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6.教材王族の爪痕(王城、他視点)

 グリア王国宰相は、現陛下唯一の王孫の■■■出奔の報告に困惑した。かの王孫は国王派閥の数少ない駒で舞台さえ整えれば次の王となっていたはずだった。六歳の頃から学園の改善を求めるような落ち着いた人柄で、ここ数年は学園で数学の教鞭をとる知的な人物である。冒険者ギルドからは冒険者としても優秀だと報告がある。嘘か真か偶々グリアまでやってきた大陸七串の一人が一目置いているとか。

 あれだけできた王孫であるのだから、国王が密かに教師や護衛を派遣しているのは間違いない。仕上げに他国と共同の宴席に参加させそのまま王太子指名をするものとばかり思っていた。


 グリア王国の王位継承順位が高い十人は、王弟である公爵、公爵の息子、公爵の娘、公爵の孫が五人の公爵側八人。国王の三男と出奔した■■■。

 国王の長男はしでかしがあり内々に処刑され、次男は生死不明だが期待は薄いため除外。三男の婚約破棄未遂で睨まれている。数年前まで公爵はまっとうに教育的された孫こそふさわしいと主張した。国王と公爵の不仲の当て付けもあり、嫌み半分、本気半分の提案だった。その本気度が変わったのは、国王の三男に起きた事件である。

 国王の三男はまだ政治的には終わっていなかったものの反省期間として王宮で謹慎状態にあった。

 数年前のある朝。三男は私室で両手両足を切断され、腕の場所に脚を、脚の場所に腕を接合された状態で発見された。手足こそ満足に動かせないものの、罵倒を叫べるほど元気に生きていた三男の腹には『下半身でものを考える奴らしくしました』と焼鏝で書かれていた。

 どこにでもある紙に『追伸。できるなら股間のブツと頭の位置を換えたかったが難しいのでこうしました。こいつが死んだら次は親のばんです。お待ちください。』ともあった。常軌を逸した注釈に国王夫妻は震え上がったのは言うまでもない。なにからなにまでまともではない。

 王族なのに女関係以外だろうと怨みはかっていたが、ここまで酷いことになるとは誰も予想外。もちろん犯人探しは行われたが、暗殺業務を請け負う王家の影の半数以上が行方不明になった時点で中止になった。

 この国におぞましいテロリストがいるのは間違いないが見つけられないためどうしようもない。犯人は公爵派閥かと疑われているが、公爵は叔父として見舞いにきて嘔吐した。公爵は自分の孫を王太子指名をと提案しなくなったので何の関与もしていない可能性がある。


 公爵と国王が不仲だが、双方テロリストには怯えており間に合わせとして■■■を王太子にして様子をみるつもりであった。それがまさかの出奔で、宰相が訪ねると陛下は苦悩を滲ませていた。国王の後継者教育はあまりにもクソだが他の手腕はまともであった。


「なぜ出奔したんだ」

「陛下は■■■様に護衛や家庭教師をつけておられなかったのですか?」


 要は、■■■の見張りである。


「アレに教師は今までつけたことはない。アレの母方が手配しているのではないか?産んだのはあちらの責任なのだからそうしているだろう」


 宰相は息を飲んだが、国王は不思議そうだった。

 この国王の反応に教育失敗の原因の全てが詰まっていた。

 国王の教育の手配をしていたのは先代の王妃であった。政治は問題なくこなせるが、この国王、おそらく先代王妃も人心を重視していない。まともに政治やれば臣民はついてくるし子供は育つと思っている節がある。それができれば国王の息子はやらかさずにまともに育っていたはずだ。王妃は違ったかも知れないが可愛がっていた末っ子にケチをつけた娘の子供など生かしてやっているのが温情。とても私情。

 なお、■■■の母の実家は王妃に睨まれてる孫に護衛や教師つけてやるほど根性はない。せいぜい娘を商人の後妻に逃がした程度である。


 つまり、■■■は護衛や教師なし、王族の恩恵無しであの仕上がり。むしろ、公爵や王妃からの嫌がらせすらあり得る状況であの仕上がり。

 いっそ、王族を憎んでいたら、誰よりも国王の三男を憎んでいるのは、つまり。



***



 伯爵令嬢のミラは自分の産んだ娘が普通ではない事に嘆きはしなかった。王族に強引に迫られた結果できた誰にも祝福されなかった娘。ミラですら産んだ事を後悔していた。人並みの幸せを与えてやれないだろう身の上の娘。名前をつけたところで王家が勝手に上書きするだろう事もわかっている。だから娘のことは「ちびちゃん」と呼んでいた。

 娘は泣かない子供だった。オシメの時くらいしか声を上げず、ほぼ決まった時間の乳は起きていれば静かに飲む。むしろ抱き上げるときに驚き強張る。そんな普通ではなく、どこかミラに他人行儀である娘にミラは安心していた。


 この子供に情を移さずに済みそうだと。


 娘はおとなしく、すくすくと育つ。寝返りをうてるようになり、這えるようになり、喋れるようになった娘はミラに他人行儀だった。そもそもミラが乳母のように振る舞っていたせいでもある。

 娘はずっと知識を求めていた。だからミラは許される限り常識を与え、本を与えた。愛というものはよくわからない。ただ健やかに賢く生き残れるように知識と立場を語った。

 そうして、娘との生活は五年で終わり国外に嫁ぐ。


「ミラさん。さようなら、僕は、僕をなかったことにしなかったあなたには感謝してます。だから、…できたら、こっそりお礼にいきますね」


 母としていつくしめなかった娘の大人びた微笑み。覚えているのがつらくてすぐ忘れようとしたけれど、もう忘れられなくなった。

 再婚相手の跡取り息子と折り合いが悪いまま過ごすこと数年。跡取り息子が悪い仲間とダンジョンに出掛けて魔物に皆殺しにされた。遺体は戻らなかったが、冒険者が「姿はよくみえんかったが、あの大きさで魔法を使うならゴブリンメイジだろ」と語っていた。

 ダンジョンに出る魔物はほぼ決まっている。時折同種の上位魔物が出ることも常識だ。跡取り息子はゴブリンが出るくらいの場所にしか行かないので辻褄もあう。


 ただ、跡取り息子の葬儀の後だった。


 聞き覚えのある声で「よかったね」と囁き声がした。



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