《第四節》犯人の狙い
時刻は午前四時。
空は少しだけ明るくなり、だんだんと日の出の時間が近づいている。
「そう、そんなことが…」
ポリュイ放火事件の後、僕らは無事旅館に戻り、僕の部屋に集合してリヴとフィンに事の顛末を話していた。
あまりに予想外な内容だったせいか、二人とも目を丸くして聞いている。
「……今日は雪でも降るのかな」
話を聞き終わるや否や、リヴはポツリと呟いた。
続けてフィンも言う。
「犯罪者と会話した上に、殺さずに収容所へ送れただなんて。私は夢でも見ているのかしら?」
二人とも非常に失礼だと思うが、確かにその通りだ。
僕自身も未だに信じられない。
フィンの言う通り、これは夢かと疑ってしまう。
少し前の自分が聞いたら、驚くどころではないだろう。
「それよりも、サン」
突然、フィンが勢いよくサンの方を向いた。
「貴方、行く前に〝何かあってもゼロには傷一つつけさせない〟って言ってたわよね?」
フィンの顔が、鬼の面のように見えるのは気のせいだろうか。
それに、なんだか寒い。
「えっと…それは」
サンが咄嗟に何かを言いかけるが、フィンはそれをすぐに遮った。
「話に聞く限り、結構な重症よね? どういうことか、詳しく説明してもらいましょうか」
どうやらフィンは、相当怒っているらしい。
いつのまにかサンは、その場で正座している。
なんとかしなければと思い、僕は慌てて口を開いた。
「ごめんフィン、今回は僕の不注意だから。サンのことは許してあげて」
「…………」
サンは何も悪くない。正座なんてしなくていい。
元はといえば、僕が原因だ。
僕が刺されたのは、大火災を起こしたポリュイの町の領主、トーマス・ポリュイとの会話に失敗してしまったから。
僕自身、犯罪者と会話したのが初めてだったことと、トーマスの観察眼が非常に優れていたことが、僕にとって不利に働いてしまった。
だから責任は、全て僕にある。
「はあ…。まあ、ゼロが言うならこれ以上は言わないわ」
フィンは渋々といった様子で引き下がった。
ひとまず安心していると、静かに傍観していたリヴが口を開く。
「ところで兄さん、どうして単独行動しようとしてたの?」
「え?」
「任務の話も教えてくれてなかったし…。どうして隠してたの?」
「ああ、それは……」
今回の遠征は、最初はあくまで〝辺境地への視察〟だった。
いつも頑張っているからと、陛下が僕たちに休暇を与えてくれたのだ。
けれど、王宮からここへ来るまでの道中で、僕は〝あること〟に気がついてしまった。
それは、〝噂の最重要指名手配犯の狙い〟だ。
最重要指名手配犯は、元々は王都で殺人事件を起こしていた。
しかし、ひと月前に次第に南下し、先週末にポリュイの町へ…
これを、僕たちの行動と照らし合わせてみる。
まず僕たちは、普段は王都のすぐ北にある〝王宮〟で生活している。
しかし、ひと月前に陛下から今回の視察を提案され、僕たちは王宮からこの旅館へと南下し始めることになった。
王宮から辺境地まではとても距離があるため、到着したのはそれから三週間後。
到着してすぐの先週末は、視察のために様々な街を訪れたため、その間に一度ポリュイの町へも赴いている。
こう見ると、僕たちの行動は犯人のものとほぼ一致していることが分かると思う。
ここから推測できることは、僕たちが犯人に追われているかもしれないということ。
そうだとすれば、犯人の狙いは〝ルリ・サピロス〟、あるいは〝王族〟だ。
僕たちは、日々裏社会の組織を次々に殲滅している、簡単に言うと裏社会の敵。
だからもし、僕たち組織の情報がどこかから流出していたとしたら、他の組織は僕たちを排除する絶好のチャンスだと、嬉々として襲いかかってくるだろう。
そしてもう一つ考えられるのは、僕とリヴの正体がバレている可能性。
王族を非難する者は、王宮に富や権力が集中している限り、一定数存在する。
分かりやすく声を上げたり、反乱を起こしたりする者がほとんどだが、なかには秘密裏に〝王族の暗殺〟を企てている者もいる。
