5.教材王族の移動
朝のうちに一仕事終えるというのはなかなか気持ちいいものだ。朝靄の混じる澄んだ空気を吸って吐く。ちょっくら王城まで出掛けて台所に『ダイナミックな屁が出る芋』こと【ハリケーンポテト】を仕込んできた。見た目は普通の芋と区別つかないので完璧な犯行。 これで王城はブーブーカーニバルだぜ。
「【ワープ】はねぇよ【ワープ】は!伝説の呪文だぞ!!」
帰ってくるとケンジくんに絶叫された。僕は才能あったんだよ。【ワープ】【収納】系統の魔法が使える奴には傾向とトリガーがありそうなんだけど、いや薄々何か察しはしてるんだけどソレ広めたら地獄の扉が開きそうだから、察する事ができた奴は黙ってるんだよ。僕は良識あるから黙った。
そも、ケンジくん早朝なんだし、これから出奔するんだからもうちょい声をおさえてほしい。まあ真面目なのがいいとこでもあるからね。
「ところでケンジくんはどの国行きたい?西?北?東?」
「おまえが行きたいとこでいいよ」
「じゃあ北がいいな。あっちの生き物フワフワしてるっていうし」
目的地は常冬の国アクビット。金属も魔石も豊富で工芸が盛ん。特産品は産出した鉱石でドワーフが作った道具類。弱点だった食糧生産は近年温室栽培を国内で展開して改善傾向。希少薬草マンドラゴラの人口栽培に成功し強国の一つに名乗りをあげている。そして常冬なので白くてフワッとした生き物が多い。知りあいのザ・普通のお兄さんに「ネコチャンが懐かないで逃げる」と相談したらモンスターテイムをおすすめされた。魔力の量や性質によっては動物全般が逃げ惑うから猫系魔物のケット・シーやキャスパリーグに挑戦したほうが懐く可能性が高いとのこと。食糧生産率が低かったアクビットでは騎士団や自警団は草食の騎馬ではなく狩猟用に犬系魔物や猫系魔物などを連れていることが多いという。ネコチャン飼育に向け期待が高まる。
それと、胸ぐら掴んでガン詰めしてやりたいやつが一人いる。まぁこっちはネコチャンほどの優先度ではない。
「北目指すなら東門からでて馬車か?水路なら速いけどどうする」
「お手を拝借」
「??」
キョトンとしたケンジくんと手をとって、さあ出発。
「北関所まで【ワープ】ッ」
「おまえさぁ!!!!」
「このワープどこでも行けるの?」
「出掛けたことがあってマーカーつけた場所」
「王都から出たことねぇんじゃねぇの?」
「一回ばれずに王都出ちゃえば、あとは簡単」
名ばかり王族はホイホイ外出できないので夜中にこっそり抜け出して、進めるだけ進んでマーカー更新し家に帰る地道な作業の繰り返しである。恨みがある奴を半殺し以上にしてズラかる時のために国から出る準備万端だった。国に恨みはそれほど無いけど、標的に国家要人多いので追い付けない方法で逃げるつもりではいた。
「ここは北のアクビットとの緩衝地帯の森林か……」
「他所の国に入るのに関所通っておかないとね」
不審者として捕まらないように入国手続きはちゃんとやる所存。 別にテロとかやりに行く訳じゃない。とても真面目にふわふわネコチャン探しに行くのだ。ネコチャン見つけたら次はケンジくんが行きたいところに行こう。どこだろ。楽しみ。
「入国審査どうやって通ろう?普通に『家出した』で通れるかな」
「相談してくれて助かる。家出は善意で追い返されるかもしれんからやめような。修行中の魔法士あたりで練習してみよう」
僕はわりと箱入りで限られた場所しかしらない。情報屋やってて常識があるケンジくんはとてもありがたい。
「練習いる?」
「得意魔法【ワープ】とか言い出さないか心配なんだよ。ほら、練習。なるべく庶民的な答えをするんだぞ。
『あなたの得意魔法はなんですか?』」
「【浄化】魔法です。ダンジョンに入った時便意など催しても内臓に【浄化】魔法をかけることで尻も隙も見せず探索ができます」
今までで一番役立つ魔法の使い方を発表したのにケンジくんの顔がしわくちゃ。 いっきに老けた?ケンジくんとダンジョン出かけたことないけど、なんかダメなの?
