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第83話 どんぐりから人間へ


 

 一時間後。痛みはすっかり収まり、視点は遥かに高くなっていた。

 呪詛が終わった時には1.6メートルほどだったと思うのだが、今はもう数メートルになっている。多分平屋より高く、二階建てよりは低いという高さだ。


 一ヶ月半前はどんぐりだったことを考えると、感慨深くも有り、成長しすぎていることへの驚きも有る。

 いくら魔法の世界とはいえ、二ヶ月未満でこの成長は破格だと思う。


「うわ、目線が高い!」


 今までここに来る誰よりも視点が低かったのに、急にベランダから見下ろすような目線になってしまって違和感がすごい。


「随分ご成長なさりましたな……」

「ソウヤ様、頑張りましたね!」


「今度こそ、今度こそ俺は写し身魔法を使う! 因みにどう使うんですか!」


 今度こそなんとなくいける気がしている。

 今まで根に重点的に蓄積されていた魔力が、今の刺激で全身を巡り始めた感覚がある。マッサージのあと、異様に体が軽いのと少し似ている。


「あれはどうやるんだったかな、改めて口にするとなると難しいな……ハールバルズ、教えてやってくれないか」


 そりゃ、エーリュシオンさんはその魔法いらないもんなあ。最初から人に近い姿だし、そもそも魔法を使うのに術式を組み立てるという意識もないだろうしな。多分この中で一番魔法を教えるのに向かない人だと思う。


「……はっ。まず、生前の自分のことを強くイメージして、木の中に魔力を巡らせます。強くイメージし、魔力がその形になった、と思ったら木の中からどっこいしょ、と歩き出すイメージ、と伺っております」


 ハールバルズさんは教えてくれた。


「どっこいしょ」

「はい」


 説明されたが、感覚派の説明すぎてよくわからない。……でも、やるだけやってみよう。


「とりあえずやってみるか……」


 皆が俺に注目しており、少し緊張する。しかしやらねばならない。


 目を閉じ、気持ちを集中させる。体中に巡る魔力を幹の一番中心部に集中させる。

 そこまでは出来た。そして、前世の感覚を思い出す。手があって、足があって、当たり前のように頭が有る。いつも通りスーツを着て、いつもどおりに靴を履き、外に出る。あの感じを。


 今までうろ覚えだった肉体のことを俺は薄っすらと思い出し始めている。

 骨が有り、肉が有り、血が巡り、神経が通う。体を動かすと重みを感じ、肌に風が触れる清々しさ。


 今まで魂で感じていたどこか虚構感のある感覚とは違う、現実の生々しさが俺の中に積み重なっていく。その蓄積が限界に達した。


 なるほど、これは説明が難しいわけだ。

 目を瞑っていても感じるほどの眩しさに満ちた幹の中で、俺は一瞬だけ外に出るかためらった。

 失敗したらどうしよう、という気持ちや人間の形を取った俺を皆が快く迎えてくれるだろうか、という不安がある。


 正直言って俺は自分に自信がない。いつも失敗したらどうしよう、と考えてしまう。

 しかし、もう過労死という最大の失敗をしてしまった今、これ以上恐れるものはないのではないのだろうか。俺は思い切って、外に飛び出ることにした。


「そぉい!」


 光り輝く世界樹の幹から飛び出してみると、そこは虚空だった。


「あ」


 俺は自分のいる場所が数メートルの高さにあることを忘れて、そのまま飛び出してしまったのだ。


「うわああああああ」


 絶叫する俺を、とっさに走ってふわりと受け止める腕。


「ご無事ですか、ソウヤ様!」


 気がつくと俺はエルシーさんにお姫様抱っこされていた。顔の近さに少し俺は驚く。

 思わず自分の姿を分かる範囲で見てみたが手や服を見る限り、スーツを着て、うっかり過労死した俺の姿そのものだった。


「エルシーさん、ありがとうございます!」


 俺は、お姫様抱っこをされながら頭を下げた。は、恥ずかしい、でもお姫様抱っこは男の子だってされても良いはずだ!

 真っ赤になった顔を俺は手で隠しながら、エルシーさんにお礼を言った。


「うふふ、どういたしまして」


 そっと地面に下ろされる俺。うおー、地面に立つ感覚が懐かしい!

