小さな報酬、大きな絆
登場人物
カケル
種族:人間
主人公。異世界に召喚された青年。
リリア
種族:サキュバス
魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。
セレナ
種族:メデューサ
アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。
ヴァネッサ
種族:ヴァンパイア
とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。
ライア
種族:リザードマン
流浪の剣士。エルザとは幼馴染。
エルザ
種族:サイクロプス
鍛冶職人。ライアとは幼馴染。
エリシア
種族:エルフ
精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。
トーラ
種族:ミノタウロス
ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。
金ってやつは、不思議なものだと思う。
それ自体に価値があるわけじゃない。
けれど、金があれば飯が食えて、宿に泊まれて、道具も手に入る。
人は安心できるし、時に笑顔だって増える。
結局のところ、金は「生きるための証」みたいなものなのかもしれない。
――そう思ったのは、異世界に来てからだった。
「はぁ~……」
長いため息が漏れる。
俺の懐から取り出されたのは、一枚のカード。
見た目はただのマイナンバーカードだが、その表面にはアビス様が刻んでくださった刻印が淡く輝いている。旅の始まりから今まで、俺達の生活はずっとアビス様の財から支えられてきた。
食事も宿も道具も、困ったことは何一つない。
だけど、最近はこれを見つめるたびに胸の奥がちくりと痛む。
誰も責めていないのに、心のどこかで「このままでいいのか」と問いかけられている気がする。
(いつまでも甘えてばかりじゃ、恰好つかないよな)
「どうしたの、カケル?」
不意に肩越しから声がかかる。
顔を上げると、リリアがじっと俺を見ていた。
藍色の髪が風に揺れ、柔らかい赤の瞳が不思議そうに細められている。
「いや……ちょっと考えてただけだよ」
「また難しい顔してるわね」
リリアが小さく肩をすくめる。
その仕草は気軽なのに、妙に俺の胸に刺さった。
「うるさいな…」
俺は苦笑を浮かべ、頭をかきながら言った。
「俺さ、自分でも稼いでみたいって思ってるんだ」
言葉にした瞬間、隣で聞いていたヴァネッサが目を細めた。深紅の瞳がきらりと光る。
「稼ぐ…か。ふふ…君が汗水垂らす姿、少し興味があるな」
その低く落ち着いた声には、わずかに愉快そうな色が混じっていた。
「別にいいんじゃない?でも、なんで急に?」
セレナが腕を組み、そっけない調子で口を挟む。
その金色の瞳には微かに好奇心が宿っていた。
視線を向けられて、俺は言葉を探しながら息を吐いた。
「…俺がこの世界に残るって決めたのは、俺の意志だ。だから、アビス様にずっと頼りっぱなしじゃいけないと思うんだ」
言い切ると、短い沈黙が流れる。仲間達の視線が一斉に俺に集まり、心臓が早鐘を打った。
「うーん……アビス様は気にしてないと思うけどね」
リリアが少し笑って言った。慰めるような声に、心が少し和らぐ。
「でもまぁ、気持ちは分からなくもないわね。自立したいんでしょ?」
セレナは小さく頷き、腕を解いた。
「……ああ」
短く答える。胸の奥のざらつきは完全には消えない。
けれど、声にしてみると、不思議と少しだけ肩が軽くなった気がした。
「…いい心がけだ。戦士なら、己の糧くらい自分で得るべきだからな」
ライアが少し口の端を吊り上げながら鋭い声を発する。
彼女なりの励ましなのだろう。
