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1.道があなたに開きますように

セレンの左頬から左腕にかけてつけられた刺青のような呪いの印は、若い女性につけるにはあまりにも残酷だった。


薔薇の茎を腕にきつく縛りつけ、無理やり押し付けたような黒々とした模様がセレンの腕を走っている。その模様はあまりにも不自然に規則的で、人間業ではないことは明白だった。


葬儀を取り仕切っている神官が、可能な限りセレンの呪いを弱めてくれたのは幸いだったが、彼は亡くなった霊魂を送り届けるのが専門だったので完全に呪いを解くのは難しかった。


自室の麻布の上に寝かせられているセレンに触れようとすると、神官は静止した。


『やめておきなさいタラン。この呪いはわれわれ人間だけではなく、あなたのような霊魂にも有害です。むしろ霊魂の方がダメージが大きい。』


葬儀が終わって一夜明け、明け方に頭の痛みで目覚めたセレンに対し神官はこう言った。


『呪いの原因も実態も分かりません。ただこれだけは言えます。今は秋の祭りの終わりですが、季節が巡り次の秋までには、閉じ込められている呪いがあなた様とその周囲の魂を喰らい尽くすでしょう...つまるところ、死です。』


さらに、神官は続ける。


『今回あなたにかけられた呪いはどうやら、東の魔法のようです。』


石板に頭を打ち、頭痛が酷い中でセレンは悪い夢だと言わんばかりに顔を歪ませた。


「私は西の魔法を操る魔女です。精霊に無礼なことをして呪われたならまだしも、なぜ無関係な東の魔法によって呪われたのですか。私が東の魔法使いに謀られたとでも?」

「さぁ、そこまでは私も何とも…私は魔法使いではなく、霊魂を弔う神官ですので。」


セレンは疑わし気に神官を見ていた。友人として私は知っている。


彼は私より20ほど年下であるが若い時からいつも、この世界の人間も、精霊もすべてお見通しだと言わんばかりの深い声と落ち着いた態度なのだ。


視線に気づいても神官は特に動揺もせず、布にハーブを混ぜた軟膏をたっぷりつけてセレンの割れた額に塗りたくる。


「もちろん解決策はあります。東の魔法はよくこう言われますでしょう?」

「「すべての呪いに愛が効く。」」


セレンは神官と声を合わせた後、大きなため息をついた。ここまでシンプルかつ腹立たしいメッセージもないだろう。厄介なことになった、とセレンは心の中で悪態をついているのが顔に出ている。


私の娘であるメイリスは、すぐにセレンの呪いを解く鍵は伴侶を探すことだと嬉々として語った。

仮にも、次期当主に死の呪いがかかっているにも関わらず随分と呑気なものだ。

メイリスはこのような時に、あまり深く考えずに発言してしまう癖がある。


一方、東の魔法が定義する"愛"は恋愛的な愛だけではないと限らない否定しようとしたセレンだったが、神官までもこう言い放った。


『ええ。それが良いでしょう。私の方で1人紹介できる人がおります。その人を訪ねなさい。あなた様であれば休み休みで飛んでいけば2回太陽が回るまでには到着するでしょう。』


セレンは今どきの若い女性ですら、盲目的に信じるか疑わしい御伽噺に自分が巻き込まれたことに腹が立っているようだ。苛立ちを隠さずにセレンは神官に聞く。


『紹介できる人というのは?』

『エララン・カイルという東の魔法使いです。』

『...カイル...聞いたことがありますが...。』

『ええ、東の魔法使いの中で最も優秀な一族です。エララン・カイルはその当主です。彼なら呪いを解く手段を知っているでしょう。』

『そのようなご当主様に田舎の貧乏一族である私なんぞに会ってもらえますかね。』

『あなた様は、アイセリス家の次期当主ですよ?当たり前じゃないですか。私も事前にカイル様には精霊を介して伝えておきますので。』


神官は気乗りしていないセレンをそう励ましながら、霊魂である私をしっかりと見て何か曰くあり気に頷いた。



ーーーーー


葬儀から数日後。


「かわいそうに…本当に…こんな呪いが顔にまで…」


中年女性はしくしくと布を目に当てて涙を拭き、セレンの頬に手を添えながらささやいた。


背の低さや顔にある皺は年齢を感じさせるが、それでも可愛らしい顔立ちは実年齢より随分若く見える。


これが私の娘であるメイリスだ。

その後ろから腕組みをしている屈強な黒髪の男性はダグニス。私の息子だ。


セレンは、メイリスともダグニスとも目を合わせずに自分の杖の動作を確認していた。

ぱっくり割れた額は薬で傷がほとんど分からないぐらいまでに回復している。


セレンが動くたび、首から下げたコインと石のついたネックレスがジャラジャラと鳴る。

セレンの目先ほどもある大きな木製の杖、手持ち部分の紫の石を一定のリズムで押すとパカっと側面が開き、収納された薬草の瓶が10つほど出てくる仕組みになっている。


「あなたは、この街から出た事はないでしょう?一体どうやって生活しようと思ってるの?」


セレンは一瞬動きを止めるが、そのまま薬草の瓶の中身を一つ一つ確認しながら答える。引き続きメイリスの方は見ない。


「周りの人に薬草を売ったり、その場所の困りごとを解決して、その報酬で生活していきます。私のような見た目なら、あからさまに魔女だと分かるでしょうし偽物だと疑われることもないでしょう...お母様。」


