《第五節》フェリシティの街
ゼロとリヴがポリュイの町で用事を済ませている間、サンとフィンは二人で街へ出かけていた。
ポリュイではなく、〝フェリシティ〟という街。
ポリュイの町よりもはるかに栄えている街だ。
「素敵なところね。晴れて良かったわ」
街の至る所に色とりどりの花が咲き乱れ、心地よい風が吹いている。
まるで二人を歓迎してくれているかのようだ。
街の大通りには、いくつもの店が立ち並んでいる。
レストランに喫茶店、アクセサリーショップに洋服店…。
たくさんありすぎて迷ってしまう。
「どこか行きたい店はあるか?」
「そうね…最近、お気に入りのネックレスをなくしてしまって…。サンが良ければ、見に行ってもいいかしら?」
「もちろん。…なら、あそこがいいかな」
二人はすぐ近くにあった宝石店へ向かった。
店の前の張り紙に、宝石だけではなく、宝石が施されたアクセサリーなども置いてあると書かれていたからだ。
中へ入ると、店内は思ったよりも広く、様々な種類の宝石が綺麗に並べられていた。
手前に宝石、奥の方にアクセサリーが売られている。
どれも素敵な宝石で、思わず見とれてしまう。
しばらく店内を見て回っていると、フィンは一つのネックレスに目が留まった。
〝アクアマリン〟が施されたネックレスだ。
海を連想させる爽やかな青色は、サンの瞳と同じ色で、なぜか一際輝いているように見える。
じっと見つめていると、隣からサンが覗き込んできた。
「何か気になるものでもあったのか?」
「! …いいえ。あ、このブローチ、ゼロとリヴみたいね」
ネックレスのことは口には出さず、フィンは近くに置かれていたブローチを手に取った。
一つは〝ブルーサファイア〟、もう一つは〝パイロープガーネット〟だ。
澄み切った濃い青色と、炎のような深い紅色が、フィンの言う通り、ゼロとリヴの瞳の色にそっくりだった。
「せっかくだから買っていこうか。多分喜ぶぞ」
「いいわね。そうしましょうか」
サンはさっとフィンからブローチを受け取ると、すぐに会計のカウンターへと向かっていった。
あまりに自然に行ってしまったため、フィンは〝私も払う〟とは言えなかった。
先ほどのネックレスを買おうかとも思ったが、自分がサンの瞳の色の宝石をつけているのは、あまり良くないのでは? という思いに至り、諦めて先に店を出ることにした。
数分ほど店の外で待っていると、しばらくして紙袋を提げたサンが戻ってきた。
ブローチ二つ分にしては、少しだけ袋が大きい。
ちょうど良いサイズがなかったのだろうか。
「次はどこへ行こうか」
「サンの行きたいところでいいわよ」
「なら……」
宝石店を出てからも、色々な店を回った。
花屋に果物屋、靴屋に時計屋…。
食料品から装飾品まで数えきれないほどの店があり、気になる店を何軒か回っていたら、もう太陽が真上に昇っていた。
さすがに少し疲れたので休憩しようと、二人はその足で街の東にある噴水広場へ向かった。
噴水の周りを囲む、円形石造りの休憩場所。
人が少なくとても静かだ。
噴水の縁に座って一息つくと、心地よい水の音が耳に入ってきた。
歩き疲れた身体が、自然と癒やされていく。
涼感に浸っていると、突然サンがフィンの方を向いて言った。
「姐さん、ちょっと手を出してくれるか?」
フィンが不思議に思いながらも言われた通りに手を出すと、サンは最初に行った宝石店の袋の中から徐に箱を取り出して、彼女の掌にそっと乗せた。
「これは…?」
「今日来てくれたお礼だ。受け取ってくれ」
フィンが「お礼なんていいのに」と言いながら箱を開けると、中には先ほど見つめていたネックレスが入っていた。
サンの瞳の色にそっくりの、アクアマリンが施されたネックレスだ。
驚いてサンの方を見ると、彼は優しい目をして微笑んだ。
「それ、気になっているみたいだったから」
どうやらサンには気づかれていたらしい。
思わぬサプライズに、フィンはほんのり頬を赤らめた。
もう一度ネックレスへと目を落とし、目尻を下げる。
「ありがとう、サン。とっても嬉しいわ」
そう言って、フィンは早速ネックレスを着けた。
夏のように爽やかな青色が、日の光に照らされてより一層光り輝いている。
サンはすぐに、思ったことをそのまま口にした。
