない。
リリスの口元が笑っていたことを・・・
俺の位置からではわからないが、きっと眼はキラキラと輝いていることだろう。
「ぬふふふふ。 これを貸そう。」
リリスはそう言ってマジックバックから帽子に上着、ズボンに靴と全身装備一式を取り出す。
それは、どう見ての新品の高価そうな装備だった。
「これは?」
「お主のレベルではガラシャワとの戦いで瞬殺される恐れがあるからの。それを着ていれば・・・ まぁ、即死はせんじゃろう。 ワシの身体強化魔術も施すしの。」
ガラシャワは中級のLv10から討伐に参加可能だが、実際に討伐するには単独ならLv25以上が必要で、パーティーならば連携の質にもよるがLv15以上が安全圏とされているそうだ。
(昨日、アリスに聞いた他情報によるとを付け加える。)
「俺のLv5だもんな・・・」
いくら伝説級の職業を持つリリスが一緒でも俺は下級職業の駈け出し中の駆け出し。
リリスの持つ上級用装備を借りなければ、掠り傷を負っただけで体力値を0にされてゲームオーバーだろう。
俺は素直にリリスの用意してくれた服を着る。
リリスの用意した服は今までにない触り心地なのに妙に心地よかった。
ステータスを確認すると軒並み能力値が上昇していた。
というか、俺自身の能力値が二桁なのに装備した防具の補正値は三桁なのだ。
(おいおい、チートみたいじゃないか・・・)
俺は「極限まで極めたゲーマーがサブキャラを作ってそこに使わない強力な装備を上げるとこうなる」というのを自分のステータスを見つめながら思った。
俺の服装はサラブレッドに出てきそうなガンマンスタイルだ。
赤い帽子に薄緑色の上半身のみが隠れるマントのような服に黒いズボン、膝下まであるロングブーツ。
非常に微妙な組み合わせだが、能力重視なので仕方がないと割り切ることにした。
「うむ、良く似合っておるよ。 今日はワシが前衛で戦うからお主はサポートに回ってくれ。」
リリスはそう言って部屋を出ていく。
俺は一旦、顔を洗いトイレに行ってから部屋を後にした。
食堂につき、注文をして机に座っているとこちらに食堂の視線が集まる。
いや、正確には俺が来てからずっと視線が俺とリリスに集まっている。
最初は、この前のリリスの起こした騒動がまた起きたのかと思ったがどうやら違うようだ。
リリスの服装もいつもと違い、黒い喪服の様な服装に代わっていた。
俺の部屋に来た時の服装は寝間着だったのだろうか。
ガンマンスタイルの服装と喪服姿の少女が同じ席に座っているのが珍しい・・・
そういう理由で見ている訳でもないらしい。
先程からこちらを見てはこそこそと何かを話し合っている。
話の内容を盗み聞きしているとどうやら俺達の着ている服の性能と相場の値段を話しているらしい。
金貨何十枚、何百枚。
そんな言葉が聞こえて来た時は正直、「そんなにする訳ないだろう」と思ったが「ほう、物の価値がわかる物もおるのじゃな」とリリスが呟いたので事実らしい。
金貨一枚で100万円の価値があるはずなのにそれが何十枚、何百枚・・・
俺は自分の着ている装備が怖くなった。
こんな高価な服を着て普通にトイレに食事をして大丈夫なんだろうかとさすがに不安になった。
そんなわけで俺は朝食の味を全く覚えていない。
俺達は朝食後、すぐに街を出ずにまず教会に向かった。
この世界では教会で僧侶の職業に就くための知識や修行ができる。
僧侶のスキルは、基本的に解毒や治癒ということもあり薬、診察、入院などの医療施設としての役割を持っている。
そんなわけでこの世界では信心深くなくても教会に足を運ぶことは多い。
教会で俺達は対ガラシャワ用の解毒薬を購入する。
「あれ? リリスさん アルトさん 今日はどうしたんですか?」
会計をしている俺達に後ろから声がかかる。
振り返ると、アリスが立っていた。
彼女は買い物からの帰りなのか両手に大荷物を抱えていた。
「手伝おうか?」
「あ、いえ。すぐそこまでですから大丈夫です。」
そういって彼女はすぐそばのテーブルの上に荷物を置く。
