規律完璧少女の縛りプレイ《2》
家を出るには流石に早すぎるので、俺は浅草を家に入れることにした。
親はすでに家を出ており我が妹の快しかいなかったとはいえ――ずいぶん驚かれてしまう。
「すごく忠誠心の高い彼女を持ったんだね……」
「忠誠心の高い彼女ってなんだよ!?ただのクラスメイトだ!」
1日に取るべき栄養を摂ることも規則正しい生活正しい生活の一歩だ――と浅草が突然言い出すので、俺と快はリビングの席へとついた。
キッチンに入った彼女は冷蔵庫を物色している――なんだ、この状況は……。
「なるほど〜浅草様はお兄ちゃんのクラスメイトなんですね!」
なぜか快は浅草に様付けをして呼んだ。
話を聞いてみると、お兄ちゃんの友達が家に訪ねてくるなんて初めてー!なんて、バカバカしい……そんなことで緊張してどうするというのだ――クラス1の美人と謳われているのではないのか?
「じゃあさっさと作っちゃうね」
そこからの彼女は――とにかく凄まじかった。
家にある材料を惜しげもなく使い、色とりどりな朝食を作り出していたのだ。
特に凄まじいのは、朝でも食べやすいその量と、そこから取れる栄養素である――別に不安だったわけでもないのだが、栄養割合を記した表を見せてくれた。
こうみると卵の有能さが際立つ。
「さぁ!いただいてください!」快活に浅草はそう促した。
快を横目に見ると、目をキラキラと輝かせている。
「いただきます!」
朝から、しかもこんな栄養飯にここまではしゃげるものか――彼女は両手をパシッと合わせると、がっつくように食べ始めた。
「おっ……!おいしーっくはないけども……」
「そりゃあ栄養重視だからな」
我が妹は一体どのような期待を寄せていたのか?
微妙な表情を浮かべる彼女をよそに、俺は颯爽と完食した。
「とても愛嬌のある妹さんですね」
「まぁ……いいやつだぜ」
* * *
その後、俺と浅草は学校へ向かい始めたのだが――
「浅草、自転車は?」
「?」
そちらにハテナを浮かべられても困る。
「走ってきたというだけですよ?」
あぁ、なるほど走ってきたんだな感心感心――じゃねぇよ。
「ちなみにどれくらいかかったんだ?」
「ざっと1時間くらい?」
「足もげるわ!」
そうツッコむと、彼女は誤魔化すように手を振る。
「いや流石に1時間ずっと走ってたわけじゃないよ……」
「あぁよかった!流石にそうだよな」
「5分くらい休憩して、55分くらいかな?」
「だからもげるってっ!」
こっちだけ自転車だというのに、気を使わないでとか言い出すからいつも通り俺は走っていた。
――だというのに、普通についてきている。
これも規則の正しい生活の賜物?いや、これこそが規則の正しい生活なのか?
「足大丈夫か?疲れてたら後ろ乗せてくけども」
「いいや大丈夫です!足は鍛えているので!」
「ストイックだなぁ……」
テキストでバッグもだいぶ重くなっているだろうによくやるよなと――若干だが萎縮してしまった。
* * *
そこで俺は閃く。
これは今世紀最大の閃きのような気がしてならないぞ。
「浅草、生徒会には入らないのか?」
「えぇ!?」
こんなストイックな上に成績も良いとなれば、天野先輩も喜んでくれるだろう――アリスが転校……かはわからないが引っ越しちゃって、一年生は3人しかいないのである。
ダニエルはともかくとして、黒蝉は暴走することがあるし、俺にまとめるというのは少し無理がある。
まとめ役が欲しいという俺の切実なる願いである。
「私はそんな……生徒会なんて……」
恥ずかしそうに彼女は髪をクルクルと回す。
「普通に向いてるだろ。というか、お前なら学校をまとめられると思うぜ?」
「そもそも私、発表とかで人の前に立つことすらままならなくし、人見知りだから」
切なげな彼女に俺は辟易とする。
なんでこの人はここまで自肯定感が低いのだろうか。
ひと月ほど前に行った国語のスピーチの内容を、俺はまだ覚えているぞ。
『自分の趣味について』がテーマだったのだが、彼女のスピーチはクラス中から一目置かれるようなものだった。
この人を代名詞にするのも気が引けるな……こいつの心に潜む理想とやらは、一体どこにあるんだ全く。
「それなら、背中で従えるんじゃねぇの?」
「でも私148センチだし」
「俺的にはボケたつもりなんだけも……」
こっちも静かなトーンで言ってしまったことを反省しなければ――じゃねぇよどこが真面目に聞こえんだよ。
俺はやりにくそうに頭を掻いた。
* * *
ホームルーム前にも何かやらされるのかと思ったのだが、そんなことはなかった。
結構張り切っていたので拍子抜け感がやっぱりある――しかし、この生活で最も厳しい点というのはここからだった。
背筋をピンと伸ばして座り続けることが、それほど体力を使うことだとは思わなかったのである。
ホームルームだけでもだいぶ疲れてしまった。
「背筋がいいと規則正しく見られますよ!……でも、筋肉が緊張状態になっちゃうから、休み時間の間はできるだけ立っておくことが大事なんです」
自慢げに語られて人としての力の差を思い知らされた。
「授業に関しては……広瀬理人さんなら大丈夫ですよね?」
「まぁそうだな。俺よりかは、みそねの方をなんとかして欲しいんだ」
――みそねの席は浅草の後ろなので、俺たちの会話はしっかり聞こえていた。
「うっ……」
「おい」
ぎこちなく目を逸らしたのを、俺は見逃さない。
1時間目は社会なのだが……というか、これが国語であろうと数学、英語、理科――何であろうと変わりない。
彼女はガッツリと寝てしまうのだ。
起こしても目を覚さない。
「みそねさんを寝れないようにすれば良いんですね?」
「そうなんだよ……生徒会としてじゃなく、友達として放っとけないんだよ」
「わかりました――」
そう言うと彼女はみそねの手を取る。
「ちょちょちょちょ何をする気!?浅草さん!?」
「喰らいなさいっ!」
どれくらいの力を入れたかは定かじゃないのだが、手のツボを押したのだろう。
ボンッ、とそんな感じの音が鳴った。
「うああああああああ!いったああああああああい!」
「ツボを押す上に通学で目を覚させる――一石二鳥ですね!」
雑学を話すかのように人差し指を立てて浅草は語るのだった。
* * *
その思惑通りになっているのかは知らないのだが、みそねが居眠りをすることはなかった。
というか授業冒頭の5分ほど、彼女はペンを握れなかった。
せめて利き手ではない左を押してやればよかったのに……。




