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広瀬理人の日常的被弾劇  作者: どんまち
広瀬理人と入学
3/35

計りきれないほどのバカ

 一通り思い返しきった俺――なんとかやりきったかのような言い方だったが、思い出すのに全く苦労もなかった。


 なぜなら、これは昨日の出来事であったからだ。


 布団に寝そべり、物思いに耽るのが俺、こと広瀬理人のモーニングルーティーンの1つである。

 ただ、こうしていると如何せん起きる気がなくなってくる。中学生時代もこのルーティーンが原因で遅刻を繰り返していた。

 いや、それは違う。

 かつて通っていた中学校は徒歩4分、自転車で1分半だったので、そんなことはない。しかし、今はそんなこと関係ないのだ。


 俺は首を上向きに傾けて時計を確認する。

 現時刻6時11分――俺が目を覚ましてからすでに7分経過している。

「どーしたものか……」

 欲望にずっと囚われていたい人生だったといつも思う。

 朝が憂鬱というわけじゃない、これは、全身を脱力できるこの行為が至福すぎるというだけなのかもしれない。


 ピーンポーン――不意に家のチャイムが鳴った。


 妹……はまだ寝てるだろうな。

 両親は……ダメだ。今日は特に早くから仕事に出ている。

 咄嗟に家族をあてにした自分が恥ずかしい――仕方がない、こんな時間に訪ねてくる人物がまともなわけがないからな。

 文句を言っておこう。

「はーい今出ますから」

 廊下に出た俺は届いてもいないだろうに、そう言った。そもそも届かせるつもりもなかったが。

 階段を降りてすぐ左の、玄関の前に立った。

 さて――近所の誰か、または何かしらの配達員か、どちらにしても可能性は微々たるものだろう。


 ガチャリ。

 ドアを開けると――学生服を着た金髪の男が立っていた。どうやら自転車でやってきたようだ。

「よっ!広瀬」

 意気揚々に挨拶する……彼――一体誰だったか頭の中を探ってみるがよくわからない。

 ……はて?

「誰」

「武田だよ、武田翔太!」

「………………………………あぁ〜」

 そうだそうだ、そうだったな。

 少しずつ思い出せてきた。

 彼こそが昨日出会った愚かな男、武田翔太であったのだ。

 俺は決して、記憶力が悪いわけじゃない――忘れていたのはただただ寝起きだったからだ。

 いや違うな、この状況を理解することを脳が拒否していたからだろう。回想していたことをすぐに忘れるような俺じゃない。

 ――なぜこいつがここにいる?学校から自転車で1時間半はかかるような場所だぞ?

「一緒に登校しようぜ」

 意気揚々と話す武田――しかしわかりやすく息を切らしていた。

 俺が高校友達第一号とかよくわからないことをぬかしていた武田だったが、本当にこいつは……よくわからないやつだ。

 一瞬、幻覚とも思ったのだが、実際に姿が見えるだけではなく、チャイムも実際なったわけだ――受け入れるしかないだろう。

「どれくらいかかったんだ?ここまで」

「大体2時間?調べて時間がかかることは知ってたけど――想定外だったぜ」

 彼はピースを作ってはにかんだ。

「とことん馬鹿だね」

「地図アプリだと近そうだって思ったんだよ〜自転車でニ時間がこんな辛いとは知らなかったぜ……」

 考えなしにも程があると俺は思った。まぁ――俺以外の人間でもそう思うだろう。

「友達だし迎えにいくのってなんか青春じゃん?」

「そうかよ……」


 仕方がないので、一緒に登校することにした。ここは彼のまっすぐさを尊重してあげるべきだろう。

 まっすぐさというか、馬鹿さというか……良くいうならば真の強さだろうか。

 ――そんなことはどうでもいい。彼という人間が俺にとってはどうでもいいのだ。


 家に戻ると制服に着替え、昨日配られた教科書などをリュックに入れる。

 荷物が重くなると登下校が一層大変なので、これらは学校に置いていくことにしよう。

 今日の登校を乗り越えさえすれば、しばらく軽いリュックで自転車を漕げる。

 朝ごはんを食べ忘れていたが、時間がないので今日はいいだろう。


「おまたせ武山」

「武田だよ」

 今日は曇り模様の空、二人は自転車で駆け出していく――しかし、片方はすでに満身創痍だった。

 そりゃ、朝から自転車二時間を往復とはきついだろう。

「聞きたいんだけど」

 俺は武田に話を切り出した。わざわざ知りたいようなことでもなかったが、常識的におかしい部分がある。

「なに」

「なぜ俺の家がわかった?」

「あーね」

 彼は言葉を迷うように唸った。

「……人脈的な感じかな?」彼の結論はそうらしい。

「なる…ほど?」


 初日から友達をしっかり作り、というかクラスの中心人物となった武田――

 それでも少し無理がないかと俺は思った。まぁしかし、情報社会は侮れないものだな。


「それより広瀬、クラスの役職とか今日決めちゃうらしいけどお前どうするん?」

「やりたい人がいないなら……かな」

「へぇー俺そういうの理解できないんだよね」納得できなさそうに声を濁らせる。

「というと?」

「自分のしたいようにすればいいじゃん?その場の雰囲気に合わせるなんて馬鹿らしいぜ」


――俺もそんなことを言える精神力が欲しい。


「そういうわけにもいかない時があるでしょうよ」

「そーかな?」

「……まぁ、否定はしないけどね」俺が発したその言葉は完全なる本心だった。

 2時間自転車を漕いでつかれているからかは知らないが、昨日より彼はローなテンションぎみで、比較的やりやすいと俺は思ったが、逆に不気味だ。

 簡単にいうと、今日はさっぱりと爽やかなソーダアイス風で、昨日は激辛ラーメン。アイスの例えで貫くことが困難なほどの変わりようだった。

 まぁ、そういう気質なだけだろう。

 それか、俺が思っているよりも遥かに、この自転車登校は過酷なものなのかもしれない。


 雑談をしていたらあっという間に学校へ着いた。


「そろそろつくぞ武島」

「だから武田だって……わざとだろお前」

「あぁ――もちろんさ」

 といっても、その間ずっと筋肉痛と疲労のダブルパンチに苦しんでいたわけだが、本当に辛いのは武田の方だろう。

 倒れずに学校へたどり着いたところを称賛したいくらいだ。

「もう2度と……こんなことしない」苦虫を噛み潰したかのように彼は語った。

「うん、絶対にやめたほうがいい、身のためにね」

 彼はげっそりとやせ細っていた――だからやけにテンションが低かったのか。

「……。」彼のことは心底好きではないのだが、これは少しあんまりだろう。

 駐輪場にて自転車を置いてカゴにリュックを置くと、俺は財布だけを取り出した。

「ちょっと待っててください、水でも買ってきますよ」

「へ?」

 間抜けな答えが返ってくる。

「いや、なんか、その……」

 そんな困惑のような表情を浮かべられても返答に困るのだ。

「……何」

「いいのか?ていうかまだ歩けるのか?」

「任せて」


 俺が歩き出すと、武田は俺を呼び止める。

「ついていくよ――せめてと言うのはおこがましいけど、せっかくだし」

「勝手にしろよ」

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