《第十一節》化けの皮(2)
「兄に会いたいって…どういうことですか?」
オスカルの発言に、リヴは敵意を剥き出しにした。
腰に下げていたポーチから、小型ナイフを取り出して構える。
(俺に何かするならまだしも…兄さんに手出しするのは許せない)
リヴは戦闘が大の苦手だが、こういう時はなぜか体が先に動いてしまう。
気がつけば、ゼロからもらった護身用のナイフをオスカルに突きつけていた。
「待て待て、ちゃう! ちゃうねんリヴ! そんなつもりやないねん! ちょっと待ってや!」
「違う? なら早く理由を言ってください」
リヴの目には僅かな光もない。
まるで人が変わったかのように、鋭い眼光を放っていた。
「今から言うつもりやったんやって! 怖い怖い! その目やめてや!」
「元からこういう目ですが?」
指摘されてもなお、冷徹な目を向け続けるリヴ。
しかし、オスカルがあまりにも焦っているため、リヴは仕方なくナイフをしまった。
「それで、理由は?」
リヴの問いに、オスカルはやや肩をすぼめて答えた。
「謝りたいんや。…君のお兄さんに」
「謝る?」
リヴは思わず目を見開いた。
キョトンと首を傾げ、光のない目でオスカルを見上げる。
オスカルは眉間に皺を寄せ、それからゆっくりと話し始めた。
「…俺は九年前、とある家の〝騎士〟として働いとった。大変やったけど、それなりに楽しい職場でな。なんだかんだ言うても一生懸命働いとったんや。
…せやけど、入って一年くらい経った頃やったかなあ。そこの家の主人と奥さんが亡くなってしもて、二人の息子のうち、長男の方が家を継ぐことになったんや。
ありがたいことにその兄弟とは仲良うさせてもろててんけど、長男の方は信じられへんくらいようできる子やったから、恥ずかしいことに嫉妬してもおてな。
…いたずらのつもりで、その子の料理に毒を入れた。ほんの出来心やったんや。…でも、その子…毒入りの料理食べてなんて言うたと思う?」
「………」
「〝美味しい〟て言うたんや。軽い毒やったけど、きっと辛かったはずやのに、笑顔でそう言うてん。…それから俺は、逃げるようにその家を出てった。誰にも見つからんとこまで逃げて、逃げ続けて……。もう、何年も戻ってへん」
そこまで一気に説明すると、オスカルはふうと息を吐いた。
ずっと黙ってオスカルの話を聞いていたリヴは、その拍子に拳を強く握りしめる。
俯いていて表情は見えないが、拳から赤い血が流れていた。
「だから謝りたいって…?」
ようやく発せられた声は、とても低かった。
その一言で、周りの空気が凍りつく。
オスカルは無意識に一歩後ろへ下がっていた。
「〝手出しするつもりはない〟って、すでに〝手を出していたから〟だったんですね」
リヴの発言に、オスカルはわずかに顔をしかめる。
優しそうな見た目からは想像できないような表情を浮かべていた。
「鋭いな。もう分かったんか」
「ええ、もちろん」
リヴはそう言うと、ゆっくりと顔を上げた。
「その〝優秀な長男〟って、兄のことですよね?」
「……そうや」
〝兄〟というのはもちろん、ゼロこと〝ゼロ・ジョーカー〟のこと。
リヴの推測通り、オスカルが勤めていたのは〝ジョーカー公爵家〟だった。
そして、彼はジョーカー家の長男であるゼロに嫉妬し、ゼロの料理に毒を盛った。
ゼロが〝死ぬことはない〟と分かっていたからだろうが、それでも絶対にやってはいけないことだ。
しかも、彼はジョーカー家から〝逃げ出した〟と言っている。
罪を認めるどころか、罪から目を逸らした彼に、リヴが怒るのは当然だ。
しかし、リヴが怒っている理由はそれだけではなかった。
「オスカルさん。貴方、逃げ出した後も兄に付き纏っていましたよね?」
リヴの問いに、オスカルはぴくりと肩を震わせた。
