誰が一番、君を知っているか
登場人物
カケル
種族:人間
主人公。異世界に召喚された青年。
リリア
種族:サキュバス
魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。
セレナ
種族:メデューサ
アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。
ヴァネッサ
種族:ヴァンパイア
とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。
ライア
種族:リザードマン
流浪の剣士。エルザとは幼馴染。
エルザ
種族:サイクロプス
鍛冶職人。ライアとは幼馴染。
エリシア
種族:エルフ
精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。
トーラ
種族:ミノタウロス
ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。
その日の夜、俺たちはとある町の宿に泊まることになった。
見た目はそれなりに整っているが、客の姿は見当たらない。
どうやら今日は俺たち以外に泊まり客はいないらしく、
宿の主人も「今日は商売あがったりだ」と苦笑していた。
夕食を終えた後、俺たちはそのまま宿の共有スペースに残っていた。
木製のテーブルに並べられた食器はすでに片付けられ、代わりに簡素な飲み物が置かれている。
他に客の姿はなく、広めの空間には俺たちの気配だけが残っていた。
このまま自然に解散――そんな空気が流れかけていた、その時だった。
「なぁ、このまま寝るのもつまんねぇよな!」
静まりかけていた空気をぶち壊すように、トーラが声を張り上げる。
椅子にふんぞり返りながら、いかにも退屈そうに腕を組んでいた。
「は?何言ってんだよ」
思わず顔をしかめる。
この流れ、どう考えても面倒なことになるやつだ。
「せっかく全員揃ってんだぜ?なんかやろうぜ、なんか!」
身を乗り出し、トーラがニヤリと笑う。
目が妙に輝いているあたり、本気で何か企んでるらしい。
(……絶対ロクなことにならねぇ)
内心でため息をつく。
こういう時のトーラは止まらない。
「ふふ……よいではないか」
テーブルに肘をつき、グラスを軽く揺らしながら、ヴァネッサが優雅に笑う。
「こうして落ち着いている夜も、たまには趣向を変えるべきであろう?」
その声音は穏やかだが、明らかに面白がっている。
「……子供じゃないんだから」
セレナが腕を組み、少し呆れたように視線を逸らす。
だが席を立つ気配はない。
「まぁ……たまにはいいんじゃないか?」
頭の後ろに手を回しながら、ライアが苦笑混じりに言う。
半分は面倒くさそうで、半分は乗り気だ。
「わ、私も……少し気になります」
胸の前で手を合わせながら、エリシアが控えめに頷く。
その一言で、場の空気がさらに傾いた。
「……おもしろいこと?」
少し首をかしげながら、エルザがぽつりと呟く。
短い言葉なのに、不思議と場に重みが出る。
「いやいやいや、ちょっと待て。“なんかやる”って、何やるんだよ」
気づけば、完全に多数決で押し切られそうになっている。
これはまずい。
「ふむ……では、こういうのはどうだ?」
ヴァネッサがゆっくりと視線を巡らせ、わざとらしく間を取る。
その仕草が、妙に嫌な予感を強めた。
「――“誰が一番カケルを理解しているか”」
「……は?」
一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
そして全員の視線が一斉に俺に向く。
「お、面白そうじゃねぇか!」
トーラが勢いよく手を叩き、身を乗り出す。
完全にスイッチが入っている。
「興味深いわね……その基準、測れるものなら」
口元にわずかな笑みを浮かべながら、セレナが冷静に言う。
理屈で勝つ気満々だ。
「ふふ……いいわね、それ」
頬に手を当てながら、リリアが楽しげに微笑む。
余裕のあるその表情が、逆に怖い。
「ちょ、ちょっと待てよ!?それ本人いるとこでやんのか!?」
思わず声を上げる。
冷静に考えておかしいだろこれ。
「当たり前だろう。お前が判断するんだから」
腕を組みながら、ライアが当然のように言い切る。
逃げ道はなさそうだ。
「え、えっと……頑張ります!」
エリシアが少し緊張した様子で拳を握る。
なぜかやる気だ。
「……負けない」
最後にエルザが小さく呟く。
静かなのに、やけに本気度が高い。
「だいたい、なんで俺が題材なんだよ!?」
俺は思わず声を荒げた。
納得できる要素が一つもない。
「当然だろう?最もわかりやすく、そして面白いからだ」
落ち着き払った声で、ヴァネッサがさらりと返す。
グラスを傾けるその仕草には、まるで迷いがない。
その言葉に、思わず言い返すタイミングを逃す。
“面白い”の基準が完全に彼女達目線なのが少し腹立たしい。
周囲を見回すと、トーラは腕を組んだままニヤニヤしているし、
