一世一代の大喧嘩(笑)
金髪愚漢こと武田翔太。
色々言いたいことはあるのだが――簡潔にいうと、現時点では嫌いな人間だ。
「広瀬、こんな時間にどうしたんだ?」
「それはこっちのセリフだ」
「いやまぁそうだけど……お前ここから2時間はかかるだろ?」
心配をかけてしまっているみたいだった。
正直――よく考えてみれば、今の俺が彼を嫌う理由がないのだ。
人生を淡々と過ごすというのも悪くはなさそうだが、そうではない生き方を探している真っ最中。
「生徒会の仕事が長引いちゃってよ」
仕事じゃないな……まぁいいや。
それを聞くと彼は目を丸くしてしまった。
「大変だなぁ……」
魂がぽっかり抜けてしまってるような言い草だった。
――なんだこいつ。
「そうだ!謝りたいことがあったんだよね」
突然武田が切り出した。
「なんだ?」
「いやさ……無理やりカラオケ連れてこうとして……すまねぇ」
いきなり頭を下げられ俺は唖然とする。
「それくらいいいよ別に」
「え?」
俺たちは唖然とする回数を競っているのだろうか。
「いいの?お前なら、『許すわけねぇだろばかやろー!』って言いそうなくらいなのに」
「俺は『ばかやろー』なんて野蛮な言葉は使わないよ――愚か者って言うさ」
「なんでそんなシニカルな言葉使いをするんだよ」
「……俺の趣味だぜ」
あまり時間もなかったので、俺は軽く手を振って自転車を再び漕ぎ始めた。
帰り道――物思いに浸っていると、そして改めて自身の心境が変化していることを実感した。
――今は別に彼とカラオケに行ってもいいくらいだ。
まぁ……まだ流石に行きたいとまではいえないけどね。
「知ってはいたけど暗いな」
大蔵町と東蔵町の境目くらいを過ぎたあたりから、街にはどんどん暗さが増してくる。
このあたりは俺が住む場所よりも1段階田舎で、街灯がほとんどない上に田んぼに囲まれていて滑りやすい。
とは言いつつ、特筆するべきアクシデントもなく家に到着していた。
強いていうなら転んだくらいだ。
5回くらい……?
時刻は午前1時17分――これは流石にお説教コースかな?
俺は恐る恐る、静かに玄関の扉を開けた。
「あぁ……よかった」
もう家族は眠りについているようで、家の中には静寂がひたすらに流れていたのだ。
靴を脱いでそっと――俺の部屋がある2階へと進む。
抜き足差し足忍び足、靴下をできるだけ地面に這わせるように移動し、限りなく音を減らした。
階段を登り俺は部屋のドアを開けて、電気をつける。
「あ――――」
そこには布団が敷かれていて、俺の妹――快が眠りについていた。
スースーと、静かな寝息を立てている。
――さて。
誰でもいい、もはや人間じゃなくてもいいから、今がどういう状況か誰か教えて欲しい。
一瞬混乱したものの、起こすべきなのが一番だと判断する。
俺はうつ伏せになって眠る彼女の背中を何回かつついた。
「おい起きろ、そこは俺の寝床だよ」
「うーん……お兄ちゃん生きてたの?」
10秒ほど背中をつつき、ようやく彼女は目を開いた。
「死んでるわけないだろ」
「意外とわからないよ――お兄ちゃんなら尚更」
「なぜ!?」
俺のツッコミに反応しようやく目が覚めたようで、彼女はいきなり立ち上がった。
「うぉ!?」
つい俺はのけぞる。
「お兄ちゃん……」
俺を凝視する快の目にはまるでハイライトがないようだった。
「こんな時間まで何をしていたのかな……?」
視線が強烈で俺は目を逸らした。
――なんて伝えればいいのだろうか。
正直、どんな言い訳をしようと、俺がボコボコにされるという運命が変わることはなさそうだ。
真正面から話そうと周りくどく要点だけを伝えようと、彼女の気に召さないことが少しでもあったら――
俺は天井は3回ほど叩きつけられてしまう。
