第十話 朝
朝、目が覚めると見なれない景色が広がっていた。
普段、旅行などにあまり行かないのでいつもの俺ならなんでなのかわからず、飛び起きていたかもしれないが、ここ数日でそれにもようやく慣れてきたので気にしない。
この世界の時間は正確な時計が存在しない。
時間は15分単位程度しかわからず、それも貴族や王族、国の官僚や武官、商人が使う程度で一般人には朝日が昇る時間と正午、日が沈む夕暮れ時の三つだけ知っていれば問題ない。
俺は窓から差し込む朝日で目が覚めたが二度寝することにした。
宿の窓には残念ながらカーテンがない。
理由はこの世界の住人が朝起きて日が沈むまでしか活動しないためだ。
一応、魔法で明かりを灯したり、木炭をくべて暖炉などに明かりをともす手段はあるのだが、お金がかかるのであまり推奨されない。
一般家庭では木炭はお風呂を沸かすのにもつかわれるので、火事を起こさない様に魔法での明かりを灯しているのだが、これも魔力量的に2時間程度しか使われない。
早寝早起きがこの世界での基本ルールだ。
宿の料金に夜使う蝋燭代や明かり代は入っていないので別料金がかかる。
なので晩御飯と夕暮れ前にお風呂は露天で月と星明りでが基本だ。
俺の場合はリリスの持つ膨大な魔力と魔道具の力でかなり夜遅くまで起きていられる。
まぁ、やることがないから寝るんだけどね。
何もないのに起きているとリリスのやつが「何もないじゃと? ワシとナニをすればようではないか。」と言い出しかねない。
幸いというかなんというか、寝ている時間帯に俺はもう一つの人格、ドッペルと話をしたり修行をしたりできるので、以前より就寝時間が早まったのに使える時間が多いというなんとも奇妙な現象を体感している。
コンコン。
俺が二度寝をしようと頭から布団をかぶるとノックの音が聞こえる。
俺は布団から顔を出して「誰だ?」と尋ねた。
「ワシじゃ。」と短く聞きなれた声が返ってくる。
眠い目を擦りながら起き上りドアの鍵を外しすと、向こうからドアを引っ張り開けられた。
「まだ、寝取ったのか。早く支度をせんか。」
ドアの外では身嗜みを整えたリリスが仁王立ちしていた。
「こんなに朝早くからか?」
「この世界ではそれが普通なんじゃ。」
俺の問いかけにリリスは平然と答える。
山小屋で住んでいた時にはそんなことを言わなかったのになぜだろうか?
仁王立ちのまま俺を見上げ続けるリリスに「二度寝したい」とは言いにくい。
だらけてあきれさせる。
なんてことをすればリリスは山に連れ帰るかもしれない。
リリスにとってはその方が都合がいいのだから・・・
「わかったよ。 支度する。」
「うむ。 食堂で待っておるぞ。」
ドアを閉めて俺は身支度をすることにした。
この世界で自立するためにはこの時間帯に起きることに慣れておくのは当然のことなので諦めて着替えをして身支度を整える。
「あれ、棍棒は・・・ ああ、リリスに預けたんだっけ。」
俺が戦闘に使うためにリリスから渡された棍棒は、リリスに預けている。
マジックバッグを持っていない俺が持っていてはいつも手にしているか、背中に差していなければならない。
冒険者や探索者の中にはそういうのはいるが、マジックバックを持っていない稼ぎの少ないものか、武器をチラつかせて一般人を脅している輩しかそういうことをしないので俺は素直に渡した。
魔法式の拳銃はリリスのくれた服の下に隠れるので護身用にはこれがあれば十分だ。
俺は腰に拳銃のホルダーと銃を二丁差し、服でそれを隠すと部屋を出た。
食堂は一階にあり、宿に泊まらない人でも食事に来れるようにかなり広い空間になっている。
宿泊客用の部屋は二階以降にあるので俺は階段を下りながらリリスのいるテーブルを探す。
リリスのいるテーブルはすぐに分かった。