そういう者たちにとって、この遠征任務は、人目につかずに王族を殺せるまたとない機会だ。
まあどちらが狙いにせよ、追われているかもしれないなら、何か対策を打たなければならない。
というのも、最重要指名手配犯は見つけ次第拘束し、王都の収容所へ連れ帰るよう、陛下から命令されている。
そういうわけで、僕は視察の合間に任務を遂行することにした。
僕は、この追われている状況は逆に好機なのではないかと考えていた。
追われている状況を逆手に取り、〝わざと追いつかせて捕まえる〟という作戦なら、捕まえられるかもしれないからだ。
追うことができるということは、僕たちの居場所はもう把握しているはず。
なら、あとはもう現れるのを待つしかない。
視察のためにしばらくはこの旅館に滞在するため、僕は作戦を立てたその日から、犯人が現れるのをひたすら待ち続けていた。
───しかし、残念ながら犯人は一度も現れることはなかった。
昼間しか外に出ていないからだろうかと考え、昨晩サンと共にポリュイの町へ行ってみたら、なんと町全体が火の海に包まれていた……というのが昨日までの全容だ。
僕は初め、犯人は最重要指名手配犯だと考えていたのだが、それは違っていた。
トーマス・ポリュイは、あくまでポリュイの町の領主。
噂通りなら、最重要指名手配犯は元々北方の地域にいたはずで、南部の領主である彼には当てはまらない。
ということは、噂の犯人はまだどこかに潜んでいる。
「……それで、また探さないとって思いながら、ここまで帰ってきたんだ」
「なるほどな」
「うーん…俺には難しくてよく分からないや」
「そうね。それにここまでの話だと、どうして単独行動をしたのかはまだ分からないわ」
「うん。それは今から説明するよ」
僕が単独行動を選んだのは、リヴたちを危険から守るためだ。
犯人の狙いが王族なら、一番の狙いはおそらく第一王子である僕だ。
けれど、ルリ・サピロスだったとしても、その首領である僕は最も狙われるだろう。
とはいえ、僕自身は最悪何をされても死ぬことはないため、僕が狙われることはそこまで心配していない。
僕が最も不安視していたのは、僕のせいでリヴ達まで狙わてしまうことだ。
最重要指名手配犯は、あれだけ捜索されているにも関わらず、顔も名前も、起こした事件以外何一つ分かっていない。
情報がない分、遭遇した時に何が起こるかわからない。
少なくともここまで姿を隠し通せるということは、かなりの手だれのはずだ。
最悪、命を奪われる可能性だってある。
僕はこんなところでみんなを失いたくはない。
だから結局、単独で調査を行うしかなかったのだ。
僕なら、絶対に死ぬことはない。
昨日の大火災の際にサンに待機命令を出したのも、そういう理由だ。
「…なあゼロ、頭でも打ったのか?」
「え、どうして?」
僕の説明を聞き終えたサンは、なぜか呆れたようにため息をつくと、僕の目を真っ直ぐに見つめて話し始めた。
「まず第一に、なぜお前が俺たちを守る?」
「今説明したでしょ。聞いてなかったの?」
「さっきのが答えだって言いたいのか? 違うだろう。理由はもっと他にあるはずだ」
「ないよ。何が言いたいの?」
「俺たちは〝ルリ・サピロス〟だろう? この組織に入隊した時点で皆、任務のために死ぬ覚悟はできている。これまでも命懸けの任務はあったじゃないか。今さら何を警戒しているんだ?」
「…………」
「なあゼロ。お前、最重要指名手配犯が誰なのか、もう分かって…」
「僕はただ、みんなを守りたいだけだよ」
「…はあ、質問の答えになっていないぞ。犯人の狙いは本当に俺〝たち〟なのか?」
「…………」
「これ以上答える気はない、か」
さて、これからどうするべきだろうか。
まだどこかにいる最重要指名手配犯を、このまま野放しにはしておけない。
放っておいたら、また犠牲者が出てしまう。
かといって、リヴたちに捜査の協力を仰ぐことはできない。
「……兄さん?」
「ああごめん。これからどうしようかなって思って」
「うーん…とりあえず、今は慎重に行動するしかないんじゃないかな?」
「まあ…そうだよね」
