ささやかな日常
メリア・アリス達がそこで寝泊まりしているかは限らないが、昨日彼女を送り届けたビルへと向かう。
どうやら『ドリームマンション』という名前のマンションらしく、てっきりペナントビルだとばかり思っていた俺は面食らった。
あの下の会議室もマンションの入居者以外は基本的に使えないらしい。
彼女はバッグ片手に、ビル改めマンションの前で待っていたのだった。
「おはよう、アリス」
少し勢い余ったが、すぐ近くに俺は止まった。
「おはようございますわ」
そう返しながらアリスは迷いなく前カゴに腰を下ろした。
「やっぱりそこに乗るのか……」
「居心地がいいのですわ」
昨日聞いた時彼女はあまり乗り気でもなかったのだが、一応後ろに乗れそうなスペースをつけておいた。
――無駄な一手間だったなぁ。
それにしても、これなら普通の自転車を買っておけば良かっただろう。
「じゃあ行くか」
割とすぐに彼女のお嬢様口調には慣れていたので、会話に違和感を感じることはなかった。
好奇心旺盛な性格なので、よく詳細を聞いてくる。
「そうなんですの!?詳しく教えて!」
とはいっても、お嬢様口調を徹底しきれていないような感じがした。
そこも含めて高校生らしさがなく子どもらしかった。
学校に到着して教室に入るが、少し登校には早すぎたみたいだ。
今朝校門前に立っていたはずの秋瀬すらもいない――彼は転入生という設定だから頷けるのだが。
俺は自分の席につくなり机に突っ伏した。
……寝るとしたら布団で寝たいと頭を起こす。
すると、目線のすぐ先にアリスが立った。
「どうした?」
「学校に誰もいないですわ…」
早く学校に着いてしまって誰もいないのは、文化の違いとはまた違うんじゃないのか?
「そりゃくるのが早すぎたからだよ」
「じゃあ私たち優等生ね!」
判断が軽率だ――まぁ、確かに優等生くらいしか学校へ早く行くことはないだろうな。
俺たちは優等生の部類に当てはまっているのかもしれない。
……いやバカか。
「まぁ確かに」
否定する気持ち起きなかったので頷いておいた。
時刻は7時5分――このくらいの時間なら割と人がいるものだと勝手に思っていたのだが……誰か来ないものか。
「おっ黒蝉」
「あら、今日は早いわね」
タイミングよく黒蝉が教室に入ってくる。
なぜだか目にクマを作っており、目つきの悪さが際立っていた。
「どうしたんだ黒蝉?徹夜か?」
俺が聞いてみると、彼女はつらそうに片手を壁につけた。
「みそねさんと通話していたのだけれど――何その顔」
もうなんとなく話を理解できていたのだ。
呆れるような目線を向けていたんだろう。
「徹夜をしながらあそこまでピンピンしている人間がこの世に存在するとは思わなかったわ」
「それはお前の世界が狭すぎるだけだぜ」
「そうなのかしら……」
信じられないような表情だった。
あそこまで『絵に描いたような顔面蒼白』が体現されているのは初めてみる。
「まぁそんなことはなんだっていいんだ――大丈夫か?」
「大丈夫よ……授業中に眠らないように努力するわ」
そう言いながら彼女は席に座った。
――そういうことが言いたいんじゃない、が、俺は諦めることにした。
彼女はこのクラスでトップクラスの優等生なのだから。
努力でなんともできないことは世界には無数なほどあるのだろう――だが、彼女は努力で大抵のことは解決できると俺は思う。
少し待つと、クラスに人が増えていった。
俺は席に座って、アリスの様子をチラチラと確認しながらどこかを見つめていた。
すると隣にみそねが座ってくる。
「ヒロ〜宿題のプリント手伝って〜」
「それって――もしかして昨日のやつか!?まだ終わってなかったのか!」
つい声を荒げてしまった……俺は咳払いをする。
「で?どこがわからないんだ?」
「図形の部分なんだけど」
すると彼女はプリントを取り出した。
「三角形の内角の輪ってなんだっけなぁ〜って……」
俺の思考がストップしてしまう。
………………?
「小学生の知識じゃないかそれ」
「いや〜まぁそうなんだけど〜」
俺はもはや唖然とし声すら出なかった。
一応親身に教えてはあげたのだが、理解してくれるかはわからない。
いつも通りの授業が終わり放課後になった。
それにしても――秋瀬神楽はどこにいったというのだろうか。
まぁ、現れない限りはそれだけだろう。
考えないことにする。
「黒蝉、今日は俺が相談室行こうか?」
「相談室はおやすみらしいわよ――会議室が不具合で使えなくて、教員らが生徒会室を借りてるらしいのよ」
「不具合?何かあったのか?」
「さぁね」
とはいえ予定が空いてしまったな。
「暇になるな……」
そうつぶやくと――キラキラとした視線が当たるのを感じた。
目を向けると、アリスと武田がこちらを見ていたのだ。
「広瀬!暇なのか!?」
「青春したいですわー!」
青春なんて言葉いつ覚えたのか。
まぁ――あいつはクラスのギャルたちに可愛がられているから無理もないだろうな。
「「遊びに行こう!」」
「やれやれ全く……」
結論として、俺はOKした。
日常を楽しく過ごすためにはこういうことも必須だろう――楽しさを理解ししっかりハマれるようにするつもりだ。
「カラオケ行こうぜカラオケ!」
「イェーイ!カラオケですわー!」
完全に意気投合している……!
すると、そこに黒蝉が歩いてきたのだ。
「私も行っていいかしら?」
「あっ……クロセミサン……」
武田はいきなりよそよそしくなり、彼女から隠れるように俺を盾にした。
「黒蝉さん?違うわよね?」
「ハイ……クロセミサマ」
こいつは何かやったな。
「武田になんかしたのかよ?別にいいけど」
「散々可愛がってあげたわよ」
――怖すぎる。
あばら骨が折れなかったのは主人公補正ゆえとも言えるほどに威力のあるパンチだったと覚えている。
武田は愚かな上に哀れなやつだな……全く。
「早く行きますわよ!」
痺れを切らすようにアリスは言った。
帰学活が終わってからもう時間が経っており、教室はほとんど無人状態だった。
2人は話を聞いていなさそうだったので、俺はアリサと教室を出た。
後で合流すればいいだろう。
「それで――カラオケってなんですの?」
「知らなかったの!?」