「もしかして今日も修練に来られたのですか?」
「いや、今日はガラシャワ用の解毒薬を買いに来たんだよ。」
「ガラシャワ狩りに向かわれるのですか?!」
アリスの質問に普通に答えただけなのだが、驚かれてしまった。
「何か驚くようなこと?」
「ま、昨日、治癒魔法と薬学を覚えたばかりのお主が挑むのはありえんじゃろうな。」
俺が首を傾げてリリスに尋ねると、さも当然と言って風な感じで答えが返ってきた。
「ええ、ガラシャワは強力な猛毒を持っておりそれ専用の治癒魔法か解毒薬を使わなければなりません。どちらも、現段階では使えませんし作れません。」
俺は「へ~」と口を開けて言ってアリスの言葉に返事を返す。
「ま、こやつは見ておるだけでワシ一人で一掃するから問題はないわい。 薬は念のためじゃが、多めに持っていくしの。」
「そうですか。お気をつけて」
アリスはそう言って俺とリリスに十字を切ってから頭を下げる。
「ありがとう。」
「うむ。」
俺達は彼女が顔を上げてから教会を後にした。
俺達は街で聞き込みを行ってから外に出た。
この町は左右に大きな街へと続く街道があり、そのどちらにガラシャワがいるのか確認するためだ。
結果はどちらに入るかは判らなかった。
ガラシャワの行動範囲は予想以上に広いようだった。
「仕方がないの。 虱潰しにいくかの。」
そう言ってリリスはいつも行くダンジョンの方と歩いていく。
「北側に奴らの巣があると?」
「お主とワシが歩いてきた森に続く街道では出くわさんかったし、おらんでも生態系に少しは影響が出ておるはずじゃ。じゃが、それはワシが見た限りはなかった。
そして、西と東の街道には出現するという情報を合わせると奴らのねぐらは北の山中じゃろうの。」
「なるほど、確かにその通りだ。」
「一応、ワシは野営用のテントなども持っておるから、ガラシャワが二、三日かけても見つからんようなら野営しようと思うんじゃがどうする? お主も野営するか?」
「俺は今日から野営しながらでもガラシャワ討伐しに行く気だけど?」
俺の回答にリリスは目を丸くしていた。
俺が野営を嫌がっていることをどこかで感じ取っていたのだろう。
そんな俺が今日から野営をする気でいたとは思ってもいなかったのだろう。
「ま、野営できるとは限らないけどな。」
「と、言うと?」
俺の独り言の様な呟きにリリスが疑問を返してくる。
「最近はガラシャワの影響で行商人、商隊、旅人が街に近づいてこない。
討伐にでた冒険者も大半がやられてしまい現在、討伐に出ている冒険者はいない。
この二点からして相手は多分、襲う相手を探している。」
「なるほどの・・・」
俺の推理を聞いてリリスは顎に手を当てて少し考える。
「では、音で誘き出すのが得策かの。」
「あとは匂いかな。 頭がいいらしいから相手の巣に誘われる前にこっちを襲ってきて欲しいね。」
「ふふふ。 それなら大丈夫じゃよ。」
リリスは悪戯っ子のような笑みを浮かべて俺を見た。
「なにか嫌な予感がするな。」
「なぁ~に、お主を囮に使うだけじゃよ。 お主が受けるといった依頼じゃからのこれで少しは反省するんじゃの。」
リリスは鼻を「ふふん」と鳴らして陽気に歩き出す。
俺は少しだけリリスの言葉に後悔と反省をする。
(我が儘につき合わせたとはいえ、俺を囮にするだなんてリリスは過保護の様で容赦がないな。まぁ、
反省の意味を込めてリリスの戦いを見て勉強するだけじゃなく、助けになれるように努力するかな。)
俺はリリスへの評価を改めて後に続く。
「なぁ、リリス。」
「なんじゃ?」
「便利なマジックアイテムがあったら貸して欲しいんだけど。」
「便利と言ってものう・・・ どんなのが欲しいんじゃ?」
俺はリリスに自分が便利だと思う機能や能力を伝えてそれに類似するアイテムを借りることにした。
リリスは「お主がそれをどう使うか見ものじゃの。」と言って不気味に笑っていた。
きっと、使いこなせないと思っているのだろう。
俺はリリスからアイテムを借りた後、少し早いが昼食を取ろうと提案する。