あぁ……全くだ。
「遊んで――ましたーっ!」
「くたばれこのバッドブラザーが!!」
快は思い切り右足を蹴り上げた。
彼女のつま先が進む先にあったのは、俺の……股間だった。
「あふん!」
あまりの激痛がスローモーションになったりすることもなく、俺はその場を跳ね上がった。
天井に頭をぶつけ、その場に倒れ込む。
――一度目。
「あっ……」
蹴りを喰らわせた張本人も何か申し訳なさそうな様子だ。
「よくも……俺の……」
「ごめんお兄ちゃん!まさかそこに当たるとは思いもしなくて――」
「よくもやってくれたなー!」
俺は思い切り彼女へ飛びかかった。
可愛い妹といっても、これは流石に許されない問題だ。
快は颯爽としゃがみ、飛びかかる俺を横へ回避して、下からアッパーカットを決めた。
俺は再び天井へと叩きつけられて、俺は床へと思い切り叩きつけられた。
――二度目。
バンっと大きな音が鳴る。
「いやいやダメだ――親が起きてしまうじゃないか」
「ざんねーん!今日はボコボコにするってちゃんと伝えてあるんだー」
愉快そうに鼻歌を歌う快――そうか、ここが地獄だったんだな。
あいにく今日は金曜日――多分親も、俺がボコされる音を一階で聞いているだろうな。
ならばこちらも、攻撃を喰らっているばかりじゃいけない。
俺はその場で立ち上がると、少し距離をとって拳を構えた。
なぜここまで彼女の戦闘能力が常軌を逸しているかはわからない――だが、そんなことは関係ないのだ。
「喰らえお兄ちゃん!」
反応できるかできないかというようなパンチが俺の胸めがけて飛んでくる――真正面からだったこともあり俺はスッと右に避けた。
さっきのお前と同じようにカウンターを仕掛けてやるぜ……。
俺は右手の指先をピンと伸ばす。
「こっちこそ喰らえ快!」
彼女の脳天にチョップをかまそうと腕を振り下ろした刹那――
「きゃー!」
快の叫び声と共に、俺の視界は180°回転していた……!
その瞬間、景色がコマ送りになるようだった。
――ダメだ……俺はこいつに勝てないのか。
………………勝てないな。
全く反応もできず、俺の心には納得さえあった。
ドタッ。
「観念したよ――やっぱりお前の方が強い……」
「フン!観念しな!これに懲りたら夜遊びなんてやめなさい」
「変な言いがかりはやめてくれよ」
彼女は深夜だというのに高笑いを浮かべ始めた。
まぁ深夜だというのにというには何もかも手遅れなのだが、家と家の感覚が広いので多分大丈夫だ。
「……なんて、いうと思ったかー!?」
俺は本当に懲りずに、再び彼女へ飛びかかった。
その場に倒れたまま降参を告げ、そこからの奇襲!
快は反応できず、俺はそのまま彼女へ飛び込んだ。
しまった――飛びかかった先のことを全く考えていなかった。
地面に両手をついて腕を伸ばしたまま、腕立て伏せの初期位置のような姿勢になった。
そして視線のすぐ先に移る快の顔……。
俺は彼女を押し倒す形になってしまったのだ。
――部屋には静寂が走った。
「ごめんごめん」
俺はそう言いながら、右腕を軸とし回転することで仰向けになった。
俺は別にそういう状況で照れるタイプでもないのだ。
確かに可愛くはなったがあくまで妹というなら尚更――しかし快の方は違うようで、頬を赤く染まらせていた。
「……お兄ちゃん」
「なんだよ」
「私のことを狙ってるの……?」
「違うよ」
「私彼氏いるのに?」
「違うって」
「違くないでしょ!」
彼女は顔を赤くさせたまま立ち上がり、仰向けの俺を蹴り上げた。
今度は鼻から天井に激突したのだった。
「お兄ちゃんが悪いんだからね!」
――三度目、
ということで決着あり……ボクシングのゴングがなるような感覚だった。
鼻から血が吹き出し、俺はそのまま気を失った。