「……ん。カケルが剣を作るの…見てみたい」」
エルザがぽつりと呟いた。
大きな一つ目がこちらをじっと見つめ、短い言葉を紡ぐ。
どうやら稼ぎの手段として鍛冶を想像したらしい。
「まぁ、カケルさんらしいですわね。努力は決して無駄にはなりませんから」
エリシアがふわりと微笑む。
翠の髪が風に揺れ、どこか安らぎをもたらす声で続けた。
「はっ、いいじゃねぇか!どうせなら、アタイら全員分の飲み代くらい稼いでみせろ!」
最後にトーラが大きな声で笑った。
赤茶の髪をかき上げ、豪快に背を叩く。
「おいおい…それは無茶だろ」
思わず苦笑いがこぼれる。
けれど、皆の顔を見回すと、胸の奥に温かいものが広がっていった。
背中を押されたような気がして、心が少し軽くなる。
――問題はどう稼ぐか、だ。
剣の腕を活かすのか、力仕事に精を出すのか、それともまったく別の道を探すのか。
悩んだ末に出した結論は、とりあえずシンプルなものだった。
◇ ◇ ◇
「ここが…冒険者ギルドか」
建物の前に立つと、重厚な扉の存在感に思わず息をのむ。
旅の途中、何度か目にしたことはあったが、中に入るのは初めてだった。
剣や鎧に身を包んだ冒険者達が次々と出入りしていて、俺の胸に小さな不安がよぎる。
(……本当に俺にできるのか?稼ぐって、言ったはいいけど)
アビス様の財に甘えてきた自分が、今さら一人で何をできるのか。足が竦みそうになる。
だが、それでも――やるしかない。自分で決めたことだから。
深呼吸をひとつして、俺は扉を押し開けた。
中は、昼間だというのに酒場のように賑やかだった。
掲示板に貼られた依頼書に群がる冒険者達、カウンターで受付嬢に声をかける者、仲間同士で笑い合う声。初めて足を踏み入れた空気は、俺を外の人間にするには十分すぎるほど濃密だった。
(……さて、まずは登録しないとな)
受付嬢は、柔らかな笑みを浮かべるラミアの女性だった。
長い尾を椅子代わりにゆったりと巻き、その仕草は妙に落ち着きを誘う。
「新規登録ですね。こちらにお名前とご年齢を」
差し出された紙に記入し終えると、彼女はするりと受け取り、手慣れた様子で俺に一枚のカードを渡してくれた。
「今日からあなたも冒険者です。どうぞ、よろしくお願いしますね」
――そこから彼女は丁寧に説明を続けてくれた。
このギルドには「鉄・銅・銀・金・白金」の五段階のランクがあり、新人は鉄から始まること。
依頼には護衛・採集・運搬・討伐・雑務といった種類があり、危険度や規模によって報酬も変わること。
とくに護衛や大規模運搬はパーティ専用で、人数が揃わないと受けられないこと。
報酬はギルドを通して支払われ、態度や達成率で評価もされること。
ひととおり話を聞き終えた俺は、カードを見つめながら小さく息を吐いた。
受けられる依頼は限られている。
いっそ皆にも登録だけでもしてもらえればよかったかな――と、ふと思う。
ライアなら『もちろんだ、力を貸そう!』って快く言ってくれそうだ。
けれど、リリアは…
『ほら、私アビス様の側近でしょ?側近がギルドで有名になったらやりづらいのよね~』
あのいたずらっぽい笑みまで、ありありと浮かんでしまう。
ヴァネッサにいたっては、きっと鼻で笑ってこう言うだろう。
『余が形式だったものに縛られるのを好むとでも?』
その気高さと余裕が、逆に俺には眩しく思えてしまう。
……結局、俺が一人でやるのが一番自然なんだろうな。
そう自分に言い聞かせて、俺は依頼掲示板へと視線を向けた。
壁に貼り出された羊皮紙に目を走らせる。
字の大きさも内容もバラバラで、見ているだけで目が回りそうになる。
けれど、ひとつひとつ眺めていくと、思ったより地味なものが多かった。
「えっと……」
一番目についたのは、
《井戸水のくみ上げを手伝ってほしい》――老夫婦の名前が書かれている。