それでも何か手立てはないかと考え込んでいると、ガロがあの〜と言いながら手を挙げた。
「ずっと黙っていたが……お前たち、それは俺が聞いてもいい話か?」
そういえば大分踏み込んだ話をしていた。
彼はルリ・サピロスではないから、気にしてくれていたのだろう。
そんなこと、この部屋に呼んだ時点で大丈夫だというのに。
「問題ないよ。ガロにはそれくらい聞く権利がある。いつもお世話になっているからね」
「そうか? ならいいが、情報漏洩には気をつけろよ。今回もそれが原因だろう。味方だからとはいえ、俺でも油断はするな」
確かに、ガロの言う通りだ。
任務の際は、目撃者がいないかどうか常に確認している。
にも関わらずこうなっているということは、僕たちの情報を知る味方の誰かが、情報を流した可能性が高い。油断は禁物だ。
「まあ、今後の方針は王宮に戻ってから考えようか」
ここで頭を使ったところで犯人は分からないし、打開策も思いつかない。
任務の報告をするためにも、一度王宮へ戻る必要がある。
どうせ犯人が僕たちを追っているのなら、南部に留まらずに共に王都まで来るだろうし、考えるのはそこからでも遅くはない。
一つ問題点を上げるとするならば、王都で〝殺人事件が起こる可能性がある〟ということくらいだろうか。
「なら、明日にでも馬車を手配しておくわ。到着するのは一週間後になると思うけど、とりあえず今日はもうゆっくり休んで」
「ありがとう。それじゃあ、解散」
そうやって話は終わり、皆はそれぞれ部屋へ戻っていった。
「ゼロ」
皆が部屋から出た後、最後まで残っていたサンが僕の方を振り返った。
「お前が思っているほど、俺は弱くないぞ」
「……分かってるよ、そんなこと」
♢♢♢
「うわあ…派手に燃やされてるね…」
昨日、皆と解散してからはひたすらゆっくり過ごし、今日、僕はリヴを誘って朝早くからポリュイの町を訪れていた。
町民の遺体は全て回収されているとはいえ、焼け跡の光景はひどい有様で、見るに堪えない。
「それで、何をするつもりなの?」
「何もしないよ。ただ、町民たちを弔いたくて」
今日ここへ来た理由はただ一つ。
なんの罪もなく亡くなった人々、それから燃やされたこの町に、お祈りをすること。
そんなことをしても、亡くなった人々は戻ってこないけれど、せめてこのくらいはしてあげたい。
「兄さん、終わった?」
「うん。だけど、もう少し付き合って」
「いいよ、何か気になることでもあった?」
せっかく来たついでに、確認しておきたいことがあるのだ。
「うーん…やっぱりおかしいな。嘘は言っていなかったはずだけど」
「え? どういうこと?」
僕が確認したかったこと。
それは、〝町が一瞬で火の海になった原因〟だ。
一人の人間にできることは限られている。
町を燃やした犯人はもちろん、トーマス・ポリュイだが、彼一人ではここまで燃やすことはできないだろう。
なぜならガロ以外の町人が、誰一人として生き残っていないからだ。
昨日、騎士団から町人全員の遺体が見つかったと報告があった。
つまり、あの火災から逃れられた者は一人もいないということになる。
だとすると、火は一瞬で町全体へ広がったことになるが、その日はとても火が広がるような環境条件ではなかった。
乾燥もしていなければ、風すら吹いていなかった。
そこで考えられるのは、共犯者の存在。
トーマスは嘘をついていなかったが、共犯者のことは口にしていなかった。
もしかしたら、彼の話していた内容は全てではなかったのかもしれない。
真実は、おそらくまだ彼の頭の中にある。
そのことをリヴに伝えると、彼は少し不安そうな顔になった。
「それは、厄介な事になりそうだね…」
「そうだね。でも…」
「? どうしたの?」
「…いや、なんでもない」
僕たちは後味悪く、町を出た。
町を囲む広い森の中を、道なりに進んでいく。
数分歩き続けていると、どこからか人々の喧騒が聞こえてきた。
賑やかで、楽しそうな雰囲気だ。
「この先って何があったっけ?」
「〝フェリシティの街〟だね。せっかくだから行ってみようか」




