ドラゴンの鱗屋
勢いで書き上げたので、変なところは見逃してください
色んな伏線広げまくりますが、回収はしません
どうぞ好きに想像してください
王都の西市場には少し変わった有名な店がある。
「ガルドの鱗屋」
もっとも、店と呼べるほど立派なものではなく小さな空き地の石畳の一角に古びた天幕を張り、その下に古びた木製の机を一つと背もたれの無い丸椅子一つ。薄汚れた元は白かっただろう机の上を隠すぐらいの布の上に大小様々、色とりどりの欠片を並べただけ。
そんな店とも露店とも形容しがたい店だがそれでも三十年以上そこで商売を続けているものだから、「鱗屋」と言えば王都の人間なら誰にでも通じた。
店主の名はガルド。
髪も髭も眉毛も白くなった頑固そうな老人。
年齢を聞かれると決まって六十八と答える。だが道を挟んで隣の魚屋のマルタは三十年前から同じ数字を聞いているので信じていない。
道向かいの道具屋のアリサも手紙配達のケビンだって、マルタほどではないが何年も同じ数字を聞いている。だから誰もそれを信じてはいない。
その日も、まだ朝露の残る時間、ガルドはそこへやってきた。
荷車を引き、天幕を広げ、机に布を敷き、椅子を置く。慣れた手つきだった。誰かが手伝うこともなく、誰かに手伝わせることもなく、いつものように。
「おはよう、鱗じい」
道を挟んで向かいの魚屋から声が飛んできた。
マルタである。腕まくりをした大柄な女性で、ガルドより二十は若いはずだが、口の強さは倍以上だった。昔は魚屋の看板娘としてアイドル的な人気があった。今その役割は彼女の娘へと引き継がれている。
「おはよう」
「今朝の腰はどうだい」
「お前よりはましだ」
「元気だねぇ」
ガルドは答えず、布に包まれた品物を無造作に、しかし丁寧な手つきで机へと並べていく。
晴れた日の空の青さのようなもの、新緑の緑を写したかのようなもの、淡いピンクだったり後ろの景色が透けるほどに透明なもの、中には金属のような光沢を持つものもある。どれも大きさや形はバラバラであった。
「それ、本当に全部ドラゴンの鱗なのかい」
マルタは毎日同じことを聞く。
「本物だ」
「昨日も聞いたねぇ」
「昨日も本物だったからな」
「じゃあ、偽物の時もあるのかい?」
「……さぁな」
マルタは大声で笑った。
ふん、と一息ついたガルドは愛おしそうにそれを並べる。
最後の一枚を机に置くとドカリと一つしかない椅子に腰掛ける。
市場が開くころには、人通りも増えていた。
荷車を引く商人、走り回る子ども、速足で門へと駆ける冒険者らしき若者たち。
焼き立てのパンの匂い、嗅ぎなれない異国の香辛料の匂い、湿った土をまとった新鮮な野菜の匂い。
様々な音や声が混ざり合い、市場はゆっくり目を覚ましていく。
ガルドは椅子に腰かけたままそれをぼんやりと眺める。
別に客を呼び込んだりしない。来るものがいれば話し、いなければぼんやり市場を眺めながら鱗を磨く。
それだけだ。
◇ ◇ ◇
昼少し前、どこにでもいそうな印象の少しくたびれた青年がガルドの店の前に差し掛かった。
「……なんだこれ」
思わず足が止まる。
机の向こうには老人がいた。椅子に腰かけ、暇そうに欠片を磨いていた。客を呼び込む様子はない。
机の上には大きさも色も様々な何かの欠片が並べられている。いや、欠片かどうかはわからないが。ただ、綺麗だなと思った。
「見てるだけなら金は取らんから、もっと近くに来ればいい」
青年は少し驚いた。
「すみません」
「別に」
青年は改めて机を見る。先ほどよりずいぶんと近寄って。
老人はこちらをちらりと一瞥するとまた手元に視線を戻す。
「全部ドラゴンの鱗ですか?」
