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広瀬理人の日常的被弾劇  作者: どんまち
広瀬理人と恋心
27/35

守りたい

 さて、雨がやむまでの間――俺はこの家のどこにいて何をしてればいいのだろうか。

 散々迷った挙句、俺はセバスチャンに相談した。

「アリス様の部屋に行ってあげてください――その方がアリス様もお喜びになられるはずです」


 そういうので、俺はリビングから出て、アリスの部屋らしき場所へ入った――が、違ったようで見知らぬ女性と鉢合わせてしまう。

 ものが散乱した部屋の一番奥に座っている彼女は、何かデバイス機器をいじっているようだった。

「どうしたの……ってあれ?」

 彼女はそう言いながら振り向き、首を傾げる。

「………………アリス様の彼氏!?」

「違います」

 恐らく彼女がもう1人の世話係とやらなんだろう。

 セバスチャンとは正反対なように見える――上には黒いパーカーを着ており、下には灰色のハーフパンツを履いていた。

 部屋の印象だけではなく、ぼさぼさな髪からも自堕落な人間であることは推測できた。

 ……いや、それは違うかもしれない――ハッカー的な何か?

「普通にお客さんか……ごめん、今ハッキングしてる最中だからさ」

「現在進行形で!?」

「そうだよ」

「そうなら……まぁ……失礼しました」

 俺はドアをそっと閉めた。


 アリスに何か被害を与えようものなら――きっと殺害され、あのように隠蔽されるんだろうな。


 もうひとつの部屋はしっかりとアリスの部屋だった。

「なんか――地味だな」

 俺がそうつぶやくように、無機質な部屋だった。

 クローゼットとベッドがあって……羽毛の使われたカーペットが引かれているくらいだ。

 いつでもどこかへ引っ越せるようにしているのか、日本のもので新しい部屋を作りたいのか――わからないが、前者だとしたらとても悲しい。

 ベッドに座り込むわけにもいかず、俺は部屋の真ん中にあぐらをかいた。

 女の子の部屋に入るのは何気に初めてなので、少し緊張しているのかもしれない。

「俺は、緊張している」

 俯瞰視点で俺自身を解説してみながら深呼吸をする――なんとなく落ち着いてきた。


 しばらく待つと、風呂から上がったようで、廊下の外から小さめだがドアの開く音がした。

 それから間髪を入れず、ドタドタと廊下を歩くような音が聞こえた。

 ……あれ?着替えは?

 とっさにベッドの下へ潜り込む。


 視界は真っ暗だ。

 息を殺す。

 布の落ちる音。

 衣擦れ。

 数十秒のはずが永遠に感じた。


「よし!」

 彼女がそう言ったので、多分着替え終わったんだろう。

 俺はそーっと顔を出した。

 ――よかった……服を着ている。

 それよりも重大なことはアリスの表情だった――頬を赤らめて今にも叫びそうになっている。

「絶対に……脱衣所で着替えた方がいいと思うぞ」

「すみません!お見苦しいところを」

 俺は軽く手を横に振る。

「大丈夫、見てないから」

 這いずるようにベッドから出て俺は立ち上がった。


「雨が止んだら帰るって感じなんだよね――雑談でもしよーぜ」

「いいですわね!」

 アリスはベッドに身をまかすように座った。

 俺は一瞬間を開ける。

「……俺はどこに座れば?」

「ベッドでいいですけれど……」

 俺は軽く会釈をしてベッドに座った。

 我が家の敷布団に比べて雲泥の差と言えそうなふかふかの布団――もはや初めてかもしれない。


 時刻は20時58分――そこそこ時間はありそうだ。

「浅草寺に行った後は、また自転車に乗せてほしいですわ」

 それほどにサイクリングが気に入ったらしい――俺にしてみれば冥利に尽きる限りだ。

 だが、流石にカゴに乗るのは……

 そう思ったものの、彼女は聞く耳を持たないだろうな。

「…………」

 なぜかソワソワしていて、アリスは何も話さない。

 一瞬不思議に思ったが、納得もある――部屋に同年代の男が入ることが少ないんだろうな。

 俺だって同年代の女子が部屋に入ってきたら挙動不審になる気がする。

 ……いや、ならない。


「何か食べたい日本食はあるか?」

 静かな空気が流れて気まずいので俺はそう切り出した。

「やっぱり寿司ですわ!」

 日本に来る前から熟考していたのか即答した。

 これは回転しない寿司をご馳走しないと色々と許されないだろう。

 財布が心配だ――というか終わりだ。

 まだ入学して一週間を過ぎていないというのに、そろそろバイトを始める必要がありそうだ。

「わかった、良さげなの調べておく」

「いいえ!私が提案したんですわよ――私が出しますわ」

「マジで……?」

 男としての尊厳が失われそうだったが――それが彼女のポリシーだというなら否定しない。

 それが俺の流儀だからだ。

 するとアリスは思い切り体を伸ばした。

「今日は疲れましたですわね〜」

「なんだそのお嬢様口調の使い方は」

「難しいですわ……」


 その後――雑談はしばらく続いた。

 豪雨の降り注ぐ春のこの街に、どんな人間が迫ってきていたとしても、関係ない。

 ――俺はアリスを守りたい、守らなければならない。

 この笑顔を、

 この照れ顔を、

 この自慢げな顔を、

 この寂しげな顔を、

 この不思議そうな顔を……守る。


 しばらくして雨が止み、俺はマンションから出た。

 時刻は21時38分――思ったより早く止んだ。

 いつものように自転車を走らせ家に帰る……その瞬間も今日はなぜか心が高鳴るようだった。

 街灯がなく暗い道でもスイスイと進んでいけそうな……。


 ついでに7回転んだ。


 俺が帰宅したのは10時半ごろであった。

「ただいま〜」

「夜遊びしてんじゃねぇー!」

 家に帰った瞬間に快のドロップキックが飛んできた。

 ついでに、今日に関しては両親から割と強く注意された。

 明日も学校なんだから気をつけなさい――と、ごもっともすぎて言葉どころか行動すら出ない。

 俺はスッと立ち上がり脱衣所へ向かった。

「全く……」

 やっぱり、何が起きてもこの家は、俺を日常に包み込んでくれる。

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