1.教材王族の日常
十九年前、名ばかり王族に転生した。僕の名前はロイ。
異世界転生というと、スローライフしたり、成り上がりしたり、婚約破棄ざまぁしたり、色々ネット小説で読んだ。きっとそういうのやつ。きっと僕の分類はモブ。容姿が雑な配色してる。というか父親世代がネームドキャラクター。なぜって?
後継者候補だった父が中位貴族の僕の母親と浮気して婚約破棄イベント発生させようとしたせい。
父の個人財産でこっそり妾囲うだけなら婚約者の面目潰さないのでギリギリセーフだったらしい。母が貴族で誰にでも声かける人ではなく性病も持っていなかったので、婚約者の家は「こっそりにしておけばなぁ」とぼやいていたそうだ。しかし現実は婚約者の前でいちゃついてこけにしまくり、挙げ句公の場で婚約者に冤罪被せる計画立て始めた。計画を実行する前に病気という理由つけて死ぬまで幽閉。
リアルでパーティー中に「婚約破棄だ!」はないらしい。
侮辱で生涯幽閉は厳しすぎと思うが、婚約者の実家に忖度すると仕方ねぇらしい。婚約者の実家はゴリゴリの魔法士がいてスクラム組まれると王城木っ端微塵にできる魔法も使えると庶民まで知っている。発射準備儀式とか色々必要ではあるらしいが、それやれる相手をこけにするとかどんだけアホだったんだ。なんでそんなアホに育てた。まあ、他に育成してた本命がいたとかそんな理由なんだろう。イベント未遂だからか小説でよくある野垂れ死にコースじゃなくて、母親は僕が五歳くらいの頃に隣国の商人の後妻にいった。何年か前に血縁上の父親一家に軽めの復讐は済ませている。
わかりやすいイベントは終了だよ。
前世の記憶はうろ覚え。どんな生活していたかもうろ覚え。酸いも甘いもうろ覚え。常識はそこそこ覚えているという半端さ。この世界の常識があった方がずっと楽だった。今の世の中は科学よりも魔法の世の中なのだ。正直、前世の記憶なんて勝手に涌いてでた妄想かもしれなくて誰にも相談できねぇ。まあ、前世の身内が恋しいとかホームシックもないので精神衛生としてはよろしい。
僕の住まいは五歳から王立学園の敷地内にある教員宿舎。広さは1LDK。
なんでそんなところにいるか?
学習教材『婚約破棄の末路』だから。
僕が王族なのを知ってる生徒は少ない。表向きは「なかなか賢いから貴族がパトロンしてる貴族の庶子」と思われている。しかし、王族事情に詳しい高位貴族はまるっとすべてご存知。僕のことを『教材王族』って呼んでいる。貴族社会、マジで嫌い。母親に言われて身の安全のために女ということもごまかして暮らしてる。父親が中性的な容姿だったし、世話する使用人がいないので偽装は今まででばれなかった。そも、暴くほど興味があるやつもいない。
婚約破棄当事者ではなく親がポンコツのせいで割食った子供なので、殊勝な態度で親譲りのツラでおめめうるうるさせながら「おてつだいするからお勉強教えてください。自活できるようになりたいです」って頼めばチョロいやつはまあまあ親切にしてくれた。おかげで今は数学教師として暮らしてる。
うららかな休日の昼下がり、学園の片隅にある宿舎の部屋で来週の授業案こね繰り回していると来客である。この時間は週一回ある王家からの食材の配給だ。幼児の頃は買い物に行けなかったので食材はすべて配給頼りだった。衣服は年一回まとめて古着を支給されていた。今は教師の給料もあるし買い物にも行けるのだが律儀に配給は続いた。
「こんな住まいでおかわいそうに」
「配給うけとりました。はい、サインです」
「世が世ならあのお城で暮らしていたでしょうに」
「特にお話しするとこはありませんから、お帰りくださいね」
配給の人はおかわいそうコーラス業務もしている。昔は嘲りと憐れみたっぷりに唄ってくれていたが塩対応続けた結果、まったく感情がこもらなくなった。でも未だに続けているのでたぶん雇い主の意向。おかわいそうコーラスは昔は三人組だった。けど人員整理があったのか今は一人だけだしだいぶなげやり。おかわいそう。
雇い主はおかわいそうコーラスで僕の情緒とか良識をぐちゃぐちゃにしたいんだろう。保護者がいない環境で大人から延々と馬鹿にされ続けたら普通は精神病む。直接の罵倒でないところがいやらしい。そこからの謀反でも起こさせて首ちょんぱしたいらしい。あいにく僕には異世界ヤバいフラグの知識がある。そもそも、貴族とか王族とか責任おおきくて面倒くせーとすら思っている。なので四六時中人がついてくるお城暮らししたらストレスでハゲ散らかすだろう。思惑にひっかかる訳がない。
それに、城に出かける用事はもう済んだ。
六歳で王宮に呼ばれて貴族がたくさんいるなかで何か要望はないかと訊ねられた。その時からおかわいそうコーラスうぜぇなとは思っていた。でも止めたら別の手口をやってきそう。それと、住まいの近所で気になってることが一つあった。
お願いしたのは、王立学園で生徒の休学制度を充実させて欲しい事。
