第97話 瀕死(メンタル)
案の定、俺のメンタルは死に瀕している。
扶桑さんが俺の黒歴史を片っ端から領域展開していくせいである。エルシーさんのなでなでがあっても動けない。
マギネ達は俺をニヤニヤ見つめているし、もうだめだ。殺してくれ。
「床に転がる草也殿も愛らしゅうございますね」
話し終わった扶桑さんが愛情たっぷりの視線で俺を見つめてくる。とりあえず、話し終わって気が済んだらしいので気を取り直して本題に入ろうかな。
俺にはまだダメージが残っているので、力なく俺は起き上がった。
「有難うございます、扶桑お祖母様、質問があるのですがよろしいでしょうか?」
「どうぞ、なんなりと」
扶桑お祖母様、というと満足げに頷いてくれた。
それで黒歴史をつまびらかにするのを辞めてくれれば安いもんだよ。
ついでに、できる限りの人払いもお願いし、部屋に残されたのは扶桑さんとエルシーさんのご両親と、俺達一行だけになった。
まずはどちらから質問しようか、と悩んで先に琥珀のことから聞くことにした。現状一番身近な脅威だからだ。
「これ、魔王が狂う前に持っていた宝石らしいんです。分析してみると、なんか閉じ込められた蜂はもう死んでるんですが普通の蜂ではないらしくて。扶桑さんならなにかご存知かな、と」
ペリュさんがお父さんから受け取った琥珀の箱を開けて扶桑さんに手渡した。数秒じっと見つめると、扶桑さんは深くため息を付いた。
「久方ぶりに見ました。これは魔の眷属の蜂にございます。これに刺されると人は息絶え、目を合わせると魂を抜かれてしまうのですとはいえ、数秒ではなく数分、数十分が必要なのですが、なるほど、珠の形にすればいやでも目が合うという仕掛けにございます」
あ、やっぱり詳しくご存知だった。
「複眼の蜂のすべての目に邪眼を埋め込めれば、数千の邪眼に見つめられる、という呪詛をかけることが出来る仕組みにございます」
思ったよりも悪質なだな……。あの目を思い出すだけで背中がゾワゾワする。
「眷属の主って、具体的には誰、とかわかりますか」
扶桑さんは知っているが言うのを迷っているようだった。
「それについては、名探偵の草也殿ならば、おそらく辿り着けることでしょう。いえ、もうわかっているのではないですか?」
「……」
今度は俺が何も言えなかった。推測は有るのだがまだ確信に至っていない。気軽にあいつじゃねーの?とかいって間違ってたら冤罪になるもんな……。
そして、魔族の王はある意味、その冤罪の被害者だった。答えを簡単に口にするわけにはいかないか。
「それを確認に、ティエライネンに行こうと思っています」
「それが宜しいかと。おばあちゃんはここから身動きできないのです。この社の下に魔王を封印しておりますので……。魔王は、今も心臓を動かし、闇の魔力を生み出し続けている、手強き輩にございます」
てっきりもう心臓も止まって、念の為封印してるのかと思ったら生きてるのかよ。
「それと、ミルラさんのことです。ミルラさんの状態については推測が立っていて、多分解呪できると思うんですけど」
「誠にございますか!? ミルラは我が娘のような存在です。孫にこのようなことを頼むのは祖母として恥ずかしきこととは思いますが、どうかミルラも救ってあげてくださいませ」
扶桑さんは礼儀正しく正座して頭を下げた。
「もちろんです。お聞きしたいのはミルラさんの子供……どんぐり2つがまだ残っているらしいんです。心臓に埋め込まれていてその力で動いているのかな、と推測しているんですけど。どこにどんぐりがあるか、扶桑お祖母様はご存知では有りませんか?」
「残念ながら、どこに在るかはわからないのです。心臓の中にあるなら、私が取り出せば済む話ですからね……」
それもそうだな……。それは、地道に探してみようと思う。一応、推測はしているのだが、もう少し検討材料がほしい。
「でも、この石、どうしたら良いでしょう。あまり良いものじゃないと、俺の従者も言っていましたが……」
