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♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎  作者: Blueberry
『第四章』迫り来る影
13/15

《第十節》組織の長

 それは一瞬だった。

 敵とサンの会話を、窓からこっそり眺めていた時のこと。

 ふいに後ろから気配を感じて振り向いた途端、大きな布を頭に被せられて、そのままどこかへと連れ去られてしまった。

 気がつけば、暗闇の中に一人で寝転がっている。


(あれ…ここ、どこだろう…?)


 起き上がってあたりを見回してみるも、前後左右どこを向いても真っ暗で、ほとんど何も見えない。

 時々、どこかで雫が落ちる音がするだけ。


(とんでもないところに来てしまったなあ…)


 リヴは全く見えない天井を見上げて、苦笑した。

 誰がここまで運んできたのか。

 その人はどこへ行ってしまったのか。

 そもそも、ここはどこなのか。

 知りたいことはたくさんあるが、とりあえず明かりをつけようと、リヴは首にかけていたペンダントに向かって話しかけた。


「───…」


 ぼうっという音とともに、あたりは温かい橙色に染まる。

 ふうっと一息ついて、明るくなったあたりを見回すと、周囲は大きな高い岩の壁に覆われていた。

 地面はぬかるんでおり、壁と同じ岩でできた天井から、不規則に水滴が落ちている。


(…ここ、もしかして洞窟?)


 そう、リヴが連れてこられたのは、ガルシア王国のどこかにある洞窟だった。

 しかも、風の音や鳥の声が全く聞こえないということは、洞窟の奥深くなのだろう。

 とても静かな空間で、呼吸音さえも反響している。


 状況確認が終わり、ようやく自分の体に意識を向けたリヴは、かなり長い時間寝転がっていたのか、髪や服が地面の泥で汚れてしまっていることにも気がついた。

 しかし、今はこれだけの汚れを落とせる道具はない。

 そうこうしているうちに、気持ちも落ち着いてきたため、リヴは早々にここから脱出する方法を考え始めることにした。


 早速持ってきた鞄から、幸い泥まみれにはなっていない紙とペンを取り出して立ち上がる。

 洞窟内を歩いて内部の構造を地図に書き起こしていけば、出口が見つかるかもしれない。


「───…」


 リヴは再びペンダントに向かって何かを話し、それから洞窟内の探検を始めた。


♢♢♢


「駄目だ…。出口らしきものは見つからないや…」


 探検を始めてから約一時間。

 散々歩き回ったが、どんどん地図が出来上がっていくだけで、それ以外の収穫は何もない。

 かなり広い洞窟のようで、なかなか地上には辿り着かない。

 そもそも地上に向かっているのか、奥に進んでしまっているのかも分からないため、時間が経つにつれて不安ばかりが募っていく。


 さすがに疲れてきたため、リヴは一度休憩をとることにした。

 少し湿った地面に座って、何もない天井をぼうっと眺める。


(こういう時、兄さんならどうするんだろう…)


 なんとなくゼロのことを思い出し、自分の無力さに少しだけ弱気になった。

 きっと、ゼロならすぐに脱出できるのだろう。

 くだらない劣等感が、胸の奥にじわじわと広がっていく。

 ゼロが優秀なのは今に始まったことではないのに、慣れない場所にいるせいで、普段は気にならないことも気になってしまう。


「駄目だなあ、俺は」


 一度思い始めると止められず、気がつけばそんなことを呟いていた。

 やけに大きく響いてしまったため、少し恥ずかしく思っていると、


「何が駄目なん?」


 ふいに頭上から知らない声が聞こえてきた。

(⁈)

 驚いて顔を上げると、サンとよく似た銀色の髪に、透明感のある鮮やかな青緑色の目をした、人懐っこそうな青年がこちらを見下ろしていた。

 あまりに予想外の出来事に、リヴは思わずその場で固まってしまった。


「なっ…え、ど…?」

 混乱するリヴに、その青年は慌てて口を開いた。

「わあっ、ごめんごめん! 驚かすつもりはなかってん!」

「あ…えと…あの…」

「無理して話さんでええよ! まずは落ち着き? 深呼吸深呼吸!」

「すー…はー…」

 青年に促されて深呼吸をしているうちに、ようやく落ち着きを取り戻してきたリヴは、改めて青年の方へと向き直った。


 冷静になると、次々と疑問が湧いてくる。

 ここは洞窟の中なのに、どうして人がいるのだろう。

 探検家ならあり得るかもしれないが、服装は質素でとてもそんな風には見えない。

 迷い込んでしまったのだとしても、こんなに暗い場所で、どうしてそんなに落ち着いていられるのか…。

 聞いてみようかとも思ったが、リヴはとりあえず名乗ることにした。


「申し訳ございません。少し驚きすぎました…。私はリヴと申します。えっと…貴方は?」

「貴方…?」

「? 何かおかしなことを申し上げましたでしょうか?」

「いや、そういうことやなくて…。まあええわ、俺はオスカル。エスペクトロっちゅう組織の〝長〟をやらせてもろてる」 


 青年が自己紹介を始めるや否や、リヴは目を大きく見開いた。

 それもそのはず。だってエスペクトロは、リヴたちがこれから解体しなければならない〝犯罪組織〟の名だ。

(しかも〝長〟って…)

