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元社畜、どんぐりに転生する【完結】  作者: 芥部


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第92話 家族の肖像



『ヴァリエール、見覚えがないか?』


 急に胸ポケットから声がした。もぞもぞと、男爵が這い出てきた。


「男爵、良いんですか!?」


 俺が驚き確認すると、男爵は頷いた。そういや、元々の知り合いだって言ってたもんな……。


「その声と爺むさいしゃべりはゴムシー!? お前生きとったんか? それにしてもけったいな風体になってもうて……」


 今度はヴァリエールさんが男爵の姿に絶句している。驚くよな。もともと人間だったのがダンゴムシだもん。


『若君、申し訳有りませぬ。誰も言わないので、わしが言わせていただきます。さきほど若君の見ていたあの目、覚えがありますぞ』

「言われてみれば、そうやな……」


 ヴァリエールさんは訝しむような目で琥珀を見つめていた。


『あの目は、魔王の目と同じでした』


 エルシーさんも急いでルーペを覗き込むと、顔をしかめながら頷いた。

 俺はもう一度、こわごわルーペを覗き込む。たくさんのまぶたの中に、たくさんの眼球が有る。

 ただ、その眼球が大きさ以外で常人と違うところがあった。瞳の色が、常人とは違うのだ。まるでブラックオパールに似た虹色の光があった。人外そのものの瞳孔だった。


「せや、なんで忘れとったんやろう」


 ヴァリエールさんが、先程の琥珀がしまわれていた部屋に入ってまた戻ってきた。手には小さな額があった。


「これ、親父の若いときの肖像画や、他は皆焼けたり水で駄目になったんやが、これだけ残っとったねん」


 カラーで写実的に描かれた王冠を戴いた、穏やかな顔の若い魔族の男性。その瞳は、ヴァリエールさんとペリュさんに似た黄色だった。


「親父の目はあんな色やなかったんに、なんでわいはそれを忘れとったんや?」


 ヴァリエールさんが、震える声で呟いた。

 俺達は、琥珀の中の謎の複眼を持った蜂と、ヴァリエールさんの持ってきた肖像画を見比べた。


 うっすら濁り、命がないのにどことなく恨みがましい瞳の集合体と、穏やかな顔の肖像画。ただ見せられただけでは関連に気が付かなかっただろう。


「やはり、この琥珀……いや、この蜂、何か力があったんでしょうね。幸い、今は何の魔力も感じませんが」

「そうとしか考えられんが、いや、ショックやなあ……」


 ヴァリエールさんはそう呟いて、うなだれた。


 実の父が豹変して自分の手で殺さなければいけない、というところまで追い詰められてしまった。

 その原因がこのちっぽけな蜂の目だとしたらあまりにも辛い。なんと声をかけて良いのかわからない。


「マギネはん、ほんまおおきに。親父の狂ったんは元からでなかったことがわかっただけ救われたわ。もし、俺も狂ったらどうしようと常々思っててん」


 ポツリとヴァリエールさんが呟いた。

 そう思いながら生活して、しかも他人を統率し生活の保証をしなくてはいけないのは相当辛かっただろうな……。


「いきなり太り始めたのもその予兆かと思って焦ったんやが、いやなんでもなくてほんま良かった。膝はいわしてもーたけどな」



「今はほとんど力は残っていないと思いますが、でもあんまり見ない方が良いと思うんスよね、この目……。この小ささに圧縮されてるからわからなかったけど、呪詛的な図形とか形状って有るじゃないっすか」


 マギネが真面目な顔をして言う。こういう時のマギネの言葉は真面目に聞いたほうがいいやつだ。


「五芒星とか?」

「そうっす。それは、その形であるだけで意味をなす、みたいな……説明が難しいんスけど、見てると気持ち悪くなるってのは、よくないものに心を繋げやすくなるんスよ。だから、これはもう箱に閉まっちゃいましょう」


 そう言ってマギネは元の箱に琥珀を入れ直し蓋をする。なんとなく部屋の空気がそれだけで軽くなるように感じた。


「この琥珀、わいじゃどうにもならんから、悪いんやがペリュ、扶桑様のところに行くやろ。持っていって相談してくれんか。大事な物やないから最悪壊してしまってもええから」

「嫌やとは言えん雰囲気やなあ。しゃーない、やるか。危険手当はつけておいてや」


 といって、ふと俺の胸元を見るペリュさん。


「それはそれとして、その喋るダンゴムシの人、どないしたん? おとんはゴムシー言うてたけど、あの魔王殺しのゴムシー男爵の子孫の方が呪われたとか、そういう感じなん?」


