第9話 どんぐりマッサージ(健全)
「お……ほ……?」
エルシーさんとジェスロさんが同じ声を上げ、同じ表情をしている。
見てはいけないもの、有り体に言うなら化け物でも見たかのような目で俺を見ていた。
やめて。そんな目で俺を見ないで。
今日は何度も沈黙が重い場面はあった。その中でもこれが今日一番の重さだった。
周りで見ているエルフの皆さんも目を剥いている。
目をそらすものもいたし、子供達はマッハで外に出された。俺の声そんなに教育に悪いかなあ。
……うん、最悪だな。
「え、ええと……やはりヤスリをかけるのはお辛いですか?」
エルシーさんは一応俺の体面を守ろうとしてくれるのか、真逆の言葉をなんとか絞り出してくれた。
もちろん、違う。俺は全てを諦め、開き直った。
思いっきり深呼吸をし、呼吸を整える。本当にどうやって呼吸してるんだろう。全然わからん。
「いいえ! あまりに! 気持ちが良くて! 感動のボイスがまろびでてしまいました!」
きっぱりと宣言した。言葉遣いが胡乱なのは動揺しているからだ。許して欲しい。
だって下手な言い訳をしても……絶対通じないでしょ……。
唯一の救いは俺がどんぐりであるため、セクハラにはならないであろうことだ。
……ならないよね?
「……あ、はい……。なるほど……」
有り体に言うと、エルシーさんはドン引きした目で俺を見ていた。
まだ名前を聞いてないエルフの人がエルシーさんに耳打ちしてるのが聞こえる。どんぐりになってから聴力もアップしているようだ。
(エルシー……若君、もしかしてこの前エルシーに『頼む! 俺を鞭打ってくれ!』って金貨を積んで頼んできた人間族の生まれ変わりなんじゃないの?)
(あの人間族は二十年くらい?前の話だしまだ死んでないと思うわ……)
(でもねえ人間族すぐ死ぬしねえ……)
聞こえてますよと言いたいが、全ては己が原因なので、俺は突っ込まなかった。
エルシーさん苦労してるんだな……。
あと、俺そういう勘違いされてるんだ……心外だがわかってもらえるように説明できる自信がない。
でも(健全な)マッサージが上手すぎると声が出ることがある。本当だ。
世界樹になったらどうにかわかってもらう機会もできるかもしれない。
俺は脳内のメモに、異世界でマッサージの良さを布教することを書き加えた。
幸い、ヤスリがけはその直後に終わった。良かった。
アレ以上ヤスリがけが続いてたら世界樹としての黒歴史が始まっていたかもしれない。
いや、多分もう始まってるな。これ以上増やさないようにしよう。
「すみません、次はポーションをお願いします」
「はい!」
どん卒の第一段階、ヤスリがけは無事終わった。
第一部、完!
これ以上恥ずかしいイベントはもう無いはずだ。
そう思い込んで俺は心を落ち着けることにした。
「ジェスロさん、ヤスリについた粉と殻を削った粉を集めてマギネさんへ」
「はっ」
元の目的を思い出し、皆が先程の空気感を忘れ始めてくれた。
この調子でさっきのことは皆永遠に忘れていて欲しい。
マギネさんは受け取った粉を虫眼鏡で眺めたり、粉末を小さな皿の上に乗せて光を透かしたり、何かの魔法をかけたりと分析しているようだった。
「……これは、本っ……当に! 素晴らしいですね!」
マギネさんは心底嬉しそうだ。
「簡易な分析ですが、魔力が質量に対して詰められる理論値の限界まで詰まってます。世界樹の葉だってこんなに詰まってないですよ!」
えっ、そんなにすごいんだ。。
「ほぼ純粋な魔力が物理の形を取ってるだけ、みたいな感じがしますね!」
どんぐりの殻って人間で言えば伸びた爪とか髪の毛くらいの立ち位置だと思ってた。
まあそうか、世界樹の葉って世界樹本体を作り出す種に比べれば文字通り枝葉末節だもんな……。
あれ? もしかして俺なんかやらかしたかもしれん。
でも、まあ……大丈夫。多分。
「こんなすごい物質が触れるなんて! 私が好きにしていいなんて!」
好きにしていいなんて一言も言ってないです……。
「若君あざーーーーーっス! ヒュー!! 最高!」
マギネさんは両手を上げテンション高く喜んでくれた。マッドサイエンティストみがすごい。
マギネさんのあまりの喜びっぷりに、聖樹族の皆様がドン引きしていた。
ドン引きのターゲットはマギネさんにすっかり移動したようで、俺も助かった。
粉くらいじゃんじゃん好きにして欲しい。
「どう? その粉でポーション作れそう?」
「モチっす!」