昼食中にリリスから借りたアイテムと装備の効果と使い方を教わるためだ。
リリスは「我が儘な奴じゃわい。」と文句を言いながらも笑みの表情を浮かべていつも通り甲斐甲斐しく昼食の準備を進める。
昼食後、俺達はまた北の方へと進んでいく。
俺達が進んでいるルートはいつも行くダンジョンの横を抜けてそのまま北上し森林の先にある山脈の麓を目指すという、ようするに北に向かって歩くという何の変哲もない道のりだ。
「そういえば、リリスのその喪服の様な服装はなんなんだ? いつもの奴より強力な装備なのか?」
「いや、性能でいえばいつもの奴の方が上じゃな。これは着ている者の気配を消す効果がついておるんじゃよ。」
「ああ、なるほど。だから俺が囮なのか。」
こうして、俺とリリスの二人で歩いていても、相手が目視で確認しない限り、俺一人が歩いているように感じるのだろう。
相手は魔獣なのだ。視覚以外での探知方法を色々と持っているのだろう。
おまけに相手は蛇だ。魔法や気配探知能力はなくても熱感知能力は持っているだろう。
本来ならばそれがあるから気配を消す効果は意味がないのだが、リリスがわざわざ着ているぐらいだ。きっと、それも無効化してくれるのだろう。
ガサリ・・・
俺達が山の麓近くまで来た時、急に森の中に不穏な音が聞こえた。
二人の間に緊張が走る。互いに背を向けあい周囲を見渡して辺りを見渡す。
周囲を見渡すが特に何も見当たらない。
俺が「気のせいか?」と思い緊張を解いた瞬間。
「上じゃ!」
リリスの声を聴いて頭上を見上げると大きな口が開き俺を飲み込みに来ていた。
剥き出しの牙には大量の唾液が張り付いている。
俺はあまりの急な出来事に身動き一つできない。
「は!」
リリスの気合の一撃と共に突風が吹き荒れて俺は前方に押し出される。
吹き飛ばされながら振り返ると蛇も同じようにリリスの生み出した風で吹き飛ばされていた。
が、蛇はすぐに木へと体を巻きつけて態勢を整える。
俺は体を反転させ木にぶつかりようやく止まることができた。
その間にも巨大な蛇はリリスに向かって襲い掛かろうと体を伸ばす。
リリスは真っ向からそれに対抗しようとするがその背後からまた別の蛇がリリスの体目掛けて襲い掛かろうとしている。
「う・・・!」
俺が声を発するよりも早くリリスは空中に跳躍して上方と後方からの蛇の攻撃を避けて魔法を生成しぶつけていく。
(速い! 俺では足手まといになるだけだ。)
装備のおかげで能力値が格段に上がっているとはいえ、俺では足手まといにしかならない。
俺はそう思いその場から少し離れた場所で観戦することにした。
「シャ~」
だが、残念ながら観戦しようとした場所にはもう一体、同じような蛇がいた。
ただ、そいつは先に襲ってきた二対に比べて明らかに小さい。
おそらく、体長が二倍ある番いというのが今リリスが相手にしている二体で、こっちにいるのがその子供だろう。
(ということは、この蛇がガラシャワか・・・)
俺は腰の銃を引き抜いて交戦しようとするが、相手はそれよりも早くこちらに突進してくる。
俺は咄嗟に手に持って銃を投げ捨てながら身をねじり躱そうとする。
蛇は投げられた銃に反応してわずかに攻撃をずらす。
おかげで、俺は間一髪のところで攻撃を躱すことに成功した。
(まともにやっても勝てないな・・・)
そう思った俺は魔力を全身の装備とリリスから借りたマジックアイテムの鈴を手に取る。
リィーン リィーン
と小さな鈴を鳴らして俺は蛇の攻撃を待ち構える。
「フシャァアアア!!」
蛇は体を大きく縮ませた後、バネのように伸びて俺に向かって来る。
俺は鈴を鳴らしながらステップを踏んでその攻撃を避ける。
だが、残念ながら蛇の体は俺の体をわずかに掠める。
その衝撃で俺は弾き飛ばされてしまう。
「もう少し耐えるんじゃ! こっちはすぐに終わらせる!」
遠くからリリスの声が聞こえる。
おそらく、こちらの様子に気が付いたのだろうが答えている暇がない。
