放課後カラオケという夢
校舎に出ても2人は出てこないし連絡もないので、俺はアリスと待つことにした。
全く何をしているのか……誰もいない教室と聞くと少しそういうことを想像してしまう。武田と黒蝉であることを考えたらあり得ないのだが……。
多分、可愛がってあげてるんだろう――知らないけれど。
その時、俺はポケットの中に紙切れが入っていることに気づいた。
『俺は見ているぞ――秋瀬より』
なるほど……俺は感心する。
「遅いですわねあの2人」
「可愛がってるんだってよ――黒蝉が、武田を」
「それって……」
彼女は頬を赤く染める。
「黒蝉はそんなことしないっしょ」
俺は軽く返した。
「にしても意外だな――アリス、そういうの知らないやつかとばかり」
「そういう教育は受けていますわ!まだ経験はないけれど」
「ないのが普通だよ」
「それなら良かったですわ……」
アリスは何かを思い出すように目を潜めた。
推測でしかないが――多少のトラウマになってるんだろうな。ド直球に教えられたように見える。
まぁ、教えるのが早すぎたんだろうな。
まだ頭が追いつかなかったってだけだ。
もう少しして黒蝉は武田の襟を掴んでそのまま歩いてきた。
武田を見ると、傷こそそこまで大きくはなさそうだが、顔がまるで死んでいる。
俺は想像する。
多分、中…つまりは骨に響くような痛みを体験させられたんだろう――初めて武田と分かり合えたような気がした。
「カラオケに行きますわ〜!」
昇降口に向かう最中にカラオケというものについては教えてあげた。
大概俺にも知識があるわけじゃないが、『歌って楽しむ』というコンセプトだけは理解している。
そして、それのどこが楽しいのかを考えるほど今の俺は卑屈じゃなかった。
今日は放課後というやつをエンジョイしよう。
学校から徒歩10分ほどのところに大きな駅があり、その近くには様々な種類のカラオケがあったのだ。
――はっきり言って種類は全くわからない。
俺たちの入ったところは安さ……とは言っても学生に特化したカラオケ店らしい。
店内に入ってすぐ広がったモダンな雰囲気は、おそらく店長の趣味とかなんだろう。
時間は2時間で、ドリンク等は電話注文とのことだ。
それにしても――カラオケなんて実際に行くは初めてだった。
中学生の頃も……いや、やめとこう。
その頃を思い出すと話がシリアスに傾いてしまう。まだ過去と向き合う覚悟すらできていないというのに――
それはさておき――部屋に到着した。
大きな机を囲むようにあるソファ、そしてデカデカとしたテレビが壁に設置されていた。
「わーい!カラオケですわー!」
アリスがはしゃぐように叫んだ――が、部屋のソファに背筋を伸ばして座っていて育ちの良さを感じる。
『上品にはしゃぐ』――こんな矛盾な言葉が存在していいのだろうか。
全員分のドリンクを頼み、武田は大きめのタッチパネル的なものを机に置いた。
確かそれがデンモク……なのだろうか。
「じゃあトップバッター誰行く?」
武田が意気揚々と聞くが、一瞬静寂が流れた。
ちょっと待てよ……?
歌うことを想定していなかったことに俺は気づいた――そもそも知ってる曲が少ない。
俺が記憶のメモリーを再生していると、黒蝉が手を上げる。
その動きを見て武田の眉が動くのを俺は見ていた。
トラウマ植え付けられてる――怖。
「今日は歌いたい気分だから」
彼女はデンモクをいじって何かを入れた。
とは言っても、俺にその曲がわかるわけがなかった。
――前奏が流れ始めた。
壮大なメロディーが部屋全体を包み込む。
「I have a crush on you〜♪」
洋楽!?
失礼にも驚いてしまったが――俺は聞き入っていた。
ビブラートの効いた歌声は頭の奥まで響き渡るようで、他の全てが思考から外れていくようだった。
……歌上手いんだな。
順番に歌を入れていく流れになった――
俺は少し困っていた。
合唱コンクールなどを除いて俺は、ハッキリ言うと、歌を歌ったことがないのだ。
デンモクをひたすらに眺めていると、アリスが横から何かの曲を入れた。
「あれ?このマーク……デュエットじゃないか?」
「これだけ覚えてきたんだ!一緒に歌お!」
そのタイミングで黒蝉の曲も終わったようで、アリスは俺にマイクを渡した。
というか黒蝉――歌がうますぎる。
99.177点という点数を見て過半数の人間が『そこまで行くなら100点でいいだろ』と思うはずだ。
「私にかかればってとこね」
「サスガクロセミサマ……」
武田はいつまで黒蝉にビビってるんだろうか。
そして、アリスの入れた例の曲の前奏が流れ始める……と決めつけていた。
「光り輝く〜私の恋は〜♪」
いきなり歌詞の曲だった。
待て待て!聞いたことのない曲を初見でなんて無理だぞ!
「どこまでも続いていくのかな〜」
開き直ることにした俺は――音程フル無視で歌い始めた。
30年ほど前のラブソングらしく、その真っ直ぐな歌詞は現代人が忘れがちな何かを思い出させてくれるだろう。
歌ってる最中、とにかく不思議だったのは、アリスがなぜデュエット相手に俺を選んだのかということだった。
武田の方が打ち解けてなかったのか……?
「……全く、初めて聞いたんだぜ俺」
なんとか歌いきり、俺はソファに腰を下ろした。
「すごくうまかったよ!」
「アリス――お世辞にも程があるぜ?」
武田の歌は残念ながら紹介できない。
なぜなら、壊滅的だったから――そうとしか言えない。
黒蝉の声が、脳へ響き渡るような声だとする――彼の声は脳細胞を破壊して回るような声だったのだ。
そんなことはどうでもいい、結論を話すべきだ。
ハッキリ言って、俺はこの時間を最高に楽しんでいたと思う。
カラオケを出た俺たちは少し買い物をすることにした――時刻はすでに7時を過ぎている。
その時事件は起きた。
いや、安心して欲しい、刺客が現れたとか誰かが被害にあったとか、そういうわけではない。
俺たちははぐれてしまったのだ。
2人組に分断したとも言える。
「アリス――武田と黒蝉知らない?」
「さぁ……」
連絡してみると、結構離れた位置に移動してしまっている。
『しょうがないしそのまま解散にしよっか』
友達と街を巡るのもなかなかに楽しかったので、夕食を食べれなかったのは少し惜しいが……いいだろう。
そこまで期待はしていなかった。
「何か食べに行きませんか?」とアリスが誘う。
まぁ、2人の夜といのも悪くはないのかもしれない。
決してデートという意味ではない――
俺にそんなことができるはずがないし、許されることはないのだ。




