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広瀬理人の日常的被弾劇  作者: どんまち
広瀬理人と恋心
18/35

俺は最高に愚かだ

「この娘――アリスを守ってあげてほしいのです」


 俺はその質問の意図をすぐには理解できなかった。

「それってつまり、一体全体……」

 時の止まったような感覚を味わい固まっていると、男は語り始めたのだった。


「我がメリア家の歴史は200年にもなる由緒ある家系なのです」

「はぁ」

 声になってなさそうな返事を返す。

「古くから、我らは家業として、ヨーロッパの様々な業界の先頭として立っていたわけなのですが――それは、我々も安全な立場ではいられないということなのです。」

「なるほど?」

 アリスがなぜお嬢様口調なのかいささか疑問だったのだが、ようやく答えがひとつになった。


 ――普通にお嬢様だったのだ。


 安全な立場ではいられない……だからといってわざわざ日本まで逃げてきたとでも言うのだろうか。

「先月、アリスの母――メリア・エルダルト様が何者かに暗殺されたのです」

 それはあまりにも予想外な回答だった。

「暗殺……ですか」

「はい」

 頭の中に情報を入れるとともに理解はできてくる。

 確かに日本の治安は良いしな――それが表向きになのか、俺には知る由もないといった感じだが。

「大人になるまで娘のアリスには身を潜めてもらうという、我が党首の判断というわけです」

「それをアリスさんの真横で言うのは少し残酷では?」

「死んだ母を最初に発見したのは彼女だったんですよ……」

「すみませんでした!」

 彼女は今にも泣き出しそうな表情で必死に堪えていた。

 そんな彼女を見ていると、胸の奥がきゅっとした。

 助けたいとか守りたいとか、そんな立派な言葉じゃない。

 ただ、目の前で泣きそうな奴を放っておけないだけなのだ。


 もしも脅されたというなら仕方がないが、今の俺にはそんなことをする理由がないのだ。

「もちろん報酬は用意するつもりです」

 それを見透かすように男は言った。

 ――報酬のためにやるのかと言われると人聞きが悪いのだが、いや、ぐうの音も出ない。

 それならやってやろうかと一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしい。

「アリスとの結婚を約束しましょう」


 …………普通に嫌だな。


 安全な立場ではいられないと告げられた後なのに。

 それも感じとられたようで、彼は少し悩むような表情を浮かべた。

「日本人は何を喜ぶんでしょうか?」

「んな単刀直入に……人によるでしょ普通」

 報酬のこともあるが、まず不思議なことがあるのだ。

 俺は一呼吸を置いて――

「なぜ俺なんです?」

 そう尋ねた。


「我々も人を送って安全を守るよう努めますが、それだけでは不十分なのです。登校手続きが遅れたと言えるのも2人が限界でしょうし……」

「だからなぜ俺かって聞いてるんですよ」

「それは――アリスが」

 俺は彼女へ目を移す。

 わかりやすく目を泳がせていた。

 一度助けられただけだというのに……まぁ、否定はしないけどね。


「アリスさんが……彼女が殺されてしまう恐れがあると……」

 念のため確認すると、やはり男は頷いた。

「――わかりました」

 はっきり言って覚悟はできていない。

 拒絶したとてそれが普通な反応なくらいだろう。

 そういう面でいえば、俺は常軌を逸しているだろう。

 そんな感じで交渉は成立させられた。

 生徒会に入っただけでこれからどうなってしまうのかなどとほざいていた俺にとっては、激動の日々が待っているのだろう。

「俺が招いたんだけどな……」

 外に出た俺はそっと呟く。


 時刻は7時37分――


 何かが起こり始めているのかもしれないが、俺の日常に変化はなさそうだ。

「あなたの自転車を取って来させておきましたよ」

 いいや、変わりそうだな。

 彼女には自転車のカゴに入ってもらい、俺は学校へ向かった。

 ――ロードバイクなんだよなぁ……なんかつけておくか。

 カゴもなんかつけてもらえたし、いけるだろ多分。

「じゃあ!日本の学校へ向かいましょう!」

「振り落とされるなよ」


 時間もあるので、俺はゆっくりと漕ぎ始めた。

 前に乗せた時も思ったが――小柄なこともあってそこまで漕ぐのは苦にならないな。

「あの……名前を聞いていなかったわね」

「広瀬だ」

「わかりましたわ」

 彼女は気恥ずかしそうに髪を撫でる。

 そういえば聞かれていなかったな……。


 メリア・アリス――彼女を自転車に乗せて進んでいると、自分がどれだけ扱いやすい人間なのか実感させられる。

 普通なら一定の確認は済ませておきそうなものだが、報酬の話も有耶無耶にしてしまった。

 そして、大して想像もできていないというのに、それを受け入れてしまったのだ。

 彼らには脅しの準備さえできていただろうに。

 そういう面で見て俺は、

 単純で、

 不用心で、

 危険意識が低いのだ。

 人間として、いや、生物として最大級に愚か。

 その姿は我ながら恥ずかしく――哀れさすら感じられるだろうと思った。

「本当に心から感謝いたしますわ」

 彼女はしみじみと俺に語りかけるように言った。

 まるでその言葉が、

 慰めのように聞こえ、

 嘲笑のようにも聞こえ、

 叱責のようにも聞こえてしまった。


――ダメだ、こんな重い考えを持っちゃいけない。


 これじゃあ……まるでこれじゃあ……中学生の頃も何も変わっちゃいないじゃないか。

 俺はその過去について思い出すのはやめておいた。

 しばらくは、詳細はわからないただの暗い過去として頭にしまっておきたい。

 ……向き合うべき時はいつになるのだろうか。


  俺たちが学校に到着したのは大体20分後の7時50分ごろだった。

 いつものようにコンビニ前を通る――と、目を疑うほどじゃないが少し驚いた。

「あ」

 みそねと黒蝉――2人が何か弁当のようなものを食べていた。

 そうか……俺が行けなかったから……。

 まだ時間もあるし、誠意を込めた謝罪をしておこう。

 俺は信号を渡り、コンビニ前へ向かった。

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