第壱話 いつものこと
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泰家では朝食と夕食に家族が顔を揃える。
多くの貴族屋敷でそうしているように、同じ卓について一緒に食事を摂るのだが、この日、琳瑶がいつものように部屋に入るとすでに両親と姉が揃っていた。
珍しい
いつもは琳瑶が一番に着席し、遅れて父や母、姉がそれぞれ着席するのだが、この日の夕食の席には珍しく三人が先に着席していたのである。
決して琳瑶がいつもより遅くなったわけではない。
だが三人はすでに着席していて、しかも食事を始めていたのである。
食事は家族が揃ってから始めるもの。
多くの貴族屋敷でそうしているように、泰家も家族四人が揃ってから食事を始める。
それなのにこの日は、琳瑶が卓に着いていないのに家族は食事を始めていたのである。
もちろん琳瑶がいないことに気づいていないわけではない。
四人しかいないのだから気づかないはずがないのに、まるではじめから三人家族のように、和やかに会話をしながら食事をしていたのである。
しかも琳瑶が部屋に入ってきても、手を止めることもなければ見向きもせず、会話すら途切れない。
「あら、今頃来たの?
遅かったわね」
話の邪魔をすることなく自分の席にすわろうとする琳瑶に、ようやくのことでチラリと視線をやった姉の蘭花が話し掛けてくる。
なにかいいことがあったらしく、真っ赤な紅を差した口の端が上がっている。
それを見てなんとなく琳瑶にもわかった。
おそらく夕食の前に両親と姉でなにか話していたのだろう。
そしてそのまま三人で一緒に夕食の席に着いたのである。
よくあることである
三人が琳瑶をのけ者にすることは今に始まったことではない。
気にならないといえば嘘になるし、慣れたといってもやはり嘘になる。
けれど琳瑶がなにを言っても三人が耳を貸すことはない。
それもまた、いつものことである。
やはりいいことがあったらしく、真っ赤な紅を差した口の端を上げた母の艶麗が、食事の手を止めることなく蘭花に続く。
「食事の時間に遅れるなんて、まったく薔薇さんはどんな躾をしていたのかしら?」
思わず 「は?」 と言い掛ける琳瑶だが、あとが面倒なのでぐっと喉で堪える。
それこそいつも食事の時間に遅れてくるのは艶麗たちのほうなのに、たまに琳瑶より先に着席したらこの態度である。
いい歳をして大人げないにもほどがある。
だがこんなこともいつものことだった。
言いたいことは色々あったけれど、子どもの琳瑶がなにを言っても三人が耳を貸してくれないのはいつものことである。
さっさと食事を終えて部屋に引き上げようと思った琳瑶が卓の上を見ると、自分の分だけ肉料理がないことに気づく。
チラリと他の三人の前を見れば、姉の蘭花の前に肉料理の皿が二つあった。
これもいつものことである。
言えば厨房から新しい皿を持ってきてもらえるだろうけれど、そのあとで両親や姉から嫌味を言われるのである。
姉が妹の食事を横取りすることは許されるのにおかしな話である。
だがこれが泰家の日常である。
いつもは琳瑶のほうが先に着席しているのだから、三人が揃う前に食べてやれば肉料理の皿をとられないかもしれない。
琳瑶も一度や二度、そんなことを考えたこともあったけれど、蘭花のことである。
自分の好きな食べ物なら、琳瑶が箸をつけたあとでも皿を取り上げるに違いない。
それこそ艶麗はどんな躾をしているのか? ……という話だが、艶麗の夫であり姉妹の父親である泰昌子は、ただの一言もそんな二人を注意しない。
それが泰家の日常である。
まるで三人家族の団らんに間違えて居合わせてしまったような琳瑶は、さっさと夕食を済ますべく箸に手を伸ばす。
するとそのタイミングで家長の昌子が口を開く。
「詳しいことは明日話すが、蘭花の輿入れが決まった」
食事をしながらそう言う昌子は琳瑶を見ていなかったが、琳瑶に話し掛けたのだろう。
艶麗と蘭花が琳瑶に嫌味を言うのはいつもことだが、今日は明らかになにかいいことがあった様子。
そのいいことが蘭花の嫁入りらしい。
昌子の話に、琳瑶はなるほどと勝手に納得する。
琳瑶より五歳上の蘭花は十七歳、世間一般的に嫁入りしてもおかしくない年齢である。
「お姉様、おめでとうございます」
箸に伸ばしかけた手を引っ込めた琳瑶は、少しだけ居住まいを正して姉に祝いの言葉を述べるが、その蘭花の輿入れの話題で盛り上がっている三人の耳には届かない。
だが琳瑶もあっさりしたもので、言うべきことは言ったのでさっさと箸を取って食事を始める。
そして一足先に食事を終えると、無言で席を立って部屋に引き上げても三人は気にしない。
蘭花の輿入れの話以外、全てが琳瑶にとってはいつものことであった。
だがこの蘭花の輿入れが琳瑶をとんでもない事態に陥れるのである。
今の琳瑶にとって、心の支えともいえる母との約束に支障をきたすほどの事態に。
「琳瑶や、大きくなったら母と暮らしましょう」
美しい顔を曇らせた母親は、淋しそうな声で幼い琳瑶にそう告げた。
以来琳瑶は約束の日をただひたすらに待ちわびているのだが……。