「綺麗だ。よく似合っているよ」
サンの真っ直ぐな褒め言葉に、フィンは頬を林檎のように赤く染めて、嬉しそうにはにかんだ。
「ふふっ、ありがとう」
それからまた少し休憩した後、もうお昼時ということで、二人は噴水広場を後にして、レストラン街へ直行した。
この国ならではの料理から外国の料理まで、幅広いジャンルの店がある通りだ。
迷いに迷ってやっとのことで店に入ると、奥の席によく知る人物が座っていた。
「あれ、ゼロとリヴじゃないか?」
「そうね…?」
朝からいないと思っていたら、二人もこの街へ来ていたらしい。
二人とも完璧に変装しているため、見ただけでは誰か分からないが、それでもなお溢れ出る気品が隠しきれていない。
サンは〝王族だとバレてしまうのでは〟と心配になったが、口には出さなかった。
「おーい! 二人とも、どうしてここにいるんだ?」
「サン? 姐さんまで!」
「あれ、二人もここへ来ていたんだ。僕らはポリュイの町の調査のついでだよ。二人は……もしかして〝デート〟?」
ゼロの唐突な冷やかしに、サンは顔が真っ赤になってしまった。
なんとか表情を維持したフィンも、慌ててすぐに訂正する。
「失礼ね、視察よ視察。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「ふうん。ま、そういうことにしておいてあげるよ」
ゼロは目尻を下げて二人を見た。
サンもフィンも、全く動揺を隠せていない。
三人の様子を見ていたリヴも、さすがに笑うのを堪えきれていなかった。
「…しっかし、お前たちが二人で街にいるなんて珍しいな」
「確かにそうね。久しぶりなんじゃない?」
サンとフィンの言う通り、ゼロはそこまでではないのだが、リヴは任務以外でほとんど王宮を出たことがない。
視察などは年に数回ほど行っているが、個人的に街を訪れることは滅多にないのだ。
唯一王宮を離れることが多い任務の時でさえ、目的を達成すればすぐに引き上げてしまうため、道中の街に立ち寄ることもほとんどない。
先週末に街の視察をした時も、変装した騎士団と共に街の様子を観察しただけで、個人的なことは特に何もしていなかった。
「そうだね。二人で街を回るのは何年ぶりだろう?」
「八年…くらいかなあ」
「もうそんなに経ったんだね」
「へえ。どうだ? ゼロと回るのは楽しいか?」
「うん! すっっごく楽しい!」
リヴはそう言うと、本当に楽しそうに満面の笑みを浮かべた。
あまりに屈託のない笑顔に、ゼロもつられて笑顔になる。
「…そっか。良かった」
♢♢♢
サンとフィンも料理を注文し、食べ終わった頃。
「あっ、そうだ。二人に渡したいものがあるんだった」
突然、サンは先ほど購入したブローチの存在を思い出し、紙袋から二つの箱を取り出して「はい」と二人に手渡した。
二人は不思議そうに顔を見合わせて、おそるおそる蓋を開ける。
「わあ、素敵なブローチだね」
「こんなに綺麗なもの、僕らがもらっていいの?」
「ああ、もちろんだ。これは俺と姐さん、二人からのプレゼントだぞ」
「「ありがとう!」」
二人はブローチを大変気に入ったようだ。
変装しているため同じ色ではないが、二人の瞳が宝石に負けないくらいキラキラと輝いている。
「ふふっ、二人とも、やっぱりそっくりね」
「ああ、そうだな。羨ましいよ」
フィンとサンがこのブローチを選んだのは、何も施されている宝石が、彼らの瞳の色と同じだからという理由だけではない。
二つ並べられたブローチから、ゼロとリヴ──仲の良い二人の姿が思い浮かんだからなのである。
「ブルーサファイアと、パイロープガーネットか…二人ともセンスがいいね」
「そうか?」
「うん。昔母上がくれたブローチにも、同じ宝石が施されていたんだ。僕らの瞳と同じ色だからって言っていたよ。多分、サンたちもそれで選んでくれたんでしょう?」
「ああ、まあ…」
「思い出した。そういえば昔、これに似たようなものがあったね」
ゼロとリヴいわく、そのブローチはもうなくなってしまっているらしいが、とても思い入れのあるものだったらしい。
話をする二人の顔が、どこか幸せそうに見えた。
「懐かしいことを思い出したよ。本当にありがとうね、二人とも」




