第98話 手料理
「正直に言うと、俺は何もしたくないんです。安心してゴロゴロしてダラダラしたい。これだけは心の底から言える」
それを聞いたエルシーさんとそのご両親は微妙な顔をした。そりゃ反応に困るよな。
「すればええやん、そのために守護者がおるんやろ?」
ペリュさんの発言にエルシーさんのご両親と、エルシーさんが若干微妙な顔をしている。
「でも、出来ないんですよね。何も知らなかったら出来たけど、ワイバーンは襲ってくるし、魔王みたいなのももいるし、姉みたいな人は病気で寝込んでるし、その友達は呪われてたし、扶桑さんだってここから動けなくて困ってる」
「言われてみれば確かに前途多難やな」
ペリュさんも納得してくれたようで良かった。
「俺は、そういうのを目にしてものんびり出来るほど、神経が太く出来てないんだよなぁ」
心からの本音だった。俺は小心者なのだ。
「俺は、それを身にしみてわかってたんですよね。正直前世だってすぐ仕事を辞めることだって出来たけど、お金の心配があったからお金をためてから辞めてゴロゴロしようと思ってたんです。実際は死んだから叶わなかったけども」
扶桑さんが少し申し訳無さそうな顔をして俺を見ている。扶桑さん責めるつもりは1ミリもないので後で弁解しておこう。
「それと同じで、俺はのんびりするために、今全力を尽くしてます。何も出来ないなら開き直ってダラダラしたかもしれないけど、解決できる見込みがあるなら、やらないのはただ不安が増すばかりだと思うんですよ。それが俺の下心といえば、下心かな」
「若君はお人好しやねえ。でも、ええ性格やと思うで、やっぱ世界樹やめてうちにけーへん? 全部終わったあとでもええから」
「ペリュさんは俺を買いかぶり過ぎだって。でも俺は、未来のダラダラを諦める気はないので、世界樹は辞めない予定かな」
「まあそう言われると思ってたわ。でも細かいことが気になる性格は魔導師に向いとるで、なんなら世界樹しながら魔導師もやろうや、楽しいで!」
そのやり取りを見た扶桑さんは微笑んでいる。
「ええ、ええ。草也殿はそういう方だと存じておりました。落ち着いたらまた、おばあちゃんのところにもゆっくり遊びに来てくれると嬉しいです。とりあえず、そろそろ日も落ちます。皆さん、夕食は召し上がっていかれるでしょう?」
「そうですね、お邪魔していいですか?」
「もちろんですとも。おばあちゃんが腕に縒りをかけて、はんばあぐを準備しますよ!」
そういえば、俺は子供の頃ハンバーグが大好物で、お供えの団子を買ってきなさいと渡されたお金でレトルトのハンバーグを買って供え、『これは俺が一番美味しいと思ったハンバーグです。なので算数ができるようにしてください』などと厚かましいお願いをしたのだった。
もちろん本物のおばあちゃんには怒られた。扶桑さんはそんな小さなことまで覚えていてくれたのか。
「有難うございます、楽しみにしています」
「では、作ってきますね。ミリアーネ、ついてきてください。リーファス、草也殿達を客間に案内してください。さあ、今こそはんばあぐ修行の成果を見せるときです!」
「はい!」
「畏まりました!」
その夜は、意外にも洋風な食堂や寝室、客間でもてなされた。
扶桑さんの作るハンバーグは、たしかに昔食べたあのハンバーグに似ている気がしてとても美味しかった。
エルシーさんのお父さん、リーファスさんが食後にお茶を出してくれた。
「我が娘はきちんとお仕えしておりますでしょうか?」
「これ以上無いくらいの仕事をしてくれてると思いますよ! 正直俺にはもったいないくらいの守護者だと思います」
「それは大変に嬉しきお言葉。また、遅くなりましたが娘の呪いを解いてくれたことも重ねてお礼を申し上げます」
「偶然だったんですけどね、解けて良かったです」
これは本当にそうだ。解こうと思って解いたわけではない。ほんの偶然の出来事だったのだ。どんぐり汁、偶然作ったものだけどなんか色々便利に使えているよな。あのときの思いつきに感謝だ。
『扶桑さん、それともう一つお願いがあるんです』
夜も更けた頃、人払いが出来なかったので俺は仕方なく念話を送った。
『なんでございましょう、あと、私のことはおばあちゃんとお呼びください』
『……扶桑お祖母様に聞きたいのは男爵のことです。もしかして解呪出来たりしませんか?』
