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広瀬理人の日常的被弾劇  作者: どんまち
広瀬理人と入学
2/35

金髪愚漢

 コンビニの敷地を一旦出るとすぐ隣には広めの池と石製の小さい橋があった。

 柵に腕を乗せて、黄昏れるように景色を味わう。


 にしても疲れた――本気でぶっ倒れそうなほどに。温暖な気候だったが、この状態じゃほとんど真夏だ。

 この池のことは普段よく知らないのだが、春にしては急流であることは確かだった。

 水の音が明らかに大きい。


 人さえ流されてしまうくらいだろう――まぁ、そんなわけないだろうが。


 冗談だ。


「うあーっ助けてくれー!」

 必死に助けをこう男の声が聞こえたが、疲れが故の幻聴か空耳だろう。

「ちょい!助けてくれない!?」

 声の出所は下からのようで、俺はそっと池を見下ろした。

 俺と同じ学生服を着た金髪の男が池に流されているように見えるが、幻だろう。

「え!?ちょっと!無視しないでくれよー!」

 …………。

 ……………………?

 ………………………………!?

「マジかよ」

 あぁ……淡々と日常を過ごそうと思っていたというのに。

 排除されるべき愚かな人間一号――発見だ。


 俺は学生服のコートを脱いで手に持つと、橋へ前のめりになった。

 見過ごすわけにもいかないだろう――相手が形容に値しないほどの愚漢だとしても、俺の価値観は助けろと言っている。

「これを掴め!」

 俺が叫ぶと彼はコートをガッチリ掴んだ。

「おう!助かった!」

 ずいぶん遠くから叫んでいたからかギリギリ間に合ったようだ。

「いやーついつい足を滑らせちゃってさ〜」

 半身が浸かっている彼に激しく水が当たっていた。

「……ちょっと――せっかくさぁ……なんか、引き上げてくれないかな?」

「味わえ……」

「え」

「不注意が招く苦しみを!」

「なんですって……!?」

 1分30秒ほど水流に当て続けた後、俺は男を引き上げ地面に置いた。


 同じ学校であろう人たちから、ただただ不思議そうな視線が飛んできて、ひそひそとした話し声もささやかに聞こえていた。

「お前人の心なさすぎだろーが!」

 彼はしばらく息を切らしていたが、起き上がり叫んだ。

 無事を確認できたので、俺はそっぽを向き歩き出す。

 こんなやつと話して時間を無駄にしていたら遅刻してしまう。

「じゃあ失礼」

「ちょ……ちょいちょい!」


 小走りで追いかけてきた男と並走する形になった。

 いますぐに逃げ去りたかったが、この状況じゃ無理がある。具体的に言えば、体力がもうないのだ。

 ――仕方がない、少しだけ会話しよう。

 13秒くらい……いや、1.3秒くらい。

「池に流されていたけど大丈夫?」

「あぁ!びしょびしょだけど、無事だ!」

「ならよかった――ただ、俺が言いたいのは体じゃなく頭……」

 俺は大袈裟に咳払いをする。

「……いいや、なんでもない」

「口撃の精度が高いなお前!」呆れると共に感心されるような声だった。


 少しだけ歩くとコンビニ横を通ったので、俺は走って自転車に乗り、ペダルに足をかけた。

「あぁ自転車登校だったんだな!大丈夫大丈夫!俺ダッシュするから!」

 なぜ一緒に登校する前提なんだ一体。

 橋を抜けてコンビニが視界に入るタイミングを伺っていた。1.3秒どころかもうすでに7秒を超えている。

「では」

 俺は額に手を添えて軽く挨拶をした。

「じゃあまた!2度と会わないだろうがね!」

「えぇ!なんでだよーっ!」

 最後の力を振り絞ってペダルを回した。

「待ってくれって……!」

 後ろからダッダと人が走っているような音がする。

 あの金髪愚漢め……なぜそんな、無駄に体力があるんだ。

 容易く追いつかれ再び並走する形となったので、俺は速度を落とす。もう足が動かないようだ

 

 ――いや、動くけども。そこまで限界というわけじゃないけども。

「……なんなんだあんたは」

「お礼が言わなきゃだろ?俺、助けられたんだから」

 俺は控えめでいてわざとらしくため息をく。


「別にいいんだよ。というか、なんであんな有様で?」

 男は眼を泳がせる。

 わざとやってるとしか思えないような泳がしようだったが、多分こっちは純粋なんだろう。

「すっごい愚かだったよあんた」

「やっぱお前ひどいな!?違うよ!いや違くないけど……ただ滑っただけというか――ついうっかり?」

 彼は照れたのか、取り繕うように髪を触った。

「だろうね〜」

「だろうね!?」

 いや、それ以外の要因が考えられるわけないだろう――にしてもなんて感情の起伏が激しいやつなんだ。

「いやー色々助かったよ!次の橋、多分隣町だったし!」

 彼は自転車に乗る俺の目をまっすぐに見つめた。

「友達もできたしな!」

「そうかい……ってはぁ!?」

 思わず、今まで出したことのないような叫び声が出る。


「なんだどうしたいきなり」

「いや、友達って何かわかってんの?」

「友達は……」

 彼は迷うように声を詰まらせた。

「友達だろ?」迷いもクソもなかったのだった。

 ――さて、友達って……本当になんだ?


『友達』

 互いに心を許し合い、親しく交わっている人々――by どこかしらの辞書サイト。

 互いに心を許し合い、親しく交わっている人々……?


「なぁ?友達は友達以外で説明できないよ」

 そんな目で俺を見るな。

 全くと言っていいほどに迷いがない目――もう俺を友達超えて親友としてみていそうな目。

 こっちはそれよりも重要な疑問が頭に浮かんだままというのに。


「友達って――なんですかね?」

「いや友達は友達だろ!」

 彼に思考力を求めた俺がバカだったみたいだ。この4セリフの間に6回友達という単語を使用している。

 つまり、語彙力がミジンコレベルなのだ。

「俺、武田翔太!よろしく」

「……広瀬」

「フルネームを教えろ」

 ――嫌だね。

「広瀬だけど?」

「なんだよそれ!――広が苗字で瀬が名前なのか!?」

「だから、広瀬」舌打ちをした。

「えー?まぁ、そっかぁ……フルネームを聞くにはまだ好感度か足りないのかな」

 いや恋愛ゲームじゃないんだから。


「お前がなんと言おうと、俺の高校友達第一号は広瀬だ!」

 彼はビシッと指を差す。

 めんどくさいやつに絡まれた――それが率直な感想だった。

 ただ、これを機会に……俺にも何かしらの変化があるのかもしれない。それが良い方向なのか悪い方向かはわからない。

 ――そんな妙な期待感を抱いたのだった。

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