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プロローグ:呪われた孫娘

その日、”魔法に包まれた西の町”と称された町に住む人々は悲しみに包まれた。


この町を繁栄させた魔法使い、タラン・アイセリスがこの世を去ったからだ。

御年70歳ー、思ったよりも長く生きてしまったものだ。


しかし、まだ私の役目は終わっていない。

私の最後の役目は、霊魂として孫娘の呪いを解く旅を見守ることだー。


ーーーーー


「偉大なる大魔法使いの御魂(たましい)が、永遠の光の中で安らぎを得んことを――」


初老の神官による低く響く声と数百人の民衆の泣き声が漆黒の森の中で木霊する。


その中心には棺とその左右に燃える炎たち。

木の棺には螺旋(らせん)三つ巴(みつどもえ)の文様が炎の光に浮かび上がっている。


棺を取り囲んだ石板には祈りの言葉が刻まれている。天然石と貝殻を嵌め込んだモザイク装飾が棺の足元を飾り、炎が風に揺れると、まるで星のようにきらりと美しく輝いた。


棺の中に眠るように横たわる老人は顔が白い髪と髭で覆われ、その中から見える頬はこけている。身体は棒のように細いが、麻の布に包まれているので幾分かマシだった。


棺から少し離れたところで取り囲む大勢の民衆達は、例外なく皆この男の死を嘆いていた。農民たちは土にまみれた手で涙を拭い、商人たちは胸を叩いて嘆き、気位の高い魔法使いたちでさえ威厳を忘れて声を上げて号泣している。


私の人生を共に歩んだ子供達…この場にいる誰とも血の繋がりは無いが、この町の人々は例外なく子供、孫同然だ。


この老いぼれのために、こんなにも心を乱してくれるのはありがたいが申し訳ない。複雑な心境だ。


祈りを唱えている神官は葬式を訪れたときこう言った。


『これこそが、タラン・アイセリスという人物の人生の結果である。魔法を魔法使いが独占する時代を終わらせた魔法使い。彼以上に民衆の人生を変えた人物が他にいたでありましょうか。』





まずは、子供達が語る私の話を語るとしよう。





その昔、魔法というのは魔法使いとその血筋のものだけが施しをもらえるものだった。

しかし15年ほど前のある日、町を統治する名家アイセリス家当主…タランは高らかに民衆へ宣言した。


『魔法を魔法使いだけが独占する時代は終わりました。これからは民衆に私の力のすべてを与えましょう。例外なくすべての人間に魔法が触れられるようにします。』


宣言通り、膨大な魔法、魔術の知識を民衆へ惜しみなく提供した。


タランが最初に配ったのは“風邪薬”。

貧しい子どもたちを何日も苦しませた熱はその薬を一口飲ませれば、病状が嘘のように回復した。


それを皮切りに、老若男女の貧困や健康状態が治っていった。荒んだ町はまるで水を得た魚のように活気が戻り、明るい雰囲気を取り戻した。


しばらくすると、タランはこう言った。


「皆さんの外的な苦しみは減りましたね。それでは、次は心です。」


タランは自身の家に訪れる悩む人の指南を開始した。


目を合わせただけで、その人の歩んできた人生をスラスラと言い当て時には叱責を、時には激励を送るその姿に懐疑的だった民衆もタランに心を開くようになった。


タランの町への貢献が人を呼び、救われた者がまたタランの話を広げ、また人々がそれを聞きつけて訪れる。


救われた者たちはタランへの御礼として、町に定住しお互いを助け合うことでさらに町は繫栄した。繁栄により仕事ができ、貧困に苦しむ者たちがいなくなった。


今やこの町に訪れれば、気軽に人々は魔法薬を手に入れることができ、悩みの消えた定住者たちの笑い声が至る所から聞こえてくる。こうして廃れた町は、あっという間に"愛と魔法に包まれた町”と呼ばれ繁栄したのだ。





…と、まぁこれがこの町を築き上げた大魔法使いタラン・アイセリスの伝説だ。あくびが出てしまうだろう?

結局私は、必要最低限の私ができる限りの施しをしたまでで努力を積み上げたのは他ならない子供達だ。


本当に讃えられるべきは、1人の女性だと私は思う。


それは棺の前に佇む、黒いウールのマントを被っている女性。

肌と髪が不気味なくらい白く、マントから覗く紫の瞳は精霊のような、別世界の住人のような風貌だった。


これが、セレン・アイセリス…私の孫娘。


幼い頃から、ほとんどの魔法使いたちが苦労する魔法を難なくと使うことができた。

一歩間違えれば命を取られかねない精霊の交渉も、力を借りることも全く問題がない。


魔術を使う際に必要なハーブへの知識も深く、どんな身体の病も心の病も治す薬を調合することができた。


空を飛んで、どんなに遠くでも一瞬で行き来することができる、未来予知で天候や作物の育ち方、人の運命すら知ることができる...などなど、彼女のできることは数知れない。


