2.教材王族の決断
話にきたケンジくんとお茶しながらのんきにおしゃべりする内容はしれっと国家機密がまじっていたりする。さすが現役情報屋だ。国王が会談中に屁をこいて浮く以外に屁を我慢していた王妃の尻が高らかなファンファーレを奏でてしまい宰相が鼻血を出してしばらく公務を休んだらしい。ババアの尻情報も宰相の性癖も知りたくなかった。
「城の魔法士が連日徹夜で原因調べてるらしいぜ。お前なにやったんだよ」
「前に城のキッチンに芋置いてきてっていったじゃん。あの【ハリケーンポテト】が原因」
「あの芋、勇者シリーズの魔法なんてしゃれた名前なのかよ。つーか、芋を置くことがなんかの儀式とか協力者への合図とかじゃなくてガチで原因芋なの?!」
「ファンタジーベジタブルシリーズとして統一したいんだ。次は【グランドマグマ】にふさわしい野菜ができないか狙ってる」
「野菜でそれは無理」
「魔法薬だって飲むだけで怪我治るじゃん」
ガチの歴史書『勇者シリーズ』にかじると全快できる木の実とか毒が消え去る鉱石とかある。無限に魔物と資源わきでるダンジョンもある。
そんな世の中なんだから魔法使って野菜育てたらマジカル効果のある野菜が生まれたっておかしくない。ファンタジーあるあるの食べたら回復する果物を目指して育てて見たが三日三晩酸っぱさが口に残る【ミッカミカン】ができあがった。いやらしい言葉を口走る【オツボネダイコン】よりは無害。
「まあ、屁こき事件はクッションの魔法道具が壊れたってことになったらしい。ただのクッションだったんだけどな」
「ふーん。つまんね。ヘコキジジイくらいのあだ名つくかと思ってた」
しょせん芋だからな。あんまりたいした効果期待するのも酷か。
お茶うけのチーズ入りクッキーの味はまあまあだけど、そのうちチョコクッキーも食べたいな。チョコは世界に存在するけど値がはるから、こっそりダンジョンに稼ぎに行くかな。
「今の今の陛下の息子は全員しでかして人気下がってるからなぁ……これ以上はどうにかこうにか隠蔽するだろ」
今の国王の息子は長男が男狂いで他国の王子に手を出そうとし、次男がろくに剣も持てないのにダンジョンアタックで行方不明、三男が婚約破棄未遂となかなか地獄の三兄弟。偽金とか横領とか致命的なのはしてなけどろくなのいねぇ。ジジイ引退できねぇわけだよ。案件比べて比較的マシな婚約破棄未遂は諸事情から外にだせる有り様じゃねぇ。
「嫡流なんだからまともにして欲しいもんだよ。まあ公爵のじいさんはジジイの弟だし、あっちから選ぶのも手だろ」
「不仲で嫌だから、人気取りで隣国と共同で魔物狩するらしいぜ。何人か王族を出すんだとよ」
「へぇー」
「他人事じゃねーぞ。ロイくんも内定してんだぞ」
「へぇ……」
破裂音がして、気付けば窓が外に向けて破裂した。いっけね、うっかり魔力まろびでちまった。
ケンジくんが変な声出して椅子ごとあとずさる。
ごめんね、ケンジくんは悪くないよ。ケンジくんはね。
貴族は民草から集めた税できらびやかな生活をおくり、高度な教育を受けている。他所の国に舐められないためとか、地元の雇用を生み出すため。そして、何かあったら国や民を守るために動く仕事の前金でもある。
「その前金いただいてないのに国の大仕事しろっつーのはないなぁ。むしろ僕は未成年の頃から数学の教科書の改定とかめちゃくちゃ役に立つ仕事してんぞ。なのに教科書改定とか金入らなかった。ケンジくんに留守番仕手もらってる間に冒険者して小遣い稼いでんのになぁ」
僕は貴族の高度な教育を受けていない。五歳くらいまで母親の良識的なしつけと、学園の暇そうでチョロそうな先生に掃除やお茶汲みの傍ら基礎的な勉強や社会ルールを教わったくらいである。貴族でよくある家庭教師の手配などされたことがない。
きらびやかな生活なんてできるわけがない。学園の片隅で学習教材『婚約破棄の末路』として質素な1LDKで食材配給はあるがあとは自炊で暮らしていた。配給食材も片寄るか毒入りだからこっそり外まで狩猟にでかけた。僕に前世がなかったら不健康か精神病むか毒で百回以上死んでいる。
保護者のいない子供に住む場所与えたことについては学習教材として利用していたのだから支払い済みだ。
これのどこに国のために働きたくなる要素があるというのか。ねぇよ。名誉がついてくる?嫌いな奴に好かれて喜ぶか。ねぇよ。城関係で助けたい奴。ねぇよ。むしろ、こっそり嫌がらせしてる側だぞ。あのクソ三男にちゃんと伝言メモしたんだけどな。名乗ってないからわからなかったのか?定期で入ってる毒はクソ三男の件の仕返しじゃないのかな?
