第参話 一服
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!
「……それって、夜這いですか?」
「あなたにはまだ早いでしょう」
琳瑶の問い掛けに翠琅は迷わず返す。
その顔には苦笑いが浮かんでいる。
「なにか考え込んでいると思ったら、どこでそんな言葉を学んでくるんですか?」
「どこって、お母様が気をつけなさいって……」
「ああ、なるほど」
琳瑶の正体を知っている翠琅は当然 「お母様」 の正体も知っていて、小さく息を吐く。
だがうっかり口を滑らせていることに気づいていない琳瑶は、やはり首を傾げている。
「まだ早いですか」
「まだ早いですね。
そもそも夜這いの意味をわかっているの?」
「わかりません」
キョトンとした顔をして素直に返す琳瑶に、翠琅はまたしても苦笑いを浮かべる。
「そうだよねぇ。
そういえばあなた、その歳でオネショするんでしょ」
「しません!」
どこでそんな嘘を聞いてくるのかと怒る琳瑶だが、翠琅は悪気のない様子で首を傾げる。
そして思い出したように訂正する。
「あ、そうそう。
オネショじゃなくて夜泣きだよ、夜泣き」
これは事実である。
しかも翠琅にまで知られていることが恥ずかしくて、琳瑶は顔を赤くしてぐっと言葉を飲む。
「ことのあとで夜泣きとかされても興が醒めるしねぇ」
「こと?」
「だからあなたにはまだ早いと言っているだろう?」
「むぅ」
「そんな可愛い顔で拗ねてみせても駄目だよ、わたしにお稚児さん趣味はないからね」
「お稚児さん趣味?」
「あなたみたいな子どもを好む大人の嗜好だよ」
先程から翠琅の言っていることが全然わからない琳瑶は、とりあえず覚えておいて、今度薔薇に訊いてみようと考える。
そのためにも、後宮を出られないのならせめて黎家と手紙のやり取りをしたいのだが、すでに出したはずの手紙の行方がわからない。
手紙を預けた豊衣の所在も。
「とりあえず今夜、少し話しましょう」
「わかりました」
本当はこの場で豊衣のことなど訊きたかったのだが、翠琅にも仕事がある。
本当か嘘かはわからないけれど、あるらしい。
少なくとも翠琅はそう言っているから、ここで駄々をこねて足止めなどして翠琅の機嫌を損ねたらなにも訊けなくなってしまうだろう。
そうすると豊衣のことはもちろん、手紙のこともわからないままになってしまう。
だからここは目的のためにと自身を納得させる。
「ところで翠琅様、どうやってここから離れるんですか?」
すでに戻ってきている老宦官は、やはり仕事中だというのにのんびりと煙草をふかし、遠目に琳瑶を監視している。
しかも翠琅の言っていたとおり、目のほうはわからないが、耳は遠いらしい。
まるで琳瑶と翠琅の会話に気づいている様子がない。
だが老宦官がいる限り、翠琅はずっと庭石の陰に隠れていなければならない。
これから用があって長居は出来ないと言っていたのに……。
「なにを言ってるの?
あなたがここを離れればあの宦官も着いていくでしょ?
休憩でもする振りをして一度部屋に戻りなさい」
あまりに簡単な方法に驚いた琳瑶は、翠琅に言われるまま一度あのかび臭い部屋に戻り、干していた蒲団を仕舞うことにする。
だがこの夜、琳瑶が翠琅と会うことはなかった。
もちろん蒲団が気持ちよくてうっかり寝てしまったわけではない。
日ごとにかび臭さは薄れているけれど、まだまだ気持ちよくと言うにはほど遠い。
しかも琳瑶は翠琅に言われたとおり蝋燭の火を消して、椅子にすわって待っていたのである。
だが琳瑶が翠琅と会うことはなかったのである。
どういうことなのかわからず、昼から昨日と同じ中庭と呼ぶにはおこがましいほど狭い空間に、箒を片手に訪れた琳瑶は、やはり監視として見張っている老宦官に怪しまれないようさりげなくを装って昨日の庭石向こう側を覗いてみる。
昨日の話では、翠琅は琳瑶の生活リズムを調べたと言っていた。
だから午前中に来てもいないだろうと思って、あえていつもどおり午後から訪れてみたのだが、案の定、庭石の向こう側に隠れた翠琅が、足を放り出してすわりこんでいた。
「翠琅様、昨日はどうして来なかったんですか?」
「行きましたよ」
昼間、豊衣のことを訊くのを我慢した琳瑶は、少し強めに翠琅を問い詰める。
翠琅のほうから言い出したことだから余計に強気に出た琳瑶だが、翠琅はなにかを探るように琳瑶を見上げて答える。
「来なかったですよね?」
「行きました」
改めて問う琳瑶に、やはり翠琅も同じ返答を繰り返す。
「嘘です、来なかったです」
「行きましたよ、恵彫も一緒に」
あんな大男が一緒なら、なおさら気づかないはずがないという琳瑶だが、翠琅は、間違いなく昨夜、琳瑶の部屋を訪れたという。
いったいどういうことなのか?
