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6. エステダの秘宝

 アマテリアからブローチを受け取ったラウルスは、しばし呆然とそれを眺めている。

 ジグートはこそりとアマテリアに問いかけた。

「殿下、あれは一体?」

「エステダ首長の証である宝珠。連邦領土にある山でしか採れない鉱石を使っているの。あの不可思議で美しい色がわかる?」

 言われてブローチをちらりと見る。光が当たるたびに、宝石は様々な色に光り輝いていた。なんとも神秘的な光沢だ。

「あれは連邦における御璽のようなものね」

 御璽とはそうそう持ち出される物ではない。国政において王の承認を表すために用いるものであり、ひいては王の意思そのものを体現する印ともいえる。国家の根幹ともなる重要な物だ。

 そんな大事なものがなぜ、と思ったところで、ラウルスが突然身を乗り出してきた。ジグートは反射的に、アマテリアを庇うように腕を突き出す。それをアマテリアがそっと押さえた。

「宝珠をアントンが、だと? 俺を謀ろうというなら容赦はせんぞ」

「逆に、どうやって私たちが、その宝珠を手にできるというのかしら。この世に二つとない品だもの。連邦の内部に詳しい者……部族長ほどの立場でなければ、実物を見ることすらできないでしょう」

 冷静に諭されて、ラウルスはぐっと口を結んだ。今度はアマテリアが手を伸ばし、ラウルスの胸元をトンと突いた。

「もしもそなたが戦場で倒れたら、連邦はどうするのかしら。混乱のさなか、首長の亡骸と宝珠を抱えて『遺志を託された』と言う者が現れたら?」

 ジグートには、彼女がこうして確信めいた話し方をするときは、()()の話をするときだとわかっていた。ぞわりと嫌な予感がして身を震わせる。


 エステダ連邦は、同じ精霊信仰の複数部族が集まって構成されている。そして部族間の意思を統一する代表首長は、血筋ではなく、部族間の協議で選定される。彼らの中で最も誇り高く優秀な者が首長の座に着くのだ。

 現首長のラウルスは傑物で、ほとんど満場一致で首長に選ばれたと聞く。そのラウルスが、己が倒れた後を特定の人物に託したとすれば、大きな反発なく次期首長が決定するだろう。

 その者が御璽にあたる宝珠を持っているとすれば、尚更。


 アマテリアは、指先をラウルスの持つ宝珠へ滑らせ、続けて小さく蹲るアントンへ向けた。

「アントン部族長は他国と内通し、綿密な計画を立てて首長の暗殺を目論んでいた。宝珠が今この場にあることこそ、こやつが首長を排除し後継に名乗りを上げるつもりだったという証。屋敷には見張りをつけているわ。宝珠窃盗を名文に調べてみてはいかが?」

 ラウルスは鋭い目でアントンを見遣る。拘束されているアントンは、ビクリと体を震わせた。どう見てもやましいことがありそう態度だ。

「……そこまでの言い様とあらば、しかと確信を得ているのだろう。それで、取引と言ったか。俺に何を望んでいる?」

 傑物といわれるだけのことはある。ラウルスは冷静に状況を判断し、アントン離反の事実と、それを暴いた見返りをアマテリアが要求していることを理解していた。

「そう警戒しなくとも、無茶な頼みはしないわ。私たちが望むのは講和だけ」

「帝国は長きにわたり我らを征服しようと目論んでいた。こちらも屈するつもりはない。そう簡単に講和など結べるものか」

「戦で決着をつければ、火種は燻り続ける。私は、帝国と連邦の間に、少しの溝も残したくないの。それに私が提示する講和条件は必ず互いの利になるわ」

「互いの利だと?」

 アマテリアは目を細めた。ジグートにとっては見慣れてきた、彼女が何かを企んでいる顔だ。

「エステダの民が崇めるベントス山。宝珠もその山から採れたのだそうね。そして宝珠と同じ輝きを持つ鉱石がまだまだ眠っている」

「お前の狙いは鉱石か。しかしあの山は我らエステダの聖地。そうそう容易く踏み入れる場所では……」

「そなたたちが聖地と崇めるのは、山の地下に広がる湖でしょう?」

 ラウルスは目を見開いて言葉を失った。

「ベントス山の地底湖の水には、治癒の効能がある。エステダの『真の秘宝』は宝珠ではなくその水なのよね? 故に山を聖地と崇め、地底湖から採取した鉱石を宝珠と呼んだ」

 ジグートにはアマテリアが何かの御伽噺を語りだしたのかと思った。だが向き合う二人の表情は真剣だ。冗談の類ではないらしい。

「私が欲しいのは鉱石の採掘権。帝国には、ベントス山を開拓できる技術力がある。私たちは鉱石を、そなたたちは聖なる水を、安全に採取できる経路を構築できるということ。どう? 悪い話ではないでしょう」

