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広瀬理人の日常的被弾劇  作者: どんまち
広瀬理人と恋心
25/35

達観したお嬢様


 それにしても、こんな綺麗に組が分断するなんてあり得るのだろうか?

 武田はともかくとして黒蝉らしくない――何か仕組んでるのか?

 いや、それは考えすぎだろう。


 財布を確認しようと、バッグをあさっていたら、また身に覚えのない紙切れが入っていた。

『今の所危険はない――秋瀬より』

 そうだった――彼女は決して安全な立場ではないのだ。

 日が落ち暗くなった街で、俺たちの前も後ろも数え切れないほどの人間が行き交っている。

 これじゃあ、誰だって怪しく見えてしまうな。


 ――まぁ、危険がないなら何よりだ。


 俺とアリスは駅内にある休憩スペースのベンチに座っていた。

 大倉駅は、東京で見ればそこまで大きな駅とは言えないのだが、俺からして見れば国際空港並みだ。

 彼女が楽しそうに鼻歌を歌っている間に店をセレクトしなければ……。

 知ってる店……知ってる店……?

 しまった――最近できたケーキ屋しか頭に浮かんでこない。

「あんまり外食はしないんだがなぁ……」

「それなら私、いい店を知ってますわ」

 俺は安心したが、少し引っかかる。


「日本に来てまだ数日とかじゃないのか?」

「セバスチャンに教えてもらったんですわ」

「あのおじさんのことか?」

「そうですけどおじさんって……もう70よ」

「あのガタイで!?」

 思わぬ事実が飛び込んできた。


 学校へ戻り自転車を回収すると、アリスの指示通りに走る。

 校門が閉まる時間が遅まる点において――夜まで練習してる部活に感謝だ。

 思えば、街灯が照らす都会の街並みをこの目で見るのは初めてだった。

 言葉にできないような感動――その中を俺は自転車で、空気を切り裂くように走っていたのだ。

 少し進むとたどり着いたのは、街の中でも異彩な高さを誇る高層ビルであった。


「………………」


 俺は言葉を失う――驚きではない、呆れと諦めだ。

「さぁ!行きますわよ」

 彼女の話す店はどうやら高級レストランだったらしい。

 比較するようなものじゃないが、天野先輩の住んでいるマンションとは一線を画すほどに高級感あふれる内装だった。


 エレベーターで登った先は30階のようだ。

 中に入ると、左側の壁が全てガラス張りになっているようで、ステレオタイプなラグジュアリーレストランって感じ。

「日本のビル街もなかなかに綺麗ですわね」

「そうだな……」

 俺の目には余るほどの絶景だったが、アリスはそこまでの反応を示さない。

 さすがはお嬢様って感じだな……まぁ、そんなところを見て卑屈になるような人間ではないのだが。


 俺はもう財布を取り出す気力すら起きなかった。

 所持金は5000円と200円ほど――これだけあれば多少は奢ってやれると思ったのだが……5桁は必須に思える。

『関係にもよるが基本的には誘った方が支払う』

 入る前にアリスから、そんなことを言われていた。

 口調が明らかに違うのは、もうなんで言ってたかも記憶から消し飛ばされてしまったからだ。


「今日は楽しかったですわ」

 彼女はしみじみと語った。

「それならよかったよ――ただ、カラオケは海外にもあるんじゃないのか?存在も知らなかったようだけどさ」

「そうね。世間知らずってだけですわ……そう考えると、いい機会なのかもしれないですわね」

 そう返すアリスは寂しげだった。

「あなたや他の皆様には感謝しても仕切れないですわ……でも、簡単なことですわ」

「簡単なこと?」

「居る場所が日本でも、治安の悪い場だとしても、私はその場の文化やルールに従うだけなんですわ」


 その瞬間――俺は思い知される。

 彼女は決して甘やかされ幼稚なまま育ったお嬢様ではないということ……自分を俯瞰から見て自省できる人間であること。

 違う世界を知ってさらに大人になったのだろう。

 いつの間にか、見ている目線が変わっていた。

 守るとか、振り回されるとか、そういう立ち位置じゃない。

 ただ、まっすぐで強い人間として――俺は彼女を見ていた。

 確かに――彼女が日本の文化に触れて困る場面や、苦言を呈することはなかった。

 ささやかに照らす照明の光が程よく当たり、彼女の髪が煌びやかに光った。


「もっと知りたいですわ」


 きっと器の違いなんだろう……だが、俺にとっては関係のないことだ。

 俺はどこまで行ってもこの日本に住むただの中学生であり、俺はそれを理解し受け入れている。


「…………どれだけでも教えてやるさ」


 俺はそう答えた。

 ――その後食べたレストランの料理は最高だった。

 もうなんか……はしゃぎたくなるくらいには最高だった。

 そんなことをしたら捕まってしまうので、気持ちの高鳴りを必死に抑えていた。

「じゃあ、次の土曜日に色々と案内してくれませんか?」

 彼女が両手を合わせて尋ねる。

 俺は料理を食べる手を止めて彼女を見た。

「わかった――どこか行きたいところでもあるか?」

「メイドカフェに行ってみたいですわ」

 自分の表情がこわばっていくのを感じた。

 確かに……日本の文化だけどさ。

 そっち方面に行くのはちょっと予想外というか……。


「ダメだ」

「なぜです?」


 男女が2人で行くところじゃないからだよ。

 100歩譲ってもあなたが行くところじゃないし。

「否定じゃない……忠告だ」

「それならやめておきますわ」

 俺は基本的に何かを否定することはないので、彼女がそれでも行きたいというならついて行くだろう。

 ――だが、俺も行ったことがないのだ。


「あら、雨が」

 アリスがそういうので外を見ると、雨が降り始めていた――こうここまで窓が大きいとわかりやすいものだな。

 雨はどんどん強くなり豪雨と言えるほどまでになってしまう。

「傘を忘れてしまいましたわ……どうしましょう」

「レインコート持ってるから着ればいい」

「でもあなたは……?」

「こういう時は男が濡らされるべきだろ?」

 我ながらキザなセリフを言ってしまったなと思った。

 コンビニで買えるよね。

「素敵な考え方だわ――それも日本風?」

 …………?

「知らん」

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