『ヴァリエールの娘、ペリュシデア殿よ、残念ながらその男爵本人ですぞ』

「え!? 死んだんちゃうん!?」


 ペリュさんは驚きのあまり後退りした。

 ゴムシー男爵が魔王の首をはねて相打ちで死んだ、という話はもはや伝説として語り継がれている。それが事実でなかったことにペリュさんもチカぴさんも驚きを隠せないようだった。


「ペリュ、この声は確かに本人や。忘れもせーへん、魔王に殺されたはずのゴムシー爺さんや」


 今まで何があってもひょうひょうとしていたペリュさんが、目をまんまるにして動きをフリーズさせていた。

 とりあえず、俺と男爵から実は死んでいなかったこと、しかし魔王の呪いが思ったより悪質で現状解呪が難しいことを伝えた。


『それでも、生きてエルシー殿やヴァリエールに再会できたのだから、わしはついております。まさか、わしが首をはねた魔王が魔王でなかったなどということも、生きていればこそ知ることが出来ました』


 それは、知って嬉しいことなんだろうか。俺は複雑な気分になる。


『だからこそ、次があれば、わしはしくじらぬよう、全力を尽くす所存にて』


 ダンゴムシの小さな瞳には、強い光が宿っていた。次があれば絶対に仕留める、という顔だ。


「そんなちいこくなってもゴムシーの爺さんはなんにもかわらんのやな……」

『槍の腕もまだ鈍ってはいない自負もありますぞ』


 俺は、ポケットからさっきもらった豆を取り出して一粒放り投げた。男爵の小さな槍は一瞬にしてそれを粉々に砕き、床には哀れなニワトリ豆の残骸が散らばった。


「ほんまに槍はまだ使えるようやな」

『これだけが取り柄でしたからな』

「熱烈なファンもいますもんね」


 俺がそう言うと、男爵は少し照れたような顔をした気がした。


「しかし、こうしてるとあのときの討伐パーティーが復活したみたいな気持ちになるわ」

「本当にそうですね」


 エルシーさんも同意した。


 エルシーさん、男爵、ヴァリエールさん、そしてチカぴさんのお父さんと、扶桑さんの子供?の俺。

 一応、関係者も入れていいなら全員集まっているのか。


「ゴムシーのことは、扶桑様には教えてもええやろけど、他の者がどう広げるかまではわからんからな。ペリュ、チカ、絶対に秘密にしとくんやで。チカのおとんにも絶対内緒やで。あいつ酒癖悪くて飲んでる時はべらべら喋りまくるからな……」


 ヴァリエールさんは念を押し、エルシーさんも頷いた。そんなに酒癖悪いんだ……。


 俺とエルシーさんとアカシアはなんとなくマギネを見たが、表情一つ変わっておらず、『私には酒癖なんて有りません』という顔をしていた。お前は少しは反省しろ。


「わかったで!」

「はい! そもそもあのクソ親父とは絶縁してまーす!」


 うーん、良い返事。


「マギネ、お前もだぞ?」

「えっ、当然じゃないっすか。そんな私の酒癖が悪いみたいに言わないで欲しいッス」

「お前、つい最近やらかしたばっかりじゃん……」

「あんなのやらかしたうちに入らないッスよ、セーフっす」


 あれでやらかしてないなら何ならやらかしたことになるんだよ……。


 何はともあれ、良い返事がもらえて、俺はホッとした。

 実は死んだはずの英雄が生きているなんて絶対に騒ぎになるし、それが良い方に転ぶという保証はない。


 逆のパターンももちろんあるかもしれないのだが、この件が知れ渡れば複眼の持ち主が何もしてこないとは思えないのだ。もし全てを明かす時が来たとしても、それは全てが終わったときにしたい。

 俺は心配性なので。


「ま、とりあえずその件は終いにしよ。おとん、一回家に戻ろうや。おかんが待っとるし、土産も貰ったんやで、若君たちにも休んでもらわな」

「そういえば、今何時くらいなんですかね、外の明るさがわからないので、いまいち感覚が……俺が死ぬ時は腕時計もしてたのに、それは写し身魔法を使っても再現されなかったんだよなあ」


 地上では皆なんとなく太陽が登れば朝、一番上にあるときが昼、落日が夕方、見たいなゆるゆるタイムで生きている。

 俺は仕方無しになんとなく今何時ころだろうな……みたいなふんわりした感覚で生きているのだ。

 なので、太陽がないと本当に時間感覚が消滅してしまう。腕時計ほしいなあ。無理だけど。



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