軽い返事が返ってきた。マギネさん、やっぱり面白い人かもしれん。
俺、マッドサイエンティスト系キャラ結構好きなんだよね。
現実で一回も見たことなかったから、見られるのはちょっと嬉しいな。
「……ねえ、マギネ?」
底冷えのする冬のような、ドスの効いた冷たい声がした。
エルシーさんがさっきのカチコミヤクザフェイスの一歩手前になっている。怖い。
それを見たマギネさんから喜色は消え失せ、チベットスナギツネの顔に変わっていた。
「大変失礼いたしました。若君、ポーションは完璧に作成できるかと存じます。私にお任せくださいませ」
モチっす! からの文字数の大幅増加。エルシーさんの威厳はすごい。
「よろしい」
「はい……」
「誠心誠意作成するように」
「かしこまりました……」
エルシーさん、やっぱ怖いんだな。マギネさんがちょっとかわいそうになった。
「それとマギネ、素材の個人的な用途での隠匿は許しませんよ」
エルシーさんは釘を刺す。
「ひっ」
図星だったんか。めっちゃ怯えた顔しとる。きっと過去になんかやらかしたんだな……。
「返事は!」
「はい!!」
泣きそうになりながら元気にお返事するマギネさん。
俺には何も出来ないが、頑張ってほしい。なぜなら俺もその顔のエルシーさんは怖いからだ。
粉くらいどうでもいいよとか言わなくてよかった。
絶対めちゃめちゃ怒られてたと思う。
数時間くらいだろうか。
マギネさんはフラスコにはいった液体に、どんぐり粉(仮称)や他の触媒を混ぜて火にかけたり、魔法をかけたり、かき混ぜたりしていた。
その間もマギネさんの口からは、何かの呪文が延々と紡がれている。
後ろでサポートをしているのか、数名のエルフが声を揃えて歌のように呪文を唱え続けていた。
フラスコの周りを光の粒子がうねりながら包みこんでいる。エルシーさんの光の結界とは違うが、これもすごくきれいだ。見せてもらえてよかった。
最後はぐるぐるぐるとフラスコを回しながら、俺には聞き取れない発音の呪文を唱えると、何かの力が一気に放出されたのがわかった。
「やっぱり、結界を張っておいてよかった」
これ、魔力かなにかなのかな。
さっきみたいに変なのが今襲ってきたら絶対困る。さすがエルシーさん。先見の明がある。本当に頼りになる人だ。
「お待たせしました! ポーション出来ました!」
マギネさんの言葉に、おお、と周りから歓声がわく。
「きれーい!」
「素敵!」
「うわー!」
大人も、日が落ちて外から戻ってきた子どもたちも歓声を上げる。
フラスコからは、元がどんぐり粉と思えないほどの煌めきが発生していた。
まるでラメとガラス玉と透明な液体を詰め込んで、瓶の中でLEDを最高輝度で光らせたかのようだ。
異世界で見るイルミネーションも乙なものだな。
問題があるとすれば、飲用や浴用に使えるように見えないものになっているということだ。あまりにも眩しすぎる。
俺個人はゲーミングポーションと名付けたかったのだが、中から発せられるのは七色の光ではなく、金色の一色だったから呼べなかった。残念だ。
強いて命名するならどんぐり汁だろうか。材料的にはほぼ水とどんぐりだし……。
「この中に俺が入れば一気に成長できるのかな?」
浮かれ気分で俺は質問した。だって謎の発光風呂だよ? あまりに楽しそうすぎる。こんな温泉あったら絶対入りたい。
「聖属性があまりにも強く発現しているので、これをそのまま使うのはおすすめできないと思いますね」
マギネさんが研究者の顔になる。
「原液を直で使うのは若君様でも絶対厳禁です。お風呂に一滴くらい入れて薄めるくらいで十分だと思いますよ」
真顔だった。こんな真剣な顔もできるんだ、マギネさん。
「もし原液で飲んだらどうなるんだ?」
俺は好奇心に駆られた。
「うーん……私達が飲めば全身の属性が全て聖属性になって、多分肉体が存在できなくなって消滅します。若君様は耐えられるかもしれませんけど、世界樹というよりは霊的な存在になっちゃうかもですね……」
何作ってんだよこのマッドサイエンティスト……。
破壊兵器じゃねーか。なんでどんぐりの殻と水でそんなとんでもアイテムが生まれるんだよ。おかしいだろ。
でも実際は突っ込む事はできない。俺が原料でかつそれを依頼したからだ。
結果は甘んじて受けねばならない。
「気をつけます」
そう神妙に答える俺に、エルシーさんは満足そうに頷いていた。
エルシーさんが喜んでくれて、俺は嬉しいよ。なにはともあれ、思いつきが成功してよかった。