どう考えても翠琅が嘘を吐いているとしか思えない琳瑶だが、何度訊いても翠琅は嘘を認めない。
このまま押し問答を続けても埒が明かないと思っていたら、翠琅も同じことを考えていたのか、話の角度を変えてくる。
「変なことを訊くようだけど、今朝の目覚めはどうだった?」
「どうって……」
本当に変なことを訊いてくるな? ……と思った琳瑶は、反射的に 「いつもどおりです」 と答えかけて思い出す。
昨夜、翠琅を待って夜更かしをしたせいで今朝は寝坊をしてしまったことを。
おまけに目覚めが悪く、体が酷く怠かった。
そのことを正直に話すと、翠琅は 「ああ、やっぱりね」 と呟く。
「翠琅様?」
「ちゃんと説明してあげるから、もう一つ答えてくれる?
昨夜、なにか変わった物を食べなかったかい?」
拾い食いやつまみ食いのことを言っているのかと思った琳瑶だが、違うと翠琅は言う。
「例えば……夕食の味が妙に濃かったとか、苦かったとか」
「特には」
「他には……そうだねぇ、普段出てこないような物が出て来たとか」
翠琅がなにを想像しているのか全くわからない琳瑶だが、とりあえず昨夕の食事を思い出す。
特に珍しい料理や食材はなかったように思ったのだが、不意にあることを思い出す。
「……そういえば、お菓子をもらいました」
そういう決まりになっているのか?
あるいは関わり合いになることを避けているのか?
冷宮と呼ばれるこの一画の建物はもちろん、周囲にも誰も近づかず、今までのように菓子などもらうこともない。
それが昨夕は、食事を運んできた老侍女がもらい物だと言って菓子を一緒に持ってきたのである。
「お菓子?
もらい物ってどなたから?」
翠琅の問い掛けに琳瑶は首を横に振る。
先方に迷惑が掛かるからと、老侍女が名前を教えてくれなかったのである。
それではお礼が言えないと琳瑶も思ったのだが、お礼を言えば先方が迷惑をすると言われて諦めたのである。
「……なんともまぁ……手の込んだことを」
「どういうことなんですか?」
「少し驚かしてしまうけれど、説明すると約束をしたから話すけれど、その菓子に薬が盛られていたんだよ」
「薬?」
「そう、おそらく眠り薬。
だから昨夜、わたしがあなたの部屋を訪れた時、あなたは揺すっても叩いても目を覚さないくらい眠っていたんだよ」
「叩いたんですか?」
「あまりにもよく眠っていたからね」
翠琅が琳瑶の部屋に忍び込んだ時、琳瑶は冷えないように綿入れを着て椅子にすわって眠りこけていたという。
呼び掛けぐらいでは全然目を覚さなかったから、体を揺すったり軽く頬を叩いてみたが全く目を覚さなかった。
だから諦めて、琳瑶を寝台に横たえて部屋をあとにしたという。
「なんのためにそんなことを?」
「なんのため?」
眠り薬とはいえ薬は薬。
ただ事ではないと驚く琳瑶だが、翠琅は昨夜琳瑶が目を覚さなかった理由に納得がいったようで、薬を盛られたということには驚いていないらしい。
琳瑶の問い掛けに、冷静に考える様子を見せる。
「なんのため……ねぇ。
これをあなたに説明してもいいのか、正直、わたしには判断がつかない。
とても難しい問題で、あなたが子どもだからということではないということは言っておくけれど、これ以上は知ることで確実に巻き込まれてしまう」
「でも薬を盛られたということはすでに巻き込まれてませんか?」
琳瑶に切り返しに、翠琅は明るく笑う。
「本当に頭のいい子だね」
「翠琅様」
そんな言葉では誤魔化されないと食い下がる琳瑶だが、翠琅は楽しそうである。
「さすが双子と同じ血筋だよ。
でもやはり、判断をするには少し情報が足りないからあなたにはまだ話せないね」
「翠琅様」
「だから代わりに別のことを話してあげるよ」
「別のこと?」
翠琅はにっこりとなにかを含んだ笑みを浮かべる。
そして言う。
「豊衣殿のことを知りたいのだろう?」