「な、なんの話や…」
「知らないとは言わせませんよ」
リヴは冷たくオスカルを睨みつけると、再び低い声で切り出した。
「…七年前の〝クランツ事件〟」
「⁉︎」
「実際に犯罪を起こしたクランツは捕まりましたが、どうやら裏で〝手を引いていた人〟がいたようですね」
「そ、それがどうし…」
リヴはオスカルの目を真っ直ぐに捉え、それから指を差した。
「貴方なんでしょう? オスカル・〝マーフィー〟」
「な…ぜ…、その名を…」
「私や兄を狙う輩はごまんといますが、その中でも最も厄介なのが、あなた方〝マーフィー家〟です。何度やめるよう伝えても、執拗に狙ってくる…。サンはもう〝戻る気はない〟と言っていますよ」
サンの実家であるマーフィー家は、代々王家の騎士団を務める由緒正しき名門だ。
サンは幼い頃から剣術の才に恵まれ、鍛錬を始めてわずか五か月、六歳という異例の若さで騎士団に入団を果たした。
これは王国史上初の快挙であり、それほどまでにサンの才能は抜きん出ていた。
だが、その出来事を境に、マーフィー家はなぜか彼を遠ざけるようになる。
才能への畏れか、それとも嫉妬か。
やがて家族はサンを〝いないもの〟として扱うようになり、彼は一族の中で孤立していった。
そんな彼を救い出したのが、ゼロとリヴの父〝レオ・ジョーカー〟である。
彼はマーフィー家から親権を剥奪し、サンを養子として迎え入れた。
そのおかげで、サンは再び平穏な生活を取り戻したのだが、やがてマーフィー家はサンを奪い返そうと動き出す。
レオの存命中は彼が強く追い返していたため、事態は丸く収まっていた。
しかし、彼の死後──ゼロが当主になってから、マーフィー家の行動は次第に常軌を逸していく。
王宮に忍び込んでサンを誘拐しようとしたり、ゼロやリヴの命を狙ったり…。
その手段は、日に日に過激さを増していった。
それでも少し前の衝突を最後に、マーフィー家の動きは途絶えていた──はずだった。
「あーあ。西の方言覚えるの、大変だったんだけどなあ…」
オスカルはどかっとその場に座り込むと、人が変わったように標準語で話し始めた。
先ほどまでの訛りは、どうやら全部嘘だったようだ。
とはいえ、西の方言をあそこまで自然に話せるようになるとは、さすがはマーフィー家の人間といったところか。
「無駄な努力をしている暇があったら帰ってください」
リヴは冷たく言い放った。
「帰ってもいいけど、俺は〝弟〟を連れ帰るって大事な任務が…」
「サンは奪わせませんよ」
リヴはオスカルを鋭く睨みつけると、オスカルとは反対方向へと歩き始めた。
しかし、その歩みはすぐにオスカルの手によって止められる。
「リヴ殿下、まさかこのまま帰れるとお思いですか?」
「………」
オスカルは薄く笑みを浮かべながら、リヴの肩を押さえつけ、その場に強引に座らせた。
そしてゆっくりと鞄を開くと、中から何やら細い針を取り出す。
明かりを反射して冷たく光る針先に、リヴの背筋は一瞬で凍りついた。
「や、やめ…っ!」
嫌な予感が胸を締めつける。
立ち上がろうとしたが、その動きはわずかに遅れてしまった。
次の瞬間、首筋に鋭い痛みが走り、リヴは思わず息を呑んだ。
何かが抜けた感覚とともに、熱い液体が体内へと流れ込む。
リヴは何が起こったのかよく分からないまま、おそるおそるオスカルを見上げた。
「なに、これ…」
「大丈夫。そのうち分かりますから」
オスカルはそう言うと、その場にリヴを押さえつけながら、片手で鞄を開け、中から小さな箱を取り出した。
そしてその中に、リヴの首に刺した針を器用にしまう。
リヴはその様子をじっと見つめていたが、その時ちらりと覗いた小瓶を見た途端、血の気が引いたように顔を真っ青にした。
(あれ、人体には危険な…!)