何せその周りだけ人がいないのだ。
階段を下りてテーブルに近づくとなぜか周囲の目線が俺に集まる。
視線が気になり振り返ると皆、脅えた目で俺とリリスを見ていた。
俺が視線とリリスの方を何度か首を振って見ているとリリスが口を開いた。
「何をしておるんじゃ? 早く席について注文せんか。」
「あ、ああ」
周囲の視線を気にしながらテーブルに着くとすぐに店員が来た。
店の店員は獣人族の猫耳のウェイトレスさんだ。
ミニスカートに生足という下半身部分は目のやり場に困る。
幸い、上半身は露出は少なく胸も控えめな方だった。
「メ、メニューはお決まりでしょうか?」
店員はどもり、なぜか怯えた目に表情だけ取り繕ったような笑顔を浮かべて俺ではなくリリスを見ている。
「ワシはともかくアルトはまだ来たばかりじゃ、さきにメニューを渡すか。水とおしぼりを置いていくのが普通ではないのかのう?」
「は、はい! すみません!!」
店員は全身を真っ直ぐ伸ばして大きな声で謝罪する。
敬礼のポーズをとっていれば鬼軍曹に怒られた新兵の様だ。
リリスの店員への指摘も特におかしなことはない。
何せこの店員、俺には水もおしぼりも持ってきてはいない。
最初はこの世界ではそれが普通なのかとも思ったが、リリスの前には水とおしぼりが置いてある。
他のテーブルを見ても同様に置かれているので、多分この店員さんはまだ新人なのだろう。
「いいじゃないか。ミスは誰にでもあるものだよ。 店員さん、水とおしぼりをください。メニューはその間に決めますから。」
「は、はい! では、失礼します!」
俺の言葉に店員さんは背筋を懸命に伸ばしたまま答えて去って行った。
俺はリリスの前に広げられているメニューを渡して貰って目を落としながらリリスに尋ねる。
「何があった?」
「ん? 何がじゃ?」
俺の質問を「何のことかわからないよ?」と言いたげに言葉を返すリリス。
「俺が着替えてここに来るまでに何かやらかしたんだろう? でなきゃ、こんなに注目されないし店員があんなに怯えるはずないだろう?」
俺はあきれ気味にリリスに追及する。
「いやいや、周囲の眼は美男美女の組み合わせに目を奪われておるだけで、店員もお主のような美男子を前に緊張しておっただけかもしれんぞ?」
リリスは話したくないのか、誤魔化そうとする。
俺は一つため息をついて席を立つ。
「ど、どうしたのじゃ?」
リリスは動揺した表情で俺を見上げてる
「注目されるのは苦手なんでな。他の席に移動するよ。」
俺は平然と答える。
俺の返答にリリスは周囲を睨みつけて威嚇する。
リリスの威嚇によりこちらへ向かっていた視線は一斉に他所を向いた。
「ど、どうじゃ? これで気にならんじゃろう?」
リリスは二の腕を組んでウンウンと頷きながら俺を引き留めようとする。
俺は右手を上げて振り下ろしリリスの頭の上にチョップをする。
すると周囲から目線が集まり場の雰囲気が凍りつく。
「な、何をするんじゃ!」
「周囲を威嚇するのをやめろ。店に迷惑がかかるそれから事情の説明。それで手を打とう。」
頭部に一撃を入れられて声を上げて反抗するリリスに俺は平然とした態度で交渉をはじめる。
交渉と言っても俺が去るか、リリスが折れて事情を説明するかの二択しかない。
リリスは少し考えた後、頷いて答える。
それを見て俺は席に戻る。
「実はの、お主が来る前に変な奴に絡まれての。」
リリスはぽつぽつと現状に至る経緯を話し出した。
その話によるとリリスが一人席に着きメニューを眺めているとガラの悪い男連中に絡まれたらしい。
内容は「可愛いね。僕達と遊ばない?」的なナンパ目的だったそうだ。
そいつらはどうやら俺とリリスが昨日ギルドに入っていくのを見かけていたらしく、俺なんかと一緒にいるよりも自分達と来た方が儲かるという話までしたそうだ。
