静かなデート回
どこまで平和ボケしているのか――電車を使って浅草駅に着いた頃には俺の警戒心は薄まっていた。
どこからか目線を感じることはない。
怪しい人物と言っても東京都にはそんな人間が無限に存在しているのだ。
日本人の髪色は黒が大部分を占めると言うことを忘れてしまいそうなほどだった。
「……すごいですわ」
駅から徒歩6分――かの有名な雷門を目にした。
写真で見たよりも迫力があったにはあったのだが、人の多さ……というより外国人の多さが観光に不便なほどかもしれない。
ただ、俺は何も思わないでおく。
「多少調べてきたんですわ!何やら食べ歩きが有名なんですと」
「よく知ってるな」
俺は財布を取り出す――25200円……25200円?
増えてる……!?
財布に紙切れが入っている――まさか。
『アリス様に不自由させるなよ――秋瀬』
人の財布勝手に取り出して金入れるとか富豪じゃないんだから……いや、富豪なのか?
とはいえこれは好都合だろう。
「なんでも好きなものを食べなさい」
人の金だと言うのに俺は自慢げに言う。
「いいんですの!?」
わーいわーいとはしゃぐアリスであった。
それからはひたすらに食べ歩きタイムだった。
片っ端からお店を総なめしていく彼女――本道に辿り着く頃には俺の財布は3分の1ほどになっていた。
7842円。
このままのペースじゃ無一文になりそうだな……まぁいいか。
こんなお金が俺にあったところで何かに使うわけでもあるまい。
アリスは本堂の方にも感嘆の声を漏らしていた――正直俺も興奮した。
「参拝するみたいだな」
「なんですのそれ」
「金を払って手を合わせる」
「?」
これに関しては俺の説明が不十分だった。
「神様にお願いとかするんだよ」
追加で説明するとアリスは納得したようだった。
言ってしまうと、俺はそこまで参拝というものに価値を見出せていない。
みんななんとなくやってるんだろうが――神様に何かお願いするにしてもしっかり誠意を示さなければ。
上位存在がどこかに存在していたとして、我々人間が用意できるような代物でそれらが満足してくれるとは到底思えないのだ。
俺たちは賽銭箱の前に立つ――俺は千円札を2枚取り出し中に入れた。
「他の皆様は小銭のようですが……」
「神様もこっちの方が喜ぶだろ?世の中は金っていうのは人間に限った話じゃねぇんだよ」
「ですわね!」
多分よくわかってないだろうな。
こうするべきとは言わないが、5円を入れてご縁がありますように……だなんて、くだらないにも程がある。
「2回礼をして2回手を合わせるんだ――そしたら両手を合わせて祈るんだぜ……その後にもう一度礼だ」
「わかりましたわ!」
彼女が何を祈ったのかはよくわからない。
俺の場合は――『1000円札入れたんだから手と口洗い忘れたの許してね』だった。
手水とは、神社や寺院で参拝する前に手や口を清める水、またはその行為のことを指す。
忘れがちな人も多いのではないか。
1000円札と手水を忘れたその奉仕と無礼が相殺され、なんだかんだ何も起こらないんだろうなと勝手に判断した。
神様も俺に比べれば結構大人なはずだろう。
「何をお願いしたんだ?」
その後、浅草寺から出る最中に俺は聞いてみた。
「はい!?……えっと、また一緒にこれたらいいなって、お願いしたんですわ」
「へぇ〜」
なんだそんなことか――意外と庶民的というか、いくらでも行けるんじゃないのか?
「なんでもうクライマックスみたいな……俺もここら辺よく知らないけど、東京スカイツリーとかも行こうぜ」
「はいですわ!」
時刻は13時44分――参拝もしたものの、ずっと食べ歩きをしていたんだなと実感できる。
それなら昼ごはんもいらないだろう。
「ここから歩いてすぐらしいぜ」
東京スカイツリーにも行ったことがなかった。
ここまで人生経験が少ないと、もはや全てが新鮮とポジティブに考えられそうなくらいだ。
「ここから入るみたいだぞ」
「おぉ〜ですわ……」
すぐ近くまで来ると迫力が目に見えてわかった。
「あの上まで上がれるんですの?」
アリスは心が踊るようだ。
それなら何よりなのだが、現在所持金5842円――足りるよな?
財布を確認すると、再び紙切れが入っていた。
『お前マジで……よくないぞ――秋瀬』
本当ごめんな秋瀬。
別に大して申し訳なく思っていないが、心の中で謝っておいた。
+50000円――所持金55842円。
エレベーターを登って、高さ450メートルと言われる展望回廊へ辿り着いた。
その景色が見えた途端、空気が変わるようだった。
どこまでも東京の街並みが広がっている――もはや地平線と言っても過言ではないだろう。
さすがは日本一のタワー……想像を遥かに超えてきた。
「すごいですわね」
「本日二度目の絶景だな」
「こういう絶景は夜に見るからこそのものだと勝手に思っていましたが――今日は雲もないので昼の良さがわかりますわ」
彼女はしみじみとうんちくを語る。
「へぇ〜俺そもそも絶景ってのがわからん」
「じゃあ今度私のところに見にきますか?」
「何年後になるってんだよ……大人になるまで日本にいるんだろ?」
「そうですわね」
静かに頷く彼女を見ると、こちらまで切なくなってきた。
「まぁ――いつかって長いような言葉で言ってもさ、未来は明るいんだぜ?変な期待しなくたって帰れる未来はどこかで待ってる」
「きっとそうですわ!」
その後、俺たちは長い間景色を眺め続けていた。
15時50分。
「そろそろ行こうか」
「はいですわ!サイクリングしましょう!」
目を輝かせるアリス――やっぱり楽しみにしていたらしい。
そのまま大倉駅に戻り俺は駐輪場へ向かった。
その時、再び紙切れが入っていた。
『パトロール継続中!怪しそうなのはちょっと退治しておいたぞ――秋瀬』
危機が間近に迫っていたようで血の気が引いた……とはいえ、なんの問題もないだろう。
「この近くに森林公園があってさ――その辺りなら結構スピードも出せそうだし、そこに行こう」
「そうですわね!」
少しずつ暗くなっていく街の中――お出かけは最終局面に達するのだった。




