魔性の女 広瀬快
「ただいま!我が妹よー!」
今日も我が家の穏やかな空気が俺を包み込んでくれた。
あぁ――やっぱり家ってのは最高だな。お布団の次くらいには最高だ。
「おかえりお兄ちゃん!」
俺の妹、快も元気そうでよかった。
意気揚々と玄関から上がろうとした時、俺の家族ではない、明らかに見覚えのない男の子がいた。
妹と同じ制服なので、中学生だろう。
それにしては筋肉質に見える。それでいてなんか、キリッとしてるな。こんなやつ、面食い大歓迎だろう。
深く頭を下げて、彼は挨拶してくれた。
「どうも、広瀬快とお付き合いさせていただいております。久瀬智明と申します」
……あれ?彼氏?
結構前の出来事ではあるけども、別れたんじゃなかったのか?
だが、これに関して何か言ってしまうと、殴られてしまうという咄嗟の判断を下し、俺は階段を登り自分の部屋へ行こうと試みた。
しかし、彼氏さんに止められる。
「一緒にゲームとかしませんか?お兄さんの話は結構聞かされてまして、お話ししたいなと思ってたんです!」
「えぇ〜」
俺がたじたじとしていると、快に腕を掴まれ、無理やりリビングへと運ばれてしまう。
そのタイミングで囁かれた。
「元カレがいるって、久瀬くんには言ってないから……わかるよね?」
「おぉ……まぁ、それくらいは察してるよ」
「察されるのもなんかムカつく」
「八方塞がりじゃんか」
* * *
――さて。
誰か、この状況について詳細な説明をしてほしい。
快と彼氏さんがソファに座り、俺はその近くのダイニングテーブルへ。
不準備なことに、快は飲み物も出していなかったので、とりあえずりんごジュースを出してあげた。
なんでそんなものが家にあるのかはさておきという感じだ――誰が飲むんだこれ?
「いっつも、自慢のお兄さんだって言ってたので気になってたんですが、とってもかっこいいですね!」
「そりゃあどうも……」
誰かにかっこいいなんて言われるの初めてだなぁ。友達がいなかったわけじゃないのだが、そういうタイプじゃなかったし。
* * *
どのような会話をしたのかも、そもそも日本語が成立していたのかも定かではないのだが、俺が冷静を保てていなかったことだけは確かであった。
彼氏くんを見届けて、俺は思い切りため息をついた。
さっきまで彼が座っていたソファに体を任せる。といっても、妹が隣で横たわっているため、座るだけだ。
「……なんかさお兄ちゃん、すごく変わったよね」
そう突然言われる。
さぁ、どうだろうか。変わってるのか俺……?
「というと?」
「今までは、自分を俯瞰視点で見てるというか、なんかこう、厨二臭かったんだけどさ」
「そうだったのか!?」
「私は、今のお兄ちゃんの方が好きだよ。中学生の頃とか、サイコパスというか、すごい病み方してたじゃん」
軽い口調で、俺のあまり触れられたくない過去をグサグサと刺してくる。
だが――こいつは中学時代の俺についてよく知っているからな……ちょっと話すくらいなら、逆に精神も安定するだろう。
「確かに、その時の俺は、自分のことを哺乳類の生物だと判断していたよ」
「それもおかしいけどね」
「まぁ、そうだな。もっとおかしいのは、自分という生物を知ろうとするためなら、俺はどんな行動だってできてしまっていたということなんだぜ」
「狂ってるのかと思ったよ……躊躇いがないから」
「……」
なんとなく恥ずかしくて口をパクパクさせていると、妹はニヒルな笑みを浮かべた。
なんだよ、俺に追い討ちをかけようってのか?そろそろ爆発しそうなんだぞこっちは!
「彼女もできるんじゃないの〜?」
「……なんだそんなことか、出来ねぇよこんな奴に!」
俺はなんとかメンタルを保ち切り、静かに立ち上がる――そうしたところで特に意味はなかったので再び座った。
「一般的性格を手に入れたお兄ちゃんは、普通のイケメンと言っても過言じゃないと思うわけなんだよね」
いきなり体を起こして、俺の顔面をまじまじと見つめる。
「雰囲気イケメンぽいね」
「冗談言うなよな全く……」
俺が顔を逸らそうとすると、彼女は俺の顔を横に曲げて両頬を押さえた。そして再びジーッと見る。
そんな品定めするように見られても何も出ないのだが。
「地味だけど、肌艶がすごい良い――」
「結論がそれかよ」
やれやれだ、俺たち兄弟には結構な格差があるというのに。
見つめ返してみると、やっぱり快は美人だ。こうやってすぐに彼氏を作れるだけはあると思う。
顔面ひとつひとつのパーツが可愛いに振られており、可愛いの権化であり可愛いの象徴であると言っても過言じゃない――なんなら世界中が賛同してくれるはずだ。
短くまとめた髪も、ツヤツヤである。
その上に、運動も勉強もトップクラスときたもんだ――笑えねぇよ。
それに比べて、俺の人間レベルの低さには笑いが出る。
生徒会だって、無理やり入れられただけなのだから。それに、俺は中学生時代のサイコパス期があったわけだし。
そんな俺を両親が責めるわけでもないのだが、この格差には思うところがあるのだろうと思う。
思ってしまう。
「思い悩んでるの?お兄ちゃん」
手を離さずに見つめたまま、快は俺に尋ねた。
「そりゃあな……こんなスーパーシスター見せられちゃ、自信も失っちゃうってもんだ」
それを聞くと、彼女は俯いてしまう。
なぜそんな切なげな表情をするんだよ全く。
「お兄ちゃんを幸せにするって決心したのに……私が……」
「お前は悪くねぇよ――てか、そんな、それこそ彼女みたいなこと、決心してたのお前」
「もう……忘れないでよ」
そのまま彼女に体重をかけられて、俺と快は重なる。
ていうか押し倒された……これで三度目になる。
「お兄ちゃん――」
「ちょっ!何!?快!?」
なっなななな何をする気なんだ!?まぁ!俺はこういうタイミングでドキドッッドドドドドキドキなんてする男じゃあないからな!尚更!妹なら尚更なんだよ!
それなのに、妹の表情に色気を感じてしまう自分がいた。
「だっだからお前彼氏いるんだろって!」
「じゃあ、体だけの関係ってことで」
妹とは思えないようなことを言い出したぞ!
あぁダメだ!親がいないとはいえ、ここで何かしてしまったら俺は人間としての尊厳を失ってしまう!
「いや、そんなの……ダメに決まってんだろーが!!」
俺は彼女を押し離すと、ゴロゴロと転がってソファから離れた――てか落ちた。
「お前がそんなど変態だなんて!俺は失望したぞ快――!」
「お兄ちゃん〜!」
全力で走って俺は、2階にある自分の部屋へ向かった。
布団を引いてそこで力を抜く。
全く!何が『広瀬理人と日常』だよ!
妹に迫られる日常があるかーっ!
――風呂入ってないな……もういいや、明日土曜日だし、朝とかに入ろ。