ナンパと引き抜き、この町は初心者の入門所的な場所なのでこういうことが多いそうだ。
それで、そいつらがナンパしながら俺を貶してリリスを引き抜こうとしたのことが、逆鱗に触れたらしく。
軽く威嚇したらしい。
最も軽い威嚇なんて言っているが、それはリリスにとってであって相手にとっては目前で大型の肉食獣に威嚇されたのと同じレベルの恐怖心を与えたらしく、腰を抜かして逃げて行ったそうだ。
しかも、威嚇によって周囲の人達も同様に怖がらせてしまったのだからかなりたちが悪い。
俺はリリスの話を聞いてため息をついて「今度からは気をつけろよ。」と一言だけいい店員を待つ。
店員は話が終わるのを待っていたのか、ちょうどいいタイミングで来てくれた。
「メ、メニューはお決まりですか?」
店員は水とおしぼりを俺の前に置いて、脅えながら質問する。
俺とリリスはすでにメニューを決めていたのでそれを言う。
店員はメニューを繰り返すとすぐに厨房へとそれを持っていく。
大分怯えているようだった。
いや、店側が早く出ていって欲しいと思っているのかもしれない。
料理もすぐに出てきたし、会計に持っていくとすでに計算が終わっていたのか、伝票を渡す前に金額を言われた。
俺は頭を下げてから店を出た。
「あそこ、今日も泊まれるのかな?」
店を出てから少し歩いた先で俺はそんなことを口走っていた。
そこそこいい店でギルドやダンジョンに近い店はそうない。
俺は心配交じりにそう言ったがリリスは平然と答えを述べる。
「大丈夫じゃよ。あの程度のことでは店側もあまり困らんよ。寧ろあの程度で経営が傾くほどのダメージを受ける店ならあそこまで大きな店構えはせんさ。さっきは揉め事が起きた直後じゃからあのような態度じゃったじゃけじゃよ。それに宿は一週間分を前払いで取っておるしの。」
リリスはそう言ってギルドのある方向へと歩いていく。
俺はその後を付いて行きながら周囲の店などを見る。
なかなか朝から活気のある街の様でほとんどの店が開いている。時間としてはまだ7時前ぐらいのはずなんだが・・・ 朝日と共に活動するこの世界では開店する時間がずいぶん早いらしい。
代わりに閉店の時間も早いのだろうか。
俺がそんなことを考えながら歩いているとギルドへと到着した。
俺とリリスはギルド内へと入ると昨日と同じ受付のお姉さんのいるところに向かった。
昨日は時間がなくギルドでの活動の内容を聞けなかったのでその説明を聞くためにもう一度来たのだ。
昨日と同じ受付の人を選んだのは事情の説明を省くためだ。
俺達を見たお姉さんはニッコリと微笑んで迎え、そのまま説明を始める。
どうやら、顔を覚えていたようだ。昨日会ったばかりの人間の顔を覚えるだなんてどうやらこのウサ耳のお姉さんはベテランらしい。
「では、まずギルドでの活動ですが・・・」
ギルドの活動は大きく分けて二つあるそうだ。
まずはダンジョンか周辺の森や山での狩猟、魔物、魔獣の討伐。
二つ目はギルドに来る依頼だ。
以来の種類は街での街の役員からくる清掃活動、商人や役人からの護衛の依頼、個人からは庭の掃除や雨漏りなどの修繕などなんでも取り扱っているらしい。
基本的にはダンジョンに入ることが多いらしい。
街の役員からの依頼は基本的にその街に住む警備隊が行うし、商人の中には専属で護衛を雇っているし、個人からの依頼は多々あるが、金銭的に依頼内容と合致しないからだ。
そんなわけで俺達はダンジョン内での基本的な活動方針と禁止事項を聞く。
「とりあえず、他の冒険者との揉め事は起こさないようにお願いします。あまりにひどいことを行いますと登録を抹消いたします。」
「ひどいことって具体的には?」
