第九話 ドルアドの街
山の麓近くまで降りてくると霧が徐々に薄れて行き。
完全に山を下りたところで、俺はようやく霧のかかった薄暗い世界から綺麗な青空と新緑の大地に覆われた美しい世界へと歩みだした。
「おお、きれいな青空だ。」
ほんの数日、目にしなかっただけなのに俺は青空を見れたことに歓喜の声を上げる。
横に並び立つリリスは俺の反応を見て笑みを浮かべている。
「まずはここより一番近い街。ドリアドを目指すかの。」
リリスは俺を誘導するように街に向かって歩き出した。
俺は広がった視界と久々に見る太陽に気を取られて少し遅れてついていく。
広がった視界には森と平原、青空に遠くに見える山脈の山肌と街らしいものは見えない。
土地勘のない俺は前を行くリリスにただついて行きながらステータス画面を眺める。
実は未だに何の職業に就くのか悩んでいたのだ。
生活系職業の方は付加魔法師を取ることにした。
付加魔法師とは読んで字の如く、物体に魔法で何かしらの能力を付加する能力だ。
これのレベルが一定以上まで上げることが魔道具技師になる条件の一つなのだそうだ。
俺の中のもう一つの人格、名前がないと不便なので『もう一人の自分』(ドッペルゲンガー)ということでドッペルと俺とリリスは名づけた。
ドッペルを俺の体から引きはがすために中級職のネクロマンサーか上級職の錬金術師、シャーマンを探すのを目標にしながらも自分で何とかできるようにと生活職の魔道具技師を目指すことにした。
だったら、中級職ネクロマンサーになれるように魔法使いか僧侶を選択すればいいのだろうが、別に最初に何の職業に就こうがスキルさえ身に付ければどの職業からでもなれるので俺は決めきれないでいる。
俺は考えるのが面倒くさくなったので、適当にステータス画面を突いて決めることにした。
(いつまでも考えるだけで決めないのは時間の無駄だよな。)
俺はステータス画面を見るのをやめて周りの風景とリリスの背中を見ながら歩き、本当に適当にステータス画面を何度か突いた。
(選択が終わったかな?)辺りで目線をステータス画面に戻すと・・・
アルト=オオヤケ
戦闘系職業 下級職業5職全選択 Lv1
生活系職業 付加魔法師 Lv1
と出ていた。
「は?」
俺は馬鹿みたいに口を開けて大きく目を見開いてステータス画面を覗き込む。
覗き込んだ態勢のまま二、三度瞬きを繰り返した後、目を擦って再度覗き込むがやはりそう書いてあった。
「どうしたんじゃ?」
俺の間抜けな声を聴いてリリスが足を止めて振り返り尋ねてくる。
俺は非公開設定にしていたステータスを公開設定に戻してリリスにステータス画面を見せる。
「なんじゃ、それのことか。 それは非効率的じゃからやめた方がええぞ。」
リリスはステータス画面を見た後、あっけらかんと答える。
「いやいや、その反応はどうなんだ? だ、だって複数選択って・・・」
俺はゲームでの知識をそのまま当て嵌めていたので職業の兼任というか、複数同時選択できることに驚きの声と表情でリリスに問いかける。
「職業の複数選択ぐらいで何を驚いとるんじゃ。それぐらいは別にどおってことないじゃろう。まぁ、効率が悪いので誰もやらんがの。」
俺の驚きに対してリリスはあくまで平然とした態度で返す。
そのあと、俺はリリスから同時選択のメリットとデメリットを聞いてみた。
「まずは、スキル補正じゃな。同時選択で選んでおる場合、本来なら一つしかない補正が複数種類に入るようになるの。」
つまり、戦士一択の場合は戦士系のスキルには補正が入るが他の職業で補正が入るものには補正が付かなくなる。
逆に複数選択の場合はその職業の数だけスキルに対する効果とレベルアップがしやすくなる補正が生じる。