報酬はわずか。まるで近所の子どもに頼むような内容だった。
次に視線を移すと、
《荷馬車の護衛》――近隣の町まで、商人の馬車を護衛するらしい。報酬は少し多め。
だが「最低三人以上」と条件が書かれていて、今の俺一人では受けられない。
さらに、
《森で薬草の採集》――指定された場所まで行き、薬師に必要な草を集める依頼。
時間はかかりそうだが、危険は少ないと書かれている。
隅のほうには、少し変わったものもあった。
《子どもたちの遊び相手》――孤児院の依頼らしい。
剣術の真似事でもしてやってほしい、と補足が添えられている。
…こうして見比べると、どれも「稼ぐ」というより「誰かのために」って感じの依頼ばかりだ。
(井戸か、薬草か…護衛は無理だし…遊び相手ってのも、俺には意外と向いてるのかもな)
ひとつを選ぼうとして、けれど指先は羊皮紙の上を行ったり来たりするばかりだった。
俺は掲示板を前に腕を組み、しばらく悩んでいたが――やがて顔を上げた。
「……よし、決めた!」
受けるのは井戸水の汲み上げと薬草採集。
二つとも地味で面倒そうだが、俺にもできそうな依頼だった。
依頼票を受付に持っていくと、ラミアの受付嬢がにこやかに微笑む。
「掛け持ちですね。気をつけて、無理はなさらないでくださいね」
「大丈夫です。ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
俺は街外れの井戸へと歩を進めた。
朝の空気はまだ冷たいはずなのに、桶を引き上げる音と人々の掛け声が響いていて、すでに活気があった。
「お、あんたが手伝いに来てくれた冒険者か!助かるよ」
屈強そうな男が手を止めて声をかけてくる。その額には玉のような汗がにじんでいた。
「はい、任せてください」
俺は返事をして、太い縄を手に取った。
――ずしり。
思った以上の重さが両腕に食い込む。
最初の一回で、これは甘く見ていたと悟った。
桶に満たされた水は、腕だけでなく背中や腰まで悲鳴を上げさせる。
「よいしょっ……!」
繰り返し縄を引き上げるたび、手のひらに痛みが走り、じんわりと赤く擦れていく。
水面に桶が沈むたび、次の重さが待ち構えているのだ。
「兄ちゃん、ありがとう!」
水を受け取った子供が、両手で抱えて母親のもとへ駆けていく。
その笑顔に、不思議と力が戻ってくる。
「いやぁ、若いと違うね。すまないな、本当に」
腰をさする老人に礼を言われ、俺は「いえ、まだまだ頑張れますよ」と息を弾ませながら答えた。
やがて、額から滴る汗が縄に落ち、にじんだ跡を作った。
何度目かの引き上げを終えたとき、ようやく村人たちから「これで十分だ」と声がかかる。
桶を手放した瞬間、腕が勝手に震えた。
それでも――胸の奥に残ったのは疲労よりも、誰かの役に立てたという確かな実感だった。
「ありがとうな、冒険者さん」
繰り返し告げられる言葉に、俺は「こちらこそ」と頭を下げる。
小さな報酬を受け取ったが、それ以上に、心の中に温かさが灯っていた。
――さて、次は森に入って薬草採集だな。
◇ ◇ ◇
森の奥へ足を踏み入れると、空気はどんどん湿り気を帯びて、まとわりつくような匂いが鼻を刺した。
葉擦れの音に混じって鳥の鳴き声が響くが、気を抜けばすぐに目的を忘れそうになる。
ギルドの依頼書に書かれていた薬草の特徴を頭の中で繰り返す。
――細長い葉、紫の花、小さな棘
覚えてはいる。
けれど、見渡す森の下草はどれも同じような姿ばかりで、目が回りそうになる。
「…これか?」
しゃがみ込んで一株を摘み取る。
でも、茎を折ると青臭い匂いしかせず、求めていた苦味の匂いはしない。
「違うか…」
また立ち上がり、歩き、しゃがみ込む。その繰り返し。
足腰が重くなり、額からは汗がしたたり落ちる。
時間ばかりが過ぎていく。