「ロイくん、ちょっと魔力抑えろ。お前バカ魔力で扱いがばがばなんだぞ。家揺れてんぞ」
「ケンジくんと気楽な小市民で過ごさせてくれるならよかったのに、もーいーや」
「なにすんの……」
「国出る」
王族召集されるならここでケンジくんと時々お茶するって生活が終わることになる。なら自分から出ていくまでだ。ダンジョンで小遣い稼ぎしながら蓄財や情報収集はしていた。もう十九歳、外歩いて迷子か浮浪児かと間違われる年齢でもない。殴り込むの代わりに魔物討伐予定者出奔なら軽い仕返しになるだろ。
「マジで?今さら?あれだけ舐められた扱いされても放置してたってのに今キレるのかよ?なんなの?お前の怒りはどこからでてくるもんなの?」
「僕がキレたらおかしい?」
「そうじゃねーんだよ。友だちなんだから相手の逆鱗くらい知っときてぇの」
ケンジくんのこういうとこすき。
「あー………労働と対価の関係無視されんのは業腹だね。名誉とかもどうでもいいやつから便利がられてもクソうれしくねーし。教科書の件は教科書が生徒に好評だったからまあ納得はできただけ」
「そこの感性はまともなんだな……毒とかはスルーしてくんのに」
「何も感じてない訳じゃないけど、キレても解決しないどころか厄介ごと増えるだろな」
「厄介ごとが増えるのもいやと」
「一昨日、学園の新顔ネコチャンに威嚇されて逃げられたし心折れた。僕は僕から逃げないネコチャンを捜しに今から旅に出る」
ミケちゃん……生徒にはふわふわ丸顔さらしてなでくりまわされてるのに僕が近寄るとガチギレ威嚇からの逃亡するミケちゃん。あの落差にちょっと泣いた。
「今から?事実確認してねぇのに?」
「ケンジくんは僕に大事な話で嘘つく?つかないでしょ。酸っぱいスモモは食わせたけどさ」
ケンジくんが「新しいスモモ アタリだ」って持ってきたやつはめちゃくちゃ酸っぱかった。そう言えばあれ食った翌日に【ミッカミカン】できたんだった。
「まぁそうなんだけど、明後日まで待てねぇ?」
「えっ!ケンジくんもくるの?」
「お前の野放しにしたらやべーことするに決まってるし最悪戦争起きかねねぇ」
「なはは大袈裟」
「ロイくんそういうとこだよ……」
ケンジくんはなんとも言えない顔でさっきぶっ壊してしまった窓から出ていった。君、ドアにトラウマかなんかあるの?まあいいや、旅のドア開ける仕事は僕に任せろ。
僕は名ばかりとはいえ王族だから政争はかき混ぜるとこができるけど、戦争まではいかんだろ。僕よかつえー魔法使えるやつはちらほらいる。
確かに僕より魔力多そうなやつを見たこと無い。けど、チーム組んで貯めて魔法ぶちこめる技術ある。多いにこしたことはないが、魔力多いのと最強ってのはイコールじゃない。
僕の知ってる最強はダンジョンでよく遭遇する、ザ・普通の剣士のお兄さん。ふわっとした赤毛でそばかすちったにこにこして、町中で肉屋やって埋没していそうな人。「これを、こうして、こうだよ」ってクソ雑なノリで身の丈五メートルのミノタウロスの群れを剣一本で捌ききる。
ダンジョンあるあるの死体は残らないのに謎のドロップ品出現の生肉の山を見て、【収納】魔法が使えないお兄さんはしょんぼりしてた。しかたないのでダンジョン内で一緒に牛肉パーティーした。前世のミノタウロスって首から下が人間の形状でとても食用失せる形状だけど、今世のミノタウロスは牛のパーツが遠目でみたら人間の形に生えてるだけだった。安心安全の食える形状。一番特徴的なのは指ね。牛の細い足が五本生えている。両肩に牛の頭が生えてて牛タン三倍だった。オークもそんな可食バッチこいの形状。ゴブリンの老人亜種な形状は絶対食えない。オエッ。僕が吐きそうな顔してるのみて普通の剣士のお兄さんも頷いてた。ワイバーンとかドラゴンは安心してぶった切れるけど、人に似ている魔物は的が小さいし生理的に嫌だって。とてもよくわかる。虫タイプも苦手。
普通の剣士のお兄さんはダンジョン探索や旅について色々教えてくれた。でも、剣だけは教え方がわかりにくくてさっぱりだった。僕も魔法教えたけどおんなじ結果だったので人には向き不向きがあるのだ。狭い範囲でしか活動してないので、世界にはきっともっとすげー人が溢れているのだろう。
僕の旅支度は【収納】魔法使えば四十秒かからず終了する。残り時間は仕事の引き継げとかにあてるとしよう。