 アマテリアは、蹲ったままこちらを凝視するアントンをちらりと見た。

「詳しいことは、また場を改めて。そちらにもやることが沢山あるでしょうし」

「……そうだな。開戦はしばし延期させてもらおう」






 期日を三日過ぎた後、大討伐は合戦に至らず終結した。意気込んでいた兵たちからすれば肩透かしを食らった形だろうが、戦は消耗が少ないほど良い。

 エステダ連邦の征服は成らなかったものの、この先の交渉次第でそれ以上の成果を持ち帰る予定だ。少なくとも、アマテリアはそのつもりである。


 ソレイム領内、国境付近にそびえ立つ、連邦への牽制と防衛のための城砦。その一角で、アマテリアとジグート、そしてラウルスが向かい合う。戦場の馬車の中と異なるのは、連邦内通者のアントンがいないことと、ジグートの側近であるハインツとデリクが同席していることだ。

 改めて交渉の場に着いたエステダ首長ラウルスは、いささか憔悴した様子で切り出した。

「アントンの調べがおおよそ終わった。皇女の言う通り、戦に紛れて俺の暗殺を計画していたようだ。その上で、降伏を条件にドルケノン公国から後援を受けて首長の座に就くつもりだった……国を売ってまで権力を得ようなど、エステダの恥でしかない」

 むすりと顔を顰めながらも、どこか自嘲気味にラウルスは語る。

「奴の野心に気付けなかったのは首長として不甲斐ない事態だ。が、幸いにも企みを未然に防ぐことができた。全ては皇女のお陰だ。改めて礼を言う」

 頭を下げるラウルスを見て、アマテリアは悠然と微笑んだ。

「礼には及ばないわ。私にとって好ましい形に落ち着いたのだから。ラウルス首長とて、当然、借りを作ったままでいる気はないでしょう?」

 殊勝な態度など欠片も見せないアマテリアに、呆れ半分感心半分、ラウルスはふっと力を抜いて口元を和らげた。一度目を伏せて気持ちを切り替えるように息を吐き、改めてアマテリアに目を向ける。

「勿論、相応に報いる覚悟はある。だがその前に、皇女が知っている『宝珠』の話を聞かせてもらいたい。どこまで我らのことを把握している?」

 見定めるような視線を受けて、アマテリアは口を開いた。


 連邦が信仰する精霊エステダとは、ベントス山から湧き出た水に端を発する。その昔南を放浪していた者たちが、山の湧水に触れた途端、たちまち全身の傷が癒えた。神秘に感動した彼らが湧水を辿り山に分け入ると、不思議な色合いの鉱石に囲まれた地底湖に行き着き、その輝きを精霊の御業と信仰するに至った。宝珠はそのとき地底湖から持ち帰ったもので、精霊エステダの一部と伝承されることになる。

 部族は治癒の水を“精霊水”と呼び崇めたが、湧水はごく僅かな水量しかない。しかし肝心の地底湖は、容易に踏み入ることのできない険しい地形にあった。更に永年の間で幾度も起こった地殻変動により、今となっては地底湖を確認することもできなくなっている。


「湧水も年々水量が減っているのでしょう。だからそなたたちは地底湖への道を欲している。ここ数代の首長は山の開拓に力を注いできたそうね。残念ながら成功に至っていないようだけど」

「……本当に見てきたように言うのだな。まさに、我らは精霊水を希求している。それを知ってなお、お前は精霊水でなく鉱石を欲するというのか」

 アマテリアは迷わず頷いて見せた。

「言った通り、私はそなたらと溝を作りたくない。精霊水に頼らずとも、帝国には優秀な医師が多くいるわ。それで十分。私は鉱石を採掘して富を得、連邦は安全に精霊水を採取できる。これ以上ない条件ではなくて?」

 従属を伴わない講和としてはいささか弱い気もするが、とジグートがアマテリアを窺うと、彼女はお見通しとばかりに微笑んだ。

「ベントス山に眠る鉱石は、加工によって如何様にも活用できるの。宝飾品は当然として、建材にもできる硬度がある。美しさと頑強さを兼ね備えた、優れた素材なの」

「建材ですか。確かに、あの珍しい色合いが支柱や床に使えるとなれば、需要は計り知れないでしょう」

 馬車の中でちらりと見た宝珠を思い出す。光の具合で色が変わる、ジグートも初めて見た美しい宝石だった。あの性質を生かしたまま建材にできるなら、帝国中の貴族が買い求めるだろう。

「……鉱石の採掘権を帝国に譲れば、開拓の技術提供と、精霊水に関する全ての権利は我らに帰属する。なるほど、互いに利がある講和条件だ」

 ラウルスも納得できたようだ。静かに頷いて、アマテリアに右手を差し出す。

「エステダ首長の名において、アマテリア帝国皇女との講和をぜひとも願いたい」

「こちらこそ、連邦と良い関係が築けることを嬉しく思うわ」

 優美な手を差し出して、アマテリアはラウルスと固く握手を結んだ。




 幾分弛緩した空気の中、しかし、とラウルスが言葉を零す。

「精霊水のことはエステダの部族しか知らない、門外不出の伝承だ。なぜ帝国皇女がこうも詳しく事情を知っている?」

 アマテリアは淀みなく答えた。

「帝国が連邦を併合し、ベントス山が開拓され地下水が知れ渡る光景を()()からよ。帝国皇族にあらわれる“賢者”の伝説は、精霊水と違って周知の伝説だから、そなたも耳にしたことがあるのではなくて?」

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