気づけば、腰の袋にはまだ数本しか入っていない。
必要数までは、まだ半分にも満たない。
「…やっぱり甘く見てたな」
深呼吸して顔を上げる。
木漏れ日が斑に差し込む森の中は、薄暗くて奥行きが分かりにくい。
どこを探せば正解なのか、見当すらつかなくなってくる。
しゃがみ込み、茂みをかき分けると、紫に見える花弁が目に入った。胸が高鳴る。
だが近づいてよく見ると――花は小さすぎる。葉も広すぎる。似て非なる別の草だ。
「……っ、これじゃない……!」
無意識に拳を握り締めていた。
探して、外れて、また探して。
立ち上がったとき、膝が小さく笑った。息が上がり、喉がからからに乾く。
それでも、少しずつ――ほんの少しずつ、条件に合う草が見つかっていった。
根を痛めぬよう丁寧に引き抜き、袋に収める。
その重みが増すたびに、これで依頼を達成できると胸にわずかな安堵が広がる。
――あともう少し。
そう思った矢先、森の奥からかすかな呻き声が聞こえた。
「……誰か、いるのか?」
声の方へ駆け寄ると、地面に倒れ込む一人の男性がいた。
足に深い切り傷を負っていて、痛みに顔を歪めている。
「くっ……動けねぇ……」
「どうしたんだ!? 何があった!」
俺はしゃがみ込み、男の肩を支えた。
「…魔物娘じゃねぇ…ただの獣にやられたんだ。森の奥で熊みてぇな奴に…足を引っかかれて…」
男は苦しげに顔を歪めながら答える。
膝から脛にかけて深々と裂かれた傷が見え、血がじわじわと滲み出ていた。
「薬草か、ポーションは持ってないのか!?」
「…持ってりゃ、とっくに使ってる…だが、今は切らしててな…」
悔しげに拳を握る男。
その表情を見て、俺は思わず腰の袋に手を伸ばした。
――そこには、やっと集めた薬草が入っている。
依頼を果たすための大事な成果。けれど、目の前で苦しむ人間がいる。
……どうする、俺。
袋の口を握る指が強張り、胸の奥で心臓が不規則に跳ねた。
目の前の命と、自分が抱えた依頼。
天秤にかけるまでもなく、答えは分かっていた。
袋を開け、俺は震える手で数枚の薬草を取り出す。
葉を潰し、傷口に押し当てると、青臭い香りとともに血がじゅわっと滲み出た。
「うっ…ぐ、あぁっ…!」
男の声が森に響く。
俺は必死に手を押さえ、少しでも血が止まるよう祈るように力を込めた。
「我慢してくれ…今、効きはじめるはずだ」
潰した葉の汁が赤い流れを覆い、やがてじわじわと血が収まっていく。だがまだ足りない。
俺はさらに数枚の薬草を加え、応急処置用に裂いた布でぐるぐると縛り上げた。
「……はぁ、はぁ……」
男の呼吸は荒いが、次第に落ち着きを取り戻していった。
顔色も、ほんのわずかに血の気が戻っている。
「…助かった…お前、依頼で集めてたんじゃねぇのか…?」
弱々しい声で問われ、俺は苦笑するしかなかった。
「…そうだな。これで依頼は失敗かもしれない。でもな…」
言葉を切り、包帯代わりの布に手を添える。
「目の前で困ってる奴がいたら、助けるしかないだろ」
男は驚いたように目を見開き、それから力なく笑った。
「…変わった奴だな…あんた」
俺は小さく息を吐き、森の静寂の中でようやく肩の力を抜いた。
◇ ◇ ◇
ギルドに戻った俺は、カウンターに薬草袋を置いた。
中はほとんど空。依頼で求められていた分には、とても足りない。
「…そうですか。事情は理解しました」
受付のラミア嬢は柔らかな微笑みを崩さず、頭を下げた。
「今回は未達成扱いになりますが…人助けを優先されたのですね」
「……あぁ」
胸を張れる結果じゃない。けれど、不思議と後悔はなかった。
目の前で苦しむ人間を助けた。
それが正しいかどうかなんて、考えるまでもない。
「依頼は失敗かもしれないけど…それで救われた命があるなら、悪い選択じゃなかった」
