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♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎  作者: Blueberry
『第四章』迫り来る影
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《第十二節》限界突破

『なに、これ…』

『慣れぬ場所でお疲れでしょうから、リヴ殿下はしばらくお休みになってください。大丈夫、私が隣にいますよ』

『まっ…て……』

『おやすみなさい、リヴ殿下。良い夢を…』


 …………。

 〝信じて待つ〟と決めたのに、どうしてこんなにも不安になるのだろう。

 助けに行けないもどかしさは、昨日の夜に捨てたはずなのに。


 ルリ・サピロス…なんて危険な組織を作っている時点で、矛盾しているのは分かっている。

 けれど、僕の目的はあくまで〝この国を救う〟ことだ。

 それは〝仲間を犠牲にする〟ことではない。

 ポリュイの町から帰還した翌日に、サンから言われた言葉。


『俺たちは〝ルリ・サピロス〟だろう? この組織に入隊した時点で皆、任務のために死ぬ覚悟はできている』


 あんなセリフは、結成から七年間、一度も言われたことはなかった。

 だから、考えたこともなかった。

 みんなが〝決死の覚悟〟で任務に挑んでいることを。

 今もサンとフィンは、命を賭してリヴを助けようとしてくれているのだろう。

 隣にいるルイやサイラスも以前、僕たち王族を守るためなら〝死んでも構わない〟と言っていた。

 どうしてみんな、そんなに簡単に誰かに命を捧げられるのだろう。

 その誰かに、どうして僕が入っているのだろう。

 自らの罪を償うために、死ぬことすらできない僕には、多分一生分からないんだろうな…。


「ゼロ。着いたぞ」

「あっ、お疲れさま。洞窟の中は何があるか分からないから、慎重に進んでね」

「了解」


 あと少なくとも三十分、多くて一時間くらいか…。

 間に合うといいな。

 僕はそんなことを考えながら、暗い洞窟の中を慎重に進むサンとフィンに話しかけた。


「二人とも、そのまま聞いていてね」

「? 分かった」

「どうしたの?」


 二人に…いや、サンには伝えておかなければならないことがある。

 リヴを連れ去った〝犯人〟が誰なのか。

 そして、犯人の〝真の目的〟を。


「サン、フィン。驚かずに聞いてほしい」


 僕がそう切り出すと、二人はサンのペンダントへ顔を向けた。

 サンには言いにくいけれど、リヴのためにもここで躊躇っている時間はない。

 僕は迷うことなく、そのまま話を続けた。


「リヴを連れ去った犯人はオスカル・マーフィー。……マーフィー家の人間だ」

「! …やはり、そうか」

「予想通りね」


「え…?」

 返ってきたのは、あまりに予想外の反応だった。

「やはりって…?」

 僕が問うと、サンはふっと笑って答えた。

「いや…実は俺も、犯人は〈マーフィー家〉ではないかと予想していたんだ」

「そうなの?」

「ああ。リヴを連れ去られた時に感じた殺気と、たまたま思い出したクランツ事件から、なんとなくそうじゃないかってな」

「さすがだね。なら、もう僕が教えることはないかな」


 本当に、サンの鋭さには頭が上がらない。

 きっと、もうオスカルの真の目的が自分だということも、彼がクランツ事件の黒幕だったということも気がついているのだろう。

 どうやったらたった二つの情報で、そこまで導き出せるのか。

 僕にはさっぱり分からない。

 けれど、そんなサンでも、分からないことの一つや二つはある。

 例えば、今から僕がしようとしていることとか。


「ああ。…と言いたいところだが」

「? どうしたの?」

「とぼけるな。お前、何か隠してるだろう?」


 ああ、どうしてこんなところまで鋭いのか。

 僕がどんなに隠そうと努力しても、いつもサンにだけは気づかれてしまう。

 本当に分からないことあるのかな…。


「……隠しているつもりはなかったんだけど」

「嘘つけ。この瘴気、何に使うつもりだ」


 サンが指差したのは、進行方向。

 暗闇で肉眼では見えないはずだが、サンの指摘通り、僕はこっそり瘴気を洞窟内に送り込んでいた。

 それもこれも、二人が〝最短距離〟でリヴの元へと行けるようにするため。

 洞窟の内部を瘴気で調べ上げ、二人に道案内をしようと思ったのだ。


「…この先。道が二つに分かれているから、壁伝いにそのまま右へ進んで」

「はあ…そういうことか。分かった、あまり無理はするなよ」


 ルイとサイラスに頼んで、完全に意識を向こうへ集中して見ているのだが、正直洞窟の内部は真っ暗で何も見えないため、たとえ瘴気でも道を確認するのは非常に難しい。

 かれこれ十分ほど捜索しているが、未だに全てを把握できてはいなかった。

 それでも、頭の中で作った地図を何度も見返しながら、最短だと思われる道を少しづつ二人に伝えていく。

 便利な性質であるため消耗は激しいが、直接助けに行けない僕には、これくらいしかできることがない。