「壊しても目が残っては困りますからね。あの小さな目、一つ一つが邪眼で、生きてはいなくとも見るだけで弱き者は覿面に邪気を受けます。……草也殿がお作りになった霊薬を使うと宜しいかと」
やっぱどんぐり汁か。俺本体より、どんぐり汁のほうが有能説有るな……。どんぐり汁先輩と呼ぼうかな、これから。
「マギネ、ペリュさん、出番だぞ!」
「やったー! いっちゃん楽しいところや!」
「若君サイコーっす!」
魔法狂いの二人が狂喜乱舞していた。こいつらが煽り散らかしたせいで俺のメンタルは瀕死だと言うのに……。悔しい。いつか復讐したい。
どう浄化するか検討したが、中に入っている蜂の目にダメージが行かないように、水の中で破壊処理を行ってそのまま浄化することにした。
肉眼で見えないサイズの邪眼が万が一体についたり床に落ちたりしたら困るので……。
扶桑さんとペリュさんが、万が一の事故がないように二重で結界を張る。そして大きな朱塗りの盃の中に水を入れ、そこにどんぐり汁を一滴垂らし、濃いめのどんぐり汁溶液を作る。
魔力遮断の手袋を装備したマギネが水溶液の中に琥珀をいれるが、琥珀自体にはなんの属性もないので溶けなかった。そこで、エルシーさんにお願いし、琥珀にヒビが入る程度の力で割ってもらうことにした
琥珀はエルシーさんのナイフの一閃で簡単にひびがをいれることができた。そこから、じわじわと水溶液が中に浸透していき、どろりとひびから黒い液体が墨流しのように溢れ出てくる。
黒い液体が出にくくなると、どんぐり汁を一滴足す。それを何度も繰り返す。
目の部分が溶けていく度に、なんとも耳障りな断末魔が小さな音量で流れて、俺達の気分を重くした。
「何度見ても不思議なもんやなー」
「あの複眼の一粒一粒が邪眼だなんて信じられなかったけど、この延々響く断末魔を聞くと納得っす……」
「呪詛を悪用するなんて、許せん奴やな。眼の前におったらどつき回したるんに!」
ペリュさんが憤っているが呪詛ってどっちかって言うとこっちが正当な活用法では……と思ったが、黙っておいた。異世界では価値観が違うっぽいからな……。
小一時間処理は続き、ようやく終わったときには金色に光る水の中に、もう光を失った砂のような目の残骸と、割れた琥珀のかけらだけが残っていた。
割れた琥珀と、あの気持ち悪い目の残骸はペリュさんが得意の火属性魔法で溶かし尽くし、それでも一応念の為に溶けた鉄と混ぜて封印した。
「これでおとんも安心してダイエットに励めるっちゅうもんや」
ペリュさんはそう言い捨てた。一族の運命を狂わせた琥珀が鉄の塊に変わったのだ。
やりきれなさと、スッキリさの両立した表情をしていた。おじいさんの数少ない形見であり、敵であった琥珀。愛憎入り交じった気持ちを抱いているのは当然だと思う。
「扶桑様、この件については箝口令を敷く形で宜しいですか?」
エルシーさんのお父さんが言おうと思っていたことを聞いてくれた。助かる。
「そうですね、草也殿、それで宜しいですか?」
「すべてを明かすのは、全てが終わったあとが良いと思うんですよね。魔王さんの名誉回復をしたい気持ちはあるんですが……」
ペリュさん達には申し訳ないが、今それを公開してしまうと、魔王の中の人に逃げ道を与えてしまうかもしれない。それだけは避けたい。
「かまへんで、今更公開したって爺が生き返るわけやあらへんし、やったことは変わらんからな。子孫のうちらが知っとるだけで今は十分や」
ペリュさんはさっぱりしたものだった。でも、その態度が今はありがたい。
「それにしても若君、ミルラ様はともかく、わいらにまで気をつこてくれるんや? なんや下心でも有るんか?」
「下心はないとは言いませんが」
「どんなタイプの女の子が好みなん? うちか? チカか? おかんか? それともお金が好きなんか?」
ニヤつくペリュさんにエルシーさんと扶桑さんがちょっと引きつった表情をしている。誤解を解かねばならない。
俺の下心はそういうのとちょっと違うからだ。1ミリも無いとは申しませんが。




