「バイオリン職人になるためにウィーンへ行く」≠「剣道の防具職人になるために京都へ行く」
大学時代、同期と某巨匠の映画の話題になっていた時に「これが剣道に置き換わったらどんな話になると思う?」なんて言って笑い合った話を思い出して書いてみました。
「俺、バイオリン職人になるためにウィーンへ行く」
隣のクラスの点拓清君がそう言ったという噂が回ってきた。
点拓君は俺のライバル。小学校2年生の運動会の徒競走で点拓君に負けてから何事に対しても張り合うようになった。
ここまで全敗という情けない記録を更新し続けている。点拓君は多分俺なんかライバルとも何とも思っていないと思う。そんな中での噂。
「バイオリン職人になるって素敵ね~」
「点拓君カッコよすぎだよ~」
「あいつは俺が育てた……」
一部変な声が挙がったけど、概ね点拓君のことを褒め称える言葉ばかりだった。バイオリン職人になりたいわけだから当然バイオリンも弾けるんだってさ。こないだ学年のマドンナが「弾いてみせてよ」って頼んだら、快く引き受けて演奏してくれたんだとか。
学校の話題は点拓君のことでもちきり。俺はここでも負けたくないという意地みたいなものが働いてこう宣言したんだ!
「俺、剣道の防具職人になるために京都へ行く」
「ふうん」
俺の部屋に遊びに来ていた幼馴染の及川風花は興味なさげに俺の宣言を「ふうん」の一言で終わらせやがった。
どういうことだよ!点拓君を見つめながら「職人を目指すって憧れるな~」とか言って目をキラキラさせてたじゃないか!
「なんだよ!全然興味ないってどういうことだよ!」
「いやだって、剣道の防具職人なんて地味じゃん。あと剣道のこと全然知らないし」
なんでだよ!同じ職人なんだから「憧れる~」とかないのかよ!
「それに英治って長続きしないじゃん。口だけで終わるの分かってるから。どうせ点拓君に対抗して言ったんでしょ?」
ぐぬぬ……!風花の言う通りだ。俺は基本長続きしない。剣道だってあまりのキツさにすぐに辞めてしまったし……。
「いや、今回は本気だ!本気の本気で防具職人になるんだ!」
「はいはい、分かった分かった。なれたらいいね」
それから俺は学校でも防具職人になる宣言をしたけど全く相手にされなかった。されないどころか俺が宣言すればするほど点拓君が注目されるようになった。
この違いは一体何なんだよ!俺と点拓君に差があるのか。バイオリンと剣道の防具に差があるのか。同じ人間、同じ職人なのにどうして点拓君の方が注目されるんだよ!
季節は10月。もうそろそろ進路を本格的に決めないといけない時期だ。点拓君は学校を休んで本当にウィーンへ修行の体験に行ってしまった。1ヵ月ほど体験するらしい。
俺もそれなら体験してやるって京都の防具屋さんに電話したら門前払いを受けてしまった。「そもそもそんな体験なんてあるか!」って怒られてしまった。
くそ……。本当にこの差は何なんだよ!俺は悔しくて悔しくてたまらなかった。
だから進路決定の三者面談で「防具職人になる!」ってはっきり言ってやった!