セレナは腕を組んでじっとこちらを観察している。
ライアは半分呆れながらも、どこか楽しそうだ。
エリシアはというと、小さく拳を握ってやる気満々。
エルザは静かにこちらを見ているだけだが、その目は妙に真剣だった。
そして――リリアだけが、余裕の笑みを浮かべている。
(……完全に逃げ場がねぇ)
「よし、決まりだな!」
トーラが勢いよく手を叩く。
その音が、妙に大きく響いた。
「えーと、俺の拒否権は?」
一応聞いてみる。一応だ。
「ない!」
間髪入れず、皆の声が揃う。
「……だろうな」
小さくため息をつく。
予想はしていた。していたけど、納得はできない。
椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げる。
逃げようと思えば逃げられるかもしれない。
でも――
(……まぁ、無理だな)
この空気の中で、一人だけ抜けるなんて選択肢はない。
というより――
(……ちょっとだけ、気になるしな)
皆が、何を言い出すのか。
どこまで分かってるつもりなのか。
「……やれやれ。不安しかないな」
そう言いながらも、口元はわずかに緩んでいた。
◇ ◇ ◇
「では第一問だ」
ヴァネッサがゆっくりと指を一本立てる。
背もたれに軽く体を預け、グラスを指先で回すその仕草は、いかにも余裕だ。
「カケルが一番好きな時間は?」
「好きな時間?」
思わず聞き返す。
急に振られても、すぐには答えが出てこない。
(なんだ?色々あるだろうけど)
軽く顎に手を当て、考えかける。
「戦ってる時だろ!あんだけ楽しそうにしてんじゃねぇか!」
テーブルに肘をつき、トーラが身をぐっと乗り出してくる。
こちらを指差す勢いそのままに、言い切った。
「いや楽しんでないぞ!?命かかってるしな!」
即座にツッコむ。
楽しそうに見えてるなら、それは完全に誤解だ。
トーラは「マジかよ」とでも言いたげに顔をしかめ、椅子にどかっと背を預けた。
「……仲間と飯食ってる時、とかじゃないか?」
ライアが腕を組み、少し視線を外しながら呟く。
さっきより落ち着いた答えだ。
「あー…それは確かにいいな」
さっきまで囲んでいた食卓の光景が、ふっと頭に浮かぶ。
ライアは小さく口元を緩めた。
「誰かを守れたと実感した瞬間よ」
間を置かず、セレナが静かに言い切る。
その視線は真っ直ぐこちらに向けられている。
「……それは、まぁ」
言葉に詰まる。
否定はできない。むしろ正しい。
(……でも、それが“好きな時間”かって言われると)
胸の奥で、少しだけ引っかかる。
「ふむ……安らぎを得ている時、ではないか?」
グラスの縁に指を添えたまま、ゆったりと口にするヴァネッサ。
視線はどこか遠くを見ている。
「抽象的すぎるだろ……」
苦笑混じりに返すが、間違っているとも言い切れないのが厄介だ。
「…一息、ついた時…終わった後、力、抜ける時」
エルザは少しだけ視線を落とし、考えるように指先でテーブルをなぞる。
「それも、分かる」
戦いの後とかの、緊張がほどけて、体から力が抜けるあの瞬間。
エルザは小さく頷き、また静かに視線を落とした。
「……あなたが“帰ってきた”と感じる時間」
頬に手を添えたまま、リリアが柔らかく微笑む。
その視線だけが、まっすぐこちらを捉えている。
「……それも、あるけど」
一瞬だけ目を逸らす。
核心に近い。けど、少しだけ違う。
エリシアは両手を胸の前で軽く握りしめ、少しだけ考え込む。
皆の答えを一つ一つなぞるように。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「……皆さんと一緒に、何気ない時間を過ごしている時……でしょうか」
言い終えたあと、不安そうにこちらを見る。
考えるより先に、答えは出ていた。
「……それだな」
一瞬、場が静かになる。
トーラが目を丸くし、ライアが小さく息を吐く。
セレナは納得したように目を細め、ヴァネッサはくすりと笑った。
エルザは静かに頷き、リリアは変わらぬ微笑みを浮かべている。
「え、あの……合ってましたか?」
「あぁ。なんかこう……特別なことじゃなくてさ」
軽く頭をかきながら言葉を探す。
「普通に過ごしてる時が、一番落ち着くっていうか。こうやって、何もない時間を一緒にいる時がさ」
「なんだよそれ!地味だな!」
テーブルを軽く叩きながら不満げに言うトーラ。
「……でも分かる気はするな」
ライアは苦笑しながら肩をすくめる。
「“日常”を選ぶあたり、あなたらしいわね」
小さく息をつきながらも、セレナはどこか納得している様子だ。
「ふむ……欲がないな」
ヴァネッサはグラスを傾けながら、面白そうに笑う。
「……素敵」
エルザは小さく、けれど確かにそう呟いた。
◇ ◇ ◇
「では第二問だ」
指を軽く揺らしながら、ヴァネッサが続ける。
先ほどよりも声音は落ち着いているが、その目はどこか楽しげだ。
「“カケルが落ち込んだ時に、一番欲しい言葉は?”」
言葉を聞いた瞬間、ほんの少しだけ息が詰まる。
(……これ、地味に重くないか?)