下位職業全選択の場合はほぼすべてのスキルに補正が付くということだ。
「そんなにいいのに非効率でやる意味がないのか?」
「それよりもデメリットの方が多いんじゃよ。まず・・・」
複数選択のデメリットは身体的な能力補正が補正値×職業選択数÷職業選択数になるらしい。
本来は戦士は前線特化の補正が入り、魔法使いは魔法関係に特化した能力的な補正が付与されるのだが、複数選択の場合、すべての補正値の合算を職業選択数で割るので平らな補正値しか手に入らない。
これは一見すると万能で使い勝手がよさそうに見えるが、平凡でどこにでも使える代わりにどこに置いても単一職に勝てる要素がないので、パーティーを組む時に嫌がられるらしい。
パーティーとは本来、苦手分野を他の人に補ってもらう代わりに他の人の苦手分野を補いつつ自分の得意分野で活躍することによって成立する。
しかし、平凡で凡庸であるということはどこでも補えてどこでも活躍できるように見えて、実際は補えず活躍もできない。
パーティーを組まず一人孤高に戦うならそれもありだが、一人には限界がある。
なのでほぼすべての種族が単一の職業に就いている。
ついていないのは国に仕官した者で、スキル向上のためにしかたなくだったりの場合のみである。
「でも、それぐらいなら別に・・・」
「問題ない」と言いかけたところでリリスが最大の欠点を指摘した。
職業複数選択の最大の欠点。
それは経験値が職業選択数に応じて分散して入るのでレベルが上がりにくいということだ。
戦士と魔法使いの二つを選択しした者と戦士一択の者のよりレベルアップに必要な経験値は倍かかる。
その上、補正で得られる能力は一つの職業で得られる程度にまで分散されて下がる。
おまけに複数の職を同時にレベルを上げても中級職になるまでのレベルに変動はない。
つまり、二つの職業に就いた者は一つの職に就いている者の倍の経験値を得ないと上位の職業に就くことができない。
さらに、前回説明した通り。複合職を取るのに必要なのは複数の職業レベルではなく、複数のスキルレベルなのだ。
結果。
複数職を取る意味がない。
特に下級職業の場合は補正値が小なので早くレベルを上げて中級職、上級職に就いて補正値を中、大と上げていった方がいいのだそうだ。
俺はそこまでのリリスの説明を受けて意味ないのか。
と思ったのだが、なりたい職業も決まった戦闘スタイルも確立していない俺は全選択のままとりあえずお試しで遊んでみて、そこから俺に合った戦い方と必要スキルから職業を絞ることにした。
「ま、お主がそれでいいのなら良いのではないか?」
リリスはため息交じりにそう言った。
俺はこの世界での知識の勉強と魔法や武術の修行、魔法式の拳銃の扱い方をリリスに教えて貰いながらドリアドの街を目指して歩き続ける。
街までの距離はかなりある様で昼頃まで歩いてようやく3分の1程度らしく、俺達は昼食を取った後は武術と魔法の修行をやめて早足に歩く。
理由は町についても宿が取れないから野宿というのを俺が嫌がったからだ。
元の世界では野宿などしたことがない俺には精神的に耐えられそうにないからだ。
無論、いつかは必要になるかもしれないが、今はその時ではないというのが俺の勝手な結論だ。
(リリスの用意してくれた布団は質素というかなんというか・・・)
元の世界では結構お高いベッドを親に与えられていたせいか、リリスの用意した布団ではあまり眠れなかったのだ。
本当は枕が変わると慣れるまで寝付けない神経質な精神だからなのだが、今は黙っておこう。
俺はマイ枕の購入を胸に秘めて街に向けて歩き出した。
リリスは俺の気を知ってか知らずか楽しそうに俺の前を鼻歌交じりに歩いていく。