俺は自分のステータスを確認する暇もなく次の蛇の攻撃に備える。
蛇はまたしても体を一旦縮こまらせてから攻撃してきた。
今度もまたステップを踏んで攻撃を躱そうとする。
ただ、今回は服をかすめる程度で済む。
その後も俺はステップを踏みまるで踊るように蛇の攻撃を躱す。
ステップを踏むのは別にふざけているわけではない。
そうすることでブーツの付加魔法の効果が発動するのだ。
俺の履いている猫妖精のブーツはそうすることで魔力を使わずに追加で能力値を上げてくれる魔法の防具だ。
これに緑竜のマントによる重量軽減でさらに身軽になることで低レベルな俺でも蛇の攻撃に対応できる能力を身に付けることができる。
俺は他にも、赤竜の羽帽子を使って微弱な熱を放出して相手の熱センサーを麻痺させているし、
手に持っている『無間の迷鈴』は相手がどこにいても同じ音の大きさで鈴の音を響かせることで聴覚による距離の予測を困難にしている。
そして、もし攻撃を受けても黒竜の皮衣が闇の魔力で攻撃の一部を吸収してくれる。
最初の一撃も弾き飛ばされるだけで済んだのはこの衣のおかげだ。
もしなかったら俺はあの一撃だけで死んでいたかもしれない。
本来はすべてもっと強力なアイテムなのだが俺のレベルが低すぎてその力を存分に発揮できていない。
なにせ使用する魔力を最小限にしているので効果も最小限でしか出ていないのだ。
リリスが貸してくれた装備をただ着ているだけで俺を守る能力がないのは実はリリスの意地悪・・・
というわけではない。
リリスの貸してくれた装備はかなり強力だが俺のレベルが低すぎて上昇する能力値にも実は補正がかかっているのだ。そして、この時の俺とリリスはそのことを知らなかった。
俺がなんとか蛇による猛攻を躱している最中にリリスは早くも二匹の蛇との決着をつけようとしていた。
戦闘の長期化で俺にもリリスの様子を見る余裕が出て来たのだ。
(これだけ、攻撃を食らえばパターンを読めるし俺の仕掛けてる幻術系の効きが良くなってきた。)
俺はもう片方の手に銃を持ちそろそろ反撃に出ようと思ったさなか。
決着をつけるためにリリスが強力な呪文を使うための一瞬の隙をついてそいつはやってきた。
リリスの足元から地を掘り進み徐々に近づき、そいつは地上に顔を出す。
(もう一体じゃと?!)
それはリリスの予想をはるかに超えていた。
いくら頭が良いとは言っても、まさか仲間がやられる寸前まで身を潜めて襲い掛かってくるとは思っていなかったのだ。
事実、リリスが今まで経験した魔獣との戦闘に置いて仲間が少しでもピンチと見るとすぐに隠れていた
伏兵がやってきていた。
今回の戦いにおいての敗因はリリスの予想を超えた。
蛇の仲間を犠牲にしてまでも獲物を仕留めに来る執念と言えるだろう。
地中から顔を出した蛇はその鋭い牙をリリスの足に食い込ませる。
ことはできなかったが、猛毒の毒液を吐きかけることには成功した。
いつものリリスならば、風の魔法か防御魔法で防ぐことができたであろうが、攻撃用の魔法の準備中に、しかも、不意を突かれたとあってはどうすることもできなかった。
(解毒薬を!)
そう思い腰のマジックバックに手をやるも蛇の尾が飛んできて邪魔をする。
死にぞこないの二体と地中から出て来た蛇の同時攻撃にリリスはマジックバッグを落としてしまう。
(いかん!)
そう思い必死に手を伸ばすが体がいうことを聞かない。
ガラシャワの毒は即効性の神経毒で、相手の行動を即座に奪う。
(ああ、くそう・・・)
リリスは無念を顔中に滲ませてこれからの末路を想像する。
自分は無残にも蛇の餌となり骨も残さず飲み込まれるだろうと・・・
その後、一人残されたアルトに四匹の蛇が襲い掛かり無残な末路を迎えるだろうと・・・
(すまん。ワシがこの世界に連れて来たばかりに・・・)
アルトの努力が報われる場所の提供。
それが、彼女がアルトをこの世界に連れてきた一番の理由。
それを自分の些細なミスで全て台無しにしてしまったことを彼女は深く後悔した。
THA BAD END