「そう書いてるだろ」
確かに机の隅にある木札にはそう書いてあった。
「本物ですか?ドラゴンって、ホントにいるんですね」
ふ、と老人は顔を上げた。
「旅人か」
「え?」
「ここら辺の人間はそんなこと言わん」
なるほど、と青年は思った。まぁ自分はここら辺の人じゃないもんな、と。
そして、有名な鱗屋はここだったのか、と。ドラゴンの鱗だとは思わなかったが。
老人は新たな鱗を手に言う。
「本物だ」
「ドラゴンってこんなに種類いるんですね」
「どうだろうな」
「え、いないんですか?」
「さぁな」
「えぇ、知らないのに本物ってわかるんですか?」
「まぁな」
「どうして?」
「売ってるからだよ」
青年は思わず笑った。
老人も少しだけ口ものを緩める。
「それじゃ理由になってませんよ」
「ならお前はどうやってパン屋のパンがパンだとわかる」
「……食べるから?」
「そうか」
老人はうなずく。青年は何が何だかサッパリ、という顔だった。
「俺は三十年鱗を売ってる」
「はい」
「だから分かる」
「……そんなものですか」
「そんなものだ」
老人は本気らしかった。
その証拠に先ほどより口元がほころんでいた。それを自慢するかのように。
そんなものか、なんて青年が思っていると道向かいの魚屋から声が飛んできた。
「騙されるんじゃないよ、旅人さん!」
大柄な女性だった。
「鱗じいはなんでも本物って言うからね!」
「黙れ、マルタ」
「だって、先週は川で拾った石をドラゴンの卵だって言ってたじゃないか!」
「三日だけな」
「三日で卵が石になるわきゃないだろ!」
市場のあちこちから笑い声が上がる。
青年もつられて笑った。
老人は気にした様子もなく鱗を並べ直している。
「ドラゴンを見たことがあるんですか?」
青年はなんとなく聞いた。さっきも似たようなことを聞いた。どうせまた「さぁな」とでも言われるんだろうな、と思ってた。しかし今度は少しだけ考えて、老人は答えた。
「三回」
「三回?」
「そうだ」
「見たことあるんですか?」
「三回も見りゃ十分だろ」
それもそうか。
青年は一度も見たことが無い。いや、いるとすら信じていなかった。
「どんなでした?」
少しだけ興奮して、青年は聞いた。老人はすぐには答えなかった。
市場の喧騒が流れていく中、しばらく経ってポツリと答えた。
「濡れてたな」
「濡れてた?」
「あぁ」
闇夜のように黒い鱗を持ち、光に透かしながら老人は答える。
とてもまじめな顔だった。
「一回目は雨だった」
黒い鱗を机に戻し、新緑を写しこんだかのような鮮やかな緑の鱗にそっと触りながら続ける。
「二回目は川へ落ちていた」
「ドラゴンが?」
「そうだ」
「なぜ?」
「知らん」
「知らないんですか」
「見た時には落ちてたんだ」
青年は吹き出した。老人もニヤリと笑っていた。
魚屋の女将も道行く人も聞いていたらしく、大声で笑った。
「相変わらず、ひっどい話だねぇ!」
「本当なんだから仕方ない」
今度は不満そうに口元をゆがめて老人はそう言った。
「三回目は?」
青年が聞く。
老人は空を見上げた。
何かあるのかと青年も釣られて見上げるが、何もない。さっきより少し雲が増えていた。
「寝てた」
「寝てた?」
「そうだ」
「ドラゴンが?」
「そうだ」
「どこで?」
「俺の畑の中で」
それを聞くと市場中が笑った。老人だけが笑っていない。
青年はどういう表情を作ればいいのやら少しだけ困った。でも、そういうこともあるのかな、と。
「笑い事じゃないぞ」
「何言ってんだい、笑い事だろうよ!」
魚屋の女将の言葉に老人は不貞腐れて言った。
「芋を半分潰された」