表向きは零細貴族や平民がぎっくり腰やって仕事の手が足りないから子息呼び戻し安いようにする制度。実際には、身分の高い相手から関係迫られたときに穏便に逃げられる制度。遊び半分で虐待されたら逃げやすいようにとかもある。魔法の的にされて血だらけで逃げてきた男爵令息見たことあるので逃亡しやすい環境大事だよね。
周りの貴族は「あの子供、意外と賢いぞ」ざわざわしてたけど他に国王のジジイと王妃のババアに頼み込んでどうにかして欲しいことはなかった。将来の進路もその場で訊ねられたけど、荷が重いから学園で勉強教えられたらいいなぁ、くらいの希望を出して今に至る。
さて、今週の配給チェック。
リンゴ。形は微妙だけどなかなか新鮮。王城の納品かな。根菜も小振りなのがゴロゴロ入ってる。葉もの野菜も多少の虫食いは気にしない。避けときゃいいのだ。珍しく生卵もある。小麦粉はいつもの分量。調味料は塩だけ。いやカッチカチの干し肉も調味料だな。
「うーん。半分毒入りじゃなきゃなぁ、面倒だけど【解毒】【殺菌】【異物排除】」
食材に手をかざして魔法を二つ三つ同時展開。さして難しい魔法でもないので、野菜の皮剥くよりも短い作業。幸いにも僕には魔法の才能があった。配給が始まったばかりに毒入りを食べて苦痛でのたうちまわり「くそー毒が消えれば」と強く思ったら苦痛が消えたのだ。
その後死にものぐるいで魔法の使い方を調べまわった。日常で毒が盛られるので誰を信用していいかわからず、研究意外全く興味ない変人教授の所に侵入して魔法書を漁った。
独学だが魔法ってのは状態を正確にイメージできると使えるようになるらしい。呪文はイメージ作業に必要なだけ。無くても魔法は使用可能。解毒は前世の食材をイメージできれば問題なく使える。
それにしても、名ばかり王族で継承権もあるのか怪しいレベルなのによくやりやがる。普通の王族にやったらめちゃくちゃ捜査されて騎士が裁判すっ飛ばして殴り込んでくると思うんだけど、名ばかりだからなめられてるんだろうなぁ。犯人捜しは意味がない。父親がアホなせいであちこちから恨み買ってるだろうし、他の王族もアホの製造元なので期待はしていない。
知る人ぞ知る八つ当たり要員として生かされてるんじゃないかと思う今日この頃。
無毒化したリンゴを食糧箱に戻し、いつのまにか部屋でくつろぐ友人に声をかけた。
「やっぱり、刺客皆殺しにして遺体を残さないから舐められてるのかな……でも、半端に残すと臭うから嫌なんだよなぁ」
「ロイくん、半殺しって文化知ってる?」
いつの間にかキッチンの椅子に腰かけてるのは元暗殺者のケンジくん。やさしげイケメンお兄ちゃんだ。いつもドアから出入りしないけど全然ゆるす。ストレートの茶髪で隠れ気味の青い垂れ目が癒される。僕は黒い猫っ毛だし目はギョロっとしてマゼンタカラー。キャラメイク失敗感が溢れてる。ケンジくんのつくりがうらやましい。おかわいそうコーラスとは違うまっとうなお客なので自家製紅茶とクッキーを出した。
「むずかしいんだよ!ケンジくんも見たでしょ。僕の器用さだとがんばっても上半身肥料にするか下半身肥料にするかしかできないんだよ!」
「暗殺ギルド秒殺したやつは言うことがちげーや」
「ケンジくんはいきてるじゃん」
「運良くだよ……コケて俺だけ魔法範囲外だったし、お前赦すんだもん」
十年ほど前、暗殺ギルド『黒い長靴』が総出で僕を暗殺にやってきた。「暗殺者なら一回は王族を相手にしてみてぇもんだぜ」と張り切ったら希望者が多かったので「じゃあ希望者全員で行こうぜ!いっそ下っ端も見学させようぜ!」と決めたらしい。さすが暗殺者、どうかしている。
そんで、予想外の大人数にびびった僕の【肥料】の魔法でまるごと肥料にされた。こけて地に伏していたケンジくんは肥料化を免れたものの戦意喪失していた。ついでにだいたい同年代なので親近感わいたのもある。
名ばかり王族に親しくしてくれるまともな人間なんていなくて、まともな人間に飢えていた。魔法でフレンズ作れないかとかこっそり研究したがコレジャナイものしか製造できなかった。流暢にしゃべるジャガイモか大根が作れたら御の字だったのだが、食べると下世話なことばかり口走るようになる大根とか、食べると三軒向こうまで聞こえる爆音の屁がでるジャガイモだった。
フレンズ製造研究に行き詰まり、もう暗殺者だけど同年代ならいいかなと思ってケンジくんに「時々遊びにくるなら見逃す」と提案してみた。そしてケンジくんは律儀に通ってきている。九割逃げると思ってた。
普通の暗殺ギルドなら暗殺しくじると罰則とかあるのだけれど、皆さんまるごと学園の隅にある畑で大根やジャガイモを肥やしに転職したので罰則どころではなく、ケンジくんはギルドの財産をいくらかくすねて足を洗ったそうだ。今は情報屋としてグレーなお仕事していると聞く。
「ケンジくん、なんか面白い話して」
「隣国との会談中に陛下が屁をこいて垂直に1メートル浮いて隣国の王様が差し歯を水平に1メートル飛ばした話ってしたっけ」
「初聞き!…やれやれ近頃の王族はどうなっているやら」
「同じこと目の前のやつに言ってやりてぇ」
名ばかり王族で教材王族の僕は健やかに暮らしてる。まあ、ケンジくんの話の続きを聞くまでは。