さっきまでの軽い空気とは違う。
視線を逸らし、無意識に指先でテーブルをなぞる。
(……これ、割と洒落にならないやつじゃないか?)
「そんなもん決まってるだろ!」
その空気を破るように、トーラが勢いよく身を乗り出す。
椅子がきしむ音がやけに大きく響いた。
「“気にすんな!次いけばいい!”だ!」
「雑だな!?」
思わず反射で返すも、トーラは腕を組み、満足げに頷いている。
(……でも。最初にそれ言われると、考える前に動けるんだよな)
「“失敗は次に活かせばいい。それがあなたでしょう?”」
トーラの勢いとは対照的に、セレナの静かな声が落ちる。
腕を組んだまま、まっすぐこちらを見ていた。
「……それは、後から効くやつだな」
「……一人で抱えんな、って言われた方がいいんじゃないか」
視線を少しだけ外しながら、ライアがぶっきらぼうに呟く。
「“隣にいるだろ、私たちが”ってさ」
「……それは、欲しいな」
自然と声が落ちる。
ライアはそれ以上言わず、軽く肩をすくめた。
「“大丈夫です。カケルさんは、ちゃんとやってます”……でしょうか」
エリシアが両手を胸の前で握り、少し不安そうにこちらを見つめる。
言葉のひとつひとつを確かめるように。
「まぁ…それ言われたら、安心するな」
エリシアはほっと息をつき、小さく微笑んだ。
エルザはしばらく何も言わなかった。
ただ静かに、テーブルの一点を見つめている。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「……そばに、いる」
短い言葉。
だが、それ以上はいらない気がした。
言葉を返すまでに、ほんの少し時間がかかる。
「……それで十分だな」
エルザは小さく頷き、また静かに視線を落とした。
リリアは最初から、ずっとこちらを見ていた。
その視線は柔らかいのに、どこか逃げ場がない。
「……無理しなくていいのよ。“ちゃんと見てるから”」
胸の奥に、静かに何かが落ちてくる。
「……それは、最後に欲しいな」
リリアはわずかに目を細め、満足そうに微笑んだ。
俺はしばらく黙り込む。
全員の言葉が、頭の中で順番に浮かんでは消えていく。
「……どれも正解だな」
「……え?」
視線を上げると、全員がこちらを見ている。
驚いた顔、納得しかけている顔、少しだけ嬉しそうな顔。
軽く息を吐き、背もたれに体を預ける。
「最初はトーラみたいに引っ張ってほしいし、落ち着いたらセレナの言葉が効くし、しんどい時はライアの言葉に助けられる」
一人ずつ、ゆっくり視線を向けていく。
「エリシアの言葉で安心するし、エルザみたいに、そばにいてくれるだけでいい時もある」
最後に、ほんの少しだけ間を置き、リリアの方を見る。
カケル「で――最後にリリアにそれ言われたら、立ち直れる」
言い終えた後、少しだけ肩の力が抜けた。
(……ほんと、皆には敵わないな)
トーラは頭をかきながらと笑い、ライアは小さく息を吐いて視線を逸らす。
セレナは納得したように目を細め、エリシアは嬉しそうに表情を緩める。
エルザは静かに頷き、リリアは一言小さく呟いた。
「……ほんと、ずるい人」
◇ ◇ ◇
「では第三問だ。“カケルが無意識に頼っている相手は?”」
ヴァネッサが軽く首を傾げながら、楽しげに問いを投げる。
「無意識って……」
思わず眉を寄せる。
腕を組み直し、椅子の上で体勢を変える。
(いや、それ分かってたら“無意識”じゃねぇだろ……)
小さく息を吐き、視線を逸らす。
周りを見渡すと、皆それぞれ考え込んでいる。
トーラは腕を組んだまま唸り、セレナは指先を顎に添えて思考を巡らせている。
ライアは視線を外して天井を見上げ、エリシアは小さく首をかしげていた。
リリアは静かにこちらを見つめたまま、表情を変えない。
そして――エルザは、ただ黙っている。
「そんなのアタイに決まってんだろ!戦いの時は頼ってんじゃねぇか!」