 もう一ヶ月以上地面に立ったことないもんな! こう言うとなんか重度の引きこもりみたいだな……。やめよう。


「キノぴおめでとうー! 前世は本当にリーマンだったんだ! いいじゃん!」

「ソウヤ様、改めまして写し身の成功おめでとうございます! 一発成功は素晴らしいですね!」


 皆が褒め称えてくれる。嬉しい。


「若君、一発で成功したんスか!? あの説明で!?」


 あ、やっぱりあの説明は専門家からしても雑だったんだ。

 マギネもそう思うならもっと突っ込んでくれよ、と思うが突っ込んだところであれ以上の説明は得られなかっただろうしな……。


「うーん、お前、土壇場の引きの強さは有るよなあ。魔法が得意なミルラや扶桑でも三回くらいはチャレンジして失敗してたぞ」


 エーリュシオンさんの言葉に俺は衝撃を受ける。次元を超えた魂の勧誘を出来る人ですら一発成功しなかった魔法を、俺が一発で成功させたとは……。まぐれにしてはラッキーすぎる。信じられない。



「本当だぞ。なにか魔法について勉強したことがあるのか?」

 疑う顔の俺に、エーリュシオンさんは問う。


「……魔法って、成功させるのに何が必要なんですかね?」


 質問に質問で返してしまった。だって、魔法の勉強に心当たりなんかないし。


「魔法にいちばん大事なのはやっぱり魔力だが、次に大事なのは想像力だ。自分が『できる』と信じられないことや、思い描けないものは魔法でも実現できないんだ。見たこと、聞いたことの有るものほど再現しやすい。そして、それに理論を通すとさらに成功するが、お前ほど魔力があれば理論なんてあって無きが如しだろうな」


「あー……」


 俺には心当たりがあった。通勤時間中に読んだWeb小説。昼休みに見たアニメ。夜中に遊んだゲーム。その多くに魔法要素があった。

 だから、イメージだけならよく出来たのだ。そして、中学生の頃よくしていた自分が大魔法使いだったら、という妄想。独自の魔法体系まで作って……これは黒歴史なのでこれ以上思い出したくない。けれど確かに、俺と魔法は身近なものだったのだ。


「そうですね、やっぱり、本で読んだり、テレビで見たから想像しやすかったんですかね」


 中学生のときの思い出は伏せておいた。


「あーしも最初に魔法使ったときは、魔法少女のイメージでやったよー。そしたら上手い! ってママにほめられたんだよぉ」


 チカぴさんもどうやら同様の経験があるようだ。つまり、魔力さえあればオカルトオタやアニメオタほど強い世界なのか。

 そう考えるとちょっと嫌な世界だな……。


「なんや、若君の生まれた世界はエリート魔術師が多かったんかな、羨ましい世界やなー」

「本当に羨ましいっす……」

「うちの姫君プリンチペッサは習得に半年かかりましたぞ……」


「ふふ、やっぱりソウヤ様はできる子ですね!」


 そういって、エルシーさんが、俺の頭を今までのように撫で撫でしてくれた。

 俺より低い背丈で、背伸びをして撫でてくれているその仕草は筆舌に尽くしがたく愛らしい。


「ふああああああ、有難うございます、頑張ってよかった……」


 思わず変な声が出てしまったが、皆聞かなかったふりをしてくれたようだ。


「さて、そろそろ明日の準備をしてから寝た方が良い時間じゃないか? あと数時間で夜が明けるぞ」

「そうですね、明日はティエライネンに行く準備をしないといけませんね、ティエライネンまでは馬車で二週間ほどかかる予定です」

「そんなに遠いんだ……」


「え? 馬車なんか使わなくていいじゃん」


 不思議そうにチカぴさんが言う。


「馬車以外の交通手段が有るんですか?」


 と俺が問うとニヤリとチカぴさんが笑う。


「ここにいるでしょ~? ちょーかっこいいドラゴンのあーしが!」

「せやな、ドラゴン形態のチカなら10人くらい運べるもんな」


 ニコニコと頷くチカぴさん。


 ファンタジー世界定番のドラゴンに会えたけでも嬉しいのに、まさかドラゴンに乗れるだなんて! 前世の厨二病妄想でもドラゴンに乗ることまでは想像してなかった。本当に嬉しすぎる!


「いいんですか! ありがとうございます!」


とりあえず、ドラゴンに乗った日本人は初めてだと思う。ちょっと嬉しい。



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