「それはお気の毒に」
「本当に困った」
老人はため息をつく。その顔を見ていると、不思議と噓を付いているようには見えなかった。
本当かもしれない。嘘かも知れない。
だが少なくとも老人は本当に困ったと思っているらしい。
なら、それでいいか。そんな気がした。
そんな時だった。老人がまた空を見上げた。
「降るな」
そしてポツリとそういった。
「雨ですか?」
「二時間ぐらいか」
青年も空を見上げる。
雲はあるが、晴れている。あの雲が雨雲には見えなかった。
「わかるんですか」
青年は老人に視線を戻しながら聞いた。
老人もいつの間にかこちらに視線を戻し、そして机に視線を落とした。
そしてこぶし大の青い鱗を指で叩いてこういった。
「雨の匂いがする」
その言葉に、「また始まった」と魚屋の女将が笑う。通りかかった配達の少年も近くの道具屋の女の子も八百屋で値切りしていた客も、みんな笑った。
市場の誰も信じていないようだった。
青年も本気にはしていなかった。だが故郷にも「雨の匂いがわかる」という人がいたから、そういうもんなのか、とは思った。そういうこともあるのかと。
まぁそうは言っても、ドラゴンの鱗との関係はわからないが。
そうしてほんのしばらく鱗を眺め、青年は店を後にした。
少しくたびれた背中を見送った老人はまた次の鱗を磨き始めた。
荷車を引く商人、走り回る子ども、速足で門へと駆ける冒険者らしき若者たち。
焼き立てのパンの匂い、嗅ぎなれない異国の香辛料の匂い、湿った土をまとった新鮮な野菜の匂い。
様々な音や声が混ざり合い、市場はまたいつもの日常を取り戻す。
老人は椅子に腰かけたままそれをぼんやりと眺める。
別に客を呼び込んだりしない。来るものがいればまた話し、いなければぼんやり市場を眺めながら鱗を磨く。
それだけだ。
青年はふらりとあちこちの市場を見回り、おすすめの観光地を訪ね歩く。
ふ、と空を見上げるといつの間にか薄暗く今にもそれをばら撒くかのようだった。
そうして間もなくポツリと大地をそれが濡らす。
雨だった。あの老人のような、静かな雨だった。
青年は思わず笑った。
偶然かもしれないし、本当に匂いがしたのかもしれない。自分には雨の匂いがわからないから。
でもそれでいいか、と思った。どちらでもいいか、と。
明日、もう一度あの市場へ行ってみよう。そして、あの老人と話をしよう。
三回目のドラゴンの話の続きを聞くために。一回目と二回目のドラゴンの話でもいい。
雨音を聞きながら、青年はそう思った。
翌朝、青年が市場へ行くと昨日と同じ場所に同じように老人はいた。
「また来たのか、旅人」
「こんにちは。昨日の雨、当たりましたね」
「当たった?」
「えぇ、予想されたでしょ?」
「予想じゃない」
「じゃあ何です」
「雨の匂いだよ」
そう言って老人はニヤリと笑った。青年も釣られるように笑った。
そうして、三回のドラゴンの話を聞き、魚屋の女将や周りは笑って、老人は不貞腐れて、それに苦笑して。
そしてしばらく鱗を眺めた青年はパールのようにきらめくコインぐらいの鱗を買って、また旅に出た。
老人は椅子に腰かけたまま青年を見送り、そうしてまたぼんやりと市場を眺める。
別に客を呼び込んだりしない。来るものがいればまた話し、いなければ市場を眺めながら鱗を磨く。
それだけだ。
王都の西市場には少し変わった有名な店がある。
「ガルドの鱗屋」
【ドラゴンの鱗 一つどれでも銀貨5枚】
どこから仕入れているのか、本当にそれが本物なのか、誰も知らないし王都の誰も信じていない。
この世界のどこかにいるらしいドラゴンの鱗を唯一扱う有名な鱗屋の話。