トーラが椅子をきしませながら前に乗り出し、自信満々に胸を張りながら勢いよく言い放つ。
「まぁ戦いではな!」
「……背中預けてんのは、私だろ」
ライアが腕を組んだまま、少しだけ視線を落として言う。
声は落ち着いているが、どこか確信がある。
「それも間違いないな」
「思考の整理は私に依存しているはずよ」
片眉をわずかに上げ、セレナが理屈を提示するように言う。
「否定はできないな……」
額に手を当て、苦笑する。
(迷った時、頼ってるのは事実だからな)
「えっと……安心するのは、リリアさん……でしょうか?」
エリシアが両手を胸の前で合わせ、不安そうに視線を揺らしながら言う。
「……それはそうだな」
小さく息を吐き、素直に認める。
リリアはそれを聞いても何も言わず、ただ静かに微笑んだ。
「……無意識、なのよね?」
指先で髪を軽くかき上げながら、リリアが確認するように問う。
「ああ」
ヴァネッサがグラスを軽く掲げて応じる。
「……なら、違うわね」
一瞬だけ目を伏せ、すぐに視線を戻す。
その声は穏やかだが、迷いはない。
「え?」
俺は思わず前のめりになる。
リリアはそれ以上言わず、ふっと視線を外した。
(……どういうことだ?)
エルザはずっと黙っていた。
テーブルの上に置いた手をわずかに動かし、視線だけが静かにこちらへ向く。
「……わたし」
「は?」
思わず声が漏れる。
全員の視線が一斉にエルザへ集まる。
エルザは少しだけ間を置き、言葉を選ぶように口を開く。
「…カケル…何も、考えてない時…気づいたら、隣にいる」
言い終えた後、静かに視線を落とす。
言葉が出てこない。
(……あー……)
思い当たる場面が、自然と浮かぶ。
「……それ、かもしれないな」
「くく……なるほどな。“意識して頼る相手”ではなく、“気づけば傍にいる相手”――か」
ヴァネッサが肩を揺らしながら、楽しげに笑う。
「……確かに、それが“無意識”ね」
セレナが軽く頷き、納得したように目を細める。
「なんだよそれ!ありかよ!」
トーラが不満げにテーブルを軽く叩く。
「すごいです、エルザさん……」
目を輝かせながら、エリシアが素直に感心する。
「……なるほどね」
リリアは静かに頷き、わずかに微笑んでいる。
(…言われるまで、気づいてなかったな)
◇ ◇ ◇
「では第四問だ。“カケルが一番ドキッとする瞬間は?”」
グラスを置いた指先が、わずかに音を立てる。
その小さな合図で、場の空気が一段階だけ色を変えた。
「……おいおい」
額に手を当てて、思わず天井を仰ぐ。
分かっていた。こうなる予感は、最初からしていた。
(絶対、変な方向に転がるやつだ……)
視線を戻すと、皆の様子がさっきとは違って見える。
トーラは露骨に楽しそうに笑い、セレナは興味深げに目を細めている。
ライアは落ち着かない様子で視線を泳がせ、エリシアは両手を胸元で重ねて、どこかそわそわしていた。
エルザは変わらず静かだが、わずかに視線が鋭い。
そしてリリアは――最初から分かっていたような顔で、こちらを見ている。
「そんなの簡単だ!戦ってる時に背中預けられたらドキッとすんだろ!」
トーラが椅子を引き寄せるように前へ出て、テーブルを軽く叩く。
「それはドキッじゃなくてヒヤッとだろ!」
即座に返すと、トーラは一瞬きょとんとした表情を見せる。
「似たようなもんだろ!」
そして大きく笑って開き直る。
その豪快さに、場の空気が少しだけ緩む。
「……真剣に見つめられた時、とかじゃないか」
ライアが少しだけ視線を外しながら、低く呟く。
「……それはライアの方じゃないか?」
「バ、バカ!私の事はいいんだ!」
軽く茶化すように言うとライアは慌てて顔を背けた。
耳が分かりやすく赤くなっている。
(分かりやすいな……)
「予測を外された時。あなたはそういう反応をするもの」
