4.教材王族の友達(ケンジ視点)
マッケンジーことケンジは新米暗殺者だった。
娼婦の母親が孤児院に放り出し、そこから暗殺ギルドに引き取られ情報収集から下積みし、元騎士くらいなら安心してぶっ殺せるようになったところだった。暗殺ギルドは首領が合理的で「一般常識をわかってねぇとすぐ正体ばれて足引っ張るから、知ってはおけ」と下積みたちに常識や親が子供に聞かせるように昔話や英雄の伝説を語った。もちろん下積みたちを通し番号で呼び倫理観もクソもねぇ手軽に息の根を止められる急所とかなるべく長く苦しめる毒薬とか教えることにもてを抜かなかった。
暗殺しはじめたところで、誰がいつ死んでもおかしくはないと思っていた。誰かを好きになっても嫌いになっても最終的に死ぬんだから無駄だとすら思っていた。
たいして庇護されていない十歳そこそこの王族暗殺にギルド総出で出掛けた。
王族とはそこらの奴らを力ずくでまとめ上げた暴力の化身の子孫である。始祖程ではないにして王族や周りを固め強力な個体同士で交配する高位貴族は何かしら力を有していた。ただ生き物の交配でハズレが生まれることは珍しくはない。庇護されていないそいつはハズレなのは疑いようがなかった。
それでも、名ばかりでも王族などんなものかという物見遊山だった。
そこらの低位貴族のスペアよりみすぼらしい古着姿の十歳そこそこのガキに「うわあああ!【肥料】!」と叫ばれてギルドメンバーは肥料にされた。みすぼらしさに気をとられ転んだケンジだけが生き残った。
暗殺者になるため魔法士の狩り方もおおまかな魔法の仕組みも学んでいた。
魔法三原則。
一つ目、魔法は魔力が必要。
二つ目、魔法は呪文の詠唱時間が必要。
三つ目、魔力から魔力への干渉は非常に難しい。
一つ目、これはすぐ納得できた。歴史書にでてくる【グランドマグマ】のような赤く燃えたぎる土が全てを飲み込む呪文には、その凄さ相応の魔力が必要になる。
二つ目、これも一つ目と同じ。威力を高めたければ呪文の積み重ねが必要になる。ある学者は魔力をレンガのように積み上げる際の接着剤を呪文と称した。
三つ目、魔力同士は家族間だろうと反発する。魔力を混ぜる合体魔法をつかうなら合体のための呪文や儀式が必要となる。そして、直接魔法をかけられないことを意味していた。炎の魔法を人間や魔物に向かって飛ばすことはできるが人間や魔物に着火することはでいない。人間や魔物がまとう魔力が微量だろうと存在すれば阻むのだ。
大陸最強冒険者【大陸七串】の一人である魔法士【氷壁のラグナ】ですら越えられなかった原則の壁を目の前のみすぼらしい子供は壊して見せた。
「ろいやる やべーな」
転んだまま呆然として呟くと、子供は気づいてとことこ歩み寄ってくる。何をどうしても殺される未来しか見えない。
「あのさ……またきてよ」
「え」
おいおいおい待て。おまえ、子供が遊びに誘ってんの?こちとらさっき殲滅された殺し屋集団の一人なんだぞ?
「ケンジくんは俺のこと教材として見てないし……だめ?」
「え」
同僚にも名乗ってねぇ名前なんで知ってんの。母親ですらろくに呼んでねぇし、孤児院も名前聞かずに受け付けた翌日にギルドに配送されてんだけど。
「だめ……?」
数十人一瞬で殲滅したやつがこんな半べそする?古着の裾掴んでうつむいたりする?他に魔法使ったやつがいるって方がまだ信憑性があるだろ。
「おまえさ、名前は?」
「えーと……ロイ!」
この時からロイとのよくわからん付き合いが始まってしまった。出会いはやべーことだらけだし、二度と近づかないでばっくれても追っては来なかった気がする。
途中から通うのを止めなかったのはなんだかんだ友達していて楽しかったからだ。ロイの親戚がロイにこれ以上ろくでもねぇことしないか見張るために情報屋もやっていた。権力争いとか貴族社会に入る気もないロイがこのろくでもねぇ監獄からでる気があるなら連れ出すつもりでいた。なのになんやかんや楽しそうにイカれた研究者たちとほのぼの交流してるしで、言い出せず。
さすがに国が囲い込み始めそうだと通告するとやっと腰を上げた瞬間に俊敏にテロリズムに走ろうとする。後々を考えると死人出すと危機感出て追手が厄介になる。最近この国に大陸十傑の一人が滞在している情報も仕入れた。大陸十傑は貴族の頼みなんぞ聞かないだろうが興味持って追ってこられる恐れがある。
事を荒立てないように出奔を言い聞かせ、狂った野菜の嫌がらせで済ますことに決定したところでロイが唱えた呪文。
【ワープ】
気軽に再現不可能伝説呪文使うのやめて。お願い。