《第九節》アマネセール(2)
「そこの君。少しいいかな」
サンが呼びかけると、連中のうちの一人がしかめっ面で答えた。
「あ? 誰だテメエ。何しに来た?」
白銀の髪に、赤色のアクセサリーを身につけた、いかにもチャラそうな男。
似たような銀色の髪をもつサンとは大違いだ。
「お前たちこそ、この町で何をするつもりだ?」
サンが単刀直入に聞くと、男は途端に眉間に皺を寄せた。
「何って…ここは〝俺らの拠点〟だぞ? 勝手に踏み込んでんじゃねーよ」
(! 案外、素直に明かしてくれたな)
ここが〝拠点〟ということは、彼らは間違いなくエスペクトロ。
今まで人気がなかったのは、どこかへ出かけていたからだろうか。
「そうか、それは悪かったな」
犯罪組織を相手にしているため、悪いとは全く思ってはいないのだが、一応礼儀正しく謝ると、男はニヤリと笑って口を開いた。
「悪い? いやいや逆に感謝するぜ。お前、金持ってそうじゃねーか」
「………」
「手持ちの金全部くれたら許してやるよ!」
(ありきたりな連中だな。よく聞く脅し文句だ)
犯罪組織相手の任務だと、こういうことを言われるのは日常茶飯事。
特にゼロやリヴの場合、どれだけ巧みに変装していても、隠しきれない品の良さが滲み出てしまうため、どうしても金目当てに狙われてしまうことが多い。
といっても、実際にお金を奪われたことは一度もないのだが。
サンは男の発言を聞いて、思わずふっと笑うと、ポケットに手を突っ込んでから、手をひらひらさせた。
「…ははっ、すまないな。今は一銭も持ってないんだ」
サンの言葉に、少しだけ向こうの空気が凍りつく。
もちろん、一銭も持っていないというのは嘘だ。
当然のことだが、そう易々とお金を渡すわけにはいかない。
(さあ、どう動くか…)
静かに男の反応を待っていると、周りの空気がさらに冷たくなったように感じた。
それが彼らの何を表しているのかは分からないが、少なくともあまり良く思われていないことは確かだ。
サンが無意識に身構えていると、男は頭をかきながらようやく口を開いた。
「そうか…。なら金目の物でもよこすんだな」
(そうくるか…。やはり、ありきたりな連中だな)
サンは小さくため息をつくと、怪訝な顔で男の方を見た。
「なぜそんなにお金が欲しい?」
まあ、答えてはくれないだろう。
そう思いながら、サンは先ほどいた家の中へと視線を向けた。
しばらく見つめていると、窓枠のあたりに茶色の目がちらりと見えた。
この目の正体は、リヴだ。
リヴは任務の時は必ず、赤い目を茶色に変えている。
そして、リヴはルリ・サピロスの中で唯一戦闘ができない非戦闘員のため、敵と対面する際は、こうして大抵どこかに隠れているのだ。
(よし、大丈夫そうだな)
これから戦闘になるかもしれないため、初めから家の中にいてくれるのは大変都合がいい。
万が一リヴに危害が及ぶようなことがあれば、後でゼロが黙っていないからだ。
(あいつ、怒ったら怖いんだよなあ…)
『言ったよね? リヴには傷一つつけるなって。これはどういうこと?』
(笑顔が消えないだけまだマシだが、できることならあの顔は、二度と見たくないな…)
数年前の怒られた日のことを思い出して、思わず苦笑いを浮かべていると、ずっと黙り込んでいた男が突然大声を上げた。
「金はなあ‼︎」
「うおっ⁈」
「いくらあっても足りねーんだよ! 理由なんかねえ‼︎」
「お、おう…」
(ま、まさか答えてくれるとはな…)
あまりの威勢の良さに少し驚きながら、サンは再びポケットの中に手を突っ込んだ。
ガサゴソという音とともに、色とりどりの小袋が溢れ出る。
地面に落ちたそれを見て、サンはニッと笑った。
「これ、一袋で銀貨一枚もするんだ」
「あ? 何言ってんだ?」
サンの突拍子もない発言に、男だけでなく、周りにいる仲間たちも皆首を傾げた。
何を言っているのだろう、という心の声が自然と聞こえてくる。
「それがここには十袋もある。売ったら…高いぜ?」
「!」
サンはニヤリと笑うと、落ちた小袋を拾って再びポケットの中に入れた。
「な、何を…」
「え? いや、あげるわけないだろ」
「は?」
「欲しいなら自分で手に入れろ」
サンは得意そうな顔でそう言うと、再び目だけで家の中を見た。
(リヴは…よし、出てくる気配はないな。姐さんは…)
———————ゾクッ。
フィンの居場所を探していると、ふいに背後からものすごい殺気を感じた。
驚いて振り返ったが、誰もいない。
殺気を感じたのは一瞬だったが、すでに冷や汗をかいている。
とてつもない殺気だ。
(今のは…)
ちょうどリヴがいる家の方からだったため、先ほど確認した窓枠のあたりを見ると、覗いていた茶色い目がなくなっていた。
それどころか、家の中から人の気配が消えている。
(…リヴ?)