腕を組んだまま、セレナが冷静に言い切る。
「それはドキドキの意味合いが違う気が……」
(驚きと動揺を混同してる気がするんだが……)
セレナはわずかに口元を緩め、「そうかしら」とだけ返した。
「えっと……優しくされた時、でしょうか」
両手を胸の前でぎゅっと握りしめながら、エリシアがそっと言う。
「それはまぁ……普通に嬉しいな」
素直に頷くと、エリシアはぱっと表情を明るくした。
「よかった……」
小さく安堵の息をつく。
その様子に、場の空気がまた少しだけ柔らかくなる。
「ほう……では“触れられた時”はどうだ?」
ヴァネッサはわざと距離を詰め、すぐそばまで顔を寄せてきた。
「それは当然だろ!」
「くく……いい反応だ」
楽しげに肩を揺らして笑う。
周囲からも、くすりと小さな笑いが漏れた。
エルザは、ここまで一言も発していなかった。
視線をわずかに下げ、テーブルの縁に指を添える。
その指先が、ほんの少しだけ動く。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「不意に……距離が近くなった時」
静かな声。
だが、その一言で空気がわずかに止まる。
「それは……誰でもそうなる気が……」
少し困ったように答える。
(でも、言いたいことは分かる)
エルザは何も言わず、ただ小さく頷く。
その反応が、妙に印象に残った。
リリアは、少しの間、何も言わなかった。
皆の言葉を聞き終えてから、ゆっくりと立ち上がる。
一歩、こちらへ近づく。
その動きに、自然と視線が集まる。
「……好きだって想いを、まっすぐ向けられてる時、かしらね」
視線を逸らさず、静かに言い切る。
言葉が出てこない。
(……それは)
胸の奥が、わずかにざわつく。
(ずるいだろ……)
「他の誰でもなく、“自分に向けて”ね」
ほんの少しだけ、距離が近い。
「……それだな」
一瞬、誰も動かなかった。
トーラは頭をかきながら「参ったな」と笑い、ライアは視線を逸らして小さく息をつく。
セレナは納得したように頷き、エリシアはどこか嬉しそうに微笑む。
エルザは静かに目を伏せ、ヴァネッサは満足げに口元を緩めた。
「なるほど…“無意識の揺らぎ”より、“意識させられる揺らぎ”か」
「……勘弁してくれ」
俺は頭をかきながら、視線を逸らした。
(ほんと……敵わねぇな)
◇ ◇ ◇
その後も、いくつかお題は続いた。
「俺が一番怒る瞬間」だの、「一番頼りにしているところ」だの。
そのたびに、トーラが身を乗り出して勢いよく答え、
セレナが腕を組んだまま冷静に言葉を重ね、
ライアが視線を逸らしながら現実的な線を出す。
エリシアは皆の言葉を受け止めるように頷きながら、一つ一つを丁寧に紡ぐように答え、
エルザは短い言葉で、静かに核心を落とす。
そしてリリアは最後に、すべてを見透かしたように微笑んで、一言で空気をまとめる。
だが――
(……決まらねぇな、これ)
椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げる。
誰が一番、という決定打は出ない。
どの答えも間違っていなくて、どれも、少しずつ“正解”だった。
気づけば、空気が変わっていた。
トーラはいつの間にか椅子を引き寄せ、肩が触れるほどの距離まで詰めてきている。
ライアも、最初は離れて座っていたはずなのに、気づけば同じテーブルの端に体を寄せていた。
エリシアは遠慮がちに座り直しながら、少しずつ、しかし確実に距離を縮めている。
セレナは姿勢こそ崩していないが、体の向きは完全にこちらへ向いていた。
エルザは――変わらないように見えて、手を伸ばせば届く位置に、静かにいる。
そしてリリアは、最初からそこにいたかのように、自然に、当たり前のように、すぐ隣にいる。
(……なんだよこれ。全員、距離感バグってねぇか?)
