第88話 魔王の思い出
「お嬢様おかえりなさいませ!」
「お嬢、親父が待ってますぜ!」
次々にかけられる声に、ペリュさんはうんざりした顔をする。呼ばれ方が王女様でも商人でもなくヤクザみのある感じなのが気に食わないのだろうな……。
「お嬢はやめーや、副商会長って言えって何回も言うとるやろ! それと扶桑様の跡継ぎの若君とその守護者が来とるで! 無礼な真似したらジンメン君と一週間新婚生活の刑が待っとるからな!」
紹介してくれたのは嬉しいけど、最後の刑罰が微妙に気になってしまう。聞ける雰囲気ではないが……。
「こんにちは、はじめまして。扶桑さんの跡継ぎ……? の世界樹の木野と申します。短い期間ですがこれからお世話になります、よろしくお願いします」
疑問形のついている胡乱な挨拶をして頭を下げると、出迎えの人々がざわついている。
俺が世界樹だからか、世界樹のくせに陰キャリーマンの風体だからか……。
「キノぴは世界樹だけど、怖くないし、いい世界樹だからね! 皆仲良くしてあげてね!」
チカぴさんがそう叫ぶと、ホッとした様子で皆が俺によろしくお願いします、と挨拶をしてくれた。
一見強面の人が多いようだが、人は見た目じゃないな。丁寧な応対にちょっと感動したが、皆そこはかとなく怯えているようにも見える。俺、そんなに怖そうに見えるか?
「そうですよ、ソウヤ様は世界樹ですが気さくな御方、皆さん仲良くしてあげてくださいね」
エルシーさんがニコニコしながらそう言うと、出迎えの皆さんが
「ウッス!」
「エルシーの姐御、ようこそいらっしゃいました!」
「お前ら! 絶対姐御に逆らうなよ!」
などと叫んでいる。
皆の顔がひきつっている。皆が怯えているのは、俺ではなくエルシーさんにだったか……。
ペリュさんはニヤニヤ笑いながら、昔色々あったんや、とだけ言って入口へと案内してくれた。
まあ、なんとなく想像はつくけど、本人には聞かないほうが無難であろう。
長い下り階段の入口は、青白く光る苔や、光る石のランタンで照らされて地下という言葉で想像するような暗さはなかった。
階段を下りきると少し薄暗い地下街、という感じの大きな街が広がっていた。
「うわー、すごい! 地下街だ!」
「ふぇえええええ、噂に聞いておりましたがこんなにも広いんですか!?」
「あの天井の照明どうやってるんスか!? 魔法ッスか?」
見慣れぬ建築様式と、異世界に来てから始めて見る大規模な街や照明に思わず歓声を上げてしまう俺達を、ペリュさんやチカぴさんたちがドヤ顔で見つめていた。
地下なのになんとなく暖かく、空気がこもった感じもない。何ならそよ風すら吹いている。意外な心地よさに驚きつつ、賑やかな大通りを通ってペリュさんのお店に到着した。
目抜き通りに有るペリュさんの店は、地底の空間を活かした六階建ての建物だ。
店には多くの人が出入りしていて、客は商品に目を輝かせている。百貨店のようにフロアごとに違う商品を置いてあるらしく、俺達は紳士服売り場に向かった。なにげにエスカレーターまで有るのがすごい。階段だと辛いもんな……。
紳士服売り場では蛇革のド派手な服をペリュさんに勧められたがお断りして、俺でも着られそうなデザインのコートとシャツ、新しい服一式をお願いした。
必要最低限の買い物が終わったので、ペリュさんの用件を消化するのに付き合う。
最上階にはペリュさんたちのプライベートスペースが有るらしく、セキュリティチェックを抜けて階段を登る。一番奥の部屋には恰幅の良いプロレスラーのような体格の黒髪の紳士が立っていた。
「扶桑様の若君やろ、いらっしゃい! よう来はったな!」
ガハハ、と笑ってバンバンと俺の背中を叩く。
こういう挙動は日本のおじさんと変わらないな……。なんとなく、気の良い上司を思い起こさせる人だ。
「うちのおとん、ヴァリエール・ソレニアやで。エルシーはんの仲間やな」