セレンはそう言って、自身の艶やかな銀髪をまとめた。

ずっと黙って見ていたダグニスが今度は口を出す。


「とはいえ、お前は若い女性だ。危険な目に合わないように充分気をつけるんだ。しっかり手紙も欠かさずに書くんだぞ。」


セレンは、下唇を噛みながら側面を強く押し込み杖の形を整えた。


「はい、そうですね、お父様。」


麻の布でできたブカブカのチュニックに厄除けのまじないが刻まれたスカーフを結び直し、お腹からふくらはぎまで覆った。


「何か、お祖父様の持ち物を持って行かなくていいの?」

「このチュニックがお祖父様の物です...服が無かったものですから。」


セレンの言葉にメイリスは一瞬固まり、誰かが聞いていないか周囲の人をキョロキョロと見回した。



メイリスの反応には見向きもせず、集まっている人々に対して向き直り、少しだけ声を大きくしてこう言った。



「薬草の作り方や知識は、他の弟子たちに全て伝えてあります。精霊たちにもこの村を守るようにお願いをしてありますが、万が一何か起こったらすぐに戻ってきますので、森のいつもの場所で助けを求めてください。精霊たちが私に伝言します。」


セレンがそのように言うのを見越したように、この町で最も歳のいっている老婆が前に進み出る。


「セレン様…どうぞ我々の事は気にせず、お体にお気をつけてくださいませ。」


セレンは感銘を受けたように目を細めた後、老婆に少し頭を下げた。


メイリス、ダグニス、そして見送りをする人々に背を向けた。




杖を両手に持ち紫の石が太陽に照らされるように高く掲げ、小声で呪文を唱えた。


「天を裂く羽をくれ、鷲の目を、力を。ダグザよ、開け 。ブリギッドよ、照らせ。リューよ、導け。」


杖がぐにゃりと変形し、薄い布のようになりセレンの手や腕を濡れた布のようにまとわりつく。そこから無数の白い鳥の羽が生え、セレンの全身を覆っていく。


セレンが少しモゾモゾと動いたかと思えば、次の瞬間にはセレンがいた場所には人間の子供ほどの大きさがある巨大な茶色と白の鷲がいた。


紫の瞳をした鷲はそのまま大きな翼を広げ、助走もつけずに大きな体をフワリと浮かせてそのまま空へ一直線に向かっていく。


鷲の背景には、魔法に包まれた西の町が広がっている。私の家を取り囲むように作られた家たち、そしてさらに町を緑が囲んでいる。鷲が上に行けば行くほど下に広がる森の緑、緑、そして緑。


あまりにも早く、セレンは西の町から離れていく。そして霊魂となった私は...なんの力も使わず、まるで羽のように、しかし同じスピードでセレンについていくことができた。

私は人間だった頃には見たことがない景色。セレンがこれまで見ていた景色。


セレンは私の存在に気づいていない。しかし私は、死んだことで初めてセレンと旅を共にすることができる。例え、これがセレンの生死を分かつたびになっていたとしてもー。」


『タラン。』


セレンがまだ眠っていた早朝時。

神官は神官としてではなく、かつての古い友人として彼は砕けた口調で私に話しかけてきた。


『私は霊魂が視えて、話しかけることはできるのだが、君の声を聴くことはできないのだ。なので一方的になってしまうことを許してほしい。』


私はセレンを挟んで、神官に向かい合う形で座った。


『セレン様は幼い頃、魔法で"愛"の感情を抜き取ってしまった。とても難しい魔法だが彼女は優秀すぎるが故に成功してしまったのだ。ただ彼女の呪いを解くために必要なのも"愛"なんだ。つまり彼女にとってこれは本当に、過酷で、苦しい旅になると思う。』


そして、少しの沈黙を挟み神官は続ける。


『君は彼女が呪いを解く旅を見届けるのが、この世界での最後の役目だ...ただ一度だけ君は、この世界に干渉することができる。本当に一度だけだ。干渉をすると、そこで君の役目が終了する。彼女の旅に干渉する時をしっかり見定めてほしい。』


この世界への干渉。


この部分は霊魂になったばかりの私には、分かるような分からないような、というのが正直な感想だった。



しかし、これは分かる。




これは、ただの呪いを解くだけではない旅になる。

セレンのこれまでの在り方と運命を揺るがすような旅。

魂を焼かれるような、もう死んでしまいたいと思うような苦しみを味わうかもしれない。


それを乗り越えた先で初めて、彼女は呪いを解くことができる。

"愛"を取り戻すとはそういうことだ。


そして愛する孫娘がもがき苦しむ姿を、何もできず指を咥えて眺めていなければならないという拷問が、

私のこれまで犯した罪への償いであり、そして地獄へ堕ちるための最初の一歩であるのだと。


【用語解説】

西の魔法...古くから伝わる精霊の力を借りて、人間には不可能な超常現象を起こす魔法。使える人はほとんどいない。

東の魔法...ここ100年で一気に広がった人間の感情をエネルギーにする魔法。惚れ薬と、錬金術など人間の欲求を叶えることを得意とする。

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