「やべーよ!不合格!教会の司祭クラスでないと使えない希少魔法だし使い方がクソだよ!」
「そりゃクソの処分だし」
この魔法の注意点は魔法に頼りっぱなしで正規の排出方法を使わないと、久々の正規の排出で尻が裂ける可能性があること。尻が裂けた協力者が尻に塗る回復薬を準備していた姿は物悲しかった。
「そうだけどそうじゃねぇよ……これ東の教国なら一発不敬だかんなもう一回やり直そう。人に優しそうな魔法にして
『あなたの得意魔法はなんですか?』」
「【継続回復】魔法です。かけておくと手足や首が飛びかけても死なずに済みます。ダンジョン探索はこれで乗り切りました」
魔物と間違われて殺されそうになりビックリした事件である。相手と話し合って人間だと理解してもらえなかったケースもあり、話が通じないので魔物として処理した。
「なんで教会関係者でもそうできない奇跡もってくんの?欠損直せたら教国の大司教レベルだからね」
「優しいっていったら回復魔法じゃん」
なにゆえしわくちゃケンジくん。
「そうだけどそうじゃねぇよ……。ロイくん元気なの素晴らしいんだけど、一般人にしてみたら首とかが話題として出てくると怖いんだよ。一般生活に役立つやつね。
『あなたの得意魔法はなんですか?』」
「【解毒】魔法です。差し入れされる食材が毒まみれなのでいつも使っていました」
「毒は、一般家庭ではでてきません」
「他魔法はぶっ殺し系列しかないんだなぁ…」
自信満々の答えは不合格だった。入国審査って難しいらしい。
「名前は?」
「俺がケンジ、あっちがロイ」
「目的と職業病は?」
「修行で巡礼してる見習い神官です」
「教会の身分証は?」
「正式な神官じゃないんすよ。腕上げたら採用なんす」
「まあ、そんなもんか。ちょっと俺の腰に回復魔法かけられるか」
「まだ自分で練習中なんで…」
ケンジくんに言われて審査中は大人しく黙っていることになった。審査の役人のおっちゃんは手配犯か何かの人相書きと僕らを見比べ、特に問題ないのでいってよしと通した。庶民の入国審査なんて雑らしい。
***
庶民はしらないことがある。雑な関所に見えるが最新魔法道具が配備されているなんて、関所の役人当人たちすら知らない。
大陸七串【氷壁のラグナ】が根城にしているアクビット中の関所に勝手に配置させ秘密基地で弟子たちに観測させているのだ。知っているのはラグナの弟子か支援者の極一部だけである。
「グリア国寄りの関所で高魔力の人物が入国しました。階級は特超え、測定不能です」
「ラグナ様の魔力にあわせて先月新調した測定器に不具合ってことはないだろ?」
「大陸七串のジークフリート様がグリアからこちらにきたのでは?」
「あの方は魔法職ではない。あの方が出たら関所の役人も兵士も武器捨てて地に伏すのがマニュアルだ」
かの人物は七串の中でもまともに会話のできない狂人枠である。頭がおかしいため関所で武器を持った人間を見かけると殺そうとするので存命中は大陸中の関所のマニュアルに『見かけたら武器を捨てて地に伏せること』と記されている。
「一個人ですよね」
「一国レベルで戦力投入して殺せない生き物が七串だ」
そもそも七串はラグナの様に弟子をとったり発明を国に売って貢献することの方が稀だ。あとの奴らはだいたい世捨て人で俗世のことに関わらず趣味を極めるか放浪している。人里に降りてきたときにそっとしておけば近所で危険な魔物の駆除をしてくれるが手出しはやめた方がいい。過去に貴族が政略婚迫ったらそいつの実家が皆殺しにされた。目撃者はいないが遺体の状況から犯人は違一人しかいなかった。しかし国は犯人を追うことはなく貴族の領地の後釜決めて終了した。この世で生きたいなら関わってはいけない存在。それが大陸七串。
「お伽噺の魔王みたいですね…」
「魔王は徒党組めるだけ社会性があるぞ」
なお、魔王を退治してくれる勇者はこの世界にはいない。