 本当はルリ・サピロスと関わってはいけないのだが、弟の危機に黙って待っていられる兄はいないだろう。

 あとでどれだけ叱られてもいい。罰を受けてもいい。

 何をされてもいいから、今はただリヴを助けたい。

 僕の瘴気でリヴが助かるのなら、サンとフィンの力になれるのなら、僕はどうなってもいい。


「そこは左。それから真っ直ぐ。そこは天井が低いから気をつけてね」


 結構体力を使うみたいだけど、リヴの場所までもつといいな…。

 リヴ。もうすぐ二人が助けに来るから、それまで無事でいるんだよ。

 また、必ず王宮で会おう。


♢♢♢


 王宮内にある建物のとある一室では、ルイとサイラスがゼロを静かに見守っていた。

 ゼロは椅子に座りながら口だけを動かし、サンとフィンに道案内を続けている。


「そこは右、その次は左。あっ、そこ段差があるから気をつけて」


 しかし、声色こそ変わらないが、ゼロの顔にはわずかに疲れの色が見え始めていた。

 〝便利な性質ほど扱いが難しくなる〟。

 それは、人間にはできないことをやろうとすると、それだけゼロの体に負担がかかってしまうということだ。

 今はまだ大丈夫だとしても、後で必ず瘴気による〝反動〟が襲いかかる。

 それを知っているサイラスは、ゼロを止めようとすぐに口を開いた。


「ゼロ殿下、これ以上は…!」


 眉間に深い皺を刻み、焦りを隠そうともしない。

 だが、隣のルイはいつもの砕けた態度ではなく、ただ冷静にサイラスを見つめ、低い声で言った。


「止めたら逆に殿下の集中が乱れるっすよ。自分が危ないことくらい、本人が一番よく分かっているでしょう」


 そう言うルイ本人も、止めたい気持ちは山々だった。

 けれど、幼い頃からゼロのことを知っているルイは、ゼロが〝一度決めたことはやり遂げるまで絶対に終わらない〟人だ、ということもよく分かっていた。

 今は何を言っても、ゼロの妨げになるだけ。

 それならば、もう止めない方がいい。

 そう思い至り、サイラスの言葉を遮ったのだ。


「だが、このまま放っておけるか!」

 サイラスは諦めきれずに声を上げたが、ルイはまたしても冷静に彼を諭した。

「サイラスさん。殿下の無茶なんて、今に始まったことじゃないっす」

 ルイはそう言いながら、ゼロの手をそっと握った。

 しかし、冷え切ったその手に触れた瞬間、彼の瞳にわずかな迷いが生じる。

(ああもう、どうしてこんなに無茶するんすか…)


「そこは真っ直ぐ」


 ゼロは苦悶に顔を歪めながらも、はっきりとした声でまた道を告げた。

 サイラスは感情を抑えきれず、強く拳を握りしめる。

 ルイはもう軽口すら挟めず、無言でゼロの横顔を見つめていた。

 ゼロの声は、真っ直ぐで揺るぎない。

 二人が止める余地など、どこにもなかった。


「…本当に、貴方という人は…」

 その横顔から強い意志を感じ、サイラスは押し殺した声でそう呟いた。


♢♢♢


「ゼロ、次はどっちだ?」

「右だよ。あともう少しで着くと思う」

「そうか、ありがとう」


 洞窟へ入ってから約三十分。

 本来なら一時間はかかるところ、わずか二分の一の時間で、目的地へ辿り着こうとしていた。

 ゼロの脳内にある地図では、もう目と鼻の先にリヴがいる。

 サンとフィンは早くも戦闘体制に入りながら、慎重に歩みを進めていた。


「ゼロ、あとどのくらいだ?」 


 サンはささやくような声で言った。

 洞窟の奥は音が反響しやすいため、少しの音でもオスカルに気づかれてしまうかもしれないからだ。


「もう、本当にすぐだよ。見た感じオスカルは何かしているみたいだけど、リヴは眠らされているみたいだね。明かりがついているから、そこまでいけばすぐに分かると思う」

「了解」

「僕は念の為、オスカルの様子を見張っておくよ」

「すまないな…」

「大丈夫。気にしないで」


 サンとの会話が終わると、ゼロは深く息を吐いた。

(大丈夫かな、リヴ…)

 先程はさらりと伝えたものの、リヴが何で眠らされているのかが分からない以上、安全とは言いきれない。

 ゼロは少し不安に思いながら、リヴの元へ瘴気を運んだ。

 呼吸音さえも反響する、深く冷たい空間。

 その硬い地面の上で、全身泥だらけの弟が、苦しそうに眠っている。

 その様子に、ゼロは思わず険しい顔になった。

 自分がもっとしっかりしていれば、犯罪を犯すことも、謹慎処分を受けることも、リヴがさらわれることもなかったかもしれない。 


(全部、僕のせいだ…)


 自分を責める言葉だけが、心の底からどんどん湧き上がってくる。

 ゼロは唇を噛みしめ、俯いた。

 こういう時、助けに行くことも、側に居てあげることすらできない自分が情けない。

 握りしめた拳の中で、爪が食い込む。

 それでも、痛みは少しも紛れなかった。


「ごめんね…」


 震える声が、苔むした岩壁に吸いこまれていく。

 誰にも伝わることのないその声は、ただ静かに闇へと溶けていった。

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