「塚本、それは本気で言ったんだな?」
「はい!点拓君に対抗してとかじゃないです!本気で防具職人になって見返してやりたいんです!」
一ヵ月後、点拓君は修行から帰国。今回の修行でより職人になりたいという気持ちが固まったみたいで、みんなは高校へ進学する中、俺と点拓君だけは職人になるという選択をした。
卒業までの間、俺は電話で断られた防具屋さんに何度も職人になりたいと申し込んだ。どんなに否定されようと拒否されようと必死で頭を下げまくった。
最終的に「そこまで真剣ならば受け入れよう」ということで俺の進路も決まった。
そして卒業式、点拓君は学年のマドンナに告白されて付き合うことになった。点拓君は遠距離恋愛になるからって最初は断ったみたいだけど、マドンナの情熱に心がつき動かされたみたいで恋人となり、みんなから祝福を受けてウィーンへ旅立った。
一方の俺は誰からの告白もなく、風花だけが「まあ頑張って」の一言であっけなく終わり、一人寂しく京都へ旅立った。
※
中学を卒業してから3年。誰にも負けない職人になってやる!なんて思い上がっていた時期もありました。でも自分の身の程を知りました。本当にガキでした。俺はただ点拓君に対抗心を燃やしていただけのダサい人間です。
普通に考えてバイオリンと剣道じゃ知名度が違い過ぎる。それにバイオリンをやっている人口と剣道をやっている人口なんて比べれば圧倒的にバイオリンの方が多い。
だから点拓君が注目されるのなんて当然なんだ。剣道なんて風花の言うように地味だしルールを知っている人も少ないんだから注目なんてされるはずがないんだ。
それなのに俺は点拓君に対して相当嫉妬してたんだろうな。対抗心なんて燃やさずに仲良くなっていればよかった。そうすれば職人としてお互いを高められたかもしれないのに。
そう思えるくらいに俺は自分の情けなさを痛感した。これも修行のおかげだ。
京都での防具職人の修行は本当に厳しいの一言では尽きない。作り手次第で使う人のパフォーマンスが変わるくらいに剣道の防具は繊細だ。
だから今もそうだけど防具の出来上がりが悪くて毎日毎日怒られている。「ダメだ!作り直し!」、「こんなもん商品として出せるか!」なんて言われて、もう何回辞めようと思ったことか。でも職人になってこの道で食っていくって覚悟を決めたんだからと言い聞かせて腐らずに頑張ってきたつもり。
「英治、ご両親から手紙が届いているぞ」
その日は午前中、小手の修理を任されていてその作業に没頭している時だった。師匠から手紙を受け取った。
俺は防具職人になるに当たって師匠に認められるまではスマホは禁止、テレビも禁止。お客さんと俺のような弟子以外の人間との接触も禁止だから連絡の取りようがないんだ。だから定期的に両親から手紙が届いてそれに対して近況報告を返信している。
「へえー、今度中学の同窓会があるんだ」
手紙の内容は中学の同窓会があるから参加するかどうか教えてほしいというものだった。答えは当然ノーだ。
まだまだ修行中の身なんだから行ったところで半端者だと笑われるのは目に見えている。まずは一人前になることが大事だ。本当に職人になって色々と成長したよ。あ、まだ職人見習いか。
「師匠、この手紙を両親に送っていただけますか?」
「ご両親からの手紙には何て書かれていたんだ?」
「中学の同窓会があるから参加するかどうかの確認でした。もちろんですが参加はしないで修行に打ち込みます。中途半端な状態で帰りたくはありません」
「よく言った!お前もだいぶ成長したな。ここに来たばかりの時は相当自惚れていたというのに」
「はい、情けない限りです。小手の修復作業に戻ります!」
※
さらに2年が過ぎた。ようやく師匠にも職人として認められるところまでは成長ができた。次の試験で合格をもらえれば一人前の職人として扱ってもらえる。
「すみませーん、防具を作ってもらいたいんですけどこちらに塚本英治って人いますか?」
物凄い美人の人が防具屋へやってきた。なんで俺の名前が出てきたんだ?どこかで見た気がするんだけど……。
「ええ、その人物ならここで職人見習いとして働いております」
「及川風花と言ってもらえれば分かっていただけると思うのですが」
あー!風花だ!すっかり大人になったんだな。面影はあるけど中学の時とは違ってキレイになってる。
「まさか!この間の全日本女子学生剣道選手権で優勝した及川さんですか!?」
「はい、そうです」
なんだって!?風花が選手権で優勝!?いつのまに剣道なんてやってたんだ!?
「おい英治!及川さんがお前に用があるんだってよ」
「あ!英治だ!よかったー!やっと見つかったよー!」
「どうもお久しぶりです。俺に用ってなんでしょうか?」
「むー!店主さん、すみませんが二人きりにさせてもらうことってできますか?」
「申し訳ない。英治はまだ修行中の身なので外に出すことはできません」
「どうしたら二人きりにさせてもらえますか?」
「英治が一人前の職人になれれば構いませんよ。もうじき一人前の職人になれると思いますのでそれまで待っていただくことになりますね」
「一人前の職人になるってことは要は防具をちゃんと作れるようになったらって認識でいいですか?」
「ええ、そう思ってもらって構いません」
「じゃあ私の防具を英治に依頼してもいいですか?どうしても英治に作ってもらいたいんです!」
「分かりました。英治!及川さんの防具をちゃんと作り上げたら一人前として認めよう!しっかりやるんだぞ!」
注文を受けた以上は作るけど、疑問に思うことがあり過ぎてどうしたらいいんだか。ともかく風花の防具を作り上げたら一人前として認められるなら頑張るしかない。俺は風花の色んな所のサイズを測って防具作りを開始した。
二週間後、風花の防具が完成した。あとは師匠の判定を待つのみ。
「とてもいい出来だ。これで及川さんが防具を評価してOKがもらえれば合格だ」
あ、師匠の判定はOKなのね。あとは風花次第ってことか。師匠が風花に連絡をして風花が防具を取りに来た。
「及川さんどうでしょう?」
「面も軽いしジャストフィットですし、小手なんてかなりいい感じです。こんないい防具を作ってもらえて嬉しいです!」
「英治!よくやった!これで一人前と認めよう!この5年よく頑張ったな!」
よっしゃあ!これで一人前として認められたし、風花と話もできる!