肩に触れる温もり、視線の近さ、声の距離。
だけど――
(……悪くない)
むしろ、落ち着く。
「なぁ、カケル!」
トーラが勢いよく肩を叩く。
そのまま体重を預けてくるあたり、遠慮がない。
「次はこれどうだ!」
「まだやるのかよ……」
呆れながらも、声に力は入っていない。
「当然でしょ?ここまで来て終わる方が不自然よ」
セレナが軽く息をつきながら言う。
だがその口元は、わずかに緩んでいる。
「え、えっと……私も、もう少し……」
エリシアが小さく身を乗り出す。
期待と遠慮が混じった声音だった。
「……続き、気になる」
エルザがぽつりと呟く。
短いが、それだけで十分だった。
ライアも、何も言わずに視線だけをこちらへ向ける。
完全に囲まれている。
逃げ道はない。
(……まぁ、いいか)
観念したように、小さく息を吐く。
「……じゃあ、あと少しだけな」
「ふふ……素直じゃないのね」
リリアが隣でくすっと小さく笑った。
「うるさいな」
軽く返しながら、視線を逸らす。
だけど自分でもわかるくらい口元はわずかに緩んでいた。
(……こういう時間も。嫌いじゃないな)
◇ ◇ ◇
やがて、夜も更けた頃、トーラが大きく伸びをして、そのままテーブルに突っ伏す。
「もう無理だ……」
その声に、ライアが苦笑しながら立ち上がる。
「……寝る」
椅子を引く音が、静かに響く。
「おやすみなさい……」
エリシアも小さく欠伸をこぼし、慌てて口元を押さえながら立ち上がる。
「続きはまた今度ね」
セレナは椅子を整えながら、いつも通りの落ち着いた仕草で席を立つ。
エルザは何も言わず、ただ小さく頷いてから静かに立ち上がる。
一人、また一人と、その場を離れていく。
足音が遠ざかり、扉の音が静かに重なる。
やがて静寂が戻る。
気づけば、残っているのは俺とリリアの二人だけだった。
「……」
「……」
テーブルの上には、飲みかけのグラスと、片付けきられていない皿がいくつか残っている。
そのどれもが、ついさっきまでの時間を、そのままそこに置いてきたみたいだった。
「……騒がしかったな」
椅子に体を預けたまま、ぽつりと呟く。
「ええ」
向かいではなく、すぐ隣。
いつの間にか当たり前になっている距離で、リリアが小さく頷く。
「でも、悪くなかったでしょう?」
横目でこちらを見てくる。
その視線は、どこか確信めいていた。
「……まぁな」
それ以上、言葉を続ける必要はなかった。
しばらくの沈黙。
窓の隙間から、夜風がゆっくりと入り込む。
外はもう、完全に夜だった。
虫の声と、遠くの街の気配が、かすかに聞こえる。
(……静かだな)
さっきまでの喧騒が、嘘みたいに遠い。
その静けさが、妙に心地いい。
「ねぇ、カケル」
不意に、リリアの声が落ちる。
「ん?」
「さっきの、“好きな時間”の答え」
その言葉に、ほんの少しだけ視線を逸らす。
「……あぁ」
「……ちゃんと覚えておいてね」
ふっと笑いながら言うリリア。
だがその声は、さっきまでの軽さとは少し違っていた。
「……忘れないよ」
胸の奥に、さっきの時間がそのまま残っている。
何気ない会話。
くだらないやり取り。
(でも、ああいうのが…いいんだよな)
「ふふっ…」
リリアは満足そうに目を細める。
そのまま、少しだけ体をこちらに寄せた。
肩が、わずかに触れる。
「……おい」
「なに?」
何でもないように返してくる。
「……近い」
「そう?」
わざとらしく首をかしげる。
だけど、離れる気はないらしい。
(……ったく、ほんとに)
抵抗する気にはならなかった。
むしろ、その距離が自然に感じる。
静かな夜の中で。
さっきまでの賑やかな時間が、ゆっくりと余韻になって溶けていく。
こうした何気ない時間ほど、静かに心に残っていくものらしい。
※本作は『Re:Feather』本編後の物語です。
彼らがどのように出会い、関係を築いてきたのかは、本編にて描かれています。