独り言のように呟く俺に、ラミア嬢はくすりと微笑んだ。
「ええ、立派なお考えですわ。冒険者としては未熟かもしれませんが…人としては、とても大切なことをなさったと思います」
その言葉に、胸の奥のざわつきが少し和らいだ。
どんな結果であれ、確かに誰かを助けられた。それで十分だ――そんな風に思えた。
◇ ◇ ◇
宿に戻った俺は、持ち帰った小袋を机の上に置いた。
中に入っているのは、井戸水の汲み上げで得た僅かな報酬だけ。
袋の口を開き、それらを掌に広げて数える。
「……これで全部か」
掌に収まってしまうほどの小さな重み。
金属の冷たさが、妙に現実を突きつけてくる。
しばらく見つめていたが、数は変わらないし、重みも増えやしない。
深いため息が漏れた。
「やっぱり…これだけじゃ、全員分には到底足りないな…」
七人分の食事代、宿代、その他諸々。
それらを思い浮かべると、今の報酬はまるで砂粒のように心許ない。
ギルドで胸を張っていた自分が急に滑稽に思えて、苦い笑みが浮かんだ。
「自分で稼ぐって、口にするのは簡単だけど…現実はこんなもんか」
机に広げた硬貨が、しんとした部屋にちりん、と小さな音を立てた。
俺が頭を抱えていると、背後から仲間達の足音が近づいてくるのが聞こえた。
不意にリリアの声が軽やかに響く。
「カ~ケル♪稼ぎは上々?」
「リリア…全然だよ。これっぽっちしか稼げなかったよ」
俺が机の上の小袋を指さすと、リリアはいたずらっぽく笑い、ひらりと手を振った。
「ふふっ、だと思った。――はい、これ」
机の上にもうひとつ、小袋が置かれる。
「これ……」
「私達もね、頑張ってきたの!」
「わたし……たち?」
その言葉に顔を上げた瞬間、視界に仲間達が順番に小袋を置いていく姿が飛び込んできた。
金属が触れ合う音が、まるで音楽のように部屋に響く。
「みんな……まさか」
驚きに言葉を失う俺の前で、リリアが胸を張って笑った。
「私はね、酒場に顔を出しただけでお客さんが押し寄せちゃって…気づいたらお店が大繁盛!それでお礼にって」
小袋を軽く叩きながら、リリアは得意げにウィンクしてみせた。
セレナは写本で得た銀貨をすっと差し出す。
「魔導書の写本よ。地味だけど、これも立派な仕事だから」
ヴァネッサは優雅に椅子へ腰掛け、金貨を指先で滑らせる。
「余が一言告げただけで、貴族の争いは収まった…礼金はきっちり頂いてきたぞ」
ライアは気恥ずかしそうに頭をかきながら、袋を置いた。
「剣術を教えてやったんだ。子供相手だったけど…悪くないもんだな」
エルザが机に小袋を置く。
「……武具を直してきた。これはそのお礼」
言葉こそ少ないが、その指先にはまだ油と煤の匂いが残っていて、彼女の働きを静かに物語っていた。
エリシアは花束を抱えてきて、その合間からこぼれる硬貨を整える。
「街角でハープを奏でましたの…皆様が温かく恵んでくださって」
最後にトーラが豪快にどさっと袋を置いた。
「へっ、大工の手伝いさ。重い木材を運んでやったら、結構もらえたぜ!」
机の上は、俺ひとりの稼ぎでは到底埋まらなかったはずなのに――
気付けば仲間達の思いが詰まった小袋であふれていた。
「……そっか。俺が全部背負わなくても、いいんだな」
胸が熱くなる。
一人でどうにかしようと、必死に足掻いた。
だけど、こうして並んで立つ仲間達が、同じように「背負う」ことを選んでくれている。
「そうよ、これからもずっと、一緒に背負って、一緒に笑えばいいのよ」
柔らかく微笑むリリアの声は、不思議と胸の奥まで染み込んでいく。
小さな報酬を囲む机の上には、大きな絆が確かに息づいていた。
しんみり温かい空気の中、エルザがぽつりとつぶやく。
「……でも、カケルの稼ぎ、やっぱり少ない」
「ぐっ……!」
俺は机に突っ伏し、皆の笑い声が弾けた。