「おい! 大人しく渡してくれねえってんなら、どうなるか分かってんだろうな?」
「………」
「チッ。お前ら、一斉にかかれ! こいつをぶっ殺すんだ!」
(リヴが心配だな…。ここは一気に片付けるか)
サンは腰に携えていた剣を、鞘に収めたまま手に取って構えた。
「…悪いが、お前たちに相手をしている暇はない」
一斉に襲いかかってきた敵をある程度引きつけると、サンは構えていた剣を大きく振り回した。
前列にいた敵が剣に当たって吹っ飛び、後方にいた仲間にぶつかって向かい側の家に衝突する。
威力も相まって、後方の敵ごと気絶させられたようだった。
残るは白銀の髪の男のみ。
「や…やめろ…来るな!」
男は腰が抜けたように尻餅をついたが、サンはお構いなしに近づいていき、剣は使わずに、素手で殴って気絶させた。
(敵はこれで最後か。リヴは…いや、一旦姐さんと合流しよう)
サンは気絶している敵を縛りつけ、駆け足で向かい側の家の間をすり抜けて、勢いよく屋根の上に飛び乗った。
辺りを見回してみると、予想通り何軒か先の屋根の上で、フィンが身を屈めながら下の様子を伺っていた。
「姐さん」
呼びかけると、フィンは持っていた小型ナイフをしまって、ゆっくりと振り返った。
綺麗にまとめられた薄紫色の髪が、風によってふわりと揺れる。
「あら、もう片付いたの? 早いわね」
サンは息を整えると、眉間に皺を寄せてうなづいた。
その様子を見て事情を察したのか、フィンは何も聞かず、ただ穏やかに微笑んだ。
「…そう。なら、一緒に探しましょうか」
「姐さん、俺…」
サンは何かを言いかけたが、フィンはそれをすぐに遮った。
「もう、しっかりしなさい。あの子なら大丈夫よ。そんな簡単にさらわれるような子じゃないって、サンも知っているでしょう?」
「…ああ、そうだな」
サンは眉間に皺を寄せたまま頷くと、徐に空を見上げた。
♢♢♢
「え、そうなんすか⁈ 初耳っす!」
「なんだ、知らなかったのか」
「そうだったんだ。てっきり知ってると思ってた」
サンとフィンが血眼になってリヴを探している間。
王宮の一室では、ゼロと王家専属の騎士団〈アポロ騎士団〉の団長、副団長の三人でティータイムが行われていた。
「殿下〜、聞いてくださいよ〜」
机の上に両腕を置き、上目遣いでゼロを見つめるのは、副団長の〝ルイ〟。
いつも砕けた態度で接しているが、ゼロへの忠誠心は誰よりも強いらしい。
とはいえ、この態度が許されているのは、ゼロがそういうことを全く気にしないからである。
この三人で紅茶を飲むことができるのも、そういうことだ。
「はいはい。今度は何?」
ゼロが笑いながら答えると、彼は身を乗り出して話し始めた。
「この間サンくんに『そんなんじゃ殿下に捨てられますよ!』って怒られたんすよ〜。さすがに言い過ぎだと思いません?」
「どうせお前が何かしたんだろう」
ゼロが話し出す前にすかさず突っ込んだのは、団長の〝サイラス〟。
紅茶を片手に、仏頂面で座っている。
「あははっ、サンにそこまで言わせるのはルイくらいだよ。一体何をしたの?」
ルイの口からサンの話が出てきたのは、サンもアポロ騎士団の団員だからだ。
サンはジョーカー公爵家の養子であり、ルリ・サピロスのメンバーでもあるが、それと同時に、最も近くでゼロとリヴを守る役目として、王家専属の騎士団にも所属している。
この国の王族は、王を含めて四人しかいない。
詳しくは国王とその妻、それからゼロとリヴだ。
ジョーカー家は元々子どもが生まれにくい家系なのだが、八年前の事件で陛下の弟夫婦(ゼロたちの両親)が亡くなったため、とても少なくなってしまった。
あまりにも少ないため、七年前に〝せめて残った四人だけでも守り抜こう〟と王宮内で義勇軍が結成され、今ではリヴを除く一人一人に、専属の騎士団がつくようになった。
そのうちの一つ、ゼロ専属の騎士団が〈アポロ騎士団〉なのだ。
リヴ専属の騎士団は、アポロ騎士団が兼任しているらしい。
「よくぞ聞いてくれました! それがっすね……サンくんが買ってきたクッキーを、俺のだと思って食べてしまっただけなんすよ!」
「子どもか」
「あはは、相変わらずだね」
「ちょっと! もっと憐んでくださいよ!」
「ごめんごめ…ん…?」
ルイが口を膨らませていると、ふと何かを思いついたようにゼロが立ち上がった。
突然の出来事に、ルイは思わず肩をビクつかせる。
「殿下? どうかされましたか?」
サイラスが怪訝な顔で問いかけるも、ゼロは一点を見つめたまま動かない。
ルイとサイラスは、顔を見合わせて首を傾げた。
「どうしたんすかね?」
「さあ…?」
ゼロはしばらくの間そのまま静止していたが、やがて我に返ったように顔を上げると、ニコッと笑って口を開いた。
「ねえ、二人とも。少し手伝ってほしいことがあるんだけど、いいかな?」