夕方近くまで歩いた先に俺達はようやくドリアドの街へとたどり着いた。
ドリアドの街の周囲は高さ3mほどの石壁に囲まれ、門らしき場所には地上の左右に二人の兵士が立っており、石壁の上に兵士が一人遠くを見据えて立っている。おそらく見張りの兵士だろう。
壁の厚さは1mほどで、石壁の向こうには木製の小屋が立っている。
兵士の駐屯所的なものかもしれない。
俺達は門の前で兵士に止められて足を止める。
俺はリリスに教えていられた通り、ステータス画面の『名前』と『職業』、『犯罪歴』を見せる。
犯罪歴とは今までに殺めた人種、エルフ種、ドワーフ種、魔族種、獣人種の数だ。
本来は魔物や魔獣、動物などの狩猟数的な者なのだが、世間では殺人の犯罪を犯した犯罪歴と言われている。
もっとも、犯罪者や野盗を殺したり、戦争で人を殺したりすることもあるのでこれがあるからといって犯罪者な訳ではない。
そういうものに対しては国やギルドが犯罪者に間違われないように罪人討伐証明書や戦線派遣証明書を発行して渡してくれるので、間違われることはない。
俺とリリスは問題なく通行許可が出て街の中に入ることを許される。
俺の職業欄を見た兵士の人が変なモノを見るような目で見てきたが気にしない。
通り際に兵士の人が「面倒ですが後でもう一度提示をお願いします。」と言っていたがなぜだろう?
俺達は壁を越えて街の中に入った。
と思っていたのだが、広がっていたのは美しい田園風景と畑だった。
「どういうことだ?」
俺の質問にリリスは言い忘れていたと言わんばかりに答える。
「ドリアドの街は石壁が二つあってな。内壁の内側に町があり、内壁と外壁の間に農作業をするための土地があるんじゃよ。」
リリスの言葉通り、田園風景の向こう側にはもう一つ壁があった。
それは遠目で見ても外壁より高く積まれた石壁だ。
俺達は誰もない田園風景の中を歩いて内壁へと向かう
「そういえば、俺はともかくとしてリリスは何も言われなかったのか?」
俺の唐突な質問にリリスは首を傾げて「なにが?」という表情を向けてくる。
「いや、仙人ってすごい職業なんだろう? なんで何も言わないんだ?」
伝説級という4000年の歴史上で十数人しかいない職業に就いているはずのリリスをみれば普通は驚かれるはずと俺は思っていたのだが違うのだろうか?
「ああ、それはの。職業欄を僧侶Lv1に変更しておるんじゃよ。」
リリスの言葉に俺は「ああ、そうか。」と納得した。
年齢は見せる必要がないのでレベルを上げていない下級職に一時的に変更することでその場をしのいだらしい。
俺が下級職業すべてLv1であるためリリスがLv1でも特に変とは思われない。
目立つ行動は控えたいので俺としても助かる。
なにせ、そんなすごい人と一緒にいるあの人は一体?!と思われるのは非常に悪目立ちする気がする。
内壁に近づくと遠目から見ていた通り、石壁は先程見た外壁の倍以上の高さにだった。
壁の厚さも先程の三倍の3mほどはあるようだ。
俺達はもう一度ステータスを見せた。
兵士の人が俺の職業欄を見て「一つに絞った方がいいよ。」とアドバイスをしてくれる。
俺は苦笑いを浮かべながら「早めにそうします。」と返す。
兵士の人は笑顔で「おう。そうしろ。」と言って通行の許可をくれた。
リリスも同様に通行の許可を貰ったらしく、二人で街に入った。
街に入ると石壁でできた西洋風の家が立ち並ぶ活気のある町だった。
リリスの話によるとドリアドの街は近くに下級職業用のダンジョンがあり、さらに街道の西と東にはそれぞれ大きな町があるらしく、街への中継地とこの地方の新人冒険者のスタート地点として栄えているらしい。
