6日目 遅
幸せになりたい。
昨日はゲーム三昧しておりました。気分で書かなかったのですが、期待している方がいらっしゃったなら、こちらの執筆ペースを崩してしまい本当に申し訳ございません。
ゲームが楽しいので、投稿ペースが遅れたことのみならず、私の生活リズムすら崩壊しております。
そのかわりというか、ゲームについて、私個人がかなり興味を持てたことを知れたのも事実としてあります。それをメモしておこうかな。
結論から述べますと、『ゲームで得る快楽と創作活動による快楽のベクトルが違う』ってこと。
今日はこれを言語化したく思い、書くに至ります。
まず、『ゲームで得る快楽』について。
あとは動画だったり、SNSだったり。これらはゲームの快楽に近いものを感じていて。
根拠までは知らないけど、なんとなく「瞬間的」だな。そんな気がする。
その時に得られるドーパミンが凄まじくて、実際生活リズム崩壊すら引き起こすほどです。
動画やSNSもゲームと同じく、下手するとそれ以上の瞬間的快楽を得るソースになりうるね。だからこのカテゴリ。
別に批判している訳ではないですが、依存性が高いことから「依存物質」やら「麻薬」やら跳弾されても仕方ない。けれど、楽しいのよ。
一番は理性とは違う、自我のような何か(私には言語化不可)を抱え続けることができれば、依存せずに済む。そして何より得られる快楽も増えるのではないでしょうか。(私はできない。)
この快楽については創作活動をするときに生じるものと同じ、のちに説明する「長期的」なやつに分類されます。
ゲームをプレイしている方、動画が大好きで沢山視聴している方、SNSで最新のトレンドをサーチしている方など。今の御時世で関わっていない方の方が少ないよね。
(これを見ている方も少なくともパソコンやスマホなどのツールは持っているよね? という話。)
そんな方で今の生活に満足していないならば、次に説明する「長期的」な快楽を求めるべきかと。
正直、今の私は瞬間的快楽による喜びは当時より感じられなくなってきて、ドーパミンをドバドバできない体になりつつあって。
んで、一番満たされる瞬間がそれになっているのです。
創作活動をしろ、と命令する訳ではないです。むしろゲーム大好きならゲームしろ、と言いたい。そこに自分の意思を持つことができるとより良くなります、という話。
私はゲームするとき、どうしてもゲームしているという事実とゲーム快楽しか感じない愚者ですので、心から楽しいと思うことはないです。なんというか表面的だから。
なら、お前の言う「長期的」な快楽とやらは何や!
という話ですが、語ることがあまりないです。
私の場合だとイラストや執筆による感情表現なんかの創作活動がそれにあたります。それ以外でも、その人が好きだと思っているものを深く鑑賞しながら行動すること全てです。
なら、ゲームは何なん?
って話ですが、主観だとゲームでもそれは成り立ちます。
ゲームをただプレイするのではなく、深くベースを見ていきながらプレイするということです。脳死でプレイするより楽しさの方向性も質量も馬鹿みたいに変化。
例えば、プログラマー視点だと「このゲーム進行はプレイヤーにとって理解しやすい構成」だとか、「この要素はやり込みに向いていてプレイヤーに刺激を与えている」だとか。
そのやり込み要素に本気で取り組むプロゲーマー視点では、「このキャラクターのこのアクションがこのキャラクターの特攻」だったり、「この育成方法なら自分にあった立ち回りができる」だったり。
またまた、音楽関連でも。「このBGMはキャラクターの過去を彩っている」とか、「キャッチーなフレーズで印象に残りやすい工夫をしている」とか。
これだけでも良さげですが、さらに深掘りなんてこともできます。その道を通ってみてしてしまえば良い。誰も文句は言わない。
その人の人生なんて、その人が決めるべきことですもの。
細かくはプロではないから言えないのですが、音楽関連は挫折した経験がありますから、少しは語れるかと。
演奏する身だと「機械的なキャラクターにシンセを導入する」みたいな楽器の話。
私のような知識だけの知ったかぶりでも「ここで転調するの!?」みたいな驚きを感じやすくなったり、「251進行きたぁ!」みたいな知識を実感できたりはしてます。
特定のゲームを追っているなら「これ〇〇のアレンジじゃん!」という喜びを感じた方はいるハズ。そんな感じに近いです。
こういった喜びは瞬間的快楽はなく、ドーパミンを放出している実感はないです。どちらかといえば「満たされている」に近い感覚。
この感覚が私にとっての最大の悦。
私としては是非、この快楽を知って欲しいと思っていますし、これまみれの世界は割と平和になる感じがします。
長々と書きましたけど、この日記の私以外の読者さんに一番伝えたいことがあります。これに反するなら今までの話は全て撤回してしまっても良いです。
これまでの意見は全て私の独断による主張になります。
あなたたちの人生だから、あなた自身が決めなさい。
吟味した結果であれば頷いても良いし、この意見に反発しても良い。ただし、鵜呑みにはするな。
その人の行動は全て己が幸せに帰結しますから。
長々とここまで読んでくださったなら、感謝しかございません。ありがとうございます。
執筆、お疲れ様です。