「師匠、では早速で申し訳ないんですが風花と話をしてきてもいいですか?」
「ああ、行ってこい!」
こうして俺は5年ぶりに風花とまともな話ができる、と思ってたのに。
「なあ、風花。なんでいきなり抱き着いてんだよ。話ができないだろ」
「話なんてあとですればいいじゃん!今は英治の温もりを思い出させてよ……」
俺の温もりって……。お前俺に抱き着いたことなんてないじゃん……。大体20分くらいだろうか。ようやく風花が離れてくれた。
「落ち着いたか?とにかく俺は色々疑問だらけで聞きたいことが山ほどあるんだ!なんで風花が剣道なんてやってるんだ?」
「それは英治が防具職人になるって言ったからだよ。本気でなるなんて思ってなかったし、すぐ辞めると思ってたのに全然帰って来ないから本気なんだって分かったの。それで高1の6月頃から剣道を始めたんだ。そしたら剣道って面白くてさ。どんどんのめり込んでいって大学も剣道の強い大学に入って稽古に稽古を重ねてたらこの間の大会で優勝しちゃった!」
剣道は小さい頃からやっている人の方が圧倒的に強くなる。まあそれはどのスポーツでも一緒か。それなのに高校から始めて大学で優勝するなんて途轍もない血の滲むような稽古量をこなさないとそんなことできない。
「まあそれは建前なんだけどね。私さ、英治がいて当たり前の環境だったから気づかなかったの。高校で離れ離れになって、会いたくてもどこにいるのかも分からない。連絡も取れない。どんどん寂しくなってきて……。あ、私、英治のこと好きなんだって気づいたの。だから好きな人のやってることの近くにいたいって理由で剣道を始めたんだ」
そうか、そうだったのか……。俺が点拓君に嫉妬していた理由が今分かった。
「俺、バイオリン職人になろうとする点拓君をキラキラした目で見てた風花に振り向いてもらいたかったんだって今気づいた。つまり、俺も風花のことが好きってことだな」
「あー、そういうことだったのね。お互い気づくの遅過ぎ!」
「はははっ」と「ふふふっ」が心地よく重なり合う。ホント、俺気づくの遅過ぎて笑える。
「でもさ、英治はすごいよね。点拓君は音を上げたっていうのに一人前になるまで5年も頑張ったんだからさ」
「え?点拓君が音を上げたってまさか……」
「そのまさかだよ。ウィーンに行って3カ月くらいかな?夏休みに入った辺りで厳しさに耐えきれなくて諦めて帰国したの。それで編入試験を受けて夏休み明けから普通の高校生に戻ったの」
えぇ……。点拓君、そこは負けないで頑張ってくれよ……。
「点拓君とは職人としてリスペクトし合える仲になれたらよかったなって思ってたのに残念だわ。ちなみに今は何やってるの?」
「大学に進学してIT関連の会社に就職したいっていうのを風の噂で聞いたよ」
全然職人と関係ないところですやん!職人のしの字もかすらないデジタルの世界へ進むんですか!?
「でもやったじゃん!これで点拓君に一つは勝てたんだから。しかも勝ち逃げだよ!来年二十歳の集いがあるからそん時に点拓君に職人なったぜ!って見せつけてやればいいじゃん!」
「そんなことはしないよ。もう俺もガキじゃないんだ。違う道に進んだからって勝ち誇ることでも何でもない。それより二十歳の集いを風花と一緒に参加したいって気持ちの方が強いかな」
「うぅ!そんなこと言われたら嬉しいじゃん!」
また抱き着いてきた。まあ嬉しいからいいんだけどさ。
このあと、風花がより有名な剣道の選手になって、それを支える防具職人の名が売れるのはまだ先の話。
某巨匠の映画はちょうど僕が思春期真っ盛りの時に上映されてめちゃくちゃぶっ刺さった作品なので某巨匠のシリーズの中では一番好きな映画です。
あと剣道の話が僕の作品にはよく出てきますが、僕が剣道をやっているのでこれからも度々出ると思います。
お読みいただきありがとうございました。感想をいただけると幸いです。