なぜそんな都合のいい場所の近くに降りれたのか?という疑問が浮かんでリリスに聞いてみると
「お主が山暮らしに飽きたら新婚旅行代わりに旅に出る必要があろう? そういう時にレベル上げにこの町は便利じゃからの」
それを聞いて俺は「ああ」とつぶやき納得した。
俺達は宿の予約を取りにいく。
宿は街の中央よりやや北側の場所で街の宿屋の中では中堅の規模らしい。
本当は一番いい宿に泊まろうとリリスが言ったのだが、俺はお金を持っていないので支払いは全てリリス持ちだ。
この世界に俺を拉致ったリリスが俺の面倒を見るのは当然と思っていても俺としては自立するという目標を掲げているので遠慮した。
それでも安宿で無く中堅規模の宿なのはお風呂があるからだ。
安宿には風呂などないらしく、タオルとお湯の入ったタライをお金を払って出してもらわなければならないらしい。
俺はそれを聞いてリリスに頭を下げてお風呂に入れるところにしてもらった。
宿が街のやや北側なのはその方がダンジョンとギルドに近いからだ。
(結局は俺のわがままでリリスを振り回してるよな。)
俺は反省しながらリリスに続いて宿の中に入った。
受付のお姉さんが笑顔で出迎えてくれる。
宿のお姉さんはエルフの様で金髪碧眼の色白で美しくスレンダーだった。
もう少し胸とお尻にボリュームがあれば俺の鼻の下は伸びまくっていただろう。
いや、服の露出が多ければ、かな?
俺とリリスは一人一部屋で部屋を取ることにした。
リリスはものすごく嫌がったが、俺がリリスに「同じ部屋を取るなら俺は今日ダンジョン内で寝る」というとリリスも折れてくれた。
(俺の貞操は守られた!!)
俺は小さくガッツポーズを取って小さく喜ぶ。
リリスは残念そうに俺を見上げるが一切取り合わない。
見た目は幼い少女でも中身は俺の貞操を狙う狼なのだ。油断はできない。
俺達は宿を取った後にギルドに向かうことにした。
ギルドの建物は大きな円柱の柱が何本も立っておりまるでパルテノン神殿のような外観だった。
中に入ると木製の壁や柱で内装は整えられており、薄暗いオレンジ色の光と漆を塗ったような薄黒いも木製の内装と合わさり、雰囲気のいいバーの様だった。
俺が内装に驚いているとリリスは「こっちじゃ」と一言言って俺を先導し、受付に連れて行ってくれる。
受付のお姉さんは獣人だった。
頭にあるウサ耳がピコピコと動き何ともかわいらしい。
服装は落ち着いたゆったりとした服装だったが、胸の部分はその服装とは裏腹にしっかりと自己主張をしている。
(是非バニー衣装を着て欲しい。)
俺は内心そう思いながらも平静を装う。
先程の宿の受付の人といい、なぜか性的な目で見てしまうのは俺の若さゆえか。
隣にいるリリスが俺の顔を睨みつけてくるかと思いきや、俺の顔を見た後、自分の胸と獣人のお姉さんの胸を交互に見て小さくため息をついていた。
入会手続きは先程兵士に見せた時同様でステータス画面の最低必要なところだけを見せて終わる。
この入会手続きをしないとダンジョンへの探索は基本的には認められない。
認められるのは国の許可を得た兵士ぐらいだ。
リリスも俺と共になぜか手続きをする。
仙人になるまでの道中で入会しているはずだがとりあえず俺は気にしないことにした。
俺達はギルドの入会証を受け取りその日は宿に戻って休むことにした。
ここまでの長旅で疲れていたからだ。
風呂は部屋にも小さいのがあったが俺は大浴場に行って疲れを取ることにした。
広いお風呂は心地よかった。
人もあまりいなかったのでなおさら気分よく入ることができた。
部屋に戻るとなぜかリリスが頬を膨らませて待っていた。
どうやら一緒にお風呂に入るつもりだったらしい。
俺は大浴場に毎日通うことを心に誓った。