特殊な見た目に加え、口数が少なく常に無表情のため何を考えているかは分かりづらかった。

しかし、彼女の民衆への貢献は計り知れない。


そう、私なんぞよりずっと…。


セレンの様子を眺めていた私の視界に、祈りを捧げる神官が入って来た。そして…目が合う。


この神官は古くからの友人であり、同じ時代を生き抜いた戦友。彼は人間だった霊魂と繋がり上の世界(てんごく)に送ることができる稀有な人物だ。


どうやら私のことも例外ではない。目線で私が視えていることを認識していることを訴えたあと、ふわりと微笑んだ。


「では最後に次期当主であるセレン・アイセリス様へ、タラン様に祈りと愛の呪文を。」


セレンはそう言われると、一歩前に歩み出す。

なんの表情もない、悲しみも…喜びも。視線も棺を見ているようで見ていない。

その時ー。


「あっ」


セレンは、どういうわけか何もないところで足がもつれて身体のバランスを崩した。セレンは少し驚いたように目を見開き勢いでフードが外れた。風が舞い、月光を紡いだ絹糸のような銀色の髪が騒ぎながら、セレンの体が落ちていく。


ガンっ!


「セレン様!!!」

「うっ...。」


セレンは倒れていく身体を腕で支えることができず、祈りの書かれた石板に頭を打ち付けた

額からじわりと血が流れ、その血は石板の祈りが刻まれた文字に触れた。

悲しみに暮れていた人々もざわざわっと、空気が変わりセレンの身を案じる。




私は彼女の身を案じる前に、他のことに気を取られていた。

低く身震いするような女性の笑い声がどこからか聞こえてきたのだ。


哀れな人を邪悪な心で見下し、嘲笑う悪意に満ちたおぞましい笑い声。


人々の反応を見るに、その笑い声が聞こえていないようだ。

この世のものではない声なのだと、私はこの時悟った。生きているもので唯一、セレンをすぐに石板から拾い上げた神官だけがこの声に反応していた。


神官に抱き抱えられたセレンは、どうやら頭を打った衝撃で気を失ったようだった。


「...血が祈りの石板に...呪いが発動する...」


神官が震えた声でそう呟いたと同時に、嘲る声が今度は怒気をはらんだ叫びに変わる。


「$%'&*#!!!!」


何か、その声は明確な意味を成す言葉を発していた。私の知らない外国語のようだった。


「皆さん!!!!!離れて!!!!」


神官はその言葉を聞いた瞬間、神官はセレンを乱暴に床に置き民衆に向かって叫んだ。


そこから数秒後、倒れていたセレンの背中から粘ついた黒い巨大な人影のようなものがヌルッと這い出てきた。まるで穴から這い出てくるようにぐぐぐっとセレンの背中を押しながら、徐々にこの世界に現れる。


人々はそれを見て、悲鳴をあげた。神官は人々を自らの背に隠し、先頭に立ちながら小さな杖を取り出し、影に向けて呪文を唱えていた。


私はそれに近づこうとするが、私とは違う何者かの意思によって自らを固めさせられ硬直したように動かない。

気絶しているセレンとは違うリズムで脈を打つ影は、セレンの身体から分離すると大木ほどの大きさのあった。


影はゆっくりとセレンに近づく。影を尖らせ、その先端をセレンに近づけた。

私は、もうこの世界には届かない声で叫んだ。


「何が目的だ!私の孫娘から離れるんだ!」


影はその先端をセレンの左胸にブスっと突き刺し、そのまま腕、手の先まで滑らせた。。影が触れた部分が黒々と染まっていく。


「あ"あ"あ"っ!!」


セレンは痛みでうめき、左腕を抱えながらその場にうずくまった。それを見下ろす影は再び笑い声を上げながら消えていった。


影が消え、森の中に静寂が訪れた。


神官はセレンに飛びつくように近づき、今しがた影が何かの跡をつけた左腕に杖を当て再びぶつぶつと何かを呟く。人々は訳も分からず、お互いに身を寄せ合い、安否を確認、お互いの推測を語り合っていた。


「タラン...」


ざわめきの中、神官は誰にも聞こえないくらいの声で私に囁いた。


「まだ、上の世界へは行かないでくれ。君の最期の役目がやってきた。」





【用語解説】

霊魂...亡くなった人間の魂。

精霊...人間になったことのない妖精や霊。主に森羅万象に宿る。基本的には肉眼で見えない存在。

魔法使い/魔女...魔法、魔術を使った生業をする者たち。その血を継いでいないと魔法使い/魔女になれない。

神官...あの世とこの世を繋ぐ仕事をする者たち。霊魂となった人間をあの世へ送る役割を持っている。

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