第90話 世界樹からの転職
逆さまに生える真っ黒な木がこちらに視線を向けたのをなんとなく感じた。
「導師ペリュシデアか」
重々しい声が響く。これがチェンさんの声か。
「お久しぶりやな、お客さん連れてきたけどお時間大丈夫やろか」
「構わぬ」
改めて思うが、顔がないと表情がわからないから声と雰囲気から空気を読むしか無い。
それでも今までついてきてくれた聖樹族の皆様には感謝しなくてはいけないな。
「はじめまして、世界樹の木野と申します。扶桑さんのどんぐりから生えてきました。教えていただきたいことがあって伺ったのですが……」
「世界樹か……」
チェンさんの声から渋い表情がうかがえる。断られるパターンか? と思いきや。
「よかろう、私も元は世界樹だったのだからな……元では有るが、初めて見る同類だ。歓迎しよう」
「元世界樹なんですか!?」
驚きだが、確かに元世界樹の暗黒樹はいると聞いたことがある。
「うむ。話せば長くなるな……」
その話は本当に結構長かった。
この世界の時間で2000年以上前、中国……当時は清と呼ばれた場所でチェンさんは生まれたという。
科挙に合格すべく幼い頃から猛勉強をしていたのだが、最初の試験に合格した時次の試験のことを考えると唐突に全てが嫌になってしまったらしい。科挙ってすごいっていうもんなあ。発狂する人もまあまあいるくらいハードだとか。
そこで、仙人になるべく修行すると言って家出して各地をさすらっている間に崖から足を踏み外し、こちらに転生したという。
俺もエルシーさんも知らない、最古の世界樹の紹介で転生したものの、世界樹を甲斐甲斐しく世話を焼く聖樹族に困惑したのだと言う。
「木ならば思索や瞑想にふける時間が有ると思って承諾したのだがな、朝に夕に我に世話を焼く者共が常に側にいて気になって瞑想も思索も出来ぬ。常に数十人に囲まれて、私は心が擦り切れてしまってな……」
ああ、ちょっとわかる。一人に慣れていると、周りに人がいるというだけで気を使い続けて疲れちゃうんだよな。
俺はもう慣れてしまったけど、慣れられないパターンだってもちろんあるわけで……。
そしてストレスにやられてしまったチェンさんは、ある程度成長したものの葉もスカスカで実もならなかった。そこで、世界樹になったことを後悔して、最初にこちらに勧誘したという世界樹に頼んで地下に植え替えてもらったと言う。
魔族は聖樹族ほど世話焼きがおらず、皆適度に放置してくれて過ごしやすかったという。
幸い、地脈に接続できる程度には成長していたため、生存に必要な栄養は全てそちらから摂取していた。地下にいるうちに、闇属性の魔力を多く吸収し暗黒樹になったらしい。
「地脈ってなんなんですかねえ、聖樹族の皆さんに聞いても地脈の実物は見たことがないらしく」
「深き地中に張り巡らされた、細い根のようなものだ。そこには魔力や水分が通っており、主に南北に分かれて生えているのだ。ここは北の地脈に繋がる場所だ」
「なるほど……」
「深くつながればつながるほど、簡単な連絡をしたり、お互いの存在を感じられるようなのだが、私はそれが不得手でな……それで、あまり深くつながっていないのだ。なので他の暗黒樹について問われても居ることくらいしか知らぬぞ」
「いえ、俺がお伺いしたいのは270年前のことなんです。例の魔王が宝石をもらった、と聞いたのですがそのことについてなにか知っていることはありませんか?」
「あの琥珀か、知っておるぞ。あの王は時々私に相談事や愚痴を言いに来たのだが、その時に見せに来たのだ。仙人を志す者として善行を積むのも修行のうちであるからな」
やはりなにか知っているようだ。聞きに来たかいがあるというものだ。
「あれは確か、この大陸の中央北部の森林地帯からとれたものだ。琥珀自体は珍しくないが、あの大きさのものは珍しい。そしてな、あの琥珀、今はどうか分からぬが、中に封じられた虫が生きておったのだ」
「えっ、でも琥珀って太古の樹液が長い年月を経て固まったとかそういうやつですよね?」
「そうだ、だが、確かに私は私を見返す虫の目を見た。凶相を示しておるから、捨てるか燃やすように助言したのだがな……。それ以来、あやつは私に会いに来ることはなかった。その場で壊させていればもしかして、歴史は違っていたのかもしれんな……」
チェンさんは後悔をにじませながら、俺に向かってではなく、今は亡き魔王に向かって呟いているように見えた。
「貴重なお話ありがとうございます。今、地上で起きている事件が有るのですが、その事件を解決するための参考になりました」
「うむ。それはなにより。ところで若き世界樹よ、少し聞いても良いか?」
「はい、俺が知ってることなら」
「知っているならば教えてほしいのだが清はどうなっているのだ? まだ科挙は有るのか?」
割と普通の質問だったので無事答えることが出来た。清は消滅し、中華民国から中華人民共和国になったこと、科挙は消えたが、受験戦争はある意味科挙かもしれない、ということなどを伝えた。
俺はあまり中国に詳しくはないので多少の嘘は混じってるかもしれないが……。
それを聞いたチェンさんはしみじみとした表情をしているように、なんとなく思えた。元同族だから感じるのだろうか。自分を狂わせたイベントだし、思い入れがあったんだろうなあ。
「そうか、それにしても科挙がなくなるとはなあ。文字通り気が狂うほどに打ち込んだものだが……。隋から始まり宋、明、と続いたあの歴史がなくなるとは、長く生きているといろいろなことが有るものよ」
「でも、まだ清がなくなって百年くらいしか経ってないんですよ。こっちの時間の流れ、遅いですよねえ。こちらでの十年が、あちらでの一年位の気がします」
「それ故ゆっくりと物事に向き合える時間が有るのかもしれぬ。考える時間が有るのは良いものだ」
「なるほど、確かにそうかも知れません」
チェンさんは思ったよりも落ち着いていた。住んでいた国がなくなった、と聞けば落ち着きを失いそうな気もするが、もう体感では1000年以上昔のこととなると落ち着いて聞けるのかもしれない。
長命であることに時間の緩やかさが加わって、新しいものに対応するための時間が現代の地球に比べると余裕がある。しかし、逆に言うと俺が死んでまだ一ヶ月どころかまだ10日も経っていない。まだ死体が検死とかされてる途中なのかも、と思うと微妙な気分になるな……。
「そういえば、扶桑殿が申していた跡継ぎとは貴殿であったか」
「一応、多分、はい……」
正直自信がない。エーリュシオンさんがボンクラというのもやむを得ないレベルの無能である自覚はあります。
「この魔族の街を出たら、扶桑殿に会っていくがよかろう。というか、扶桑殿が珍しく私に地脈越しで連絡をよこしているのだ。帰りに寄るように伝えてほしい、と」
一応俺も地脈に接続しているから俺直接連絡をくれてもよさそうなものだが。まだ連絡機能は使えないのかな、俺の魔力がしょぼくて。
「扶桑殿は魔王を封印しており、身動きがとれぬのだ。支度を整えたら向かうがよかろう」
なるほど、そういうことか……扶桑さんが逆にちょっと心配だな。
俺達はチェンさんにお礼を言い、チェンさんの居る広場を後にした。




