人の個性はあまりにも大きい
俺が自転車を降りて軽く挨拶をすると、みそねは怪訝そうに顔をしかめた。
「ヒロはもったいないことするね〜今日は牛丼だったのに……」
「だから朝飯からそれは重いって!」
全く――どういう胃をしているんだよ。
そして黒蝉も何普通に牛丼食べてんだよ。
さっきまでだいぶ気持ちが沈んでいたというのに、急にどうでも良くなるような気がした。
それが和気藹々とした日常というやつなのだろう。
「それより――」
黒蝉が切り出す。
「その子は一体何者かしら」
アリスへ鋭い視線を送った。
彼女は思わず目を潜める。
「あぁ……入学手続きが遅れたみたいでさ!留学生なんだよ、日本の文化わからないだろうって、いろいろ頼まれてんだ」
ふーん、と黒蝉は相槌を打つ。
「嘘でいいのよね?」
完全に見抜かれていた。
だが、彼女はそれ以上追求することもなかった。
「まぁいいわ――あなたも食べる?」
黒蝉は牛丼を持つ手をアリスの方へやったが、ハッとしたように。
「《英語》」
多分だけも――英語に言い直した。
アリスは照れくさそうに笑って、
「日本語はわかるから大丈夫ですわ、それはぜひいただきます」
「「お嬢様口調……?」」
みそねと黒蝉は同じような反応を見せた。
まぁ、そりゃそうだろうな。
しかしアリスは特に気にしない様子で、もらったスプーンで牛丼を一口食べた。
そして黒蝉に返す。
「そう……ですわね――とても……」
彼女は言葉に詰まらせる。
――口に合わなかったのかな?
「形容し難いほどに……美味しいですわ」
行儀のいいやつなだけだった。
返された黒蝉も黒蝉で少しポカンとしていた。
にしても、目を輝かせていてなんとも可愛らしい――高級なものには慣れているだろうに。
「まぁ――それはともかくとして」
みそねは咳払いをすると話を変えた。
「宿題写させてくれないかな……?ヒロ」
「ダメ」
「そこをなんとか……!」
宿題といっても、中学生の復習がポツポツ出されたりしただけだった。
計画性のないやつはあまり好きじゃない。
「どうせまたゲームをしていたんだろ?」
「うっ…………まだ会って5日くらいしか経ってないのに――」
彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
そんな顔をされても見せてやるわけがない。
――ピコン。
スマホの通知が鳴ったみたいだ。
二つ聞こえた気がする。
「あぁごめん、俺だ」
「私もね」
俺と黒蝉――生徒会のことだろう。
いつのまにかできていた生徒会のグループチャットだ。
天野からのチャット。
『やーやー!生徒会の諸君!本日は部活動や役職についての会議がある!一年生のみんなに仕事として説明したちょっとした仕事内容色々――の部分だな』
役職とか一番大事まであるだろ!?
『放課後に生徒会室だ!用事があるならそれまでに連絡を求む!では!天野からであった!』
なんでこんなビックリマークが過密なのか。
全く不思議な人だな……。
「生徒会ですって!?広瀬さん生徒会なんですか?」
「あぁ……そうだけど」
アリスはそのチャットの内容になぜか食いついた。
「私いってみたい!学校の長とやらをみてみたいんですわ!」
長って……。
彼女は想像の倍くらいグイグイ迫ってきて、少しのけぞる。
とはいえ、その探究心には好感が持てた。
「黒蝉――連れてっていいと思うか?」
「私は何も言わないわ、ただ天野さんには許可を通しておくのよ」
「OK」
そこで話を切り上げ俺たちは学校へ向かった。
そしてみそねは宿題を忘れた。
「くそー!ヒロが見せてくれれば!」
なんてことをほざく彼女であった。
――放課後。
「この留学生のアリスさんが――生徒会の活動を気になるみたいで、少し見学といいますか……」
「いいよ!というか入れちゃおうよ!」
一応というか、ダメ元で天野先輩に聞いてみたのだが、予想の斜め上の返事が返ってきてしまった。
本当に大丈夫かこの生徒会……。
「メリア・アリスと言います!よろしくお願いします」
初めて会う日本人ばかりだろうし、本人の緊張は少し気掛かりだったが、彼女は大丈夫そうだった。
なぜだか俺は懐かれているようで、アリスを愛でようとするギャル達に敵意を向けられかけた。
――話を戻そう。
「俺にとっても知らない人だらけなんだよな……」
会議室にはすでに10数人がすでに席についていた。
大型の机の周りを囲うように椅子が置かれている。
俺は黒蝉とアリスと共に、ダニエルの隣へと座った。
「《英語》」
「『わかるぜ』とのことです」
ダニエルはアリスの方を物珍しそうに見た。
俺はアリスに2人を紹介しておく。
「なるほど!黒蝉さんにダニエルさんですね!よろしくお願いします!」
「《英語》」
「『日本に来てから外国人と話すの初めてかも』とのことです」
しかしそれを聞いたアリスは小首を傾げた。
「《英語?》」
彼女は何かを言う。
「……よくわからないのだけど、多分スペイン語ね」
呆れる様子の黒蝉――流石に翻訳はできなかったようだ。
おそらく2年生と、まだ会ったことのない3年生の先輩方だろう。
全員をひとまず見回してみる。
人間ってのは――意外と個性が大きいものなんだな……。
とにかく俺はそう思い知らされた。
「じゃあまぁ……会議を始めます」
会議の内容としては、改めての自己紹介に新しい役職決め、そして部活動についてだった。
自己紹介をされたものの――人が多くあまり頭に入ってこなかった。
……まぁ、それらをフォーカスするのはセリフが出てきてからでいいでしょう。
そして新しい役職決めはアリスが来たこともあり後日となった。
もう入ることは決まってるのね。
「では次に部活動について……部員の少なかったり活動の報告がなかったりする部活――それに私たちは訪問しないと行けないんだよねぇ」
天野先輩は、ホワイトボードにいくつか部活動の名前を書いた。
ロック音楽研究部。
漫画アニメ研究部。
ソフトボール部。
英語部。
現状としてこの四つが部員数を満たしていないみたいだった。
「今日の会議はここまでとして、この部活動らへ訪問して、脅しに行く感じです」
会議の内容をだいぶ割愛してしまっているが、一応真面目な雰囲気が作られてはいた。
天野先輩も真面目だった。
――やたらと声がデカかったり、黒蝉とはまた違うカリスマタイプだったり……先輩方は個性派揃いのようだ。
「人のこと言えないけどなぁ……」
俺は誰にも聞こえないように呟いた。
学年ごとに分かれることとなり、俺たち一年生ズはロック音楽研究部へ訪問することとなった。
なんと部員が1人しかいないらしい。
メンバーは
広瀬――つまり俺。
黒蝉――武力のある女。
ダニエル――地味にガタイが良い。
アリス――お嬢様口調。