リヴは慌てて抵抗しようとしたが、何故か頭が重く力が入らない。
それでも必死にもがいていると、次第に視界の端が揺らぎ、世界が波打ち始めた。
必死に何かを話そうとするが、声は途切れ、うまく言葉にならない。
舌の感覚すら鈍く、身体が重く沈んでいく。
「慣れぬ場所でお疲れでしょうから、リヴ殿下はしばらくお休みになってください。大丈夫、私が隣にいますよ」
オスカルの声音は妙に柔らかく、それがかえって不気味に響いた。
「まっ…て……」
最後の抵抗も虚しく、瞼はどうしても開いていられない。
落ちゆく意識の中で、リヴが最後に見たのは──唇の端を吊り上げ、愉悦にまみれた笑みを浮かべるオスカルの姿だった。
♢♢♢
『知りたいでしょう? リヴの〝居場所〟』
リヴがオスカルの正体を暴くよりも少し前。
ゼロはペンダントを通じて、サンとフィンと会話を続けていた。
「居場所って…お前、知ってるのか?」
「大体だけどね。でもその前に…」
ゼロが何かを唱えると、サンとフィンの前に四角い鏡のようなものが現れた。
「これは…?」
「こっちの様子を映し出す鏡だよ。どう、見える?」
ゼロに言われて鏡を見てみると、パッと光が現れ、ゼロの顔が大きく映し出された。
隣にはルイやサイラスの姿も見える。
「なんだこれ⁈ ゼロが鏡の中に⁈」
「良かった、見えているみたいだね。この方が話しやすいかなと思って、試してみたんだ。驚いた?」
「驚くもなにも…さすが瘴気だな。現代の技術力を超えているぞ…」
「もはや私たちの時代にあってはならない技術ね…」
サンとフィンは鏡をまじまじと見つめて、口々に感想を述べた。
確かに、現代の技術では他の場所の様子を見ることなんてできないし、そもそも離れた場所に声を届けることすらできない。
その点で、瘴気は〝最先端技術〟とも言えるのかもしれない。
「ちなみにサンたちの姿も見えてるよ」
「さっきも見たが、何度見てもすごいな…」
「サンくんが目の前にいる〜!」
ルイとサイラスも、ゼロの隣で感嘆の声を漏らしていた。
みんなの様子を眺めていたゼロは、頃合いを見計らって口を開く。
「…それじゃあ早速、リヴの居場所を教えようかな」
ゼロはそう言うと、手書きの地図を見せた。
これは、先ほどルイとサイラスと共に、サンのペンダントから見える景色を見ながら、瘴気の性質を駆使して即席で作り上げたものだ。
正確な距離などは分からないが、大まかな地形などは把握できる。
「サンたちはまだアマネセールにいるよね?」
「ああ」
ゼロは〝アマネセール〟と書かれた場所を指で示し、そのまま隣に描かれた山へと動かした。
「そこから西の方角に山が見えると思うんだけど、どうやらその麓に洞窟があるみたいなんだよね。そこからだと…歩いて十五分くらいかな。サンたちの足ならもっと早くに着くと思う」
「洞窟か…。犯人も変なところに連れて行くんだな」
「うん。ただ、一つ問題があってね」
ゼロは少し難しい顔になって、サンの方を向いた。
「リヴがいるのは洞窟の奥深く…。おそらく歩いて一時間はかかる場所にいる」
「「一時間⁈」」
ゼロの発言に、サンとフィンは思わず声を上げた。
リヴが今も同じ場所にいるかどうかは分からないが、少なくとも洞窟から出られていないのは確かだ。
先ほどゼロがリヴのペンダントを覗いた時も、まだあたりが大きな岩で覆われていた。
「うん。だから二人とも、このまま繋げた状態で移動し始めてくれる?」
ゼロがそう言うと、サンとフィンはすぐに頷いた。
何も言わなくても、あまり時間がないことは分かりきっている。
「分かった。行くか、姐さん」
「ええ。急ぎましょう」
サンとフィンは素早くその場を片付け、足早に洞窟へと走り出した。