「他の冒険者への攻撃、嫌がらせなどですね。その場合は事情聴取を行い審議にかけてから判断されます。殺害の場合も審議にかけられますが、相手がよほど悪くないと独房行きですね。」
俺の質問にウサ耳のお姉さんは平然と答える。
「揉め事を起こさないために、ダンジョン内では魔物や魔獣、宝箱などは早い者勝ちということにします。横取りや妨害は禁止です。」
「でも、それってわかることなの? 誰が攻撃したとかしてないとか早い者勝ちだとか。」
俺の質問にお姉さんはにっこりと微笑んで「わかりますよ。」といって木箱を取り出して開けて見せる。
中には首飾りに指輪、イヤリングなどが入っていた。
「こちらを装備されますとその人の行動がすべて記憶されます。魔力はダンジョン内では自動で吸収されますので壊すか故意で外されない限りはその効果は持続します。大変貴重なものですので、紛失、破損されますと多大な借金を抱えることになりますので気をつけてください。」
なお、これをつけていないとダンジョンに入ることを門番に止められるらしい。
ダンジョンから出た後はギルドに返すのが基本とのことだ。
「次に、ダンジョン内で得た物は基本的にその人のものになります。ならないのは危険と判断されているものでこれは数が膨大なためこちらの冊子に良くある物をまとめてありますので拝見ください。」
そう言ってお姉さんは一冊のパンフレットを俺とリリスに渡した。
「最後に、ダンジョン内で得た物を売却する場合はギルドを通して行って下さい。売却した金額の1~3割は運営費としていただきます。他のところで売って頂いても構いませんが、ギルドでの売却が全くありませんと貢献度が上がりませんし、一年間取引がない場合は会費として銀貨30枚を払わなくてはならなくなりますのでお気を付け下さい。」
俺とリリスは説明を聞き終わるとそれぞれ指輪とイヤリングを貸してもらってギルドを後にした。
俺はギルドの外に出るとこの世界の通貨についてリリスに確認を取る。
「この世界には下から半銅貨、銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨の6種類があるんだよな?」
「そうじゃ、そして半銅貨から銅貨への交換以外は50枚ずつで上の硬貨に交換できのじゃ。」
もともとは銅貨、銀貨、金貨の三種類で100枚で上の硬貨に交換できる。
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚が昔の方式なのだがそこにさらに半分のそれぞれの大きさを半分にした価値的にも半分の半銅貨、半銀貨、半金貨が存在する。
これによって使い勝手がよくなったそうだ。
リリスによると硬貨を日本円に例えるとこんな感じになるそうだ。
銅貨=100円 銀貨=1万円 金貨=100万円の価値を持っている。
ただ、差が開きすぎて少し使いずらいので半銅貨=50円 銅貨=100円 半銀貨=5千円 銀貨=1万円 半金貨=50万円 金貨=100万円といったところだろうか。
50円以下の価値のものはどうやって買うのかって?
この世界にはそれ以下の硬貨がないのでそんなもの売っていないのだ。
それで経済が回るのかと言われれば十分に回るし困らない。
その証拠に日本では一円より安い物を売っていないだろう?
だが、通貨が違うほかの国では一円以下の単位も存在するしそういう物も売っている、そういう国際的な事情もあって日本では銭なんて普段使わない単位が為替相場では使用される。
だが、日常生活で銭がなくて困る!なんてことにはならない。
そう、ないものは使わない。
使わないモノはなくても困らないのだ。
それが世界の真理であることは0(ゼロ)という数字が数字の中で最も新しいことが証明している。