「お久しぶりです、ソレニアさん」
「エルシーも元気そうやなあ、ええこっちゃ」
恰幅のいいおじさんは、ニコニコと頷いていた。
「はじめまして、扶桑さんの跡継ぎ……? の木野草也と申します。本日はお世話になります」
「聞いたで、若君は新しい呪詛をいくつも開発したそうやな。太る呪詛に対して痩せる呪詛を使えばいいとか斬新で感動したで!」
斬新と言って良いのだろうか……。
お茶を御馳走になりつつ、呪詛の話やイロイロナオールEX錠に付いての話などをした。薬の方はまだ魔族の試験者がペリュさんしかいないので、もう少し治験を行ってから市販したいとのことだ。
そのためにとりあえず出来ている分の薬を買い取りたい、とのことで値段についてエルシーさんとマギネが討論をしてくれた。俺は薬価のこと何もわからないから正直助かる。
「それでなんや聞きたいことあるんやろ?」
ヴァリエールさんが鋭い目でこちらを見ている。正直、めちゃめちゃ怖い。目力が有りすぎる。
しかし、怖くても聞かなくてはいけないことが有る。
「はい、まず、魔王のことについてお伺いしたく……」
「家の恥やから、あんま話したくないんやが、何やそうもいかんらしいしな……。それに、わいの膝の恩人やしな」
ヴァリエールさんは、困ったような、微笑みのような、複雑な顔をして息をついた。
「さあ。何から聞きたいんや?」
覚悟の決まった顔で、俺を見ていた。
俺はこの時のためにまとめておいたメモを取り出し、ペリュさんの父、ヴァリエールさんに質問をする。
「まず、お聞きしたいのは魔王が突然他所の国に攻撃を始めた、という話です。本当に予兆はなかったんでしょうか」
「うーん……せやなあ」
ヴァリエールさんは悩んだ顔をしている。
「魔王言うても狂う前までは統治も安定してたんや。他の種族の王とそこはあんま変わらんかった。家族にも普通の対応やったし、正室の子にも側室の子のわいにも優しかったんや。それがいきなり狂ってしもたから、わいらは仰天したもんや」
どうも、普通の王様だったらしい。
「なにか、狂い始める前に誰かと定期的に会うような事とかはありませんでしたか?」
魔王にもメアリーさんにおける宝石商のような、得体のしれない存在が触手を伸ばして悪影響を及ぼした可能性を俺は考えている。
「うーん、そんなことあったやろか、日記あったはずやしちょっと見てみよか」
ヴァリエールさんは、席を立つと分厚いノートを取り出し、ペラペラと見返した。背表紙には日記らしいことが書いてあるので、多分そうなんだろう。
「ああ、少しだけいつもとちゃうことが書いてあったわ。魔暦3452年10月、今から270年前やね。親父が魔族の自治区の南部、中央の方に視察に行ったときに宝石を献上された、あまりにも美しすぎて毎日それを見ている。みたいなことが書いてあるわ」
あ、それかも。かなりそれっぽいエピソードだ。
「親父は酒飲みで宝石には呪術の材料くらいの気持ちしかあらへんかったし、普段はそういう高価な貢物は収賄になる言うて絶対受け取らへんかったのになあ……」
「……」
なんとなく俺達は沈黙してしまう。
俺達はなんとなく察してしまった。やはり、メアリーさんを狂わせた宝石商的な存在は過去にも存在したのだ。しかも、ティエライネンにもいる可能性がある。
「その宝石を献上した人についての記述とかは無いですか?」
「書いてへんなあ、おかしいなあ、親父は几帳面やからそういうのは絶対日記に書くねん。嫁の誕生日忘れておかんにビンタされる親父やったけど、金銭関係にはクソ真面目やったんに。よく見ると、ここから筆跡がすこしずつ荒れ始めとるな……」
「有難うございます、大変参考になります。助かりました」
話しにくいことだろうに説明してくれたヴァリエールさんに俺は精一杯の謝意を示した。
なんかもっとできることあれば良いんだけどな。