『私もマギネという従者と意見を同じくします。今はやめたほうが宜しいでしょう。憤懣やる方ありませんが、その虫の殻は呪の塊の特別な拵え。だからこそ今まで生きながらえているのです。普通に解呪して人に戻せば、たちまち天命尽きて消えてしまうでしょう』
やっぱ駄目か……。そうだよな、今生きてたら300歳を超えている。人間の寿命ではないもんな……。できれば人の姿でティエライネンに帰してあげたかった。
『ゴムシー殿については、私も少し考えてみます。とりあえず、草也殿、もう夜も更けております。明日は早いのでしょう、子供はもう寝る時間ですよ?』
前世ならまだ起きているような時間だが、やることもないしな。俺は扶桑さんの言う通りにもう寝てしまうことにした。
その夜は、夢も見ずにぐっすりと眠った。おかげで、朝はスッキリ目が覚めた。
朝食も扶桑さんの手作りだと言う。和風の汁物に、漬物、湯豆腐っぽい食べ物、焼き魚など。地味な色合いだが味わい深い。異世界で和風の物が食べられるなんて思いもしなかったので、感動もひとしおだ。
「醤油や味噌はないのですが、似た味のものはありますからなんとかなりましたよ」
「久々の和食すごく嬉しいです、有難うございます!」
「朝から扶桑様のお手作りの食事がいただけるなんて……絶対記録に残して保存します……!」
アカシアが感動して、マギネも頷きながらかきこんでいる。そういえば、世界樹が料理を作るなんてレアだよなあ。木だもんなあ。火を使うなんて危ないのに……。
「草也殿の為に、修練を積んだのですよ。おばあちゃんですからね」
扶桑さんはにこやかな顔をしているが、どれだけの練習を積んだのだろうか。
自分は食事の必要のない身なのに、わざわざ作ってくれたその気持ちがとても嬉しい。
食後、元同僚や知り合い、そして両親との会話をするみんなを見守りつつ俺は今日の予定や、不測の事態への想定などを話し合った。
そうしているうちにあっという間に出発の時間になった。
扶桑さんや、エルシーさんのご両親などが見送りに来てくれた。
「いつまでも此処に居て欲しいものですが、そうもいきませんね。名残惜しいですが気をつけて行くのですよ、草也殿」
「ありがとうございます、扶桑……お祖母様」
扶桑さんはぱっと表情を明るくする。本当におばあちゃんって呼ばれたかったんだな……。
「ミルラのこと、どうかよろしくお願いします」
「はい、できる限りのことはします!」
チカぴさんはもうドラゴンに戻ってあとは飛び立つばかりになっている。
俺達は籠に乗り込んで、座席につくと扶桑さんが俺達を見守っていた。
「んじゃ行くよー!」
「頼むで、チカ」
去る前に、一つやり残しが有るのを思い出した。俺は大声で叫ぶ。
「また会いに来ますよ、ええと……おばあちゃん!」
俺は少し顔が赤く染まるのを感じながら、扶桑さんに声をかけた。
「お待ちしております、草也殿、あなたの旅が無事であるよう願っております」
扶桑さん笑顔で手を振っていた。小さくなって、見えなくなるまで、扶桑さんはこちらを見つめ続けていた。
しかし、エーリュシオンさんの加護がないせいか、今度の空の旅は本当に寒い。
すごく良いコートを仕立ててもらったのだが、それでも寒い。ティエライネン方面に向かうにつれてどんどん寒さが増していく気がする。
コートを着ていてもこんなに寒いのにドラゴン形態だと何もきてないチカぴさんは、果たして寒くないのだろうか。
「ちょっと寒いけど、そのくらいかな。ずっと飛んで体を動かしてるし、それにね、あーしは元北海道の女子高生だからね! マイナス15度でも生足で通学してたことを思うと、鱗があるだけ楽って感じかな!」
ちょっとチカぴさんの表情が自慢げになる。
「え、この寒さで生足ッスか!?」
マギネですら驚いている。驚くよな、俺も驚く。
「そ、それは……寒くないですか? タイツとか履いちゃ駄目だったんですかね……」
「寒いけど、タイツより生足のほうが可愛いと思ったんだもん!」
「つまり可愛いタイツがあれば履いた?」
「もち! 可愛いほうが大事!」
可愛さへのガッツが本当にすごい。
「チカはかわええへの努力は惜しまんもんなー。せやからチカはかわええんよな。世界一かわいいじぇーけーがチカやで!」
「えへへ、ペリュぴわかってるじゃーん!」
女子高生の偉大さを感じつつ、俺達は北東へと向かっていった。




