規律完璧少女の縛りプレイ
「規則正しい生活……?」
体育祭の準備が始まり出したくらいの頃――駅前のとあるカフェにて、俺は黒瀬にとある相談事をしていた。
ついでにそのカフェというのは、最近駅前にてオープンした『カフェブラック』、店名通りブラックコーヒーが強みなんだとか。
俺的には苦手じゃないが、好きというわけでもない。
「そうなんだよ、生徒会に入ってもう1ヶ月になるだろ?ちょっと自分の生活を見直してみようと思ってさ」
その時、俺と黒蝉は『交際関係はないが2人であったり話したりできる』ような関係になっていた。
後から考えてみるとこの俺の悩みはバカバカしいものだったのだが、当時は割と真剣に考えていのだ。
「朝早くに起きて登校している時点で偉いと思うのだけれど……」
ごもっともである。
「そうだけど――そのせいで寝不足ってほどでもないけど、あんまり授業も集中できてないし」
「みそねさんと比べてみなさいよ」
黒蝉は若干呆れ気味だった。
彼女が言及する通り、俺の数少ない友人であるみそねというと、最近は授業中の睡眠があまりにも多く隣の席に座る俺がいつも起こしているのだ。
そろそろ席替え――次にみそねと隣の席になる人次第で、彼女の成績は地に落ちてしまう。
今も地面スレスレなのに違いはないが……。
「そんなくだらない悩みなんて持つべきじゃないわ、私らしくもないことを言うけれど、あなたはよくやってるわよ」
「それは――ありがとな」
まだ春の余韻は冷めず、なんなら桜は全盛期じゃないかと思えるほどの花吹雪を放っていた。
何にもかかっていないが、コーヒーもまだまだ冷めていない。
「……あなたがそれだけ迷っていると言うのなら解決してあげたい――ただ、私も学校生活に関して、教えられるほど規則正しいとは言えないのよね」
「だよなぁ」
俺はガックリと肩を落とした。
「それはちょっと失礼だと思うわよ?」
「ごめん、もう一杯奢るよ」
「いいわよ別に……」
すると黒蝉は何かに気づくようにひらめき顔を見せた。
「私、あなたの悩みに答えられそうな人を知っているのよ――というか、あなたが認知していないこと自体驚きなくらいなのだけど」
黒蝉の言葉に俺は首を傾げる。
確かに俺はあんまりクラスメイトのことを理解してはいないのだが、そこまでの人がいたのだろうか?
「あなたからみて斜め前の席、浅草さん、知らないとは言わせないわよ?」
その名前を聞いてハッとする。
そうだ、最初から彼女に相談しておけばよかったのだ。
浅草輝子――アサクサ テルコはクラスメイトの女子で、一言で表すとすれば、爽やかメガネ女子だ。
なぜ彼女がクラスの委員長は立候補しなかったのか不思議になるくらいに、彼女は優等生のオーラを放っており、実際に成績も良いと聞く。
「彼女に相談してみれば何かわかるんじゃない?」
「ありがとう黒蝉!やっぱもう一杯奢るよ」
「いらないわよ」
翌日――学校にて、俺は真正面から浅草へ相談してみたのだ。
すると彼女は目を見開く。
「私が優等生ですって!?あなたが……!?」
俺が有名人か何かだと勘違いしてるんじゃないかと思えるような口調だった。
席に座っていた彼女は立ち上がると、ニンマリと笑った。
「いやはや――この生活を続ける意味は個人的に解釈できていましたが……こんな恩恵もあるなんて驚きです」
よくわからないことを呟きだす。
「あの……」
「広瀬理人さん!私の生活術を伝授しましょう!」
いきなり彼女は俺の手をギュッと握った。
「…………」
俺は一般的な高校生とは一線を画す価値観をしているため、ドキドキすることはない。
ただ唖然とするばかりであった。
俺は絵にか描いたように目を丸くしていた。
その後、俺は浅草の席へと椅子を動かして、彼女が座る席の前に置いた。
「――まず、現段階での広瀬理人さんの生活習慣について確認しておきたい所存なのですよ」
「ほぉ……」
変な返事をしてしまった。
彼女は何か紙を用意することもなく、全てが頭に入っているように質疑を始めた。
「普段の起床時間は?」
「6時過ぎくらいかな」
ふむふむ、と小さな声で言いつつ人差し指を動かした。
文字でも書くみたいに――もしかしてだけど、メモをしているのか?いや、そんなわけないか。
「じゃあ就寝時間はどれくらいです?」
「休日は遅くまで起きてることもあるけれど、平日は大体10時半くらいだな」
「身長体重は?」
「172センチで、62キロだ」
――質疑応答終了。
彼女はしばらく黙り込むと、拍子抜けしていそうな顔でこちらを見る。
「私の出る幕はないですね……素晴らしい生活習慣、尊敬に値します」
「いやいや!食事の栄養バランスとかやばいし、授業中の態度とか色々――」
俺は慌てて否定する。
――結論からいうと、世間一般で言われる『育ちの良い人間』に憧れを持っていたんだろう。
しっかり睡眠をとり、姿勢良く授業を受ける姿にだ。
「仕方ないですね……じゃあ私と同じ1日を過ごしてみましょうか!」
「わかった――んだけど、お前、クラスの委員長とかに立候補するタイプだとばかり思っていたんだが」
そう何気なく話すと、彼女は首を横に振る。
「私にはそんな大層な仕事不向きですよ――ただ私は、日常を縛りプレイしているだけなんですから」
俺はあっけらかんとした表情を浮かべた。
「縛りプレイ……?」
あまりにも突拍子がなく、相当な変人に相談をしてしまったのかもしれない――そう思うのだった。
――翌日。
『おはよう』
浅草輝子に連絡先をもらった俺は、朝起きて早速チャットアプリで連絡してみた。
『おはようございます!広瀬理人さん!』
時刻は6時ジャスト――予定通りだ。
体を伸ばしていると通知音が鳴る。もう1通、返信が来ていた。
『ならちょうどよかったかもですね!今着いたところなんです』
……?
俺は首を傾げた。
ピーンポーン――と、メールの内容を理解する前にチャイムの音が家内へ響く。
まさか……だよな……。
同じ1日を過ごす体験をするとは言っても、この家まで来るような人間が武田以外にいるはずがない。
俺はあらゆる可能性を脳で拒否して、宅配便だと思いながら玄関を開けることにした。
階段を降りて、俺はドアを開けた。
「おはようございます!広瀬理人さん!」
展開的に読者の皆様もとっくのとうに察しがついていただろうが――そこにいたのは浅草輝子なのであった。
「今日は1日体験コースですね!」
「……レンタル彼女かよ!?」