 リヴが明らかに知っているそぶりを見せたため、オスカルは少し驚いた顔で自己紹介を続けた。


「あれ、なんや知っとったん? そりゃ説明が省けて助かるわあ。…そんで、えーっと〝リヴ〟やっけ?」

「は、はい」

 ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、綺麗な青緑色の目が儚げにきらりと光った。


「君をここへ連れてきたんは〝俺〟や。驚かせて…すまんかった」


「え……?」

 思いもよらない告白に、リヴは思わず身構えた。

 彼の言葉が事実なら、オスカルは間違いなく〝敵〟ということになる。

 犯罪組織エスペクトロの長なのだから、こちらからすれば敵なのは当たり前なのだが、リヴが彼らの拠点にいたことがバレているのなら〝向こうも同じように敵だと認識しているはず〟ということだ。

 最悪の場合、ここで戦闘になってしまうかもしれない。

 そんなリヴの不安を察したのか、オスカルは優しい声で言った。


「悪いことしょうとか、そんなつもりはないんよ? ただ…リヴに一つ、お願いがあんねん」

「お願い…?」


 驚かんといてや、と前置きをしてから、オスカルはポケットを漁って、中からクシャクシャになった紙を取り出した。

「それは…?」

 リヴの問いに、オスカルはにこっと笑ってその紙を突きつける。


「これ、リヴの〝お兄さん〟やろ?」


「……⁈」

 リヴは顔を近づけて、まじまじとその紙を見つめた。

 リヴと同じ、茶色の髪と目。まるでお手本のような、完璧な笑顔。


(本当に兄さんだ…)


 突きつけられた紙には、オスカルの言う通り、変装したゼロの似顔絵が描かれていた。

 簡単な似顔絵だが、特徴はしっかりと捉えられている。

 どうしてエスペクトロの長が、ゼロのことを知っているのだろうか。

 リヴは明らかに動揺した顔でオスカルを見上げた。


「驚かんといてって忠告したんやけど…。その顔、どうやら〝当たり〟みたいやな」

「どうして…」


 リヴがそう言うと、オスカルはゆっくりとリヴの前に腰を下ろした。

 真正面からリヴを見据え、丁寧に頭を下げる。


「リヴ、一生のお願いや」


 低く、感情のこもった声。

 先ほどまでとは違う様子に、リヴは思わず肩を強張らせた。


「……君の〝お兄さん〟に、会わせてほしい」


♢♢♢


 リヴが洞窟内で目を覚ます数刻前。


「サン、少し休みましょう…? このままだと倒れるわよ」


 リヴの捜索を始めてから約一時間、一度も休憩を挟まずに探し続けるサンを、フィンが背後から呼び止めた。

 全速力で走りながら、サンが後ろを振り返る。

 フィンを捉えた彼の目は、少しの余裕もなかった。

 一向に走るのをやめないサンに、フィンはさらに言葉を重ねる。


「サン。リヴの心配をするのはいいけれど…、それで自分のことを疎かにするのは違うわ。人を助けるなら〝まずは自分から〟って言うでしょう?」

「………」

「サン。このままだと、貴方が先に倒れるわよ」

「………」

「本気でリヴを助けたいなら、今すぐ体を休めなさい」

「………」

「…っもう!」


(!)

 何を言っても止まらないため、フィンはサンの手を引っ張って無理矢理止まらせた。

「ねえ、さん…」

「人の話は聞きなさいよ…」 


 ずっと走り続けていたため、一度止まると疲れがどっと押し寄せてくる。

 それと同時に目眩も襲いかかり、二人はその場に倒れ込んだ。


「はっ…はあ…はあっ…しんど…」

「もう…貴方が…っ無理…するから…」

「…すまない、姐さん…」

「…はあ。まったくもう…」


 古びた大きな屋敷の屋根の上で、二人は仰向けになって雲一つない空を見上げた。

 疲れてもう一歩も動けないけれど、眼前に広がる空は変わらず青い。

 サンは顔だけを横に向けて、フィンに話しかけた。


「…ありがとう、姐さん。あのまま走り続けていたら、俺は危なかった…」 


 サンからの感謝の言葉に、フィンは目をぱちくりさせる。

「あら、そういうことは全て終わってから言うものよ?」

「…いいや、今も言わせてくれ。本当に助かった。ありがとう」

 サンの誠実な姿勢に、フィンは目尻を下げて微笑んだ。


「…そう。お役に立てたのなら、良かったわ」


 誰もいない町の中を、柔らかな風が通り抜ける。

 上空を旋回する鳥をぼーっと眺めながら、サンはため息混じりに呟いた。


「…こういう時、あいつならどうするんだろうな」

「さあ…。まあ少なくとも、リヴがさらわれることはなかったでしょうね」

「そうか…情けないな」

「考えても仕方のないことよ」

「それもそうか…」


 そう言いながら、サンはふと、七年前に解決した事件のことを思い出した。

 ルリ・サピロス結成のきっかけとなった、とある事件。


「うーん…」

「どうしたの?」

「ああいや…姐さん、七年前の〝クランツ〟の事件を覚えているか?」


 サンは低い声で切り出した。

 澄み切った青空とは対照的に、少しだけ空気が張りつめる。

 問いかけられたフィンはすぐに頷いた。

 あの事件を、覚えていないはずがない。

 当時十一歳だったフィンにとって、非常に記憶に残る事件だった。


「ええ、もちろん。…その事件がどうかしたの?」

 フィンが静かに問い返すと、サンはそっと近づいて口を開いた。

「これはあくまで俺の推測なんだが…──」

 サンが耳元で何かを伝えると、フィンの眉が僅かに動いた。


「……まさか」


投稿が遅れてしまって申し訳ございません。この十節からいよいよ四章となります。引き続きお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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