第95話 野生のおばあちゃん
「草也殿ですか……?」
扶桑さんと思しきお姫様が首を傾げる。
「はい! お久しぶりです、扶桑さん。おかげさまで転生して、写し身も使えるようになってご挨拶に伺うことが出来ました。遅くなって申し訳ないです!」
「二月足らずでここまで大きく育つとは……」
扶桑さんは、よく見ると二十代後半の落ち着いた感じの女性だった。高貴な姫君、と言われても全く違和感がない。
長い和服の袖を顔に当ててわなわなと震えている。俺を見つめるその瞳には、畏れの色すらある。
早く育ちすぎて気持ち悪がられているのか、はたまた俺の顔がよろしくなかったのか……。ああ、こんなことなら今朝出来たばかりの礼服を着てくるべきだっただろうか……。
最初にあったときと同じ服のほうが良いかなと思ったけど、礼装のほうが少しはマシだったかもしれない。どちらにせよ、後悔してももう遅かった。
「草也……草也殿……」
プルプル震えながら俺の名前を呼ぶ扶桑さん。その目は尋常ではない表情を浮かべており、俺が何かをやらかしたのか、はたまたなにか事情があるのか想像もつかない。どうしよう。
「は、はい。何でしょうか? 何か俺、失礼なことをしてしまったでしょうか?」
後ろを振り返るとエルシーさんが冷や汗をかき、マギネとアカシア、ペリュさんたちの顔も引きつっている。
あんなきれいな女の人が挙動不審なことをしていると、意図がわからずとても怖い。出会ったときの扶桑さんはもうちょっと落ち着いていて礼儀正しい人だった気がするのだが……。
エルシーさんのお父さん以下も緊張で身構えている。一体俺が何をやらかしたのか、誰か早く教えてほしい……。
「草也殿! 良くお聞きなさい!」
顔に似合わないテンションの高い声だった。威圧感はあまりない。
「は、はい!」
俺は反射的に返事をしてしまう。
「私のことは、お祖母様と呼んでくれてよいのですよ!!」
顔を真赤にした扶桑さんが絶叫すると、きゃー、と言いながら古式ゆかしく袖で顔を覆いつつ、ちらちらこちらを見ている。
俺が困惑した顔を見て取って、扶桑さんは言葉を付け足す。
「あ、お祖母様がいやなら、おばあちゃんでも、ひいおばあちゃんでも、なんならババアでもいいのですよ!」
扶桑さんが唐突に理解できない発言をしだした。
「はい!?」
扶桑さんのおつきの皆さん、俺達一行、そして俺。扶桑さんの言葉が一ミリも理解できずに全員フリーズしている。
だって、偉大で人格者との誉高い女性(であり世界樹)が自分をババアと呼べとか、あまりにも想像できない事態すぎるからだ。
「あ、名乗り忘れておりましたね……草也殿。私が扶桑、日の本の国から来た世界樹です。はじめまして、そして久しぶりですね。エルシー、私の見込み通り、草也殿によく仕えてくれたようですね。礼を申します」
急にまともに戻った扶桑さんに、一瞬反応が遅れたがさすがエルシーさんである。
「はっ。ソウヤ様の健やかなる成長は扶桑様のおかげかと。お役に立てて光栄に存じます!」
エルシーさんはかっこよく頭を下げた。扶桑さんも正気に戻ったようでよかった、さっきのババアとかなんとかは俺の幻聴だったのかもしれないな……。
しかし、そんな俺の思いをよそに、扶桑さんはずんずんと前に進んできて、大きな袖を広げると、一瞬にして俺を抱きしめた。
俺は混乱で体が動かなくなる。いい匂いはするがそれがなおさら混迷の度を深めている気がする。
「草也くーん! ずっとお会いしとうございました!!」
すごく高そうなお香の匂いと扶桑さんの腕に包まれて、俺が困惑しながら周囲を見回すと、引きつった顔の扶桑さんの守護者たちと、困惑顔をしたエルシーさん達がいた。
(誰か、助けて)
耳打ちをしたが、扶桑さんの叫びに遮られ届かなかった。皆俺を同仕様も出来ない顔で見つめている。頼む、助けて。
「草也くん、生まれたときからずっと見守っておりました……!そーちゃんって呼んでもかまいませぬか!? 絵本読む? それともはんばあぐ食べる!? それとも魔法の練習をする!?」
「扶桑様、落ち着いてくださいと事前にお約束したではないですか、草也様が怯えておられますよ」
エルシーさんのお父さんがやっと間に入ってくれた。強面だけど頼れる人だ……。
「でも! でも! やっといらしてくださったのですよ! 一月半も我慢したのですよ! あの忌まわしき魔王の為にお目もじ叶わず、孫の如き草也殿に会いたいと一日千秋の思いでお待ちしておりましたのに! 止めないでくださいまし!」
ティエライネンに行く前に、呪われた琥珀やミルラさんのことを扶桑さんに相談しようと思っていた。
それなのにようやく出会った扶桑さんは野生のおばあちゃんだった。母方でも父方でもない、謎のおばあちゃんだ。
正直自分でも何が起きているのかわからない。
「草也殿! おばあちゃんはずっと会いとうございました! ほら、おばあちゃんと呼んでくださいませ! ババアでも構いませぬ!」
「落ち着いてください扶桑さん! 正気に戻ってください!」
扶桑さんは俺の言葉が聞こえていないようだった。
高貴な姫君の姿の扶桑さんが、自分をおばあちゃんと呼べと強制しつつ俺を抱きしめて俺のスーツに高速で頬ずりを繰り返している。
エルシーさんとエルシーさんのお父さんは、相手が相手だけに無理やり引き剥がすことも出来ず、かといって俺の立場的に見放すことも出来ずに二人揃ってオロオロしている。
「ここ百年以上ずっと厳しく己を律してたから、お孫様に会ってタガが外れてしまったのはしょうがないのかも……」
「ミルラ様のことで心を痛めているだけよりはまだ健全でいらっしゃるのかも……」
「孫がほしいってこの百年くらいずっと言ってたもんなあ」
「孫の歌とか作って歌ってたもんな……」
「ミルラ様の種が生きてたら孫になってたかもしれないのに、それが叶わなかったからな……」
ボソボソと呟かれる新情報。何それ全然知らなかったんですけど。
そうなると、なんかおばあちゃん、と呼んであげるだけの事ができない自分が不義理に思えてきた。思い切って声に出してみる。
「お、おばあちゃん」
思い切ったその一言に、扶桑さんはわが目を疑うような顔をして俺の顔をまじまじと見つめて抱きしめた。
「そう、私が貴方のおばあちゃんなのですよ!ああ、これが本物の孫!なんと可愛らしい……! 嗚呼、孫! 孫! 嗚呼ー! いと愛らしきちいさき者……!」
更にぎゅっと抱きしめられ、俺は急なハグに喜ぶことも出来ず、ただ扶桑さんが落ち着くのを待った。
本当なら、嬉しいことのはずなのに、あまりに脈絡がない経緯でハグされると人は恐怖を覚えるんだな……。扶桑さんは暫く孫の素晴らしさについて絶叫していた。
数分して、ようやく興奮状態の落ち着いてきた扶桑さんが詫びる。
「申し訳有りませぬ、ずっと見守っていた草也殿が現実に手の届くところにいる、と思うと嬉しくなってしまって……」
「ずっと……?」
俺は思わず聞き返してしまった。その言い方ではまるでストーカーではないか……。
扶桑さんは俺との出会いを説明し始めた。




