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広瀬理人の日常的被弾劇  作者: どんまち
広瀬理人と入学
8/35

可愛い妹

 いつものことながら、東蔵町の夜は静寂に包まれていた。


 大型スーパーに行くのかと思ったが、快は別方向に歩き始めた。

 そう言えば、最近オープンしたケーキ屋さんの話をどこかで聞いた気がする。

 だから甘いものが食べたくなったんだな。

「今日は色々食べちゃうぞ〜」

 彼女は鼻歌を歌い、楽しそうにスキップしている。

 やれやれ――そろそろバイト始めないとな。

 世の中の兄弟に関して俺はよく知らないが、妹を不自由にさせないのも兄の仕事なんだろう。


 歩いて10分弱、到着したみたいだ。

 現在時刻は6時18分。

 これは急いだ方がいいのか……?

 彼女は意気揚々と両手を高く上げた。

「前々から来てみたかったんだ」

「へぇ……どれくらい買うんだ?というか、どれくらい食うんだ?」

 俺はカバンから財布を取り出す。

 彼女はその手をそっと押さえた。

「今日はご褒美でしょ?」

「は?」

「え?」

 互いに目を丸くした。

「いやいや……私、もう中学2年生だよ?」

 快は呆れた様子で店に入っていった。

 状況は飲み込めないままだったが、俺もそれについていく。


 2人は注文をして席についた。

 とはいっても、俺は小さなショートケーキをひとつだけ頼んだだけだった。

 店内は想像よりもおしゃれな感じで少し息が詰まる。

「本当にそれだけで良かったの?我慢してない?」

 快は心配そうに尋ねた。

 実際、妹に無理はさせられないとも思ったが、甘いものをたくさん食べるのはあまり好きじゃないのだ。

 美味しいなら尚更、多いとその価値を見間違えてしまう。

「夕食結構食べちゃったしいいよ……というか、生徒会に入ったってだけだぞ?」

「すごいことじゃん!」

 いきなり体を乗り出してきたので俺はのけぞる。

「でも、あんまり望んで入ったって感じでもなくてだな」

「もう……結果論はお兄ちゃんの得意分野でしょ?」

「俺はどちらも否定しないってだけだよ」

 快の方は、モンブランにチョコレートケーキに名前のようわからないものまで、そんなに購入してお金は大丈夫なのかが気になる。

「妹に不自由をさせないのが俺の役目なのかと……」

「お父さんかよ!?」

 ……ぐうの音も出ない。

 確かにそれは親の仕事である。

 まぁ、せっかく奢っともらったとなれば頂こう。

 俺はそっと妹から視線を落とした。

 純白のショートケーキ――これを味わうには、俺の舌では役不足に思える。

 フォークで縦に切り込み、小さなかけらを口に入れる。

「おぉ……これは……」

 純粋な甘みが口の中に広がった。

 …………。

 そんな食レポの真似事をしようと試みてみたが、やっぱり苦手だ。

 甘い――だから美味しい。

 そういう思考になってしまう。

 それは、しっかりと味を舌で感知できていると言えるのだろうか。

 俺はそっと視線を上げる。

「どう?美味しい?」

 彼女から期待の眼差しが飛んでいた。

 ――まぁ。

 美味しいと思えるならば、それでいいんだろう。

 俺は食事を楽しめている。

「それにしてもだな……」

 俺は肩を組んで席にもたれかかった。

「明日から……どうなるんだろう……」

 静かに呟くと、快は優しく微笑んだ。

「きっと――」

 何がを言い出そうとしたが、彼女はケーキを食べるのに集中し出す。

「……」

「ごめんごめん、お兄ちゃんを励ますよりもケーキ食べたいが勝っちゃってさ」

 人間の思考から外れている!?

 だが、俺がケーキに負けているというのは納得のいく話だ。

 改めるように彼女は咳払いをした。

「楽しい日々が――待ってるんだよ」それは、優しい声色だった。

「楽しい日々……?」

 つい俺も真面目トーンで返してしまった。

 彼女は頷く。

「中学生の頃のお兄ちゃんさ、なぜかは知らないけどずっと辛そうで、何かに苦しんでるみたいに見えたんだよね」

 ……つらつらと見透かしたことを。

 確かに俺は苦しんでた。

 いや、それは傲慢な言い草だろう。

 あえていうなら考えすぎていたというだけだ。

「そんなことは……」

「今のお兄ちゃんは吹っ切れきれてないんだよ」

「なっ何?ふっきれきれ?」

「もっとはっちゃければいいってこと」

 その言葉を耳に入れて、俺は黙り込んでしまう。

 そうか……はっちゃけて……か。


 読者の皆様方は俺の過去を知らないのでよくわからないだろう。

 ただ簡単にいうと――一般的な思春期を拗らせすぎて若干、躁鬱に足を突っ込んでいたという感じだ。

 社会にそう命じられて学校に行く……それを理解し、社会に囚われた人生を生きる覚悟を決めるのに苦しんでいた。

 レールを引かれた人生を生きる覚悟を決めようとしていた。

 そこで俺は気づいた。

 なぜ俺が、そんな人生に不満を抱いているのか、わからないということだ。

 楽しくないという確証もなく。

 偏見であり、

 思い込みであり、

 決めつけであり、

 先入観であり、

 固定概念として決めつけていたのである。

 レールの進む道には幾度となく試練が立ちはだかるし、周りにはたくさんの装飾品や対人関係がある。

 だから、誰かがレールを後押ししてくれるかもしれないし、してくれないかもしれない。


 ――日常は…………激情に溢れていると言えるだろう。

「……ありがとう。快」

「振り切りはついた?」

「もちろんさ」

 彼女は柔らかい手つきで、俺の闇を払ってしまった。

 言い方を変えれば、気づかせたのだ。

「お前は幸せか?」

 俺は思わず聞いてみる。

 兄が幸せな状態ならば、妹を幸せにするべきだろう。

「うん」

 その心配は……もうやら無用だったみたいだ。

「最高に幸せだよ!」

 彼女は邪気のないまっすぐな笑顔で返した。

「友達もたくさんいて話してると楽しいし!お兄ちゃんも幸せになってくれたし!」

「そうかよ……」


「彼氏もできたし!」

 ………………え?

「おっ……おい!」

 俺は話を止めた。

「冗談だよな?」

「いや、違うよ。彼氏くらい作るよ。私もう中2だよ?」

 それが一般的なのかはわからないが、真横からボディーブローを喰らうような衝撃だった。

 なんなら真正面からだろう。

「それは……!その………………」

 言葉に詰まる俺がいた。

 そんなものは快の自由で俺がとやかく言うようなものじゃないはずだ。

「大事にしてやれよ――そいつを」

「言われなくてもするよ!」


 2人の幸せな時間は、温かい春の夜の空に溶けていった。

 甘い甘い――生クリームのように。

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